炉内構造物への予防保全技術の適用状況
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カテゴリ: 第2回
1. 緒言
1. 近年、日本国内の BWR プラントにおいて、原子炉 圧力容器(RPV)と制御棒駆動機構ハウジングスタブ チューブとの溶接部(CRD スタブチューブ下部溶接 部) に Stress Corrosion Cracking (SCC)によるき裂が確 認されている。このき裂は、高ニッケル合金である Alloy182 溶接金 属内に確認されており、原因調査の結果、SCC 発生の 感受性がある材料(Alloy182)を使用していること、 製造履歴(溶接手順)の影響で表面に高い引張残留応 力が存在したこと、また、水化学的に SCC を生じ得る 環境にあったことが判明している。 - 当該溶接部は、炉内構造物点検評価ガイドライン[1] においては、軸方向の貫通き裂を想定した場合でも構 造強度への影響が小さいことから、VT-2(漏えい検査) による点検が推奨されている。しかしながら、当該溶接部は原子炉内の圧力境界を 形成している箇所であり、不具合発生時には長期間の プラント停止をもたらすリスクを有することから、当 社ではこれらSCC発生要因を有するプラントを対象に、 予防保全として溶接残留応力の緩和手法であるピーニ ングを適用している。1. 本稿では、予防保全対策としてこれまでに採用して いるレーザピーニング (Laser Peening : LP) 及びウォー タジェットピーニング (Water Jet Peening: WJP)の概 要とこれまでの実機への適用状況を紹介する。
2.応力改善
2.1 ピーニングの原理と効果材料の表面に衝撃圧力を加えると、材料表面が微少 に塑性変形して周囲に伸びようとするが、材料内部の 未変形部分に拘束されて変形できず、材料の表面及び その近傍が圧縮応力となる。材料の表面の残留応力が圧縮になることで、き裂の 発生抑止の効果が得られる。ピーニングはこの原理を利用したもので、衝撃圧力 を加える手法として金属球、レーザ、高圧水などを利 用した技術が開発されている。(1) LP LP の概念を Fig.1 に示す。 水中で材料の表面に強いパルスレーザを照射すると 高圧のプラズマが発生する。水中ではプラズマの閉じ 込めが有効に働くため、瞬間的にプラズマの圧力が数261GPa に達する。LP は、この圧力による衝撃を利用した 技術である。LP 施工前後での材料表面近傍での残留応力の測定 結果の例を Fig.2 に示す。材料表面から約1mm の深さ までが圧縮応力となることが示されている。また、その他の試験により、LP 施工後においては SCC 発生ポテンシャルの低減の効果が確認されている。ザバルスフレンズプラズマFig.3WJP 概念試験片レーザ照射中SUS316 WJPIEI ABSUS304 WJPIE TAB --MCF600WJP施工部 ? G-SUS316 未施工部・NCF600 未施工部圧縮 レーザ照射後」Fig.1 LP 概念こ~む・・残留応力(MPa)10_2004006008001000600400200残留応力 (MPa)-600-800~0x施工後 - ay施工後 - oxHIDO コー ay施工前-1000-120010 _0.20. 810.4 0.6 表面からの深さ(mm)Fig.2 残留応力測定結果の例 (LP)(2) WJPWJP の概念を Fig.3 に示す。水中で高圧水を噴射す ると、噴流界面のせん断層内に生じる渦の低圧部にキ ャビテーション気泡が発生する。キャビテーション気 泡は下流側で圧壊して大きな衝撃圧力が発生する。 WJP はこの圧力による衝撃を利用した技術である。 残留応力の測定結果の例を Fig.4 に示す。 材料表面から約 1mm の深さまでが圧縮応力となることが示され ている。噴射圧力:60~70MPa 噴射速度:約240m/secWJPノズルキャビテーション渦流Fig.3WJP 概念-80010_1000200400 600 800表面からの深さ(μm)Fig.4 残留応力測定結果の例(WJP)2.2 施工手順 これらピーニング技術を実機 CRD スタブチューブ下 部溶接部への予防保全技術として適用する場合の施工 手順例は以下のとおり。1構造物取外CRD スタブチューブ下部溶接部へのピーニング のためには、RPV 底部へ施工装置類をアクセスさ せる必要があるため、アクセスルート確保のため に他の構造物(燃料支持金具(FS)、CRD ガイド チューブ(GT)、CRD)の取り外しが必要となる。BWR-5 プラントの場合、最大で 185 箇所のこれ ら構造物の取り外しが必要となる。2622施工前 VT施工箇所にき裂等の欠陥のないことを施工前に VT で確認する。検査方法は MVT-1。ただし、施工後の VT によるき裂等の異常の検出 精度や、ピーニング施工後に SCC き裂が検出され た場合の評価への影響などが実証されている場合 は、施工前 VT を実施しない場合もある。3施工装置設定施工装置を CRD ハウジング上に設定する。 施工装置は、上部格子板 (TG)、炉心支持板 (CP) との干渉を防止するため、筒状のケーシング内に 施工ヘッドが収納された状態で取り扱われ、設定 完了後に伸縮アームを伸ばして施工対象箇所へ施 工ヘッドを移動する。4ピーニング施工定められた施工条件、例えばレーザスポット径、 エネルギ、あるいは高圧水圧力、噴射距離などに ついて、事前に応力改善効果が実証された範囲内 で施工する。これらの施工条件を監視、評価することで施工 部位の残留応力が改善されたか否かを判定する。3施工後 VTピーニング施工後に VT によりき裂等の異常の 有無を確認する。検査方法は MVT-1。2.3 実機適用状況当社では、SCC が発生したプラントの CRD スタブ チューブ下部溶接部と同じ溶接金属材料 (Alloy182) を使用し、高い溶接残留応力を有すると推定されるプ ラントに対して、LP または WJP による予防保全を順 次実施している。 - 当該部へのピーニング施工は、前述のとおり構造物 取り外しなどの付帯作業が多く発生すること、施工装 置の準備、使いまわし等を考慮して実施時期を決定し ている。また、実機への施工では、施工部位の As-Build 形状と設計形状との微妙な差違や施工装置のトラブル などが施工性に影響を与えるため、施工ヘッドの可動範囲を As-Build を考慮して設定することや予備機材の 確保による装置トラブル時のバックアップ等のリスク 管理を行っている。 - 現在までに当社の保有する 17 のプラントのうち2プ ラントに LP を、1プラントに WJP を適用済であり、 今後1プラントに WJP を実施する予定。 Fig.5 に実機での LP 施工状況を示す。Core ShroudCore Plateピーニング装置CRD Hsg.Fig.5 LP 施工状況これまでの施工においては、CRD スタブチューブ下 部溶接部に SCC き裂等の異常は確認されておらず、良 好な施工実績が得られている。 - なお、これまでの施工において、CRD ハウジング母 材に SCC の様相を呈する線状模様が確認された(表面 の酸化皮膜を除去したところ線状模様が消滅した)。特 定水質下における酸化皮膜の組成変化などの影響[2]が 考えられるが、調査に多くの工程を費やす結果となっ た。加えて、これまでの他の炉内構造物点検の経験か ら、VT により確認されたインディケーション(ひびら しき模様)の詳細調査のため多くの工程を費やすこと があることから、表面開口の有無判定が重要となる。2633. 結言国内では近年、複数のプラントで炉心シュラウドな どの炉内構造物や原子炉再循環系配管等にSCCが発生 しており、この問題を解決するために多くの場合プラ ント長期停止を必要としている。特に炉内構造物を修理する場合、形状が複雑であ ること、遠隔水中での作業となることなどの理由か ら、付帯作業、装置の開発、実施に多くの時間を要 するのが実態である。このため、プラント長期停止 にあわせて予防保全対策を実施していくことは大切 であり、同様に欠陥を検出した際のサイジング、進 展性、評価などの技術向上も重要である。参考文献 [1] (社)火力原子力発電技術協会、“炉内構造物点検評価ガイドライン [CRD ハウジング]”、平成 14 年7月 [2] V.F. Baston , M.F. Garbauskas, H. Ocken, MaterialCharacterization of Corrosion Films on Boiling Water Reactor Components Exposed to Hydrogen Water Chemistry and Zinc Injection, Proceedings of the 7th International Conference on Water Chemistry of Nuclear Systems, Bournemouth, England, October 13-17, 1996.264“ “炉内構造物への予防保全技術の適用状況“ “磯貝 智彦,Tomohiko ISOGAI,岡村 祐一,Yuichi OKAMURA,島 晃洋,Akihiro SHIMA
1. 近年、日本国内の BWR プラントにおいて、原子炉 圧力容器(RPV)と制御棒駆動機構ハウジングスタブ チューブとの溶接部(CRD スタブチューブ下部溶接 部) に Stress Corrosion Cracking (SCC)によるき裂が確 認されている。このき裂は、高ニッケル合金である Alloy182 溶接金 属内に確認されており、原因調査の結果、SCC 発生の 感受性がある材料(Alloy182)を使用していること、 製造履歴(溶接手順)の影響で表面に高い引張残留応 力が存在したこと、また、水化学的に SCC を生じ得る 環境にあったことが判明している。 - 当該溶接部は、炉内構造物点検評価ガイドライン[1] においては、軸方向の貫通き裂を想定した場合でも構 造強度への影響が小さいことから、VT-2(漏えい検査) による点検が推奨されている。しかしながら、当該溶接部は原子炉内の圧力境界を 形成している箇所であり、不具合発生時には長期間の プラント停止をもたらすリスクを有することから、当 社ではこれらSCC発生要因を有するプラントを対象に、 予防保全として溶接残留応力の緩和手法であるピーニ ングを適用している。1. 本稿では、予防保全対策としてこれまでに採用して いるレーザピーニング (Laser Peening : LP) 及びウォー タジェットピーニング (Water Jet Peening: WJP)の概 要とこれまでの実機への適用状況を紹介する。
2.応力改善
2.1 ピーニングの原理と効果材料の表面に衝撃圧力を加えると、材料表面が微少 に塑性変形して周囲に伸びようとするが、材料内部の 未変形部分に拘束されて変形できず、材料の表面及び その近傍が圧縮応力となる。材料の表面の残留応力が圧縮になることで、き裂の 発生抑止の効果が得られる。ピーニングはこの原理を利用したもので、衝撃圧力 を加える手法として金属球、レーザ、高圧水などを利 用した技術が開発されている。(1) LP LP の概念を Fig.1 に示す。 水中で材料の表面に強いパルスレーザを照射すると 高圧のプラズマが発生する。水中ではプラズマの閉じ 込めが有効に働くため、瞬間的にプラズマの圧力が数261GPa に達する。LP は、この圧力による衝撃を利用した 技術である。LP 施工前後での材料表面近傍での残留応力の測定 結果の例を Fig.2 に示す。材料表面から約1mm の深さ までが圧縮応力となることが示されている。また、その他の試験により、LP 施工後においては SCC 発生ポテンシャルの低減の効果が確認されている。ザバルスフレンズプラズマFig.3WJP 概念試験片レーザ照射中SUS316 WJPIEI ABSUS304 WJPIE TAB --MCF600WJP施工部 ? G-SUS316 未施工部・NCF600 未施工部圧縮 レーザ照射後」Fig.1 LP 概念こ~む・・残留応力(MPa)10_2004006008001000600400200残留応力 (MPa)-600-800~0x施工後 - ay施工後 - oxHIDO コー ay施工前-1000-120010 _0.20. 810.4 0.6 表面からの深さ(mm)Fig.2 残留応力測定結果の例 (LP)(2) WJPWJP の概念を Fig.3 に示す。水中で高圧水を噴射す ると、噴流界面のせん断層内に生じる渦の低圧部にキ ャビテーション気泡が発生する。キャビテーション気 泡は下流側で圧壊して大きな衝撃圧力が発生する。 WJP はこの圧力による衝撃を利用した技術である。 残留応力の測定結果の例を Fig.4 に示す。 材料表面から約 1mm の深さまでが圧縮応力となることが示され ている。噴射圧力:60~70MPa 噴射速度:約240m/secWJPノズルキャビテーション渦流Fig.3WJP 概念-80010_1000200400 600 800表面からの深さ(μm)Fig.4 残留応力測定結果の例(WJP)2.2 施工手順 これらピーニング技術を実機 CRD スタブチューブ下 部溶接部への予防保全技術として適用する場合の施工 手順例は以下のとおり。1構造物取外CRD スタブチューブ下部溶接部へのピーニング のためには、RPV 底部へ施工装置類をアクセスさ せる必要があるため、アクセスルート確保のため に他の構造物(燃料支持金具(FS)、CRD ガイド チューブ(GT)、CRD)の取り外しが必要となる。BWR-5 プラントの場合、最大で 185 箇所のこれ ら構造物の取り外しが必要となる。2622施工前 VT施工箇所にき裂等の欠陥のないことを施工前に VT で確認する。検査方法は MVT-1。ただし、施工後の VT によるき裂等の異常の検出 精度や、ピーニング施工後に SCC き裂が検出され た場合の評価への影響などが実証されている場合 は、施工前 VT を実施しない場合もある。3施工装置設定施工装置を CRD ハウジング上に設定する。 施工装置は、上部格子板 (TG)、炉心支持板 (CP) との干渉を防止するため、筒状のケーシング内に 施工ヘッドが収納された状態で取り扱われ、設定 完了後に伸縮アームを伸ばして施工対象箇所へ施 工ヘッドを移動する。4ピーニング施工定められた施工条件、例えばレーザスポット径、 エネルギ、あるいは高圧水圧力、噴射距離などに ついて、事前に応力改善効果が実証された範囲内 で施工する。これらの施工条件を監視、評価することで施工 部位の残留応力が改善されたか否かを判定する。3施工後 VTピーニング施工後に VT によりき裂等の異常の 有無を確認する。検査方法は MVT-1。2.3 実機適用状況当社では、SCC が発生したプラントの CRD スタブ チューブ下部溶接部と同じ溶接金属材料 (Alloy182) を使用し、高い溶接残留応力を有すると推定されるプ ラントに対して、LP または WJP による予防保全を順 次実施している。 - 当該部へのピーニング施工は、前述のとおり構造物 取り外しなどの付帯作業が多く発生すること、施工装 置の準備、使いまわし等を考慮して実施時期を決定し ている。また、実機への施工では、施工部位の As-Build 形状と設計形状との微妙な差違や施工装置のトラブル などが施工性に影響を与えるため、施工ヘッドの可動範囲を As-Build を考慮して設定することや予備機材の 確保による装置トラブル時のバックアップ等のリスク 管理を行っている。 - 現在までに当社の保有する 17 のプラントのうち2プ ラントに LP を、1プラントに WJP を適用済であり、 今後1プラントに WJP を実施する予定。 Fig.5 に実機での LP 施工状況を示す。Core ShroudCore Plateピーニング装置CRD Hsg.Fig.5 LP 施工状況これまでの施工においては、CRD スタブチューブ下 部溶接部に SCC き裂等の異常は確認されておらず、良 好な施工実績が得られている。 - なお、これまでの施工において、CRD ハウジング母 材に SCC の様相を呈する線状模様が確認された(表面 の酸化皮膜を除去したところ線状模様が消滅した)。特 定水質下における酸化皮膜の組成変化などの影響[2]が 考えられるが、調査に多くの工程を費やす結果となっ た。加えて、これまでの他の炉内構造物点検の経験か ら、VT により確認されたインディケーション(ひびら しき模様)の詳細調査のため多くの工程を費やすこと があることから、表面開口の有無判定が重要となる。2633. 結言国内では近年、複数のプラントで炉心シュラウドな どの炉内構造物や原子炉再循環系配管等にSCCが発生 しており、この問題を解決するために多くの場合プラ ント長期停止を必要としている。特に炉内構造物を修理する場合、形状が複雑であ ること、遠隔水中での作業となることなどの理由か ら、付帯作業、装置の開発、実施に多くの時間を要 するのが実態である。このため、プラント長期停止 にあわせて予防保全対策を実施していくことは大切 であり、同様に欠陥を検出した際のサイジング、進 展性、評価などの技術向上も重要である。参考文献 [1] (社)火力原子力発電技術協会、“炉内構造物点検評価ガイドライン [CRD ハウジング]”、平成 14 年7月 [2] V.F. Baston , M.F. Garbauskas, H. Ocken, MaterialCharacterization of Corrosion Films on Boiling Water Reactor Components Exposed to Hydrogen Water Chemistry and Zinc Injection, Proceedings of the 7th International Conference on Water Chemistry of Nuclear Systems, Bournemouth, England, October 13-17, 1996.264“ “炉内構造物への予防保全技術の適用状況“ “磯貝 智彦,Tomohiko ISOGAI,岡村 祐一,Yuichi OKAMURA,島 晃洋,Akihiro SHIMA