保全作業に対するリスクアセスメント

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カテゴリ: 第2回
1. はじめに
工場やプラントのライフサイクルを見たとき,設計, 建設,運転、保守のさまざまなステージにおいてヒュ ーマンエラーは発生する。運用に範囲を限り運転と保 全を対比させた時,保全に関わるエラーがその大半を 占めており,この段階でのエラーを減少させることは 重要な課題となっている。そして,保全作業における 異物混入,接点の誤接続,ボルト等のトルク管理不良 などは,現在でも保全作業にかかわるアクシデントの 主要因となっている。これらは,一見ささいなエラー であるために,十分な注意を払って作業がなされてい ない,また,十分な注意を払って作業結果の確認が実 施されていないのではないかと思われる。このようなヒューマンエラーを未然に防止する手段 として,筆者らはリスクアセスメントの実施を提案し ている。作業者が自らが実施する作業に潜むリスクを 十分に理解していたら,作業の実施に際して十分な配 慮をすると考えるからである。ここでは発電所,電力所などの保修に係わる業務に 存在する「遮断器保修時の試験電圧印加時に,充電部 に手に持った導体が接触する」「配電線の支障となる樹 木の伐採時に,安全帯のフックがはずれて樹上から墜 落する」などのリスクを対象とする。これらのリスク が表面化した場合には労働災害となる。近年の統計に連絡先:長坂彰彦,〒201-8511 東京都狛江市岩戸北 2-11-1, (財)電力中央研究所社会経済研究所 HFC,電 話: 03-3480-2111よれば,労働災害は,死亡災害に限ればわが国では年 間 2,000 人程度でなかなか減少傾向を示していない。 また,リスクそのものも当然消滅したわけでない。本稿[1]では、対象を発電,配電などの部門における 保修等の『作業』に置き,作業者が受ける上記のよう な労働災害関連リスクに加え,設備,環境,業務に影 響を与えるリスクを評価するリスクアセスメント (RA)手法,ならびに RA の結果を効果的に活用する 方法の提案を行う。
2.労働安全マネジメントシステムにおける
リスクアセスメント従業員および関連する第三者の安全・衛生・健康面 の管理を,従来の受身で局所的な管理ではなく、企業 経営の一環としてより大きな体系的枠組みに取り入れ、 より積極的・自主的に管理を行うことにより,その組 織を健全・円滑に運営することを可能にするための継 続的なとりくみが『労働安全衛生マネジメントシステ ム(OSHMS) 』である。 産業革命以降,幾多の災害が発生し,英国ではこれ に対してモグラタタキ的に法律が作られたがそれらの 実効性は低かったという事実があり, ““72 年ローベンス は法律による規制では限界があることを指摘し,事業 場で自主管理していかなければ災害を撲滅できないと した。これを受けて発展してきたのが OSHMS である。わが国において OSHMS に関する活動が,活発化し てきたのは'96年ごろからだと思われ,この年、中央労281働災害防止協会で OSHMS 評価基準が策定されている。 その後,自動車産業,化学工業,鉄鋼連でシステム指 針,管理指針等が出され,'99年4月 30 日に厚生労働 省より告示「労働安全衛生マネジメントシステムに関 する指針」(労働省告示第 53 号) [2],通達「労働安全 衛生マネジメントシステムに関する指針について」(基 発第 293 号) [3]が出された。OSHMS の中で RA は危 険または有害要因を特定する際,必要に応じて利用す るように通達されている。すなわち, RAは OSHMSにおいて従業員および関連 する第三者の安全・衛生・健康面を阻害する可能性の ある潜在的な危険・有害要因の特定に利用され,企業 経営の一環として積極的,自主的にとりくむべき事項 の1つであると考えられる。3.リスクアセスメント手法の整備上述したように, OSHMS における RA では,主に労 働者に対するリスク(結果として労働災害に結びつく リスク)を問題とすることが多いが,本稿で提案する RA手法では設備の故障, 環境への悪影響, 業務の停滞 などへのリスクも対象とすることにした。以下,手法 の要点を項を分けて記す。3.1 リスクアセスメント実施要件の検討ここでは,電気事業における保修業務の進め方とそ れを加味した RA 実施の要件について述べる。 【要件1:計画から実施にいたる作業の全段階を対象 とすること】 * 現在では一部の電力会社のみが保修作業を直営(電 力会社の社員が実際に保修作業を実施)している状況 となっている。これ以外の大多数の保修業務は,電力 会社やメーカーが請負会社を通じて下請け,孫請けの 協力会社に工事を発注する重層構造となっていること が多い。すなわち,基本的には電力会社が作業の計画Table 1. Ranks and marks to work frequency MarksFrequency of the work About more than 10 times/day About more than 1 time/day About more than 1 time/week About more than 1 time/month About more than 1 time/year About less than 1 time/yearを行い,実際の作業は請負会社が作業監督,協力会社 が作業を実施し、電力会社は作業の立会いに専念する という作業形態である。なお,この形態は発電,配電 等の部門においてもほぼ同じである。このような形態の場合,実際の作業実施におけるリ スクはもちろんのこと,計画のあいまいさが作業の実 施にかかわるリスクを増大させたり,各組織間の打合 せの齟齬が新たなリスクを生んだりすることが考えら れる。従って,計画から実施にいたる作業の全段階を 対象とすることをRA の要件とした。【要件2:作業を手順レベルまで分解して個々にリス クを評価すること】一口に保修作業といってもその規模はさまざまであ る。例えば,「計器用空気脱湿器分解点検」と作業の名 称だけを提示し,同作業に関するリスクを思いつくま まに列挙する方法も考えられる。しかし,このような 方法ではとりあえず目につくリスクに捉われてしまい, リスクを漏れなく抽出することは困難だと考える。そ こで,作業の計画,準備から始まって,作業を工程レ ベル,手順レベルと細かく分解し,「一つの要素的な手 順」のレベルに対してリスクを抽出することを要件と した。このように着実に歩みを進めてゆくことで,リ スクの抽出を漏れなく実施することができるであろう。【要件3:トラブル, ヒヤリハットから類推されるリ スクを盛り込むこと】トラブル, ヒヤリハットの事例は,リスクにかかわ る貴重な情報である。これらは,作業になんらかのリ スクが存在し,作業者との関連からそのリスクによる 影響が顕在化したものである。従って,これらの事例 を詳細に吟味することでリスクを抽出することが可能 であると考える。282Score10101053Table 2. Factor which has bad influence on act (D: demerit)Influence factor | (a) Perform the act exceeding ten items continuously (in memory) |(b) Must perform an act quickly | (c) Operate without checking visibly | (d) Choose one from many subjects with the almost same appearance (e) Mental calculations (f) Choose the object without a label and nor clear discernment | (g) Bad work environment(The outdoors (rainy weather and strong wind), dark, narrow space,high temperature, etc.) | (h) High work load | (i) Others (the examples are shown below)[Work outside of a plan] [The situation, environment, etc. where it is easy to set lack of attention] [Depending for each other, false belief, bad practice, carelessness, mind tend to misunderstand, environment] [Aging equipment, the defect of a tool] slack of knowledge, lack of training, a shortage of experience]ScoreTable 3. Factor which has influence good for act (M: merit)Influence factor | (a) Do work, checking by a check list.(b) Do work, checked by another person (c) Choose what was clearly distinguished by the label or thedemarcation line | (d) Work with a time margin | (e) Work that experienced repeatedly (f) Good work environment(Moderate lighting, sufficient work space, etc.) | (g) It is advanced step by step. (h) Others (the examples are shown below)[The proper tool which suited work are chosen] | [A proper instruction, education and training)315Table 4. Rank and marks of possibility of hazard occurrence MarksJudging criteria | In the case 2T>=0.5 | In the case 0.5>T>0No possibility of hazard occurrence (from the past experience) * T(Total)=D(Demerit)/M(Merit)20283MarksEnvironmental hazard | Trouble in businessTable 5. Ranks and marks to the hazard severity Occupational Equipment hazard Accident great many actual damage to many fatalitiesimportant system| (cost> 1 million euro) a fatality actual damage to someimportant system(cost = 100 thousand euro) severe injury actual damage to a systemlarge social contaminationsocial punishment (cost > 1 million euro)social contaminationsmall social punishment (cost = 100 thousand euro) actual trouble in businesstiny injury injury with no restmalfunction of a system | loss of time no actual damagesmall social contamination contamination in yard small contamination in yardsmall trouble in business loss of time no actual damage3.2 リスクの大小の捉えかたリスクは、 基本的には連続量である。これを例えば, 0~100の間の点数として直接的に評価することは非常 に難しいと思われる。一般的には,定義に従って,危 害の発生確率と危害の影響のそれぞれにランクと評点 を設けて評価する。さらに,危害の発生確率も「作業の実施頻度」「1作 業実施あたりの危害発生の可能性」の2つの側面から 評価することとした。すなわち,リスクを次のように 定義した。 リスク=「作業頻度」×「危害発生の可能性」* ×「危害の影響」 なお,評点の大きさについては,文献[4][5][6]を参考 に「作業頻度」×「危害発生の可能性」と「危害の影 響」の大きさの幅が同じになるようにした。 * まず,作業頻度は Tab.1 を作成し,これにより評価 することとした。次に,危害発生の可能性の評価法について述べる。 一般にヒューマンエラーの発生確率は,作業状況の良 否や,作業者の集中力の高低など,種々の行動形成要 因(PSF: Performance Shaping Factors)によって左右さ れる。ヒューマンエラーから派生する危害発生の可能 性についても,例えば「作業環境が悪い」「肉体的な作 業負荷が大きい」などの要因によって高められたり, 「2人でダブルチェックしながら作業する」といった 要因によって低まったりすると考えた。この考えのも と,人的信頼性解析のハンドブック [7]を参考に,危害 発生の可能性についてのランクを Tab.2~4にもとづいて評価する方法を考えた。すなわち,作業条件におい て行為に悪い影響を与える因子をすべて Tab.2 から選 び出し,それぞれの得点を掛け算して, その値を D(デ メリット)とする。同様に良い影響を与える因子も Tab.3 をもとにして値を求めて M(メリット)とする。 そして,T(トータル)=D-M の値をもとに, Tab.4 からランクと評点を求めるというものである。これに より, T の評点は,普通の PSF の状況で3,悪い場合 に4~5,良い場合に1~2の値となる。危害の影響は,労働災害,設備災害に加え,環境災 害と業務災害(例えば,業務の遂行に通常より多くの 時間がかかってしまうなど)も考慮できるように, Tab.5 のランクと評点で評価することとした。4.リスクアセスメント情報活用システムの構想上述のように, 本稿で提案している作業に対する RA の手法は,詳細であり,得られるデータも有用なもの と考えられる。そこで,RA の結果を作業の PDCA サ イクルの中で有効に活用するしくみを Fig.1 のように 溝想し,これを RA 情報活用システムと名づけた。こ のしくみでは,まずは現場における作業実施状況の観 察,危険予知(KY)より得られる情報,エキスパート の知見などをもとに RA を実施する。その結果(リス フ情報)をデータベース(DB)に保存し, DB から出 力されるリスク情報を記した様式を次回の作業実施の 重々の場面において作業安全のために活用する。84(a) Observation of a work situation (b) Knowledge of an expert (c) The past troubles, a near-miss events(a) Improvement of apparatus, aprocedure, etc. (b) Discovery of a new potential risk (c) Occurrence of a trouble and anear-miss eventImplementation of workRisk assessment (RA)RA TechniqueWork plan (Inside of an electric power company)Practical useRisk information (result of RA)Meeting before work, (Between electric power and contractor)The style which described useful risk information in various scenesMeeting before work (Between contractor and subcontractor)DatabaseThe dangerous forecast of work that day (Contractor and subcontractor)igure 1. Image of risk assessment information practical use systemFranch 00 branchCooperation Company Jork Name 6kV power line VCB check (indoor) Jork Stage Work performance Work SequenceRisk FactorSupposed Disaster-bRisk2New Counter measureWhat do you correspond?Check111 It measures in the state of CBendWorker test equipment is approached and an electric shock is receivedA testng circuit is touched Gesisting pressure test voltage is touched). A testing circuit is touched kesisting pressure test voltage is touched).20 A display ““ during a resistingpressure examination isattached. 20 A display during a resist ngpressure examination is attached110]It measures in the state of CBendA live part is touched and an electric shock is received.81 Power failure range checkSupply trouble generatingIt is made to carry out head charge part approach and Connect too hastily and earth20 t checks before operationusing the handling cautions board of an electroscope.94 Cleaningearth fault and a short circuit occur during CB use.Soil bushing and an insulator tpe and he does not notice them A crack, an oversight of a burst bart15 Use and an intactracontainer se prepared and Imanaged 15 The check in palpation and amirror The check in palpaton Iland a mirrorI is CB burst during operation.92 The existence check of a crackand a burst89|The dramer of CBICB fails from lifter and asks Ipeople.||CB falls and gets injured on Ilhand and foot (serious injury).90 The drawer of CBCB falls from lifterCB breaks. Select the riskc. Pesult of the risk. What do you correspont- PeviewFigure 2. Example of a documentary form (KY sheet)そして,機器・手順等の改良,新たな潜在リスクを 見したならば,これを RA に反映させる。このサイ ルを継続して安全レベルを底上げする。 RA の結果を活用する場面としては、電力会社におけ 作業計画時,電力と請負会社との作業前打ち合わせ -,請負と協力会社との打ち合わせ時,作業当日の4 面を考えた。各場面において RA の結果として得ら るリスク情報は,次のように利用できるであろう。 ・電力会社内での作業計画時必要費用等の情報とともに,効率的な安全対策の実施計画に参考となる ・電力会社と請負会社との作業前打ち合わせ時工法変更や注意喚起策立案といった事故予防計画に反映できる ・請負会社と協力会社との作業前打ち合わせ時現場責任者と作業者間でのリスクの共通認識を促す ・作業当日の危険予知 自らリスクを考えることで,リスク感知能力の向上が期待できる 一例として示す Fig.2 のシートは、 作業当日の危険予 で利用できるリスク情報の様式である。空白の欄に - 作業前日などに作業者が考えを記入する。「あなた らどう対応するか」は,災害想定に対する自分の考 た対応を記す欄である。下段は,想定されていない 在リスクに気付いた場合などに,作業者が RA を行 て記入する欄である。リスクアセスメント情報活用 ステムでは,これらの記入された情報は DB に反映れる。. おわりに本稿では,発電,配電部門などにおける保修業務を 象とした RA を実施する上での要件と RA 手法の内そして,RA を実施した結果をデータベース化し, 々の業務にリスク情報を有効活用するリスクアセスント情報活用システムについて報告した。 さて,保全におけるヒューマンエラーを減少させる めには,保全作業における人間の介在を極力避ける とであり,その方策としては、メンテナンスフリー 設備としたり,機器をモジュール化して故障時の交 等を容易にしたりすることが考えられる。しかしな ら,故障率がばらばらな機器が含まれる設備が大半 ある現状からすると,人が介在する保全作業が今す こなくなるわけではない。 しかも,機器故障で新たに導入する機器の信頼性が くら高くても,人は機器故障率とは桁違いに高い 102 度の確率でエラーを犯すものである。以上から,人 介在せざるを得ない保全ではヒューマンエラーの低 は必須の検討事項であると考える。 そして,エラー低減対策の一つの方策が作業者個々 のリスク,エラーに対する感受性を高めることであ と考え,種々の作業現場に対して RA の取り組みを きかけていきたい。考文献長坂ら, リスクアセスメント情報活用システムの開 発,電力中央研究所報告 S03005, '04 告示「労働安全衛生マネジメントシステムに関する 指針」(労働省告示第 53 号), '99 通達「労働安全衛生マネジメントシステムに関する 旨針について」(基発第 293 号), '99 中央労働災害防止協会, 職場の「リスクアセスメント の実際],中央労働災害防止協会, '99 寺集 事例に学ぶ職場のリスクアセスメント, 働く人 の安全と健康, Vol.3, No.7, '02 木村ら,水力発電所の保守に係わるリスクアセスメ ント手法を用いた安全管理,電力土木, No.309, '04 .D.Swain et. al., Handbook of human-reliability nalysis with emphasis on nuclear power applications, JRC, NUREG/CR-1278, '83“ “保全作業に対するリスクアセスメント“ “長坂 彰彦,Akihiko NAGASAKA
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