ナレッジマネージメントの観点からの保修支援知識の蓄積・流通の考察
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カテゴリ: 第2回
1. まえがき
原子力発電プラントの保修作業においては、熟練保 修員の高年齢化、若年技術者の減少、新旧技術の混在 などの多様な理由により、保修技術の継承が大きな問 題となってきている。ある程度限られた範囲の整理さ れた知識に基づいて実施されるプラント運転に比べて、 保修作業では知識の体系化が遅れている。様々な研究開発が行われてきているが、まだ十分とは言えない。 * 本研究は、ナレッジマネージメントの観点から保修 知識の蓄積と流通を見直し、今後の研究開発の重点課 題に関する見通しを得ることを目的としている。現在 の熟練者の知識を継承するだけでなく、今後蓄積され て行く新たな知識の共有・継承も視野に入れている。
2. SECI E TIL創発システムの観点から行われたナレッジマネ ージメント研究の成果として SECI モデルがある[1]。 SECIモデルは、組織における知識創造・蓄積のため の、形式知と暗黙知のサイクリッな相互変換過程を モデル化したものである。形式知とは、ドキュメン トやプログラムのように、言語化可能な知識のこと であり、暗黙知は、言語化が難しい、技能、経験知、 勘、感覚などの知識である。 * これまで保修の分野では、暗黙知に頼る部分が大
きかった。その理由として下記のものが考えられる。 1保修における様々な判断には、保修対象設備の 個性、設備の稼動状態に関する感覚情報、運転 環境、などの明示的なデータにはしにくい情報 を用いている。 2設備の故障時の原因特定には、過去の故障履歴 が有効な知識となる。故障履歴の詳細な知識は、 報告書には記載されておらず、経験を通じて個 人に蓄積されるノウハウが不可欠である。 3保修対象となる機器は多種多様であり、知識や ノウハウが広範囲にわたり、体系化が十分に行 われていない。それらの知識の獲得や運用に当 たっては、個人の知識に頼らざるをえない。 しかしこのような現状のままでは、未熟練作業員 に経験を積ませるための長い時間が必要であり、効 果的な教育訓練カリキュラムを組むことが難しい。 感覚情報や、それを扱う暗黙知を形式知と対応づけ、 組織内で共有するとともに、新たに獲得される知識 を蓄積し、従来からある知識と統合して、より高度 な知識とする方法論が必要となる。 - SECIモデルでは、個人の経験を、直接的な経験を 通じて共同化(socialization)することで共有化する とともに、対話を通じて形式知化を試みる表出化 (externalization)を行い、批判的継承や理論化へと 結合化し(combination)、さらに形式知を実践によ り暗黙知として内面化する(internalization)という サイクルが考えられている(図 1)。このようなサ イクルは実際にはスパイラルを描く。2873. 保修作業と SECI モデルの共同化 ・・・ 個人に蓄積された暗黙知を、保修 チーム内で共有すること。このためには、OJTや訓 練の場で、熟練者の技能やノウハウを未熟練者が直 接的、間接的(ビデオなど)に見たり体験すること が要求される。 2表出化 ・・・ 内面化、共同化された技能やノウ ハウを言語や動作として表現し、記録すること。マ ニュアル化が一般的に行われるが、暗黙知は基本的 には言語に置換不可能なため、マニュアルにはどう しても記載できない内容が残る。そのため、ビデオ に撮影した動作に注釈をつけたり、仮想/拡張現実 感技術によって数示する必要がある。 3結合化 ・・・ 表出化によって明らかにされた技 能やノウハウを新たな場面に適用し、他の技能やノ ウハウと組み合わせて高度化すること。試行錯誤的 な実施の中から新たな技能やノウハウが創造される。 結果は作業手順マニュアルなどとして整理される。 4内面化 ・・・ 各作業員が結合化の結果を試行・ 評価して、広く展開する過程。マニュアルに書かれ ない部分を実際の現場の状況に則して埋めて判断し、 自分なりの実施方法を発見する。4.状況の重要性形式知、暗黙知の双方にとって、それらが生み出 された状況、およびそれらが使用されるべき状況が 使用者によって正しく理解され、それらに従って正1ソソソ [2] 塩瀬隆之、椹木哲夫、二階堂恭弘、仲島晶、原英、“インタラクティブ技能継承支援エー ントの設計・レンズモデルからみた技能継月 構造分析”、ヒューマンインタフェース学会 誌、Vol.3、No.3、2001、pp.201-213.暗黙知」し く 利 用され・社内外の直接 経験による暗 果口の獲得 ・昭和の福共同化(S)表出化(E)・自己のは知の表出 ・暗黙知から形 式知への書Group-Individual暗黙知暗黙知内面化(I)| 結合化 (C)形式知形式知OrganizationOrganization・1行動実践を通た形式知の はお化 シミュレーションや美 語による形式 知の体系化Group・新しい形式知の獲得と統合 ・形式知の伝連・音及 ・形式知の編集形式知形式対Fig.1 SECI modelることが求められる。場とは何かを考える上で、 Brunswick のレンズモデルが有効と思われる[2]。そ こでは、環境中に存在する手がかりの生態学的妥当 性と、手がかりの重み付けを明確に区別する。これ らはともに、論理的、演繹的に獲得されるのではな く、経験を通じて試行錯誤的に獲得される。特に、 重み付けについてこの傾向が顕著である。これらの 知識の継承にとって、熟練者の暗黙知の表出化が不 可欠である。熟練者の視線利用による未熟練者の視 線の要注意点・要点への誘導、熟練者の指先動作・ 身体動作などの非言語的データベース化と、現場に おいてそれらを視覚的に教示することなどが効果を 発揮すると期待される。「謝辞本研究は経済産業省革新的実用原子力技術開発費補 助事業「原子力発電所の保全品質高度化に関する技術 開発」の成果の一部である。参考文献[1] 野中郁次郎、紺野登、“知識経営のすすめナレッジマネジメントとその時代”、ちくま新書、1999. [2] 塩瀬隆之、椹木哲夫、二階堂恭弘、仲島晶、石原英、“インタラクティブ技能継承支援エージェ ントの設計-レンズモデルからみた技能継承の 構造分析”、ヒューマンインタフェース学会論文 誌、Vol.3、No.3、2001、pp.201-213.288“ “ナレッジマネージメントの観点からの保修支援知識の蓄積・流通の考察“ “仲谷 善雄,Yoshio NAKATANI
原子力発電プラントの保修作業においては、熟練保 修員の高年齢化、若年技術者の減少、新旧技術の混在 などの多様な理由により、保修技術の継承が大きな問 題となってきている。ある程度限られた範囲の整理さ れた知識に基づいて実施されるプラント運転に比べて、 保修作業では知識の体系化が遅れている。様々な研究開発が行われてきているが、まだ十分とは言えない。 * 本研究は、ナレッジマネージメントの観点から保修 知識の蓄積と流通を見直し、今後の研究開発の重点課 題に関する見通しを得ることを目的としている。現在 の熟練者の知識を継承するだけでなく、今後蓄積され て行く新たな知識の共有・継承も視野に入れている。
2. SECI E TIL創発システムの観点から行われたナレッジマネ ージメント研究の成果として SECI モデルがある[1]。 SECIモデルは、組織における知識創造・蓄積のため の、形式知と暗黙知のサイクリッな相互変換過程を モデル化したものである。形式知とは、ドキュメン トやプログラムのように、言語化可能な知識のこと であり、暗黙知は、言語化が難しい、技能、経験知、 勘、感覚などの知識である。 * これまで保修の分野では、暗黙知に頼る部分が大
きかった。その理由として下記のものが考えられる。 1保修における様々な判断には、保修対象設備の 個性、設備の稼動状態に関する感覚情報、運転 環境、などの明示的なデータにはしにくい情報 を用いている。 2設備の故障時の原因特定には、過去の故障履歴 が有効な知識となる。故障履歴の詳細な知識は、 報告書には記載されておらず、経験を通じて個 人に蓄積されるノウハウが不可欠である。 3保修対象となる機器は多種多様であり、知識や ノウハウが広範囲にわたり、体系化が十分に行 われていない。それらの知識の獲得や運用に当 たっては、個人の知識に頼らざるをえない。 しかしこのような現状のままでは、未熟練作業員 に経験を積ませるための長い時間が必要であり、効 果的な教育訓練カリキュラムを組むことが難しい。 感覚情報や、それを扱う暗黙知を形式知と対応づけ、 組織内で共有するとともに、新たに獲得される知識 を蓄積し、従来からある知識と統合して、より高度 な知識とする方法論が必要となる。 - SECIモデルでは、個人の経験を、直接的な経験を 通じて共同化(socialization)することで共有化する とともに、対話を通じて形式知化を試みる表出化 (externalization)を行い、批判的継承や理論化へと 結合化し(combination)、さらに形式知を実践によ り暗黙知として内面化する(internalization)という サイクルが考えられている(図 1)。このようなサ イクルは実際にはスパイラルを描く。2873. 保修作業と SECI モデルの共同化 ・・・ 個人に蓄積された暗黙知を、保修 チーム内で共有すること。このためには、OJTや訓 練の場で、熟練者の技能やノウハウを未熟練者が直 接的、間接的(ビデオなど)に見たり体験すること が要求される。 2表出化 ・・・ 内面化、共同化された技能やノウ ハウを言語や動作として表現し、記録すること。マ ニュアル化が一般的に行われるが、暗黙知は基本的 には言語に置換不可能なため、マニュアルにはどう しても記載できない内容が残る。そのため、ビデオ に撮影した動作に注釈をつけたり、仮想/拡張現実 感技術によって数示する必要がある。 3結合化 ・・・ 表出化によって明らかにされた技 能やノウハウを新たな場面に適用し、他の技能やノ ウハウと組み合わせて高度化すること。試行錯誤的 な実施の中から新たな技能やノウハウが創造される。 結果は作業手順マニュアルなどとして整理される。 4内面化 ・・・ 各作業員が結合化の結果を試行・ 評価して、広く展開する過程。マニュアルに書かれ ない部分を実際の現場の状況に則して埋めて判断し、 自分なりの実施方法を発見する。4.状況の重要性形式知、暗黙知の双方にとって、それらが生み出 された状況、およびそれらが使用されるべき状況が 使用者によって正しく理解され、それらに従って正1ソソソ [2] 塩瀬隆之、椹木哲夫、二階堂恭弘、仲島晶、原英、“インタラクティブ技能継承支援エー ントの設計・レンズモデルからみた技能継月 構造分析”、ヒューマンインタフェース学会 誌、Vol.3、No.3、2001、pp.201-213.暗黙知」し く 利 用され・社内外の直接 経験による暗 果口の獲得 ・昭和の福共同化(S)表出化(E)・自己のは知の表出 ・暗黙知から形 式知への書Group-Individual暗黙知暗黙知内面化(I)| 結合化 (C)形式知形式知OrganizationOrganization・1行動実践を通た形式知の はお化 シミュレーションや美 語による形式 知の体系化Group・新しい形式知の獲得と統合 ・形式知の伝連・音及 ・形式知の編集形式知形式対Fig.1 SECI modelることが求められる。場とは何かを考える上で、 Brunswick のレンズモデルが有効と思われる[2]。そ こでは、環境中に存在する手がかりの生態学的妥当 性と、手がかりの重み付けを明確に区別する。これ らはともに、論理的、演繹的に獲得されるのではな く、経験を通じて試行錯誤的に獲得される。特に、 重み付けについてこの傾向が顕著である。これらの 知識の継承にとって、熟練者の暗黙知の表出化が不 可欠である。熟練者の視線利用による未熟練者の視 線の要注意点・要点への誘導、熟練者の指先動作・ 身体動作などの非言語的データベース化と、現場に おいてそれらを視覚的に教示することなどが効果を 発揮すると期待される。「謝辞本研究は経済産業省革新的実用原子力技術開発費補 助事業「原子力発電所の保全品質高度化に関する技術 開発」の成果の一部である。参考文献[1] 野中郁次郎、紺野登、“知識経営のすすめナレッジマネジメントとその時代”、ちくま新書、1999. [2] 塩瀬隆之、椹木哲夫、二階堂恭弘、仲島晶、石原英、“インタラクティブ技能継承支援エージェ ントの設計-レンズモデルからみた技能継承の 構造分析”、ヒューマンインタフェース学会論文 誌、Vol.3、No.3、2001、pp.201-213.288“ “ナレッジマネージメントの観点からの保修支援知識の蓄積・流通の考察“ “仲谷 善雄,Yoshio NAKATANI