電気化学的過渡信号に着目した皮膜破壊事象の観測手法

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カテゴリ: 第2回
1.緒言
応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking, SCC)の取 り扱いは、割れの発生過程と進展過程に大別される。 き裂の進展過程は破壊力学に基づいて決定論的に取り 扱うことが可能であるのに対して、発生過程は機械的 あるいは化学的要因による不動態皮膜の破壊とその再 不動態化、孔食萌芽の生成と消滅、応力腐食割れの起 点となる微視き裂の形成、合体など、確率論的性質を 持つ事象である。一般に構造物の応力腐食割れ寿命の 大半は上記の確率論的事象に占められており、き裂進 展から構造物破壊へと至る過程は寿命後期のわずかな 期間である。したがって水環境中構造物の寿命管理の 観点からも、SCC 発生過程の理解が重要である。しか しながら、発生過程での諸現象を観測する有効な手段 がないことなどから、必ずしも解明が進んでいない。そこで本研究では、不動態皮膜の破壊と修復を始め とした SCC発生過程での個々の局所的過渡的電気化学 的事象について、その規模と位置を連続的にモニタリ ングする手法を考案し、成立性を検討した。
2. 実験および解析方法2.1 過渡的電流・電位分布の数値解析方法水溶液/金属間の電極界面構造は Fig.1 の電気的等 価回路モデルとして近似できることが知られている [1-3]。ローカル・アノードから解析空間中に電流が印 加されたときに形成される電位・電流分布を、下記3点を考慮して数値計算により求めた。 1 水溶液で満たされた解析空間の電位分布は溶液抵 抗による IR ドロップから生じる。 電極界面でのカソード電流は 2 アノード反応の対反応として生じるカソード還元 反応(ファラデー電流) 3 電気二重層の充放電(非ファラデー電流) の両過程により生じる。溶液中における電位は溶液全体を連続体としてモデ ル化し有限要素法を用いて解き、金属及び界面に形成 される電気二重層は等価な電気回路の集合体としてモ デル化することによって解いた。電気二重層と溶液の 境界における電位は、有限要素法によって求められる 電位と回路モデルによって決まる電位の両方にコンシ ステントである必要があり、これを満たす電位分布は Fig.2 のフローチャートで示す反復計算法により求め た。まず、電気二重層と溶液の境界上の節点における 電位に適当な初期値を与え、有限要素解析により電位 分布を求めた。次に、電気二重層と溶液の境界上の各 節点について電気回路を考え、有限要素解析より得ら れる境界の電流密度に基づいて、金属との電位差を求 めた。即ち、電気二重層の容量と酸化剤の還元反応に 等価な電気抵抗の並列回路を考え、境界節点における 電位を計算した。この電位と有限要素法の境界条件と して与えた電位とを比較し、両者が十分に一致するま で収束計算を行った。なお、還元反応の電流密度はカ ソード分極挙動の実測結果から、また、電気二重層容 量は文献値[4-6]に基づいて決定した。345有限要素法による溶液中の電位分布の解析は、電位 分布が変化するという過渡現象を対象としているが、 準静的であると近似し、静電場のポテンシャルを記述 するラプラス方程式に従うものとした。Fig.3 に示され るように、境界条件は、電気二重層と溶液の境界にお ける仮想カソードではディリクレ条件を課し、電位を 与えた(回路モデルとの反復計算はこの電位に関して 行われる)。割れのサイトであるアノード部は、ノイマ ン条件を課し、皮膜破壊時の電流値を与えた。また、 その他の非金属部境界については、十分大きな解析領 域のため、境界を電荷が通過しないという条件を与え た。このラプラス方程式の弱形式は式(1)で表され、こ の式に基づいて有限要素法により離散化を行い電位分 布を求めた。解析要素は六面体一次要素を用い、要素 数:38 x 60x5(カソード面上の要素サイズ:0.33 ×0.25 ×0.083 mm)と十分細かい要素分割により解析を実施 した。-12.2 模擬ローカル・アノードを用いた電位振動 分布の実測方法試験装置の概略をFig.4 に、電極配置をFig.5に示す。 試験極には SUS304 鋼を使用し、露出面積は 12mm× 14mm に制限し、他部分はシリコンシール剤で被覆し た。試験極に直径 1.0mm の貫通孔を開け、熱収縮性テ フロンチューブで被覆した直径0.5mm の Pt線を挿入し、 端面を模擬ローカル・アノードとした。照合電極は直 径 13mm の円周上で正三角形を形成する 3 点に直径 0.55mm の穴を開け、直径 0.5mm の Pt 線を挿入・接着 し、その端面を照合電極面とした。試験極面と照合電 極面の間は 0.5mm に固定され、その間を 25°C,1× 10““mol/1(電気伝導率:28μS/cm) の Na2S20,水溶液を 5.0m/min で循環させている。模擬ローカル・アノード には ガルバノスタットが接続され、印加する電流はフ ァンクションジェネレータにより任意に設定、出力で きる。各照合電極にはエレクトロメータが接続され、 試験極に対して計測された電位をデジタルレコーダー に出力した。試験は試験極の腐食電位が安定するまで浸漬した後 に、模擬ローカル・アノードー試験極間に強制的に電 流を印加し、各 Pt 照合電極で生じる電位振動をエレクトロメータにより同時計測した。同種の材料一環境の 組み合わせにおける Watanabe ら[1]の SSRT 試験におけ る電気化学的過渡電流信号計測において過渡的な電位 変動に対応してスパイク状の信号が計測されたことか ら、印加電流波形として三角波を選択した。印加電流 条件を Table1 に示す。各条件について3回ずつ実験を 行い、再現性も含めて電位振動分布を観測した。3. 結果および考察3.1 実験結果と解析結果の比較 各照合電極で計測された電位振動波形の実測結果の 例を Fig.6 に解析結果の例を Fig.7 に示す。実測結果の 各グラフは電流印加直前の電位を OV として規格化し ている。実測結果は以下の特徴を有していた。 (1) 照合電極がローカル・アノードに近いほど電位振動 が大きく、ピーク時間も早い。 (2) 水溶液の電気伝導率が低いほど電位振動分布が急 峻になる。 (3) アノード電流のピーク時間が短いほど、電位振動の ピーク時間も短い。 (4) アノード電流の発生時間が短いほど電位分布が急 峻になる。 (5) アノードの電荷放出量が大きいほど電位振動強度 も大きい。数値解析結果においてもこれらの特徴がすべて再現 されていた。ローカル・アノードに最も近い CH3 の電 位振動強度及びピーク時間はほぼ一致しており、数値 解析の再現性は高い。電位振動の回復挙動に違いが見 られたが、これは高電位域でのカソード分極曲線挙動 が影響していると考えられる。回復過程ではカソード 還元反応の履歴の影響を受けるため、還元反応速度が 低下する。本解析ではカソード還元反応の履歴の影響 を考慮していないため、回復過程に違いを生じていた と考えられる。3.2 ローカル・アノード位置推定の可能性検討計測される電位振動は照合電極-試験極間の溶液抵 抗Rにより生じる IR ドロップと、電極界面に生じる電 位差の和である。界面インピーダンス Z は電気二重層 コンデンサと電荷移動抵抗の並列回路であって、電流 立ち上がり初期にはカソード電流の大部分はコンデン サ側を流れるので、電位変動は線形要素によるものの みと近似できる。従って、過渡的電流下では、電位振 動相対強度の場所的分布(電位振動強度比)は一定で ある。一例として、模擬ローカル・アノードに最も近 い CH3 と遠い CH2 の電位振動強度比に着目し、実測 結果と解析結果の比較を行った。印加電流の大きさを 変えた場合の電位振動強度ならびに強度比を Fig.8 に346示す。(a)が実測結果であり、(b)が解析結果である。実 測結果、数値解析結果ともに、印加される電流が大き いほど電位振動強度は大きくなるが、CH2/CH3の振動 強度比はほぼ一定であった。したがってローカル・ア ノード電流位置推定のためのパラメータとして電位振 動強度比を利用できると考えられる。そこで Fig.9 に示 されるように、ローカル・アノード位置を真の位置か ら意図的にX方向およびY方向にずらして数値解析し た電位振動強度比と、実測結果の電位振動強度比とを 比較した。実測結果に対する解析結果の誤差率を求め、 真のローカル・アノード位置からのずれに対する誤差 率の変化を評価した例が Fig.10 である。誤差率は真の アノード位置近傍で最小となっており、この方法によ って位置評定が可能であることが示されている。4. 4.結言- 応力腐食割れ発生の素過程(サブミクロン・サイズ の皮膜破壊、皮膜修復、再活性化、微視き裂化、微視 き裂の連結など)を高感度かつ連続的に観測する方法 の開発の第一段階として、電気化学的過渡信号(電気」 化学ノイズ)を利用した手法の提案と基礎的な開発を 行い、モデル試験によってその成立性を実証した。具 体的には、 (1)応力腐食割れあるいは孔食の発生過程における 電極挙動をモデル化するとともに、割れ発生位置特定 のための過渡的電流・電位変動の3次元分布の数値解 析コード(順解析)を開発した。溶液-金属界面の容量 成分の効果も考慮して、過渡的な電極応答下での電 流・電位の空間分布を再現可能なシミュレータが実現 された。 (2) モデル試験によって本計測手法の基本的成立性 を検証した。すなわち、模擬ローカル・アノードおよ びガルバノスタットを用いたモデル試験により応力腐 食割れ発生過程におけるローカル・的過渡的アノード 事象を模擬し、複数電極による電気化学的過渡信号計 測を行った。計測された電気化学信号と上記(2) で 開発された数値シミュレーションの結果の比較からア ノード点の位置が推定可能であることを示し、本観測 手法の成立性を実証した。謝辞 本報告は、(独) 原子力安全基盤機構からの委託研究 (平成16年度原子力安全基盤調査研究)の成果の一部であることを附記する。1参考文献 [1] Y. Watanabe and T. Kondo, Corrosion, 56, 12, (2000),1250-1255. [2] M. Hashimoto, S. Miyajima and T. Murata, CorrossionScience, 33, 6(1992), 885-904. [3] H.S. Isaacs and Y. Ishikawa, JOURNAL OF THEELECTROCHEMICAL SOCIETY, 132(1985),1288-1293. [4] 渡辺豊, 近藤達男, 「材料と環境 1997 講演集」(1997),313-316. [5] 井上博之, 木下雅文:材料と環境, 45 (1996) , 717. 「6] 井上博之,山川宏二:「第46回材料と環境討論会」 1 (1999), 337-338.「材料と環境 1997 講演集」(1997),347初期境界条件 試験極表面上電位か=。RsaRsa有限要素法による 溶液中電位分布計算電位から界面への 電流密度計算Solution Double Layer Local......... ..... | Anode CdlL MetalRcr CdlLRcrPoint A Point B Fig.1 Equivalent circuit model used in the numerical simulation.| カソード部の還元 反応電流を計算 log|il=ab+BJan=000anカソード部の電気二重層 に生じる電位を計算Vc = fuindt得られた 試驗極 表面電位を 境界条件にZReference ElectrodeFace試験局面上電位の再計算収束NoCathods AreaYes: 次のタイムステップJose AngdeFig.2 Procedure of numerical simulation of potential distribution under transient current.15Fig.3 Simulation volume and boundaries.Potentiometers/Nanovolt MetersPlatina | WiresDegital RecorderTankGalvanostatPumpFunction Generator/Source MeterConstant TemperatureBathFig.4 Setup for the electrochemical transient measurements.348Sodium Thiosulfate SolutionResin Chamber^oo 5304SS Specimen60.5Insulation (Teflon Tube)Reference Electrode(Pt Wire)R6.5/GalvanostatCH3CH26.75Dummy LocalAnode. (11,5,7.0)3.54166666666667E-02Dummy LocalAnode (Pt Wire)Electrometer:mm0.5mm7.513.1315.0 |13.5Fig.5 Schematics of specimen setup. Positions of reference electrodes are also shown.Tahle 1 Current transients used in the exneriments | -- |||1. 87|||| .5|||||||| | X13.13 15.771.3.87Fig.5 Schematics of specimen setup. Positions of reference electrodes are also shown.Table 1 Current transients used in the experimentsPeak Intensity250 mA500 nA500 mA500 mA1000 mASweep Rate250 nAls250 nA/s500 nals1000 nAs1000 nAls1000Wave ShapeCurrent, nACurrent, nACurrent, nA500Current, naCurrent, nA15 |-- 500500250Time, s4Time,si2 iTime,s |10Time, s |12 :Time,sExperiment Number-3-4-5-10000ト8000 -CH1 - - CH2 ー・ーCH3 ||ト6000Potential, mVCurrent, naTriangular Current Peak Intensity: 1000nA |-4000 Sweep Rate:1000nA/s 1x102moll-Na,S,O, Solution |““||2000 Conductivity:28uS/cm - Applied Current 1510 15 20125Time, s Fig.6 Fluctuations in electrochemical potential monitored with the three reference electrodes.-1204「10000F8000-CH1 - CH2 ー・ーCH3F6000Potential, mv-4000Triangular Current Peak Intensity:1000nA Sweep Rate:1000nA/S Conductivity:28uS/cmCapacitance:20uF/cm2 Applied CurrentCurrent, nA2000-100/i10Time, sig.7 Numerically simulated potential fluctuations for CHI, CH2, and CH3. - 349 -20|| A CH2V CH3 | | O CH2/CH3 |2017ーター10200 300 400 500 600 700 800 900 10001100Peak Intensity of Applied Current, na(a) Experimental results(b) Numerical simulationig.& Peak intensity of potential drop measured or calculated by reference electrodes of different locations, CH2 and CH3. eak intensity ratio of the potential drops between CH2 and CH3 is also plotted as a function of peak intensity of applied urrent.CH1CH2Error in CH2/CH3 Peak Ratio, %CH3→X? :局部アノード ●:照合電極:照合電極 ig.9 True position of the local anode and its cations assumed in the numerical simulations.Assumed Position of Local Anode, mm Fig.10 Errors in CH2/CH3 potential drop ratio are compared between experiments and numerical simulations as functions of assumed location of local anode.1207 100|| A|CH2 CH3。 CH2/CH3Peak Ratio, %- A 200 300 400 500 600 700 800 900 10001100Peak Intensity of Applied Current, nA70-250nA,250nAls マー500nA, 250nAls- 500nA, 500nAls-500nA, 1000nAls ーロー 1000nA,1000nAlsトムームームームームー0-0-0-0-A1-10 Assumed Position of Local Anode, mm350 -“ “電気化学的過渡信号に着目した皮膜破壊事象の観測手法“ “渡辺 豊,Yutaka WATANABE
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