SUS304 鋼の高温疲労損傷初期段階における磁気特性変化
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カテゴリ: 第2回
1.緒言
我が国においても、破壊力学に基づく欠陥評価を適 用した維持規格が導入され、一定期間後も原子力発電 プラントの健全性に影響しないき裂に関しては、その 存在が許容されることとなった。これによりプラント 機器の補修・交換作業時に生じる環境への負荷が低減 するとともに、プラントの稼働率が高まることにより 経済性が向上すると期待されている。 __ しかしながら、もしき裂が顕在化する以前において も材料劣化を簡易にかつ正確に把握できうるならば、 保守・補修手法の選択肢がさらに広がり、より一層、 原子力発電の安全性や経済性が高まる可能性があるだ ろう。き裂発生前の劣化診断手法としては、超音波やX線 を利用したものなどがいくつか提案されているが[1]、 中でも磁気的手法は、磁気特性が転位や化学組成変化 などの材料劣化と密接に関係しており、また非破壊・ 非接触での測定に適していることから有望であると考 えられ精力的に研究・開発が行われている[2]。 しかし、その多くは液体窒素温度等の極低温環境下や室温環境 下における劣化を対象としており、例えば、高速増殖 原型炉「もんじゅ」冷却系配管のような高温環境下(約 300~550°C)での劣化事象へ適用した例はこれまでほ とんど報告されていない[3][4]。我々は最近、「もんじゅ」の一次・二次冷却系配管材 にも採用されている代表的な高温構造材料である SUS304 鋼が、高温環境下における疲労損傷により、き 裂発生以前から磁気特性変化を示すことを明らかにし た[5]。本論文では,この磁気特性変化をさらに詳細に 調べるために実施した、高温疲労損傷初期段階におけ る漏洩磁束密度分布測定および磁気カー効果顕微鏡に よる微小磁性相観察の結果について報告する。
2. 実験方法2.1 試験片供試材には、熱間圧延した後、1050°C×0.2 時間+水 冷による溶体化処理を施した SUS304 鋼を用いた。化 学組成を Table 1 に示す。溶体化状態の SUS304 鋼は、 常磁性体であるオーステナイト相中に少量の強磁性体 である6フェライト相を含んだ組織となっている。357次に試験片形状を Fig.1 に示す。試験片は軸方向が素 材の圧延方向と一致するように採取した。また漏洩磁 束密度の測定を容易に行えるように、平行部を平板形 状とした。Table 1Table 1 Chemical composition of SUS304 Stainless Steelused in this study (mass %) cl si | Mn | P | s | Ni | cr 0.05 | 0.57 | 0.86 | 0.027 | 0.002 | 8.92 | 18.43976SLO9203R35 |OSampie ijo.Sample No.< 25 →9NOSLO2612→Measurement Area of Magnetic Flux Density160Fig. 1Geometry of a specimen.Table 2 Conditions of Low-cycle fatigue test inhigh-temperature environment Temperature (°C)650 AtmosphereAir Total strain range (%)0.4,0.7 Strain rate (%/s) Strain waveformTriangular0.12.2 高温環境下低サイクル両振り疲労試験高温環境下低サイクル両振り疲労試験の試験条件を Table 2 に示す。温度は高温環境の効果を促進するため に650°Cに設定した。また全歪み範囲(c)は 0.4%と 0.7%の二条件とし、各々の条件に関して、それぞれ遷 移硬化領域、破損推定サイクル(N)の 1/4 サイクル および 1/2 サイクルまでの試験を実施した。ここで、 破損サイクルは、引張側最大応力が定常値から 25%低下するサイクル数と定義した。今回試験に供した素材 の破損サイクルは、全歪み範囲が 0.4%の場合、約68,000 サイクル、0.7%の場合には約 4,800 サイクルと推定さ れる。なお、各疲労試験は、昇温後 16時間以上経過し、 伸び計が安定していることを確認した後に開始した。2.3磁気特性変化測定サイクル数の増加に伴う疲労損傷の蓄積および疲 労損傷領域の局在化による磁気特性変化を調べるため に、疲労試験実施前後に漏洩磁束密度分布の測定を行 った。測定領域は Fig.1 に示したとおりである。また、 座標原点は測定領域の中心とした。変動交流磁場によ り試験片を消磁した後、約 0.1T の外部磁場により軸方 向に着磁処理を実施し、残留磁化状態で漏洩磁束密度 の軸方向成分を測定した。今回、漏洩磁束密度の測定 には、島津製作所製薄膜フラックスゲートセンサ[6]を 用いた。センサの検出感度は 5×10gauss、センササイ ズは 2.5mm×2.5mm である。試験片表面ーセンサ間の 距離は 0.5mm とした。また測定は試験片を疲労試験機 から取り外し、パーマロイ製磁気シールドボックスの 中で室温・大気中にて実施した。また、高温環境下における疲労損傷により導入され た磁性相の形状・分布等を明らかにするために、全歪 み範囲 0.4%の試験片に関して、磁気カー効果顕微鏡観 察を実施した。ここで、磁気カー効果顕微鏡とは直線 偏光が磁性体の表面で反射する際に主軸の向きが傾い た楕円偏光に変化することを用いて磁化分布の観察を 簡便に行うことのできる光学顕微鏡の一種である。同 じく磁化分布を観察するために用いられる磁気力顕微 鏡に比べて空間分解能は劣るものの、広範囲の観察を 短時間で行えるという長所がある。磁気カー効果顕微 鏡観察用試料は、エメリー紙およびダイヤモンド粒子 で研磨した後、研磨による加工層の影響を取り除くた めに化学エッチングを施した。3.実験結果3.1 高温環境下低サイクル両振り疲労試験試験終了サイクル数を Table 3 に、応力幅とサイクル 数の関係を Fig.2 にそれぞれ示す。全歪み範囲が 0.4% および 0.7%の両条件で、終了サイクル数の異なる3本358の試験片がほぼ同じ挙動を示していること、また終了 サイクル数を遷移硬化領域までとした試験片が、確か に遷移硬化領域で終了していることを確認できる。 1 終了サイクル数を 1/28 までと設定した試験片の塑 性歪み範囲および引張側最大応力の定常値は、全歪み 範囲が 0.4%の試験片については 0.173%および 160MPa、 0.7%の試験片については 0.431%および 198MPa であり、 どちらも予想された強度を示した。これらのことから N,もおよそ推定どおりであると考えられる。Table 3 The Numbers of Cycles to Finish Fatigue TestsE=0.4% | E=0.7% Transition hardening Region 10054 ~1/4NE149101204 ~1/2Nf330052405TIKimmmmmmm150...10010中中中中- Transition Hardening Region (0.7%) | - 1/4N(0.7%)1/2N(0.7%) Transition Hardening Region (0.49)Y3SUMIKKOMONman-cl....1/2N10.4%)スタdmmmmmmmunw 10' 10'. で 101 10%10°Number of Cycles Fig.2 S-N Curves.3.2 高温疲労損傷による磁束密度分布の変化- SUS304 鋼は常磁性体であるオーステナイト相から なるが、わずかながら強磁性体である6フェライト相 も含んでいるために、損傷前でも残留磁化が測定され、 またその値は場所によって多少異なっている。磁束密 度分布の測定結果から、このような受入時から存在す る磁束密度分布の影響を取り除き、高温環境下におけ る疲労損傷によって生じた変化を簡易的に明らかにす るために、本研究では疲労試験実施前後の差分を取っ た。 Fig.3、4にそれぞれ全歪み範囲が 0.4%と 0.7%に関 して疲労試験実施前の磁束密度分布から試験実施後の磁束密度分布を差分した結果を示す。ただし、スケー ルを正の範囲内で変化させていることに注意する必要 がある。凡例を正の範囲内で変化させたのは、後のき 裂発生につながるような疲労損傷の蓄積は局所的に起 こると考えられるが、Fig.5 に図示したように試験片を 軸方向に着磁して、漏洩磁束密度の軸方向成分を測定 する場合には、局所的な磁化が存在すると、その直上 で磁束密度は負となるため(ただし、着磁方向を正と した場合)、試験実施前の磁束密度から試験実施後の磁 束密度を引いた値が正になる箇所に注目することで、 高温環境下疲労損傷により集中して磁化が増加した領 域を推定可能となるからである。また、ここには表側 に関する結果のみを示したが、裏側でも同様の傾向が 得られた。ただし、表側、裏側は、試験片を疲労試験 機に取り付けた際の位置関係から便宜的に定義した。 - 全歪み範囲が 0.4%、0.7%のものとも、遷移硬化領域 においては、疲労の蓄積と関連するような局所的な磁 化の増加はほとんど確認されなかった。遷移硬化領域 を過ぎるとサイクル数が増加するにしたがって局所的 な磁化の増加が見られるようになり、磁束密度差分の 絶対値も大きくなる。Table 4 に全歪み範囲が 0.4%と 0.7%の場合の磁束密度差分の標準偏差のサイクル数変 化を示した。この表からもサイクル数が増加するとと もに磁束密度差分のばらつきが大きくなっており、局 所的な変化が進んでいることが理解できる。ただし、 標準偏差を求める際に、差分値が負である測定点につ いては値を0と置き換えた。Fig.6 にサイクル数と磁束密度差分の最大値の関係 を示す。どちらの条件に関してもサイクル数と磁束密 度差分の最大値との間に非常に良い線形性が成り立っ ていることが明らかになった。この結果は、陳らが報 告している室温での疲労損傷による磁束密度変化の測 定結果と一致している[7]。このような単純な関係は、 磁束密度測定によるき裂発生前劣化診断を容易にする と期待される。サイクル数の増加とともに磁束密度差 分の最大値が線形に増加する原因については現在考察 中であるが、遷移硬化領域以降は一定の応力-ひずみ 履歴曲線を描き、したがって1サイクル毎に試験片に 投入されるエネルギーはマクロ的に一定であることか ら、生成される磁化もほぼ一定であると考えられ、妥 当な結果だと思われる。サイクル数あたりの最大磁束 密度差分の増加量を全歪み範囲が 0.4%の場合と 0.7% の場合で比較すると、サイクル数あたりのエネルギー359投入量が多い 0.7%の方が大きいが、一方、寿命比で整 理すると、全歪み範囲が 0.4%の場合が 0.7%の場合に逆 転することがわかった。この原因のひとつとしてmmmm10.540.510 10.480 0.450 0.420 0.390 10.360 0.330 10,300 10.270 10,2400.210 10.180 10.150 10.120 0.090 0.060 10.030 0.000- -5.0+-7.5 -10.0 -7.5 -50 -2.5 0.02. 55. 07.5 100mmTTTTT-7.5 -10.0 -7.5-5.0 -2.5 0.02 . 55 . 0 7.5 10.0mm(a) Transition hardening region: N = 100.(a) Transition hardening region: Nmmmmsayss 0.540 0.510 10.480 10.450 10.420 10,390 10.360 0.330 0.300 0.270 0.240 0.210 10.1800,150 10.120 10,090 0.060 0.030 10,000- -5.0- -5.0- -7.5 7.5 100TT-75 -10.0 -7.5 -5.0-2.5 0.02.5 5.07. 5100mm-100 -7.5 -50 -25 00 25 50(b) ~ 1/4N: N = 14910.1/4Nf: N = 1204.artnekauss 10,600 10.570 10:540 10.510 0.480 10.450 0.420 10.390 0.360 0.330 0.300 10.270 0.240 0.210 0.180 10.150 [0.120 [0.090 10.060 10.030 10,000+-75-10.0 -7.5-5.0 -2.50. 0255. 07.5'10.0mmg.3(c) ~ 1/2NF N =33005. Subtracted Distribution of Magnetic Flux Density(Total Strain Range : 0.4%).Fig.3は、塑性歪み範囲が異なることによる損傷の集中程度 の違いが考えられるが、今後、弾塑性解析等を行い検 証する必要がある。mmEauss 10.300 10.285 10.270 0.255 0.240 0.225 0.210 0.195 0.180 [0.165 0.150 0.135 10.120 10.105 0.090 0.075 0.060 0.045 0.030 0.015 0,000-10.0 -7.5 -5.0 -2.50. 0255. 07 .5+-7.5 10.0mm9.4(c) ~ 1/2Nf: N = 2405. Subtracted Distribution of Magnetic Flux Density(Total Strain Range : 0.7%).Fig.4360Magnetization DirectionFG SensorMagnetic Line of ForceLocal MagnetizationFig.5 Direction of Magnetic Line of Forcedue to Local Magnetization.Table 4 Standard Deviation of Subtracted Magnetic Flux Density| E=0.4% | E=0.7% | Transition hardening Region 0.00008 0.00033 ~1/4Nf0.03819 | 0.02911 ~1/2NA| 0.06292 | 0.047332E =0,4% (Front Side) E =0.4% (Back Side) E =0.7% (Front Side) E =0.7%(Back Side)mumurnコリンブランシュリッスンル:????????????????????????~1/2N,~1/4N???????????????????? ???10 5000 10000 15000 2000025000 30000 35000Number of Cycles Fig.6 Number of Cycles vs. Maximum Value ofSubtracted Magnetic Flux Density.3.3 高温疲労損傷材中の微小磁性相- 全歪み範囲 0.4%の試験片に関する磁気カー効果顕 微鏡観察結果例を Fig.7 に示す。観察は、磁束密度差分 が極大値をとった点を中心に約 1mm2の領域で実施し た。また観察面は Fig.1 に示した座標軸でXY面とした。 ここで磁化部分は、Fig.7(a)中に例示したように、比較 的色が濃くなっている部分である。 我々は最近、今回実施した全歪み範囲 0.4%の試験と同条件で破損まで実施した試験片の各種顕微鏡観察を 行い、応力負荷方向から数十度傾いた方向に伸びる微 小磁化が応力負荷方向に沿って帯状に存在しているこ と、その微小磁化は室温で常磁性を示すオーステナイ ト相から同じく室温で強磁性を示す体心立方格子構造 をもつ相へ変態したことにより生じたものであること を明らかにした[8][9]。今回実施した中断試験片の観察結果から、破損材で 観察された微小磁化は、ごくわずかであるものの遷移 硬化領域までで試験を中断した試験片中にも既に存在 していることが明らかになった。ただし、破損材中の ように、複数の結晶粒にわたって分布する微少磁化は 観察されなかった。1/4N,で中断した試験片に関しては、 遷移硬化領域までの試験片と同様に、微小磁化の多く は一結晶粒内にとどまっていたが、複数の結晶粒にわ たって分布する微小磁化も一部観察された。さらに、 粒内の大部分が磁化している結晶粒が見られ、遷移硬 化領域までの試験片と比べて微小磁化が存在する領域 が広くなっていることがわかった。1/2NF の試験片に関 しては、さらに広い領域で微小磁化が観察されるよう になり、また微小磁化の大きさも遷移硬化領域まで、 および 1/4NF までの試験片中で観察された微小磁化と 比べて、大きくなっていることがわかった。 - 微小磁化の形状および分布は 3次元的であるため、 XY 面での観察結果からだけでは、Fig.6 に示した疲労 試験実施前後の磁束密度の最大変化とサイクル数の関 係を定量的に説明することは出来ない。しかしながら、 定性的には高温環境下での疲労損傷による磁束密度の 増加は、この微小磁化が存在する領域の増加によるも のであることが今回の観察結果から明らかになった。4.結言- 大気中 650°C の環境下で SUS304 鋼について疲労中 断試験を実施し、漏洩磁束密度分布測定および磁気カ ー効果顕微鏡観察を行った結果、以下の結論を得た。 (1) サイクル数の増加に伴い、漏洩磁束密度分布に局所的な変化が見られるようになる。これ は損傷の局部的進行と関連していると考えられる。 (2) 疲労試験実施前後での磁束密度差分分布の最大値は、サイクル数とともに線形に増加する。 (3) 磁束密度の増加は、相変態により生じる微小361StressしかしMagnetic Phase50um(a) Transition Hardening Region500mm(b) 1/4Nf50mm1/2NfFig.7 Magnetic Kerr Effect Microscopy Results on Fatigue Test Samples under the Total Strain Range of 0.4%.-4磁化が増加することによるものである。 以上の結果から、磁束密度分布測定によって、 高温環境下における SUS304 鋼の疲労損傷劣 化をき裂発生前に評価できる可能性がある。謝辞本研究を遂行するにあたり,高温環境下疲労試験およ び磁気カー効果顕微鏡観察用試料作製をそれぞれ実施 して頂いた常陽産業(株)の矢口勝己氏,冨田正人氏 に深く感謝致します。参考文献[1] 例えば、“特集 材料劣化診断”、非破壊検査、Vol.46、1997、pp.149-196. [2] 例えば、宮健三、高木敏行、中曽根祐司編著、“材料劣化の電磁解明と電磁非破壊検査”、日本 AEM学会/普遍学国際研究所、2001. [3] K. Mumtaz, S. Takahashi, J. Echigoya, L. Zhang, Y.Kamada, M. Sato and T. Ueda, The NDE of SUS304 Austenitic Stainless Steel after Compressive Deformation at High Temperature, 第11回 MAGDAコンファレンス講演論文集, 2002, pp.193-196. [4] 永江勇二、青砥紀身、“SUS304 鋼の高温損傷による磁気特性および金属組織変化”、材料、Vol.54、2005、pp.116-121. [5] S. Takaya, T. Nakagiri and T. Suzuki. MagneticProperty Change of SUS304 Stainless Steel due to Fatigue at Elevated Temperature, Electromagnetic Nondestructive Evaluation (IX), IOS Press, Amsterdam,accepted. [6] 吉見健一、藤山陽一、務中達也、山田康晴、中西博昭、吉田多見男、“小型薄膜フラックスゲート磁 気センサとその応用”、島津評論、Vol.56、No.1・2、1999、pp.19-28. [7] Z.Chen, “Enhancement of Nondestructive EvaluationTechniques for Magnetic and Nonmagnetic Structural Components““、核燃料サイクル開発機構技術資料JNC TN9400 2000-021、2000. [8] 高屋茂、永江勇二、“高温環境下での疲労損傷による SUS304 鋼の微細磁性相の生成”、第 14 回 MAGDA コンファレンス講演論文集、2005、pp.233-236. [9] 高屋茂、永江勇二、“高温環境下における疲労損傷のき裂発生前劣化診断手法の開発““、核燃料サイク ル開発機構技術資料 JNC TN9400 2005-006、2005.362“ “SUS304 鋼の高温疲労損傷初期段階における磁気特性変化“ “高屋 茂,Shigeru TAKAYA,永江 勇二,Yuji NAGAE
我が国においても、破壊力学に基づく欠陥評価を適 用した維持規格が導入され、一定期間後も原子力発電 プラントの健全性に影響しないき裂に関しては、その 存在が許容されることとなった。これによりプラント 機器の補修・交換作業時に生じる環境への負荷が低減 するとともに、プラントの稼働率が高まることにより 経済性が向上すると期待されている。 __ しかしながら、もしき裂が顕在化する以前において も材料劣化を簡易にかつ正確に把握できうるならば、 保守・補修手法の選択肢がさらに広がり、より一層、 原子力発電の安全性や経済性が高まる可能性があるだ ろう。き裂発生前の劣化診断手法としては、超音波やX線 を利用したものなどがいくつか提案されているが[1]、 中でも磁気的手法は、磁気特性が転位や化学組成変化 などの材料劣化と密接に関係しており、また非破壊・ 非接触での測定に適していることから有望であると考 えられ精力的に研究・開発が行われている[2]。 しかし、その多くは液体窒素温度等の極低温環境下や室温環境 下における劣化を対象としており、例えば、高速増殖 原型炉「もんじゅ」冷却系配管のような高温環境下(約 300~550°C)での劣化事象へ適用した例はこれまでほ とんど報告されていない[3][4]。我々は最近、「もんじゅ」の一次・二次冷却系配管材 にも採用されている代表的な高温構造材料である SUS304 鋼が、高温環境下における疲労損傷により、き 裂発生以前から磁気特性変化を示すことを明らかにし た[5]。本論文では,この磁気特性変化をさらに詳細に 調べるために実施した、高温疲労損傷初期段階におけ る漏洩磁束密度分布測定および磁気カー効果顕微鏡に よる微小磁性相観察の結果について報告する。
2. 実験方法2.1 試験片供試材には、熱間圧延した後、1050°C×0.2 時間+水 冷による溶体化処理を施した SUS304 鋼を用いた。化 学組成を Table 1 に示す。溶体化状態の SUS304 鋼は、 常磁性体であるオーステナイト相中に少量の強磁性体 である6フェライト相を含んだ組織となっている。357次に試験片形状を Fig.1 に示す。試験片は軸方向が素 材の圧延方向と一致するように採取した。また漏洩磁 束密度の測定を容易に行えるように、平行部を平板形 状とした。Table 1Table 1 Chemical composition of SUS304 Stainless Steelused in this study (mass %) cl si | Mn | P | s | Ni | cr 0.05 | 0.57 | 0.86 | 0.027 | 0.002 | 8.92 | 18.43976SLO9203R35 |OSampie ijo.Sample No.< 25 →9NOSLO2612→Measurement Area of Magnetic Flux Density160Fig. 1Geometry of a specimen.Table 2 Conditions of Low-cycle fatigue test inhigh-temperature environment Temperature (°C)650 AtmosphereAir Total strain range (%)0.4,0.7 Strain rate (%/s) Strain waveformTriangular0.12.2 高温環境下低サイクル両振り疲労試験高温環境下低サイクル両振り疲労試験の試験条件を Table 2 に示す。温度は高温環境の効果を促進するため に650°Cに設定した。また全歪み範囲(c)は 0.4%と 0.7%の二条件とし、各々の条件に関して、それぞれ遷 移硬化領域、破損推定サイクル(N)の 1/4 サイクル および 1/2 サイクルまでの試験を実施した。ここで、 破損サイクルは、引張側最大応力が定常値から 25%低下するサイクル数と定義した。今回試験に供した素材 の破損サイクルは、全歪み範囲が 0.4%の場合、約68,000 サイクル、0.7%の場合には約 4,800 サイクルと推定さ れる。なお、各疲労試験は、昇温後 16時間以上経過し、 伸び計が安定していることを確認した後に開始した。2.3磁気特性変化測定サイクル数の増加に伴う疲労損傷の蓄積および疲 労損傷領域の局在化による磁気特性変化を調べるため に、疲労試験実施前後に漏洩磁束密度分布の測定を行 った。測定領域は Fig.1 に示したとおりである。また、 座標原点は測定領域の中心とした。変動交流磁場によ り試験片を消磁した後、約 0.1T の外部磁場により軸方 向に着磁処理を実施し、残留磁化状態で漏洩磁束密度 の軸方向成分を測定した。今回、漏洩磁束密度の測定 には、島津製作所製薄膜フラックスゲートセンサ[6]を 用いた。センサの検出感度は 5×10gauss、センササイ ズは 2.5mm×2.5mm である。試験片表面ーセンサ間の 距離は 0.5mm とした。また測定は試験片を疲労試験機 から取り外し、パーマロイ製磁気シールドボックスの 中で室温・大気中にて実施した。また、高温環境下における疲労損傷により導入され た磁性相の形状・分布等を明らかにするために、全歪 み範囲 0.4%の試験片に関して、磁気カー効果顕微鏡観 察を実施した。ここで、磁気カー効果顕微鏡とは直線 偏光が磁性体の表面で反射する際に主軸の向きが傾い た楕円偏光に変化することを用いて磁化分布の観察を 簡便に行うことのできる光学顕微鏡の一種である。同 じく磁化分布を観察するために用いられる磁気力顕微 鏡に比べて空間分解能は劣るものの、広範囲の観察を 短時間で行えるという長所がある。磁気カー効果顕微 鏡観察用試料は、エメリー紙およびダイヤモンド粒子 で研磨した後、研磨による加工層の影響を取り除くた めに化学エッチングを施した。3.実験結果3.1 高温環境下低サイクル両振り疲労試験試験終了サイクル数を Table 3 に、応力幅とサイクル 数の関係を Fig.2 にそれぞれ示す。全歪み範囲が 0.4% および 0.7%の両条件で、終了サイクル数の異なる3本358の試験片がほぼ同じ挙動を示していること、また終了 サイクル数を遷移硬化領域までとした試験片が、確か に遷移硬化領域で終了していることを確認できる。 1 終了サイクル数を 1/28 までと設定した試験片の塑 性歪み範囲および引張側最大応力の定常値は、全歪み 範囲が 0.4%の試験片については 0.173%および 160MPa、 0.7%の試験片については 0.431%および 198MPa であり、 どちらも予想された強度を示した。これらのことから N,もおよそ推定どおりであると考えられる。Table 3 The Numbers of Cycles to Finish Fatigue TestsE=0.4% | E=0.7% Transition hardening Region 10054 ~1/4NE149101204 ~1/2Nf330052405TIKimmmmmmm150...10010中中中中- Transition Hardening Region (0.7%) | - 1/4N(0.7%)1/2N(0.7%) Transition Hardening Region (0.49)Y3SUMIKKOMONman-cl....1/2N10.4%)スタdmmmmmmmunw 10' 10'. で 101 10%10°Number of Cycles Fig.2 S-N Curves.3.2 高温疲労損傷による磁束密度分布の変化- SUS304 鋼は常磁性体であるオーステナイト相から なるが、わずかながら強磁性体である6フェライト相 も含んでいるために、損傷前でも残留磁化が測定され、 またその値は場所によって多少異なっている。磁束密 度分布の測定結果から、このような受入時から存在す る磁束密度分布の影響を取り除き、高温環境下におけ る疲労損傷によって生じた変化を簡易的に明らかにす るために、本研究では疲労試験実施前後の差分を取っ た。 Fig.3、4にそれぞれ全歪み範囲が 0.4%と 0.7%に関 して疲労試験実施前の磁束密度分布から試験実施後の磁束密度分布を差分した結果を示す。ただし、スケー ルを正の範囲内で変化させていることに注意する必要 がある。凡例を正の範囲内で変化させたのは、後のき 裂発生につながるような疲労損傷の蓄積は局所的に起 こると考えられるが、Fig.5 に図示したように試験片を 軸方向に着磁して、漏洩磁束密度の軸方向成分を測定 する場合には、局所的な磁化が存在すると、その直上 で磁束密度は負となるため(ただし、着磁方向を正と した場合)、試験実施前の磁束密度から試験実施後の磁 束密度を引いた値が正になる箇所に注目することで、 高温環境下疲労損傷により集中して磁化が増加した領 域を推定可能となるからである。また、ここには表側 に関する結果のみを示したが、裏側でも同様の傾向が 得られた。ただし、表側、裏側は、試験片を疲労試験 機に取り付けた際の位置関係から便宜的に定義した。 - 全歪み範囲が 0.4%、0.7%のものとも、遷移硬化領域 においては、疲労の蓄積と関連するような局所的な磁 化の増加はほとんど確認されなかった。遷移硬化領域 を過ぎるとサイクル数が増加するにしたがって局所的 な磁化の増加が見られるようになり、磁束密度差分の 絶対値も大きくなる。Table 4 に全歪み範囲が 0.4%と 0.7%の場合の磁束密度差分の標準偏差のサイクル数変 化を示した。この表からもサイクル数が増加するとと もに磁束密度差分のばらつきが大きくなっており、局 所的な変化が進んでいることが理解できる。ただし、 標準偏差を求める際に、差分値が負である測定点につ いては値を0と置き換えた。Fig.6 にサイクル数と磁束密度差分の最大値の関係 を示す。どちらの条件に関してもサイクル数と磁束密 度差分の最大値との間に非常に良い線形性が成り立っ ていることが明らかになった。この結果は、陳らが報 告している室温での疲労損傷による磁束密度変化の測 定結果と一致している[7]。このような単純な関係は、 磁束密度測定によるき裂発生前劣化診断を容易にする と期待される。サイクル数の増加とともに磁束密度差 分の最大値が線形に増加する原因については現在考察 中であるが、遷移硬化領域以降は一定の応力-ひずみ 履歴曲線を描き、したがって1サイクル毎に試験片に 投入されるエネルギーはマクロ的に一定であることか ら、生成される磁化もほぼ一定であると考えられ、妥 当な結果だと思われる。サイクル数あたりの最大磁束 密度差分の増加量を全歪み範囲が 0.4%の場合と 0.7% の場合で比較すると、サイクル数あたりのエネルギー359投入量が多い 0.7%の方が大きいが、一方、寿命比で整 理すると、全歪み範囲が 0.4%の場合が 0.7%の場合に逆 転することがわかった。この原因のひとつとしてmmmm10.540.510 10.480 0.450 0.420 0.390 10.360 0.330 10,300 10.270 10,2400.210 10.180 10.150 10.120 0.090 0.060 10.030 0.000- -5.0+-7.5 -10.0 -7.5 -50 -2.5 0.02. 55. 07.5 100mmTTTTT-7.5 -10.0 -7.5-5.0 -2.5 0.02 . 55 . 0 7.5 10.0mm(a) Transition hardening region: N = 100.(a) Transition hardening region: Nmmmmsayss 0.540 0.510 10.480 10.450 10.420 10,390 10.360 0.330 0.300 0.270 0.240 0.210 10.1800,150 10.120 10,090 0.060 0.030 10,000- -5.0- -5.0- -7.5 7.5 100TT-75 -10.0 -7.5 -5.0-2.5 0.02.5 5.07. 5100mm-100 -7.5 -50 -25 00 25 50(b) ~ 1/4N: N = 14910.1/4Nf: N = 1204.artnekauss 10,600 10.570 10:540 10.510 0.480 10.450 0.420 10.390 0.360 0.330 0.300 10.270 0.240 0.210 0.180 10.150 [0.120 [0.090 10.060 10.030 10,000+-75-10.0 -7.5-5.0 -2.50. 0255. 07.5'10.0mmg.3(c) ~ 1/2NF N =33005. Subtracted Distribution of Magnetic Flux Density(Total Strain Range : 0.4%).Fig.3は、塑性歪み範囲が異なることによる損傷の集中程度 の違いが考えられるが、今後、弾塑性解析等を行い検 証する必要がある。mmEauss 10.300 10.285 10.270 0.255 0.240 0.225 0.210 0.195 0.180 [0.165 0.150 0.135 10.120 10.105 0.090 0.075 0.060 0.045 0.030 0.015 0,000-10.0 -7.5 -5.0 -2.50. 0255. 07 .5+-7.5 10.0mm9.4(c) ~ 1/2Nf: N = 2405. Subtracted Distribution of Magnetic Flux Density(Total Strain Range : 0.7%).Fig.4360Magnetization DirectionFG SensorMagnetic Line of ForceLocal MagnetizationFig.5 Direction of Magnetic Line of Forcedue to Local Magnetization.Table 4 Standard Deviation of Subtracted Magnetic Flux Density| E=0.4% | E=0.7% | Transition hardening Region 0.00008 0.00033 ~1/4Nf0.03819 | 0.02911 ~1/2NA| 0.06292 | 0.047332E =0,4% (Front Side) E =0.4% (Back Side) E =0.7% (Front Side) E =0.7%(Back Side)mumurnコリンブランシュリッスンル:????????????????????????~1/2N,~1/4N???????????????????? ???10 5000 10000 15000 2000025000 30000 35000Number of Cycles Fig.6 Number of Cycles vs. Maximum Value ofSubtracted Magnetic Flux Density.3.3 高温疲労損傷材中の微小磁性相- 全歪み範囲 0.4%の試験片に関する磁気カー効果顕 微鏡観察結果例を Fig.7 に示す。観察は、磁束密度差分 が極大値をとった点を中心に約 1mm2の領域で実施し た。また観察面は Fig.1 に示した座標軸でXY面とした。 ここで磁化部分は、Fig.7(a)中に例示したように、比較 的色が濃くなっている部分である。 我々は最近、今回実施した全歪み範囲 0.4%の試験と同条件で破損まで実施した試験片の各種顕微鏡観察を 行い、応力負荷方向から数十度傾いた方向に伸びる微 小磁化が応力負荷方向に沿って帯状に存在しているこ と、その微小磁化は室温で常磁性を示すオーステナイ ト相から同じく室温で強磁性を示す体心立方格子構造 をもつ相へ変態したことにより生じたものであること を明らかにした[8][9]。今回実施した中断試験片の観察結果から、破損材で 観察された微小磁化は、ごくわずかであるものの遷移 硬化領域までで試験を中断した試験片中にも既に存在 していることが明らかになった。ただし、破損材中の ように、複数の結晶粒にわたって分布する微少磁化は 観察されなかった。1/4N,で中断した試験片に関しては、 遷移硬化領域までの試験片と同様に、微小磁化の多く は一結晶粒内にとどまっていたが、複数の結晶粒にわ たって分布する微小磁化も一部観察された。さらに、 粒内の大部分が磁化している結晶粒が見られ、遷移硬 化領域までの試験片と比べて微小磁化が存在する領域 が広くなっていることがわかった。1/2NF の試験片に関 しては、さらに広い領域で微小磁化が観察されるよう になり、また微小磁化の大きさも遷移硬化領域まで、 および 1/4NF までの試験片中で観察された微小磁化と 比べて、大きくなっていることがわかった。 - 微小磁化の形状および分布は 3次元的であるため、 XY 面での観察結果からだけでは、Fig.6 に示した疲労 試験実施前後の磁束密度の最大変化とサイクル数の関 係を定量的に説明することは出来ない。しかしながら、 定性的には高温環境下での疲労損傷による磁束密度の 増加は、この微小磁化が存在する領域の増加によるも のであることが今回の観察結果から明らかになった。4.結言- 大気中 650°C の環境下で SUS304 鋼について疲労中 断試験を実施し、漏洩磁束密度分布測定および磁気カ ー効果顕微鏡観察を行った結果、以下の結論を得た。 (1) サイクル数の増加に伴い、漏洩磁束密度分布に局所的な変化が見られるようになる。これ は損傷の局部的進行と関連していると考えられる。 (2) 疲労試験実施前後での磁束密度差分分布の最大値は、サイクル数とともに線形に増加する。 (3) 磁束密度の増加は、相変態により生じる微小361StressしかしMagnetic Phase50um(a) Transition Hardening Region500mm(b) 1/4Nf50mm1/2NfFig.7 Magnetic Kerr Effect Microscopy Results on Fatigue Test Samples under the Total Strain Range of 0.4%.-4磁化が増加することによるものである。 以上の結果から、磁束密度分布測定によって、 高温環境下における SUS304 鋼の疲労損傷劣 化をき裂発生前に評価できる可能性がある。謝辞本研究を遂行するにあたり,高温環境下疲労試験およ び磁気カー効果顕微鏡観察用試料作製をそれぞれ実施 して頂いた常陽産業(株)の矢口勝己氏,冨田正人氏 に深く感謝致します。参考文献[1] 例えば、“特集 材料劣化診断”、非破壊検査、Vol.46、1997、pp.149-196. [2] 例えば、宮健三、高木敏行、中曽根祐司編著、“材料劣化の電磁解明と電磁非破壊検査”、日本 AEM学会/普遍学国際研究所、2001. [3] K. Mumtaz, S. Takahashi, J. Echigoya, L. Zhang, Y.Kamada, M. Sato and T. Ueda, The NDE of SUS304 Austenitic Stainless Steel after Compressive Deformation at High Temperature, 第11回 MAGDAコンファレンス講演論文集, 2002, pp.193-196. [4] 永江勇二、青砥紀身、“SUS304 鋼の高温損傷による磁気特性および金属組織変化”、材料、Vol.54、2005、pp.116-121. [5] S. Takaya, T. Nakagiri and T. Suzuki. MagneticProperty Change of SUS304 Stainless Steel due to Fatigue at Elevated Temperature, Electromagnetic Nondestructive Evaluation (IX), IOS Press, Amsterdam,accepted. [6] 吉見健一、藤山陽一、務中達也、山田康晴、中西博昭、吉田多見男、“小型薄膜フラックスゲート磁 気センサとその応用”、島津評論、Vol.56、No.1・2、1999、pp.19-28. [7] Z.Chen, “Enhancement of Nondestructive EvaluationTechniques for Magnetic and Nonmagnetic Structural Components““、核燃料サイクル開発機構技術資料JNC TN9400 2000-021、2000. [8] 高屋茂、永江勇二、“高温環境下での疲労損傷による SUS304 鋼の微細磁性相の生成”、第 14 回 MAGDA コンファレンス講演論文集、2005、pp.233-236. [9] 高屋茂、永江勇二、“高温環境下における疲労損傷のき裂発生前劣化診断手法の開発““、核燃料サイク ル開発機構技術資料 JNC TN9400 2005-006、2005.362“ “SUS304 鋼の高温疲労損傷初期段階における磁気特性変化“ “高屋 茂,Shigeru TAKAYA,永江 勇二,Yuji NAGAE