軽水炉圧力容器寿命評価におけるマンガン影響
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カテゴリ: 第2回
1. 緒言
我国の近い将来におけるエネルギー事情と原子力に 対する社会的情勢を考慮した場合,現在稼動中の原子 カプラントの長寿命化はエネルギー政策上免れないと 予想される。一方,営業運転を開始して以来,既に 30 年を経過した原子力発電所が現実に存在しており,こ れらの高経年原子力発電所を今後も高効率に,しかも 安全に運転していくためには,先ず,原子炉構造材料 の経年変化を正しく評価し,出来るだけ高精度に予測 するための保全技術を充実させることが肝要である。そこで本研究では,プラントの長寿命化により派生 する脆化予測課題として,軽水炉圧力容器の照射脆化 評価に及ぼすマンガン元素の影響に着目し、従来の照 射脆化予測をさらに高精度化するための科学的基礎知 見を得ることを目的とする。
2. 国内照射脆化予測2.1予測式圧力容器鋼の照射脆化は,落重試験で得られる関連 TIME, RTNDT (Reference Temperature Nil Ductility Transition) や Charpy 衝撃試験による延性脆性遷移温度, DBTT (Ductile-Brittle Transition Temperature)の照射によ るシフト量(AT)で評価されており,照射脆化の予測は,このシフト量の経時変化,すなわち照射量依存性 を予測することである。我国において用いられている 脆化予測式は,日本電気協会の電気技術規定原子力編 [1]に示されている。基本的に ARTNDT は, (1)式で与え られている。 A RT NDT (*C )= [CF ] × fa-blog----(1) ここで,[CF]は,Cu, Ni, P(母材のみ)および Si(溶 接金属のみ)の関数であり, aおよび b は定数,fは 中性子照射量(x10°n/ms, E > MeV)である。Mn の影 響は考慮されていない。2.2 照射脆化機構 -- 監視試験結果からその後の挙動をより正確に予測す るためには、欠陥集合体などの照射脆化の支配因子を 明確にし,その発達機構を理解することが肝要である。 (a)マトリックス欠陥:不純物銅の少ない我国の圧力容 器においては,銅析出物よりもマトリックス欠陥によ る脆化への寄与が重要である。鋼中不純物銅原子の数 には限りがあるため,銅の照射下析出は照射量が 10-n/m2 程度で完了することがこれまでの研究におい て示唆されている。一方,弾き出し損傷は照射が進む限 り継続するため,寿命延長時には,これら欠陥集合体の 蓄積効果の発現することが懸念される。圧力容器鋼に おける代表的な欠陥集合体としては,マイクロボイド や格子間型転位ループ(I-loop)があげられる[2-5]。前 者は陽電子消滅測定(PAS) [6,7] からその存在が示唆 されてはいるが,後者に関しては TEM などでは観察さ れておらず,非常に微細(<1nm)であると考えられて いる。尚,A533B 鋼を約 400°Cで照射すると I-loop が367成長して,TEM で観察されるようになる。PAS を用いた Fe モデル合金の照射後焼鈍実験によ り,マイクロボイドは 350°C(30min)の焼鈍で分解するが, 照射硬化の回復は 400°Cの焼鈍で始めて生じることか ら,照射硬化の主な支配因子を I-loop と考えることは 妥当である。この I-loop の蓄積が中性子照射量 10-4n/mまで継続すると考えられるため,寿命延長時における 脆化の主要因となる可能性がある。3. マンガン影響マンガンは圧力容器鋼に含まれている合金元素の中 で最も含有量が高いが,その照射影響に関する研究は 意外に少ない。鉄に比べオーバーサイズの Mn は,空 孔との相互作用が強いと予測されることから,空孔集 合体あるいは空孔集合体と密接に関連している銅クラ スターとの相互作用が予測される。最近の研究によれ ば, Mn は他の合金元素に比べ,鉄基モデル合金の照射 硬化を著しく促進することが示されている。図1は,鉄基2元合金の照射硬化量の照射量依存性 を示したもので,Fe-Mn 合金の照射硬化量が Fe-Cu 合 金に匹敵する値を示していることがわかる。通常、銅 は不純物元素として鋼中に混入し照射下において銅 の集合体を形成することにより照射脆化を促進するこ とが明らかになっている。一方、Fe-Mn 合金における 特徴としては、照射硬化量が顕著になるのは中性子照 射量が 10°n/m2台になってからであり,いわゆる圧力 容器が蒙る照射量としては寿命延長時(30 年以降)に 相当するため,長寿命化における寿命評価においては マンガン影響を明らかにしておく必要がある。中性子照射量(n/cm?)口 5.3 x 1019 口 6.2 x 1019 19.1 x 1019照射硬化量 Aa / MPa |Fe-1Mo Fe-1Cu Fe-1Mn Fe-1Ni Fe-1Cr pure-Fe図1:各鉄基 2 元系合金における照射硬化量の照射量 依存性。溶質元素濃度は全て,ほぼ lat%である。Fe-1MOFe-1Cu A Fe-1 MnFe-1N -Fe-10r -B-pure-FeVickers Hardness, HvDDOBLOG650as-received350400 450500 550600Annealing Temperature, T/°Cas-received350400 450 500 550Annealing Temperature, T/C600650図2:鉄基2元合金の熱時効に伴う硬さ変化。Fe-Cu 合金のみが顕著な時効硬化を示しており、Fe-Mn 合金 などの他の合金は硬化を示さない。マンガンによる照射硬化促進機構としては照射促進 析出が考えられるが、熱時効による時効脆化は Fe-Cu 合金においてのみ観察されており、Fe-Mn 合金では見 られない(図2)。4.決言- 圧力容器鋼の主要な合金元素であるマンガンの照射 硬化に及ぼす影響を調べ、マンガン影響が他の合金元 素に比べ極めて顕著であり、しかも、軽水炉の寿命延 長時期に相当する中性子照射量において初めて発現す ることが判明した。現行の照射脆化予測式にはマンガ ン影響が取り込まれていないことから、圧力容器の照 射脆化予測におけるマンガン影響調査が必要である。参考文献[1] 電気技術規程 原子力編 「原子炉構造材の監視試 験方法」 JEAC4201-2000(社)日本電気協会 電気技術 基準調査委員会 [2] R. Kasada, A. Kimura, H. Matsui, M. Narui, J. Nucl. Mater., 258-263 (1998) 1199 [3] R. Kasada, T. Morimura, H. Matsui, M. Narui and A. Kimura, 19th Effects of Radiation on Materials, ASTM STP 1366 (2000) 448 [4] T. Kudo, R. Kasada, A. Kimura, K. Fukuya, K. Hono, H. Matsui, Trans. JIM, in press.368“ “軽水炉圧力容器寿命評価におけるマンガン影響“ “木村 晃彦,Akihiko KIMURA
我国の近い将来におけるエネルギー事情と原子力に 対する社会的情勢を考慮した場合,現在稼動中の原子 カプラントの長寿命化はエネルギー政策上免れないと 予想される。一方,営業運転を開始して以来,既に 30 年を経過した原子力発電所が現実に存在しており,こ れらの高経年原子力発電所を今後も高効率に,しかも 安全に運転していくためには,先ず,原子炉構造材料 の経年変化を正しく評価し,出来るだけ高精度に予測 するための保全技術を充実させることが肝要である。そこで本研究では,プラントの長寿命化により派生 する脆化予測課題として,軽水炉圧力容器の照射脆化 評価に及ぼすマンガン元素の影響に着目し、従来の照 射脆化予測をさらに高精度化するための科学的基礎知 見を得ることを目的とする。
2. 国内照射脆化予測2.1予測式圧力容器鋼の照射脆化は,落重試験で得られる関連 TIME, RTNDT (Reference Temperature Nil Ductility Transition) や Charpy 衝撃試験による延性脆性遷移温度, DBTT (Ductile-Brittle Transition Temperature)の照射によ るシフト量(AT)で評価されており,照射脆化の予測は,このシフト量の経時変化,すなわち照射量依存性 を予測することである。我国において用いられている 脆化予測式は,日本電気協会の電気技術規定原子力編 [1]に示されている。基本的に ARTNDT は, (1)式で与え られている。 A RT NDT (*C )= [CF ] × fa-blog----(1) ここで,[CF]は,Cu, Ni, P(母材のみ)および Si(溶 接金属のみ)の関数であり, aおよび b は定数,fは 中性子照射量(x10°n/ms, E > MeV)である。Mn の影 響は考慮されていない。2.2 照射脆化機構 -- 監視試験結果からその後の挙動をより正確に予測す るためには、欠陥集合体などの照射脆化の支配因子を 明確にし,その発達機構を理解することが肝要である。 (a)マトリックス欠陥:不純物銅の少ない我国の圧力容 器においては,銅析出物よりもマトリックス欠陥によ る脆化への寄与が重要である。鋼中不純物銅原子の数 には限りがあるため,銅の照射下析出は照射量が 10-n/m2 程度で完了することがこれまでの研究におい て示唆されている。一方,弾き出し損傷は照射が進む限 り継続するため,寿命延長時には,これら欠陥集合体の 蓄積効果の発現することが懸念される。圧力容器鋼に おける代表的な欠陥集合体としては,マイクロボイド や格子間型転位ループ(I-loop)があげられる[2-5]。前 者は陽電子消滅測定(PAS) [6,7] からその存在が示唆 されてはいるが,後者に関しては TEM などでは観察さ れておらず,非常に微細(<1nm)であると考えられて いる。尚,A533B 鋼を約 400°Cで照射すると I-loop が367成長して,TEM で観察されるようになる。PAS を用いた Fe モデル合金の照射後焼鈍実験によ り,マイクロボイドは 350°C(30min)の焼鈍で分解するが, 照射硬化の回復は 400°Cの焼鈍で始めて生じることか ら,照射硬化の主な支配因子を I-loop と考えることは 妥当である。この I-loop の蓄積が中性子照射量 10-4n/mまで継続すると考えられるため,寿命延長時における 脆化の主要因となる可能性がある。3. マンガン影響マンガンは圧力容器鋼に含まれている合金元素の中 で最も含有量が高いが,その照射影響に関する研究は 意外に少ない。鉄に比べオーバーサイズの Mn は,空 孔との相互作用が強いと予測されることから,空孔集 合体あるいは空孔集合体と密接に関連している銅クラ スターとの相互作用が予測される。最近の研究によれ ば, Mn は他の合金元素に比べ,鉄基モデル合金の照射 硬化を著しく促進することが示されている。図1は,鉄基2元合金の照射硬化量の照射量依存性 を示したもので,Fe-Mn 合金の照射硬化量が Fe-Cu 合 金に匹敵する値を示していることがわかる。通常、銅 は不純物元素として鋼中に混入し照射下において銅 の集合体を形成することにより照射脆化を促進するこ とが明らかになっている。一方、Fe-Mn 合金における 特徴としては、照射硬化量が顕著になるのは中性子照 射量が 10°n/m2台になってからであり,いわゆる圧力 容器が蒙る照射量としては寿命延長時(30 年以降)に 相当するため,長寿命化における寿命評価においては マンガン影響を明らかにしておく必要がある。中性子照射量(n/cm?)口 5.3 x 1019 口 6.2 x 1019 19.1 x 1019照射硬化量 Aa / MPa |Fe-1Mo Fe-1Cu Fe-1Mn Fe-1Ni Fe-1Cr pure-Fe図1:各鉄基 2 元系合金における照射硬化量の照射量 依存性。溶質元素濃度は全て,ほぼ lat%である。Fe-1MOFe-1Cu A Fe-1 MnFe-1N -Fe-10r -B-pure-FeVickers Hardness, HvDDOBLOG650as-received350400 450500 550600Annealing Temperature, T/°Cas-received350400 450 500 550Annealing Temperature, T/C600650図2:鉄基2元合金の熱時効に伴う硬さ変化。Fe-Cu 合金のみが顕著な時効硬化を示しており、Fe-Mn 合金 などの他の合金は硬化を示さない。マンガンによる照射硬化促進機構としては照射促進 析出が考えられるが、熱時効による時効脆化は Fe-Cu 合金においてのみ観察されており、Fe-Mn 合金では見 られない(図2)。4.決言- 圧力容器鋼の主要な合金元素であるマンガンの照射 硬化に及ぼす影響を調べ、マンガン影響が他の合金元 素に比べ極めて顕著であり、しかも、軽水炉の寿命延 長時期に相当する中性子照射量において初めて発現す ることが判明した。現行の照射脆化予測式にはマンガ ン影響が取り込まれていないことから、圧力容器の照 射脆化予測におけるマンガン影響調査が必要である。参考文献[1] 電気技術規程 原子力編 「原子炉構造材の監視試 験方法」 JEAC4201-2000(社)日本電気協会 電気技術 基準調査委員会 [2] R. Kasada, A. Kimura, H. Matsui, M. Narui, J. Nucl. Mater., 258-263 (1998) 1199 [3] R. Kasada, T. Morimura, H. Matsui, M. Narui and A. Kimura, 19th Effects of Radiation on Materials, ASTM STP 1366 (2000) 448 [4] T. Kudo, R. Kasada, A. Kimura, K. Fukuya, K. Hono, H. Matsui, Trans. JIM, in press.368“ “軽水炉圧力容器寿命評価におけるマンガン影響“ “木村 晃彦,Akihiko KIMURA