高温長時間延性・靭性の向上を目的とした VING 添加高クロム鋼に及ぼす熱処理の影響

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カテゴリ: 第3回
1.緒言
高速炉における物量削減や機器のコンパクト化 による設計自由度および経済性の向上を目的として, 火力発電等において多くの実績を持つ高クロム鋼を ベースに,高速炉に適した高クロム鋼の開発が進め られている[1,2]. これら高クロム鋼は,Mo や W等 の母相への固溶による固溶強化機構や V, Nb 添加に より MX型炭窒化物を析出させる析出強化機構によ り機械的特性を向上させているが,それら強化機構 の高速炉温度域における長時間有効性および安定性 は十分に明らかとなっていない。そのため,これら 高クロム鋼を高温長時間供用した場合,機械的特性 が低下し,取替もしくは強化機構を再生させるよう な補修が必要となる可能性がある.その場合,補修 は取替と比べて,材料手配が不必要であることや工 期が短いなど資源有効利用性および経済性に優れ, とくに高速炉構造材料においては放射性廃棄物低減 の観点からも適していると考えられる.一方,構造材料の補修に関しての報告は少なく, 現状ではクリープボイド等の損傷に対する補修に限 られる「3,41. 固溶強化や析出強化といった強化機構 を再生させるための補修としては、析出した固溶強 化元素や粗大化した析出物を熱処理により再び母相に固溶させる処理が考えられるが,そのような報告 は少ない.そこで,本研究では,析出強化機構を熱 処理により再生させることを目的に,析出強化元素 である V, Nb を添加した高クロム鋼に対して補修熱 処理を施し,強度と組織の観点から補修熱処理の検 討を行った.また,補修熱処理後の機械的特性をさ らに向上させるために,焼ならし温度の上昇ととも に析出強化に寄与する MX 量が増加する報告より [51,補修熱処理後の焼ならし温度を変化させ,組織 および機械的特性に及ぼす焼ならし温度の影響につ いて調査した.
2. 供試材および試験方法
供試材は,熱間圧延により製作した VNB 添加高 クロム鋼である. 供試材の化学成分を Tablel に,熱 処理条件を Table2 に示す 1本研究では,MX 中に占める NB-rich な MX の割 合が多くなるように V, NB 添加量を調整した高クロ ム鋼を採用した. NB-rich な MXは高融点であるため, 熱間圧延中に析出し,熱間圧延の影響を受けて粗大 化する.そのため,MX 中に示す Nb-rich な MX の 割合が多い本供試材は,既存高クロム鋼の MXに比 ベ粗大かつ疎に析出している. つまり, MX 析出強 化機構の経年化した組織と見なすことができ,この 材料を MX 経年化模擬材料(以下,模擬材:TO)と して熱処理により再生することとした.103補修熱処理の検討には,模擬材に対して製作時の 熱間圧延温度と同等である 1250°C×1hA.C.の熱処 理を行った後に, 1060°C×1hA.C.の焼ならし, 760°C ×1hA.C.の焼戻し処理を行った材料 (T1) を用いた. また,焼ならし温度の検討には,補修熱処理を施し た材料に対して, Table2 に示す処理を行い, N1~N3 および T1~T3 を作製し,用いたそれら供試材に 対して,光学顕微鏡(以下,OM)および抽出レプ リカによる透過型電子顕微鏡(以下,TEM)により 組織観察し,電解抽出残渣分析から析出物の組成お よび量を調査した.また,機械的強度測定について はビッカース硬度測定を用いた.3.試験結果および考察3.1. 補修熱処理の影響 3.1.1. 組織に及ぼす補修熱処理の影響 - 模擬材および補修熱処理材の焼戻し処理後の OM 組織を Fig.1 に示す.両者ともマルテンサイト単相 であり,oフェライトは観察されない.また,旧オ ーステナイト粒径についても著しい変化は認められ ない。Table 1 Chemical compositions of the steel (wt.%).SiMaps 0.105 <0.002 0 .69 0.002 0.0023 CrMo Nr 10.10 1.21 0.047 0 .12 0.032Nb50μm50μm(a) TO:Before reheating (b) T1: After reheatingFig. 1 OM image of the specimens.30.30pm4030mだからな(a) TO: Before reheating(b) T1: After reheating Fig. 2 TEM image of the specimens.Table2 Heat treatment conditions of the steels.SampleReheatNormalizeTemperConditionNo.×1hA.C.X1hA.C.X1hA.C.TON11 T1_ N2 T2_ N3 T3_1 1250°C 1250°C 1250°C 1250°C 1250°C 1250°C1060°C 1060°C 1060°C 1100°C 1100°C 1150°C 1150°C760°C- 760°C- 760°CTempered As normalizedTempered As normalizedTempered As normalizedTempered760°C抽出レプリカ組織を Fig.2 に示す。 両者ともマル テンサイトラス境界(以下,ラス境界)と考えられ る位置に,最大で 0.5μm 程度の析出物が観察され る.また, マルテンサイトラス内(以下, ラス内) には,それらより一桁以上小さい粒状,棒状および 薄膜状の微細な析出物が散見される.これらラス境 界およびラス内で観察される析出物は TEM-EDX 分 析による元素分析および電子線回折から,MCo, M,(C,N),および MX であった.これら析出物につ いて TEM 像より析出物の密度および粒径を測定し た.測定はラス部を中心に約 1.2 μm の幅に認めら れる析出物全てに対して行った.その結果を Fig.3 に示す. ラス部の析出密度は, MIC,N)が最も高く、 次いで M2sCとなり, MX の析出密度はそれらに比 べ低い。 補修熱処理前後の各析出物の析出密度は、 M2(C,N)および M2sChがわずかに減少するのに対し, MX は増加する. また,析出物の粒径については, MX のみ微細化が認められ,補修熱処理による MX 粒子の再生が認められた.この MX の微細分散化に ついては,熱間圧延により析出・成長した粗大な104MX が補修熱処理により母相に再固溶したためであ ると考えられる. 3.1.2. 硬度に及ぼす補修熱処理の影響 模擬材および補修熱処理材の焼戻し処理後にお ける硬度測定結果を Fig.4 に示す.模擬材および補 修熱処理材の硬度はほぼ同じであり,硬度に及ぼす 補修熱処理の影響は小さい。一般に,析出物が微細分散すると,次式に従って 分散強化する.1 =Gb/ 4 ... (1) ここで,r:オロワン応力,G:剛性率,b:バ ーガースベクトル, :平均粒子間距離である. 本 研究では補修熱処理により MX の析出密度が約2倍 に増加したが,この影響は硬度に現れなかった.こ の原因としては,焼戻し材における MX の析出密度 が M2(C,N)および M25C6に比べて低いことが挙げら れる。とくに,M2(C,N)については析出密度が MX の10倍以上であることから,析出強化作用として最 も硬度に影響すると考えられる.したがって,Tempered|-日 - M.,C |-o- M,(C,N)A-MXNumbor density / lath boundary 1 umMoan diameter of Precipitations /nmbefore:TOafter:T1before:TOafter:T1Fig.3 Effect of reheat treatment on precipitates behavior.TemperedHardness /Hvbefore:TOafter.T1Fig. 4 Effect of reheat treatment on hardness.M3(C,N)による析出強化作用が支配的である本模擬 材において、補修熱処理により MX の析出密度が約 2 倍に増加してもその影響はわずかであり,硬度に 現れないと考えられる. ・ 一方で,M2(C,N)は MX より粗大化しやすく[6], また,MX は高クロム鋼における析出物の中で最も 長時間安定であると考えられていることから[7,81, 補修熱処理により MX が2倍程度増加した影響は、 M3(C,N)による析出強化効果が弱まる高温長時間後 に現れると考えることができる. 3.2. 焼ならし温度の影響 3.2.1. 組織に及ぼす焼ならし温度の影響 1 補修熱処理材における焼ならし材のOM 組織観察 結果を Fig.5 に示す.いずれもマルテンサイト単相 であり,6フェライトは観察されない.焼ならし温 度の影響としては,焼ならし温度の上昇とともに旧 オーステナイト粒が粗大化する. これは,温度上昇 による結晶粒界移動の活性化に加え, Nb を始めとす る未固溶析出物の母相への固溶による粒界のピンど100μm100μm(a) N1: Normalized at 1060°C(b) N3: Normalized at 1150°CFig. 5 OM image of the normalized specimens.1390m1990m (a) N1: Normalized at 1060°C (b) N3: Normalized at 1150°C Fig. 6 TEM image of extracted replicas from normalized specimens.105め効果の低下が考えられる.度の上昇とともに微細化し,1150°Cでは約 20nm と 焼ならし材の抽出レプリカ組織を Fig.6 に示す. なる.また,M25C6 および M2(C,N)についても焼な 焼ならし材では,0.5 um 程度の粗大な粒状析出物お らし温度の上昇とともに微細化し,M,(C,N)につい よび 0.1 μm 程度の微細な矩形状析出物が観察され、 ては,1150°Cで約 30nm と MX とほぼ同じ大きさに る.これらは TEM-EDX 分析から,粗大な粒状析出なる.なお,測定した析出物の数は, 1試料あたり, 物は MnS および No-rich な MX,微細矩形状析出物MXは約 30 個,M25C6については約 50 個,M2(C,N) は(Fe,Cr),C であると推察される. Nb-rich な MXはについては約 200 個であった. Fig.9 にラス部の析出 1060°Cでは観察されるが 1150°Cにおいて観察され 物について析出密度を求め,焼ならし温度について なくなる. これは,先述したように,焼ならし温度 整理したものを示す. M2sC,および MX は焼ならし の上昇により旧オーステナイト粒径が粗大化する原 温度の上昇とともに析出密度はわずかに増加する. 因のひとつである.M2(C,N)については, 1150°Cで減少するが, 1060°Cと * 焼戻し材の抽出レプリカ組織を Fig.7に示す.Fig.2 比較すると,高温の焼ならし処理により析出密度 同様,ラス境界と考えられる位置に, 最大で0.5mmが増加する.これら析出密度の増加については, 程度の析出物が観察される. ラス内における析出物 Fig.10 に示す電解抽出残渣分析結果より,焼戻し後 についても, M,Ca, M,(C,N), および MX であった. の析出元素量は焼ならし温度によらず一定であるこラス部で観察された各析出物の平均粒径に及ぼ とから,析出物量が増加したのではなく,焼ならし す焼ならし温度の影響を Fig.8 に示す.MXの平均粒 温度の上昇により析出物が微細化したため,析出物 径は 1060°Cにおいて約 30nm であるが,焼ならし温 この析出密度が増加したものであると考えられる.。Tempered--MC. -O-M,(C.N)| - -MXNumber density / lath length 1 um2030pm(a) T1 : Normalized at 1060°C(b) T3: Normalized at 1150°C1050 11001150 Normalizing temperature (°C Fig. 9 Effect of normalizing temperature on density of precipitations.Fig. 7 TEM image of extracted replicas from tempered specimens.0.10。TemperedTempered・NbI10.08100Precipitated Fo,Cr,V.Nb.Mo.Mn /wt.%0.0410.020105011500105011501100 Normalizing temperature (°C1100 Normalizing temperature (°C200Tempered3-- MXMean diameter of Precipitations /nmーサルH OH105011501100 Normalizing temperature /°CFig. 8 Effect of normalizing temperature on precipitation behavior.Fig. 10 Effect of normalizing temperature on amount of precipitatedelements.106450-ーロー As normalized -- TemperedHardness /Hv250ト......105011501100 Normalizing temperature (°CFig. 11 Relationship between hardness and normalizing temperature.これらのことから, 焼ならし温度の上昇により, MX が微細分散化することが明らかになった.よって, MX 析出強化機構を向上させるためには,焼ならし 温度を上昇させることが有効であると考えられる. 3.2.2. 硬度に及ぼす焼ならし温度の影響補修熱処理材における焼ならし材および焼戻し 材の硬度測定結果を Fig.11 に示す.焼ならし材にお いては焼ならし温度の影響は小さい.一方,焼戻し 材では、焼ならし温度の上昇とともに硬度が増加する-- 一般に, V と Nb は Fe や Cr よりも原子半径が大 きいことから固溶強化作用もあるとされ,それは中 澤らの報告[5]でも示されている.しかし,本鋼にお ける固溶[V+Nb]量の差は,別途実施した焼ならし材 において行った電解抽出残渣分析結果より,最も大 きい(1060°Cと 1150°C)場合において 0.012wt.%で あり,0.07wt.%で 20 弱(HV)硬化した中澤らの結果を 考慮すると,本鋼の焼ならし材においては,顕著に 差が表れないと考えられる. 焼戻し材では,焼なら し材と異なり焼ならし温度の上昇とともに硬度が増 加する.これは,焼ならし温度の上昇に伴う各析出 物の微細高密度分散化によるものと考えられ,とく に析出密度が高く, MX と同程度まで微細化した M2(C,N)の微細分散強化によるものと考えられる. 4.4.結言VING 添加高クロム鋼において補修熱処理を行い, 強度と組織の観点から補修熱処理の検討を行った.- 107 -また,補修熱処理後の焼ならし温度を変化させ,さ らなる機械的特性の向上を狙った.それらに対して 組織観察および硬度測定を行い,以下の結論を得た. 1) 熱間圧延時温度と同等の補修熱処理により,粗大化した MX を再度微細化することができる. 2) MX 経年化模擬材料に対して補修熱処理を施したが,硬度変化は認められなかった.これは,再生 を狙った強化機構が MX 析出強化機構のみであ った上,MX の析出数が M2(C,N)に対して少ない ことが原因であると考えられる. 3) 組織に及ぼす焼ならし温度の影響については,焼 戻しがで観察される M23Cs, M2(C,N)および MX は 1060°Cよりも高温の焼ならし処理により析出 密度は増加する.また,いずれの析出物も焼なら し温度の上昇により微細化する. M2(C,N)につい ては,1150°Cで約 30nm 程度であり, MX と同じ 大きさになる 4) 硬度に及ぼす焼ならし温度の影響については,焼 ならし温度の上昇とともに増加する. この硬度増 加については,各析出物の微細高密度分散化によ るものであり,とくに M2(C,N)の分散強化の影響が大きいと考えられる. 5) MX は M,(C,N)よりも高温長時間安定性が高いこ とから, 補修熱処理および高温での焼ならし処理 より MX を微細分散化させることで長時間側で の強度特性を改善させると推測できる.参考文献 [1] 若井,安藤, 青砥; FBR 最適高クロム鋼の開発(第1報) - V・Nb 成分調整材の受入材及び時効材の強 度特性と組織観察 - (研究報告) JNC TN94002004-010 [2] 鬼澤,安藤,若井,加藤,青砥; FBR 最適高クロム鋼の開発(第2報) - V・Nb 成分調整材の受入 材及び時効材の強度特性と組織観察 - (研究報告)JNC TN9400 2005-012 [3] 酒井,澤, 岡本;ガスタービンメンテナンス技術 東芝レビュー Vol.60 No.12 (2005) [4] 三菱重工業株式会社; 原動機事業本部 補修・再生技術 No.1 局所加熱(再生熱処理)技術http://www.mhi.co.jp/power/support/idx_repair.html [5] 中澤,山田,高橋,山崎,本郷;9Cr-W-Mo 鋼の機械的性質と組織との関係JHPI Vol.40 No.6pp.340-347 (2002) [6] K.Sawada, M.Taneike, K.Kimura, F.Abe ; Effect ofNitrogen Content on Microstructural Aspects and Creep Behavior in Extremely Low Carbon 9CrHeat-resistant Steel ISIJ International, Vol.44(2004),No.7, pp.1243-1249 [7] 鈴木,熊井,九島,木村,阿部; 改良 9Cr-1Mo 鋼のクリープ変形に伴う Z 相の析出と析出物変化鉄と鋼 Vol.89 No.6 pp.691-698 (2003) [8] 石井,津田,山田,木村;高 Cr フェライト系耐熱鋼における微細析出物 鉄と鋼 Vol.88 No.2 pp.36-43 (2002)108“ “高温長時間延性・靭性の向上を目的とした VING 添加高クロム鋼に及ぼす熱処理の影響“ “小原 智史,Satoshi OBARA,鬼澤 高志,Takashi ONIZAWA
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