高経年化対策基盤強化のための研究開発と保全高度化

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カテゴリ: 第3回
1.緒言
一般に人工物システムは複雑になるにつれ、システ ム全体としての機能と個別の要素技術との関係が希薄 となり、全体像を把握することが困難になってゆく。 また技術の発展とシステムの高経年化に伴い、各分野 での知識量と経験が加速的に増大しているにもかかわ らず、専門的知識が領域固有のものとなるいわゆるタ コ壺化の懸念が存在する。 原子力発電プラントは、多くの系統、機器、さらに 部品・材料から構成され、複雑な階層的構造を有する 典型的な人工物システムである。また、機器を構成す る材料と環境の相互作用も、原子核と放射線の量子レ ベルの相互作用から、ミクロレベルの物理・化学的な 相互作用、さらには応力、伝熱、流体に関わるマクロ 相互作用に至る階層的な構造を持っている。これらに対応して、原子力発電プラントにおいて蓄 積されつつある膨大な知見も大きな広がりを持ってお り、産官学はいずれも、研究開発をいかなるレベルで の課題として取り組むべきかとの問題に直面している。 さらに原子力発電プラントの安全規制の観点のみなら ず、原子力発電プラントを運用するための経営環境と社会環境をも考慮に入れた研究開発の方法論も必要と なっており、不確実な環境に対処するために、シナリ オプラニング等を活用することも要請される。ここでは、軽水炉プラントの高経年化対策に関わる 最近の議論を発展させて、関連する科学技術を包括的 に扱い、人材養成にも貢献するシステム保全学の観点 からその高度化の意義について議論する。
2. 高経年化プラントに関する知識の構造化1 原子力発電プラントの設計、建設、運転・保守等の ライフサイクルに関わる広い意味の技術情報を、領域 ごとのデータとしてのみならず、総合化する知識とし て活用することの重要性は、合理的規制を含むさまざ まな観点から要請されてきた。 - 多様な技術やプラント運転・保守管理経験に関する 知見を分類、再構築し、アクセス性に優れ利用しやす い知識基盤とすることを、知識の「構造化」と呼んで いる。例えば、知識を事故、トラブル等の事実を表現 するためでなく、潜在的な事象抽出のための枠組みと して整理することも「構造化」と言えよう。さらに、構造化された知識の間の相互作用によって 付加的な価値を獲得し、発展的に知識を活用するため の情報基盤システムの構築が必要となる。これは知識 の「動態化」と呼ぶことができる。規格・基準やさま ざまなガイドラインの整備とその継続的な改訂作業は、280典型的な知識の「動態化」である。これらに加えて、将来にわたり競合する制約条件の もとでシステムを最適化するためのツールの開発や意 思決定の支援に利用するために、知識を活用すること が必要になろう。これは、知識の「実現化」とも呼ぶ べき領域である。今後の環境や社会の不確定性に対処 するための複雑な事象の評価シミュレーション、包括 的なリスクマネージメント法の開発とともに、運転管 理・保守の現場において「構造化」、「動態化」された 知識を利用できる指導的技術者の育成も、知識の「実 現化」に含まれると考えられよう。このような技術と情報の体系は、複雑な工学システ ムであり社会インフラでもある原子力発電所の安全性 と信頼性を継続的に確保するための「システム保全学」 とも呼ぶべき新たなフロンティアである[1]。システム 保全学は、現行軽水炉の高経年化時代に対応した横断 的な課題解決のための工学体系であるのみならず、戦 略的に進められるべき次世代軽水炉の価値を創成する 基盤のひとつである。3. 高経年化対策における研究開発運転開始から長い年月を経た原子力発電プラントが、 今後も継続して安全性を確保しつつ基幹電源としての 役割を果たしてゆくためには、効果的な保全の適用を 可能とする幅の広い科学技術基盤が必要である。この ための研究開発ニーズと今後の課題整理への要請を受 けて、平成 16 年度に(社)日本原子力学会において(独) 原子力安全基盤機構の委託により、原子力発電プラン トの高経年化に対応して今後実施すべき研究開発と施 策の方向性について議論が行われた[2]。この結果、産 官学の参画の下で公平なプロセスを重視して、「高経年 化対応に関するロードマップ」がとりまとめられた [3][4]。ここでは、機器・設備の検査、材料の経年変化 評価、補修・予防取替技術等に関わる技術開発課題の みならず、技術情報基盤の整備、規格・基準の整備に 加え、保全高度化が4本の柱に据えられ、今後の研究 開発の道筋が示されている。 - 高経年化に伴い蓄積される膨大な情報を構造的に整 理し、活用されるようにするためには、データベース システムとともに、異なる領域間の知識の翻訳・変換 作業も重要となる。さらに、これらの知見の蓄積と産 官学の共有化に基づいて、高経年化プラントの活用の仕組みの全体像が、規制や民間基準のいっそうの具体 化とともに、社会制度度設計として定着されることが 必要である。また、技術開発分野内においても、検査・モニタリ ング技術開発、予防保全・取替・補修技術開発、並び に経年変化評価・マルチスケールシミュレーション技 術開発に関するバランスが要請されており、それらの 各々の研究開発に加え、俯瞰的な技術情報の調整作業 を能動的に実施する仕組みが必要である[5]。4.保全高度化との意義と役割- 原子力発電や電気事業者を取り巻く環境の変化、人 材基盤の確保の必要性等を踏まえると、以上の成果に 基づいて、保全の現状の事業者自ら体系的に整理する とともに、効果的かつ効率的な保全を検討、実施して ゆく必要がある。それには、保全と経済性の体系的整理手法や保全重 要度の策定、リスクを考慮した保全・規制の検討、発 電所システムの総合的指標の構築に加え、総合的な視 点を備える指導的人材の育成法も含まれる。図1は、知識の構造化、動態化、実現化の観点から、 原子力発電プラントの高経年化対応ロードマップの4 大要素を改めて整理したものである。システム保全学 の体系化とはこれらの総合化そのものであり、どの部 分も分離して扱うべきではないと考えている。安全性と経済性の両立という基本思想を、定量的な 手続きによって実現するための重点化の方法論がリス クベース保全である。これまで原子力発電プラントの 保全は、安全機能等による決定論的考え方に基づく重 要度や設計情報、運転経験等を基本として、停止時の 検査に軸足をおいて実施されている状況にある。一方 で、機器区分、故障率等の保全関連情報の収集と集約 を基に、経年変化事象の発生確率の検討や確率論的破 壊力学手法を用いた機器信頼性評価の精緻化等による リスク情報の保全への活用法が開発されているととも に、適切な保全方法と間隔の決定手法に関する議論も 進められている。このようなリスク情報の活用やリス クの発見・定量化に関する研究開発、情報の海外の状 況等も参考に、わが国における実績、情勢等を踏まえ、 保全高度化を推進していく必要がある。また、社会へ の保全高度化の効果を発信する役割についても、検討 されるべきであろう。281以上を長期間にわたり総合的に運用するシステム (Holistic System)の構築こそ、システム保全学の果た すべき重要な役割であろう。大規模な人工物システムにおける設備・機器系、技 術・情報系、組織・人間系と社会・経営要因等の制約 条件の時間経過に伴う変化とそれらの間の相互作用・ 知識変換過程を対象とするのが、今後のシステム保全 学であって、専門化・細分化されている知識を、横断 的に統合しつつ、戦略的に活用することによって、21 世紀社会の課題に対してよりよい解決法を提供するこ とが期待されている。5.結論【4回RPILANルロートマップ、(社)日本 原子力発電プラントにおける高経年化対応ロードマ 「2005 春の年会」総合講演・報告, 2004 ップの検討成果をふまえて、保全高度化と保全学とし ての体系化の役割・意義について述べた。システム保[3] “(社)日本原子力学会における高経年化る取り組み状況について”、総合資源エ 全学は、原子力発電プラントのみならず、高経年化シ 査会原子力安全・保安部会高経年化対策 ステムの安全性と信頼性を確保し、21世紀社会が直面 (第3回)資料, 2005 する安全・安心社会の構築をめざした課題解決に応え[4] “原子力発電の安全に関する研究開発 るものであり、このための総合的なシステム造りが要プ”、日本原子力学会誌, Vol.48, No.2, pp 請される。 - 現行軽水炉と次世代軽水炉、さらにこれに続く原子 [S] 原子力・安全保安院、「実用発電用原子 力発電システムを、環境や資源エネルギーに関する施ける高経年化対策の充実について」、総ルギー調査会原子力安全・保安部会高経 策の観点から長い時間スケールを見渡して考察すれば、 討委員会(第7回)資料, 2005 ここで示したシステム保全学の体系は、持続的に成長 可能な社会における今後の工学の新たな発展と産官学 の協力の位置づけを示す良い例になっているとも考え知識の動態化や知識の構造化や知識の実現化規格基準類 VW技術情報 MV 技術開発 M保全高度化 の整備 基盤の整備 の推進の推進●高経年化情報システム ●国際協力●安全研究技術開発の●効果的規制●総合保全高度化・教育●規格基準類整備ロードマップに基最適保全計画策定第三者を確保した 情報ネットワークづく体系的技術開と人材育成基盤図1 高経年化ロードマップ全体像と知識の活用られる。 - 技術の進展とは、既存の領域におけるブレイクスル ーを促すことに加えて、分野間の融合による価値の創 成によって達成される。知識の細分化と知識量の爆発 という状況において、効率的に共通の知識基盤を確立 しつつ、複雑なシステムの全体像を把握することが効 果的、実効的な保全と規制の観点からも必要となって いる。参考文献[1] 関村直人、“システム保全学の体系化““, 原子力 eye,Vol.52, No.6, 2006[2] “高経年化対応ロードマップ”、(社)日本原子力学会「2005 春の年会」総合講演・報告, 2005[3] “(社)日本原子力学会における高経年化対策に関する取り組み状況について”、総合資源エネルギー調 査会原子力安全・保安部会高経年化対策検討委員会 (第3回)資料, 2005[4]“原子力発電の安全に関する研究開発ロードマップ”、日本原子力学会誌, Vol.48, No.2, pp.94-107[5] 原子力・安全保安院、「実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について」、総合資源エネ ルギー調査会原子力安全・保安部会高経年化対策検 討委員会(第7回)資料, 2005282“ “高経年化対策基盤強化のための研究開発と保全高度化“ “関村 直人,Naoto SEKIMURA
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