電磁現象を用いた応力腐食割れと疲労割れの非破壊的識別
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カテゴリ: 第3回
1. 緒言
耐圧部等の原子力プラント内の重要な機器に割れが 発見された場合、現在の安全規制は早期の補修もしく は機器の交換、さらに再発防止のために割れの発生の 原因調査を義務付けている。供用前検査において溶接 不良などの初期欠陥が存在しないということは保証さ れるため、プラント内で発見される割れの大部分は応 力腐食割れかもしくは疲労割れであるが、両者の発生 メカニズムは全く異なるものである。そのため、原因 調査および補修において取るべき措置も、割れが応力 腐食割れか疲労割れかによって大きく異なったものと なる。よって早期に迅速かつ正確に発生した割れが応力腐食割れであるか疲労割れであるかの判別を行うこ とは、原子力プラントの停止による経済的損失を避け るためにも非常に重要である。現状では、割れの発生 した部位を切り出した上で各種検査を行い、全ての試 験結果に整合性が認められたことをもって割れが応力 腐食割れであるか疲労割れであるかの判断がなされて いる。しかしながら、このような手法ではトラブル対 応の時間が長くなることは避けることができないとい う問題点がある。よって、原子力プラントの保全活動 に対する貢献という観点から、応力腐食割れと疲労割 れとを非破壊的かつ確実に判別することが出来る手法
の開発の意義は大きいものがある。著者らは以前の研究において、導体内に流れる電流 を乱す様子に関して、応力腐食割れと疲労割れとの間 には有意な差異が存在し、それを利用することで両者 を非破壊的に判別することが可能であるということを 見出した[1]。そこで提唱された手法は、いわゆる一様 渦電流型の渦電流プローブを用いて割れ近傍に指向性 の強い渦電流分布を実現し、割れに対して電流が平行 に流れている時に測定される信号と垂直に流れている 時に測定される信号との比の値をもって、割れが応力 腐食割れであるか疲労割れであるかを判別するという ものであった。この手法は極めて単純であるにもかか わらずその有効性は高く、適切な閾値を設定すること で9割近くの場合について割れの判別を正しく行うこ とができるということが、その後の研究により明らか となっている。しかしながら、いかにして適切に閾値 を設定するかについては数多くの試験データが必要に なること、また実用上は応力腐食割れと疲労割れとを 確実に判別できることが要求されることを考慮すると、 手法の更なる高度化は強く要求されるところである。 1. 本研究においては、電磁現象を利用した応力腐食割 れと疲労割れの非破壊的判別法の高度化を目的とし、 k-Nearest Neighbor 法に基づく自動判別アルゴリズムの 構築を試みた。以下、その原理および性能健勝試験結 果について述べる。3472. 電磁現象を利用した割れの判別 2.1 割れのモデリング * 電磁非破壊検査の観点からは、対象とする割れの微 細構造までを考慮する必要は無く、割れ全体を包絡す るような単純形状領域にある適当な電磁気的特性を与 えることで実用上十分なモデル化ができるとされてい る[2-43。一般的に応力腐食割れは粒界に沿って複雑に 進展するため、割れの開口自体は小さいものの、割れ 全体を包絡する領域の幅は比較的広いと考えられる。 また、割れ破面の部分的な接触のため、割れ領域には 0ではない電気的導電率を与える必要がある。一方、 疲労割れはほぼ一直線に進展するため、割れの開口の 幅が割れ全体を包絡する領域の幅にほぼ等しく、また 破面の接触の度合いが小さいため、割れ領域内部の導 電率は応力腐食割れのものと比べると低い。本研究に おける応力腐食割れと疲労割れの判別は、基本的には このように両者のモデルに幅と導電率の差異が存在す ることに起因する非破壊検査信号の変化を利用するも のである。 2.2 判別アルゴリズムの構築 . 「幅が広く、導電率の高い」領域としてモデル化さ れるきずに対し、指向性の強い電流分布を実現するプ ローブを用い手渦電流探傷試験を行った場合、これら の特徴に起因するいくつかの特徴が探傷信号に認めら れることがある。その一つは前述の一様渦電流プロー ブ信号の比の値[1]であるが、差動型プラスポイントプ ローブを用いた探傷試験にて得られる信号においても、 きず中央直上における信号の微弱化やきず端部におけ る微小信号ピークという特徴が観測されることがある。 本研究においては、これら2つの特徴を信号最大値で 規格化した値、きずを横切る方向での最大強度の9 10%および50%信号の幅、そして一様渦電流プロー ブ信号の比の値の5つの特徴量からきずの自動判別を 行う。 - 前述の5つの特徴量を5次元ベクトルとして取り扱 い、このベクトルの値からきずが応力腐食割れである か疲労割れであるかを自動判別することを試みる。判 別のためのアルゴリズムは k-nearest neighbor 法に基づ いて構築し、応力腐食割れからのものであるか疲労割 れからのもであるかが既に判明しているベクトルの値 との類似度をもって、未知信号からの割れ判別を行う こととする。類似度としては最も単純なユークリッド距離を用いた。 2.3 検証試験結果判別アルゴリズムの性能評価試験のため、応力腐食 割れもしくは疲労割れを人工的に導入した平板試験体 計82体を準備した。試験体の材質はインコネル 600、 SUS304、SUS316、そして NIC-70A であり、応力腐食 割れは3点曲げで応力を加えつつ腐食液中に浸漬する ことで、疲労割れは繰り返し3点曲げ試験を行うこと で導入したものである。導入された応力腐食割れの性 状に著しい偏りが生じないよう、ポリチオン酸、テト ラチオン酸、塩化マグネシウムの3種類の腐食液、お よび人工ノッチ、疲労割れ、引っかき傷の3種類の予 き裂を用いて応力腐食割れの導入を行った。 - Lave-One-Out Cross-Validation を行った結果を Table 1 に示す。表中 Kmin および Kman が k-Nearest Neighbor において考慮した近傍領域の最小および最大値、Mと Tが判断の際の閾値、そして Pc と Abstention とあるの が正答率と信頼性不足として棄却されたデータの割合 である。ほぼ全ての場合について、割れが応力腐食割 れであるか疲労割れであるかの判別が正しく行われて いることが確認できる。Table 1 Results of k-Nearest Neighbor Simulations komin Imax IM TPc abstention 10 21 0.9 | 0.9 0.9867 0.085410 | 21 0.9 | 1.0 1,0000 0.1219 | 5| 101 0.8 | 1.0人 0.9872 | 0.04885| 10 | 0.8 | 1.0 | 1,0000 | 0.0854|3. 結言 - 電磁非破壊検査において得られた信号より、対象と する割れが応力腐食割れであるか疲労割れであるかを 自動判別するアルゴリズムの構築を行った。人工的に 応力腐食割れ及び疲労割れを導入した平板試験体を用 いた検証試験の結果、このアルゴリズムは割れが母材 部に発生したかインコネル系の溶接金属部に発生した かによらず、100%に近い精度で割れの判別を行う ことができるということが明らかになった。今後アル ゴリズムの更なる高度化と検証試験、そして本手法に 基づく割れの自動判別装置の製作を予定している。348謝辞本研究は独立行政法人原子力安全基盤機構「原子力 安全基盤調査研究の公募研究」として実施した。参考文献[1] L. Janousek, Z. Chen, N. Yusa, and K. Miya. A novelnon-destructive method for distinguishing between fatigue and stress corrosion cracks using electromagnetic induction, Proceedings of the 13th International Conference on Nuclear Engineering,ICONE13-50205 (in CD-ROM), 2005/05/16-20 [2] Z. Badics, Y. Matsumoto, K. Aoki, F. Nakayasu, and A.Kurokawa, Finite element models of stress corrosion cracks (SCC) in 3-D eddy current NDE problems, Nondestructive Testing of Materials, R. Collins, W.D. Dover, J.R. Bowler and K. Miya (Eds.). IOS Press,1995, pp. 21-29. [3] K. Ohshima and M. Hashimoto. Research on numericalanalysis modeling of SCC on eddy current testing, Journal of the Japan Society of Applied Electromagnetics and Mechanics, Vol. 10, 2002, pp.384-388 [4] N. Yusa, Z. Chen, K. Miya, T. Uchimoto, and T. Takagi.Large-scale parallel computation for the reconstruction of natural stress corrosion cracks from eddy current testing signals. NDT&E international, Vol. 36, 2003, pp. 449-459.349“ “電磁現象を用いた応力腐食割れと疲労割れの非破壊的識別“ “遊佐 訓孝,宮 健三
耐圧部等の原子力プラント内の重要な機器に割れが 発見された場合、現在の安全規制は早期の補修もしく は機器の交換、さらに再発防止のために割れの発生の 原因調査を義務付けている。供用前検査において溶接 不良などの初期欠陥が存在しないということは保証さ れるため、プラント内で発見される割れの大部分は応 力腐食割れかもしくは疲労割れであるが、両者の発生 メカニズムは全く異なるものである。そのため、原因 調査および補修において取るべき措置も、割れが応力 腐食割れか疲労割れかによって大きく異なったものと なる。よって早期に迅速かつ正確に発生した割れが応力腐食割れであるか疲労割れであるかの判別を行うこ とは、原子力プラントの停止による経済的損失を避け るためにも非常に重要である。現状では、割れの発生 した部位を切り出した上で各種検査を行い、全ての試 験結果に整合性が認められたことをもって割れが応力 腐食割れであるか疲労割れであるかの判断がなされて いる。しかしながら、このような手法ではトラブル対 応の時間が長くなることは避けることができないとい う問題点がある。よって、原子力プラントの保全活動 に対する貢献という観点から、応力腐食割れと疲労割 れとを非破壊的かつ確実に判別することが出来る手法
の開発の意義は大きいものがある。著者らは以前の研究において、導体内に流れる電流 を乱す様子に関して、応力腐食割れと疲労割れとの間 には有意な差異が存在し、それを利用することで両者 を非破壊的に判別することが可能であるということを 見出した[1]。そこで提唱された手法は、いわゆる一様 渦電流型の渦電流プローブを用いて割れ近傍に指向性 の強い渦電流分布を実現し、割れに対して電流が平行 に流れている時に測定される信号と垂直に流れている 時に測定される信号との比の値をもって、割れが応力 腐食割れであるか疲労割れであるかを判別するという ものであった。この手法は極めて単純であるにもかか わらずその有効性は高く、適切な閾値を設定すること で9割近くの場合について割れの判別を正しく行うこ とができるということが、その後の研究により明らか となっている。しかしながら、いかにして適切に閾値 を設定するかについては数多くの試験データが必要に なること、また実用上は応力腐食割れと疲労割れとを 確実に判別できることが要求されることを考慮すると、 手法の更なる高度化は強く要求されるところである。 1. 本研究においては、電磁現象を利用した応力腐食割 れと疲労割れの非破壊的判別法の高度化を目的とし、 k-Nearest Neighbor 法に基づく自動判別アルゴリズムの 構築を試みた。以下、その原理および性能健勝試験結 果について述べる。3472. 電磁現象を利用した割れの判別 2.1 割れのモデリング * 電磁非破壊検査の観点からは、対象とする割れの微 細構造までを考慮する必要は無く、割れ全体を包絡す るような単純形状領域にある適当な電磁気的特性を与 えることで実用上十分なモデル化ができるとされてい る[2-43。一般的に応力腐食割れは粒界に沿って複雑に 進展するため、割れの開口自体は小さいものの、割れ 全体を包絡する領域の幅は比較的広いと考えられる。 また、割れ破面の部分的な接触のため、割れ領域には 0ではない電気的導電率を与える必要がある。一方、 疲労割れはほぼ一直線に進展するため、割れの開口の 幅が割れ全体を包絡する領域の幅にほぼ等しく、また 破面の接触の度合いが小さいため、割れ領域内部の導 電率は応力腐食割れのものと比べると低い。本研究に おける応力腐食割れと疲労割れの判別は、基本的には このように両者のモデルに幅と導電率の差異が存在す ることに起因する非破壊検査信号の変化を利用するも のである。 2.2 判別アルゴリズムの構築 . 「幅が広く、導電率の高い」領域としてモデル化さ れるきずに対し、指向性の強い電流分布を実現するプ ローブを用い手渦電流探傷試験を行った場合、これら の特徴に起因するいくつかの特徴が探傷信号に認めら れることがある。その一つは前述の一様渦電流プロー ブ信号の比の値[1]であるが、差動型プラスポイントプ ローブを用いた探傷試験にて得られる信号においても、 きず中央直上における信号の微弱化やきず端部におけ る微小信号ピークという特徴が観測されることがある。 本研究においては、これら2つの特徴を信号最大値で 規格化した値、きずを横切る方向での最大強度の9 10%および50%信号の幅、そして一様渦電流プロー ブ信号の比の値の5つの特徴量からきずの自動判別を 行う。 - 前述の5つの特徴量を5次元ベクトルとして取り扱 い、このベクトルの値からきずが応力腐食割れである か疲労割れであるかを自動判別することを試みる。判 別のためのアルゴリズムは k-nearest neighbor 法に基づ いて構築し、応力腐食割れからのものであるか疲労割 れからのもであるかが既に判明しているベクトルの値 との類似度をもって、未知信号からの割れ判別を行う こととする。類似度としては最も単純なユークリッド距離を用いた。 2.3 検証試験結果判別アルゴリズムの性能評価試験のため、応力腐食 割れもしくは疲労割れを人工的に導入した平板試験体 計82体を準備した。試験体の材質はインコネル 600、 SUS304、SUS316、そして NIC-70A であり、応力腐食 割れは3点曲げで応力を加えつつ腐食液中に浸漬する ことで、疲労割れは繰り返し3点曲げ試験を行うこと で導入したものである。導入された応力腐食割れの性 状に著しい偏りが生じないよう、ポリチオン酸、テト ラチオン酸、塩化マグネシウムの3種類の腐食液、お よび人工ノッチ、疲労割れ、引っかき傷の3種類の予 き裂を用いて応力腐食割れの導入を行った。 - Lave-One-Out Cross-Validation を行った結果を Table 1 に示す。表中 Kmin および Kman が k-Nearest Neighbor において考慮した近傍領域の最小および最大値、Mと Tが判断の際の閾値、そして Pc と Abstention とあるの が正答率と信頼性不足として棄却されたデータの割合 である。ほぼ全ての場合について、割れが応力腐食割 れであるか疲労割れであるかの判別が正しく行われて いることが確認できる。Table 1 Results of k-Nearest Neighbor Simulations komin Imax IM TPc abstention 10 21 0.9 | 0.9 0.9867 0.085410 | 21 0.9 | 1.0 1,0000 0.1219 | 5| 101 0.8 | 1.0人 0.9872 | 0.04885| 10 | 0.8 | 1.0 | 1,0000 | 0.0854|3. 結言 - 電磁非破壊検査において得られた信号より、対象と する割れが応力腐食割れであるか疲労割れであるかを 自動判別するアルゴリズムの構築を行った。人工的に 応力腐食割れ及び疲労割れを導入した平板試験体を用 いた検証試験の結果、このアルゴリズムは割れが母材 部に発生したかインコネル系の溶接金属部に発生した かによらず、100%に近い精度で割れの判別を行う ことができるということが明らかになった。今後アル ゴリズムの更なる高度化と検証試験、そして本手法に 基づく割れの自動判別装置の製作を予定している。348謝辞本研究は独立行政法人原子力安全基盤機構「原子力 安全基盤調査研究の公募研究」として実施した。参考文献[1] L. Janousek, Z. Chen, N. Yusa, and K. Miya. A novelnon-destructive method for distinguishing between fatigue and stress corrosion cracks using electromagnetic induction, Proceedings of the 13th International Conference on Nuclear Engineering,ICONE13-50205 (in CD-ROM), 2005/05/16-20 [2] Z. Badics, Y. Matsumoto, K. Aoki, F. Nakayasu, and A.Kurokawa, Finite element models of stress corrosion cracks (SCC) in 3-D eddy current NDE problems, Nondestructive Testing of Materials, R. Collins, W.D. Dover, J.R. Bowler and K. Miya (Eds.). IOS Press,1995, pp. 21-29. [3] K. Ohshima and M. Hashimoto. Research on numericalanalysis modeling of SCC on eddy current testing, Journal of the Japan Society of Applied Electromagnetics and Mechanics, Vol. 10, 2002, pp.384-388 [4] N. Yusa, Z. Chen, K. Miya, T. Uchimoto, and T. Takagi.Large-scale parallel computation for the reconstruction of natural stress corrosion cracks from eddy current testing signals. NDT&E international, Vol. 36, 2003, pp. 449-459.349“ “電磁現象を用いた応力腐食割れと疲労割れの非破壊的識別“ “遊佐 訓孝,宮 健三