原子力プラントにおける保全計画の最適化手法の構築
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カテゴリ: 第3回
1.緒言
1995年の電気事業法の改正以降、電力の小売自由化 が段階的に進んでおり、2007 年度以降には全面自由化 についての検討も開始される予定である[1]。このよう な電力自由化の流れの中で、原子力の高水準の安全性 を維持しながらの価格競争力の維持、向上が電気事業いった項目の変化の相関を、同時かつ定量的に算出し、 評価するための手法を構築する。さらに意思決定手法 1995 年の電気事業法の改正以降、電力の小売自由化 を用いることで、保全計画の決定を司る意思決定者の が段階的に進んでおり、2007 年度以降には全面自由化 経験や主観的な判断が反映された、最適な保全計画の についての検討も開始される予定である[1]。このよう。 選定が可能となる手法を得る。 な電力自由化の流れの中で、原子力の高水準の安全性 を維持しながらの価格競争力の維持、向上が電気事業 者にとっての至上命題となっており、原子力発電所に2.評価対象のモデル化 おける「保全の最適化」を実施することにより、プラ - 2.1 評価対象とシステム構成 ントライフを通じて総合的に安全性、信頼性および経 12本研究では、BWR を評価対象とし、シュミレーショ 済性の最適点を求めることが必要とされている。 ンモデルの構築を行う。原子力発電所は大きく分けて - これまで保全最適化問題に対して、様々な研究がな 蒸気タービンを回転させ発電を行う常用運転系(RSS: されてきた「2,3,41。 しかしながら、これまでは簡単なシRegular Service System)と事故やトラブル発生時に、プ ステムに関する理論的な解析が主流であり、大規模か ラントの運転を安全に停止させる役割を果たす工学的 つ複雑なシステムに関する研究例は少ない。また、保 安全設備(ESF: Engineering Safety Features) の2つのシ」 全計画の変更が経済性、信頼性および安全性に与える ステムによって構成されているとする。本研究で評価 影響の定量的な評価例は少なく、さらに保全における 対象とする構成サブシステムを表1に示す。 デメリット(分解点検後の初期故障発生、動作試験に
2.2 Fault Tree によるシステム構造の図式化 よるストレスの蓄積)に着目したモデルの例は見受け
本研究ではシステムのモデル化にあたり、Fault Tree られない。 * 以上の背景のもと、本研究では特に原子力発電所のAnalysis(FTA)を用いて評価を行う。FT における頂上を引き起こすイベントの最小単位である Minimal 保全最適化問題を多目的最適化問題として解くため、Cut Set (MCS)として、本研究では、以下の3種類を 保全計画の変更にともなう安全性、信頼性、経済性と取り扱う(図1に概念図を示す)。 つ複雑なシステムに関する研究例は少ない。また、保 全計画の変更が経済性、信頼性および安全性に与える 影響の定量的な評価例は少なく、さらに保全における デメリット(分解点検後の初期故障発生、動作試験に よるストレスの蓄積)に着目したモデルの例は見受け以上の背景のもと、本研究では特に原子力発電所の 保全最適化問題を多目的最適化問題として解くため、 保全計画の変更にともなう安全性、信頼性、経済性と連絡先:伊藤悟、〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字 青葉 6-6-01-2、東北大学大学院工学研究科量子エネル ギー工学専攻、電話: 022-795-7906、 e-mail:satoshi.ito@qse.tohoku.ac.jp 評価するための手法を構築する。さらに意思決定手法 を用いることで、保全計画の決定を司る意思決定者の 経験や主観的な判断が反映された、最適な保全計画の 2.1 評価対象とシステム構成 - 本研究では、BWR を評価対象とし、シュミレーショ ンモデルの構築を行う。原子力発電所は大きく分けて 蒸気タービンを回転させ発電を行う常用運転系(RSS: Regular Service System)と事故やトラブル発生時に、プ Regular Service System)と事故やトラブル発生時に、プ| ラントの運転を安全に停止させる役割を果たす工学的 安全設備(ESF: Engineering Safety Features) の2つのシ .2 Fault Tree によるシステム構造の図式化 本研究ではシステムのモデル化にあたり、Fault Treel nalysis (FTA)を用いて評価を行う。FT における頂 を引き起こすイベントの最小単位である Minimal at Set (MCS)として、本研究では、以下の3種類を - 50 -表 1. 各サブシステムにおける機器数 常用運転系(RSS): 7系統 | 工学的安全施設(ESF): 7 系統 | 主蒸気系自動減圧系・主蒸気隔離弁原子炉再循環系 [22非常用 DIG制御棒駆動系| 24高圧炉心スプレー系16復水・給水系|33|| 低圧炉心スプレー系べしタービン設備|20| |残留熱除去系A系統原子炉冷却材浄化系 | 18|残留熱除去系B・C系統原子炉補機冷却系 22非常用ガス処理系115192構成機器数合計243MCSMCSB&CI単一故障OK同時独立故障ト其原因故障[根回「C図 1, MCS・ 単一故障:単一の機器が故障する事象 ・ 同時独立故障:冗長化された機器群を構成する各器が、同時かつ独立に故障する事象 ? 共通原因故障:冗長化された機器群が作業員の操・ 単一故障:単一の機器が故障する事象 ・ 同時独立故障:冗長化された機器群を構成する各機器が、同時かつ独立に故障する事象 ・ 共通原因故障:冗長化された機器群が作業員の操作 ミスなどを原因に、同時に故障する事象本研究ではサブシステムのいずれか1つが停止した 場合に、システム全体を停止させると仮定し、RSS、 ESF の FT を設定している。2.3 機器の故障発生シミュレーション - 時間故障率は初期故障、偶発故障、磨耗故障に分か れるバスタブ曲線によって表現できるとされている。 本研究では磨耗故障は考慮しないと仮定する。図2に 定検終了後のプラント起動以降の計画外停止の発生時 期を示す。プラントの計画外停止は定検終了後最初の 1ヶ月に多く発生していることがわかる。本研究では、この要因を分解点検により機器の故障率がバスタブ曲 線の初期故障期間に転移するためであると仮定する。 Fig.2 より、定検終了後最初の1ヶ月の計画外停止回数 は、2 ヶ月目行こうの計画外停止回数の平均値に比べ て約 3.4 倍高いと読み取れる。したがって、本研究で は定検実施後最初の1ヶ月は、機器故障率が従来の 3.4 倍高くなるとモデル化する。この際、2 ヶ月目以降の 時間故障率は約 0.78 倍と補正される。図3に初期故障 を考慮した場合の時間故障率の時系列分布を示す。機器故障の発生は偶発的であり、その故障の発生時 期は一定ではない。そこで、本研究では機器故障の偶 発性を再現する手法としてモンテカルロ法によるシュ ミレーションを行う。タイムステップ当りのFTのMCS の発生期待値と擬似乱数の値の大小を比較し、乱数が タイムステップ当りの MCS の発生期待値よりも小さ くなった場合に故障が発生したと判定する。RSS の機 器の故障の評価には前述した3種類の MCS を用い、そ の発生期待値mは以下のように取り扱う。発生件数図 2. 定検後の計画外停止発生時期偶?故障期間2人偶?故障期間初期故障期間 3.42F0.782F ------ IT + lit1month図 3. 時間故障率の時系列分布51・単一故障 時間故障率2の機器 A 単体によるタイムステップ当 りの単一故障の発生期待値 m は以下で与えられる。(1) ・ 同時独立故障 時間故障率2の機器 A を2機用いて冗長化された機器 群のタイムステップ当りの同時独立故障の発生期待 値mは以下で与えられる。ニー.......m=(ar);-2・ 共通原因故障 時間故障率れの機器 A を2機用いて冗長化された機器 群のタイムステップ【当りの共通原因故障の発生期待 値mは共通故障の発生確率であるB を用いて以下で与 えられる。m = BAT-3また ESF の機器は時間依存の故障に加えて動作要求 (デマンド)があった場合にも故障が発生するとモデ ル化し、定例試験時の故障発生のシミュレーションに はデマンド故障率を用い、デマンド故障率と擬似乱数 の値の大小を比較することで評価を行う。2.4 保全活動のモデル化 1保全活動の種類として、定期検査、分解点検・分解 検査、定例試験・機能試験が挙げられる。 ・ 定期検査 1. 本研究ではシュミレーションに際して、毎年1回の 定期検査の実施を仮定する。停止期間は表 2 に示され るように、分解検査および分解点検の実施機器数に応 じて変化すると仮定する。 ・分解点検・分解検査 1. 本研究では各機器の分解点検の実施周期を表 3 に示 すように設定する。本研究では分解点検の実施により 機器の性能は新品同様に回復するが、その一方で初期 故障モードに転移すると仮定する。表 2. 分解点検機器数と定検停止期間の関係・全機器数に対する分解点検機器数の割合 N停止期間45日90日N<25% 25%
1995年の電気事業法の改正以降、電力の小売自由化 が段階的に進んでおり、2007 年度以降には全面自由化 についての検討も開始される予定である[1]。このよう な電力自由化の流れの中で、原子力の高水準の安全性 を維持しながらの価格競争力の維持、向上が電気事業いった項目の変化の相関を、同時かつ定量的に算出し、 評価するための手法を構築する。さらに意思決定手法 1995 年の電気事業法の改正以降、電力の小売自由化 を用いることで、保全計画の決定を司る意思決定者の が段階的に進んでおり、2007 年度以降には全面自由化 経験や主観的な判断が反映された、最適な保全計画の についての検討も開始される予定である[1]。このよう。 選定が可能となる手法を得る。 な電力自由化の流れの中で、原子力の高水準の安全性 を維持しながらの価格競争力の維持、向上が電気事業 者にとっての至上命題となっており、原子力発電所に2.評価対象のモデル化 おける「保全の最適化」を実施することにより、プラ - 2.1 評価対象とシステム構成 ントライフを通じて総合的に安全性、信頼性および経 12本研究では、BWR を評価対象とし、シュミレーショ 済性の最適点を求めることが必要とされている。 ンモデルの構築を行う。原子力発電所は大きく分けて - これまで保全最適化問題に対して、様々な研究がな 蒸気タービンを回転させ発電を行う常用運転系(RSS: されてきた「2,3,41。 しかしながら、これまでは簡単なシRegular Service System)と事故やトラブル発生時に、プ ステムに関する理論的な解析が主流であり、大規模か ラントの運転を安全に停止させる役割を果たす工学的 つ複雑なシステムに関する研究例は少ない。また、保 安全設備(ESF: Engineering Safety Features) の2つのシ」 全計画の変更が経済性、信頼性および安全性に与える ステムによって構成されているとする。本研究で評価 影響の定量的な評価例は少なく、さらに保全における 対象とする構成サブシステムを表1に示す。 デメリット(分解点検後の初期故障発生、動作試験に
2.2 Fault Tree によるシステム構造の図式化 よるストレスの蓄積)に着目したモデルの例は見受け
本研究ではシステムのモデル化にあたり、Fault Tree られない。 * 以上の背景のもと、本研究では特に原子力発電所のAnalysis(FTA)を用いて評価を行う。FT における頂上を引き起こすイベントの最小単位である Minimal 保全最適化問題を多目的最適化問題として解くため、Cut Set (MCS)として、本研究では、以下の3種類を 保全計画の変更にともなう安全性、信頼性、経済性と取り扱う(図1に概念図を示す)。 つ複雑なシステムに関する研究例は少ない。また、保 全計画の変更が経済性、信頼性および安全性に与える 影響の定量的な評価例は少なく、さらに保全における デメリット(分解点検後の初期故障発生、動作試験に よるストレスの蓄積)に着目したモデルの例は見受け以上の背景のもと、本研究では特に原子力発電所の 保全最適化問題を多目的最適化問題として解くため、 保全計画の変更にともなう安全性、信頼性、経済性と連絡先:伊藤悟、〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字 青葉 6-6-01-2、東北大学大学院工学研究科量子エネル ギー工学専攻、電話: 022-795-7906、 e-mail:satoshi.ito@qse.tohoku.ac.jp 評価するための手法を構築する。さらに意思決定手法 を用いることで、保全計画の決定を司る意思決定者の 経験や主観的な判断が反映された、最適な保全計画の 2.1 評価対象とシステム構成 - 本研究では、BWR を評価対象とし、シュミレーショ ンモデルの構築を行う。原子力発電所は大きく分けて 蒸気タービンを回転させ発電を行う常用運転系(RSS: Regular Service System)と事故やトラブル発生時に、プ Regular Service System)と事故やトラブル発生時に、プ| ラントの運転を安全に停止させる役割を果たす工学的 安全設備(ESF: Engineering Safety Features) の2つのシ .2 Fault Tree によるシステム構造の図式化 本研究ではシステムのモデル化にあたり、Fault Treel nalysis (FTA)を用いて評価を行う。FT における頂 を引き起こすイベントの最小単位である Minimal at Set (MCS)として、本研究では、以下の3種類を - 50 -表 1. 各サブシステムにおける機器数 常用運転系(RSS): 7系統 | 工学的安全施設(ESF): 7 系統 | 主蒸気系自動減圧系・主蒸気隔離弁原子炉再循環系 [22非常用 DIG制御棒駆動系| 24高圧炉心スプレー系16復水・給水系|33|| 低圧炉心スプレー系べしタービン設備|20| |残留熱除去系A系統原子炉冷却材浄化系 | 18|残留熱除去系B・C系統原子炉補機冷却系 22非常用ガス処理系115192構成機器数合計243MCSMCSB&CI単一故障OK同時独立故障ト其原因故障[根回「C図 1, MCS・ 単一故障:単一の機器が故障する事象 ・ 同時独立故障:冗長化された機器群を構成する各器が、同時かつ独立に故障する事象 ? 共通原因故障:冗長化された機器群が作業員の操・ 単一故障:単一の機器が故障する事象 ・ 同時独立故障:冗長化された機器群を構成する各機器が、同時かつ独立に故障する事象 ・ 共通原因故障:冗長化された機器群が作業員の操作 ミスなどを原因に、同時に故障する事象本研究ではサブシステムのいずれか1つが停止した 場合に、システム全体を停止させると仮定し、RSS、 ESF の FT を設定している。2.3 機器の故障発生シミュレーション - 時間故障率は初期故障、偶発故障、磨耗故障に分か れるバスタブ曲線によって表現できるとされている。 本研究では磨耗故障は考慮しないと仮定する。図2に 定検終了後のプラント起動以降の計画外停止の発生時 期を示す。プラントの計画外停止は定検終了後最初の 1ヶ月に多く発生していることがわかる。本研究では、この要因を分解点検により機器の故障率がバスタブ曲 線の初期故障期間に転移するためであると仮定する。 Fig.2 より、定検終了後最初の1ヶ月の計画外停止回数 は、2 ヶ月目行こうの計画外停止回数の平均値に比べ て約 3.4 倍高いと読み取れる。したがって、本研究で は定検実施後最初の1ヶ月は、機器故障率が従来の 3.4 倍高くなるとモデル化する。この際、2 ヶ月目以降の 時間故障率は約 0.78 倍と補正される。図3に初期故障 を考慮した場合の時間故障率の時系列分布を示す。機器故障の発生は偶発的であり、その故障の発生時 期は一定ではない。そこで、本研究では機器故障の偶 発性を再現する手法としてモンテカルロ法によるシュ ミレーションを行う。タイムステップ当りのFTのMCS の発生期待値と擬似乱数の値の大小を比較し、乱数が タイムステップ当りの MCS の発生期待値よりも小さ くなった場合に故障が発生したと判定する。RSS の機 器の故障の評価には前述した3種類の MCS を用い、そ の発生期待値mは以下のように取り扱う。発生件数図 2. 定検後の計画外停止発生時期偶?故障期間2人偶?故障期間初期故障期間 3.42F0.782F ------ IT + lit1month図 3. 時間故障率の時系列分布51・単一故障 時間故障率2の機器 A 単体によるタイムステップ当 りの単一故障の発生期待値 m は以下で与えられる。(1) ・ 同時独立故障 時間故障率2の機器 A を2機用いて冗長化された機器 群のタイムステップ当りの同時独立故障の発生期待 値mは以下で与えられる。ニー.......m=(ar);-2・ 共通原因故障 時間故障率れの機器 A を2機用いて冗長化された機器 群のタイムステップ【当りの共通原因故障の発生期待 値mは共通故障の発生確率であるB を用いて以下で与 えられる。m = BAT-3また ESF の機器は時間依存の故障に加えて動作要求 (デマンド)があった場合にも故障が発生するとモデ ル化し、定例試験時の故障発生のシミュレーションに はデマンド故障率を用い、デマンド故障率と擬似乱数 の値の大小を比較することで評価を行う。2.4 保全活動のモデル化 1保全活動の種類として、定期検査、分解点検・分解 検査、定例試験・機能試験が挙げられる。 ・ 定期検査 1. 本研究ではシュミレーションに際して、毎年1回の 定期検査の実施を仮定する。停止期間は表 2 に示され るように、分解検査および分解点検の実施機器数に応 じて変化すると仮定する。 ・分解点検・分解検査 1. 本研究では各機器の分解点検の実施周期を表 3 に示 すように設定する。本研究では分解点検の実施により 機器の性能は新品同様に回復するが、その一方で初期 故障モードに転移すると仮定する。表 2. 分解点検機器数と定検停止期間の関係・全機器数に対する分解点検機器数の割合 N停止期間45日90日N<25% 25%