検査コスト及び誤差を考慮した保全計画策定手法
公開日:
カテゴリ: 第3回
1. 背景 1.1 リスクマネジメントとしての保全
ひとり原子力発電所に限らず、あらゆる人工物にお いて安全性は非常に重要な課題である。一方で、人工 物の機能において不確かさは避けられず、事故確率を 厳密値としての 0 にする事は不可能である。この現実 を受け入れ、安全性と経済性の観点から適切に人工物 を運用する事が必要である。特に電力事業のような公 共性の高い産業においては、無謀な目標のために不経 済なシステム運用を続ける事は、社会的にも受容でき ないものである。安全性と経済性の両立という基本思想を、定量的な 手続きによって実現するための方法論がリスクベース 保全である。あらゆる保全計画には、実行に要する費 用と、それによって防ぎきれずにある確率で生じてし まう事故による損失が伴う。保全費用と事故による損 失の合計値は、保全計画によって決まる確率分布を持 つ。そして、その分布から決まる何らかの指標値を定 義し、その指標値を最小もしくは最大とする事で、保 全計画を最適化するのである。最も簡便な最適化基準 は、保全費用と事故による損失の合計の期待値を最小 化する事である。リスクベース保全は手続きの明瞭さによって、円滑なリスクコミュニケーションに基づく 意思決定と透明性の高い説明責任の履行という利点を、 兼ね備えている。
1.2 大規模複雑システムの保全最適化手法 原子力発電所のような大規模複雑システムでは、保 全に関与する因子(構成機器の種類・台数・故障モー ド、機器間の接続関係・機能の相互依存性、検査・修 理の種類と時期など)が膨大であることから、数学的 に厳密な最適化を行う事が困難である。しかし当方の グループは、これまでにも実効性・有効性の高い保全 計画策定手法を開発する事に成功してきた。藤井らの 研究[1]は、Fault Tree 解析を応用し、システムを構成す る各機器の重要度の指標として、従来提案されていた Fussel-Vesely (FV)、リスク増加価値(RAW)を基にし て、新たにコスト Fussel-Vesely (C-FV)、絶対リスク価 値(A-RAW)を導入し、その有効性を示した。望月ら の研究[2]は、システム全体を停止させずにシステムの 一部だけを停止させて検査、修理等を行うオンライン メンテナンス(OLM)の導入によって、保全費用を劇 的に削減する事を提案した。この研究の中では OLM に 伴う事故リスク上昇も同時に評価され、Fault Tree 解析 における中間事象にも重要度を適用する事によって、 OLM 実行の可否を判定する事が有効であると示され
た。1.3 保全最適化問題における検査の意義 保全計画を最適化するという問題の中で、検査はい かなる意義を持つであろうか。一つには、検査によって機器の状態がある程度特定 されるため、機器が故障するか否かという不確かさを、 ある程度減らす事ができるという点が挙げられる。但 し検査は機器に関する全ての物理量を一意に定めるも のではなく、また測定値自体にも誤差があるため、不 確かさを完全に無くす事は検査をもってしても一般に は不可能である。もう一つ、当然であるが、検査は費用を要するとい う点が重要である。 * 検査が持つこの2つの意義を踏まえ、いつ、どの機 器の測定を行うかを計画する事が、保全最適化におい て必要な作業である。従来よく用いられる方策として、 連続的に測定を続ける方式(状態監視)と、一定の周 期によって測定を行う方式(定期検査)があるが、そ れだけに拘束されず、測定結果等から推定された不確 かさを考慮して、測定や修理交換の時期を随時適応的 に定めていく事によって、保全計画をより合理的なも のとする事が可能であると考えられる。2章以降では、 加圧水型原子力発電所(PWR)二次系炭素鋼配管の流 れ加速型腐食(FAC : Flow Accelerated Corrosions) を例 としてこの理念を具体的且つ数理的に記述する。2. FAC 要論[3]配管の肉厚が時間の経過と共に減少する配管減肉現 象は、機械的作用である侵食・壊食(エロージョン) と、化学的作用である腐食(コロージョン)によって 生じると言われている。腐食の中でも、PWR 二次系炭 素鋼配管において特に問題となるのは FAC である。平 成16年8月に 11 名の死傷者を出した美浜発電所3号 機2次冷却系配管の破断は、FAC に起因した可能性が 高いとされている。FAC は、移流によって液中への金属イオンの溶解が 加速されるために生じるという説が有力である。FAC の進行速度を物理モデルに基づいて理論的に予測する 技術は、基礎研究レベルでは開発されているものの、 未だに実機での減肉管理には不十分なものである。一 方で、FAC が時間に対してほぼ線形に進行する事は知 られているため、その知見に基づいて、適切な時期に 肉厚測定を行う事で減肉管理を行っているのが減肉管理の現状である。尚、過去のデータに基づく経験式に 基づいて流体条件等の入力パラメータから FAC進行速 度を予測する計算コードも既にいくつか開発されてい て、これらは測定箇所の絞込み等の補助的役割を担う 事が期待されている。1900/01/023. PWR 内配管の FAC 管理規格の現状- 日本機械学会は、PWR での配管減肉管理に対して規 格を制定中である[4]。この規格の基本的な考え方は、 以下の通りである。1 必要最小厚さを技術基準から計算する。 2 減肉率 W を過去の肉厚測定値から最小自乗法により計算する。 3 上記の減肉率と最新の肉厚測定値から、肉厚が、となる時期を計算する。 4 その時期の5年前までに再び肉厚を測定する。但し、 12 次回の運転サイクル中にその時期を過ぎる場合は、次回の定期検査の時期に肉厚を測定する。 5 次回の計画運転停止までに肉厚が tを下回る場合は、該当部位の交換又は補修を行う。肉厚測定値や減肉率推定値には誤差が存在し、それら は本来は確率変数として、確率分布の形で扱われるべ きものである。時間に対して線形に減肉が進行すると 仮定し、最小二乗法により推定した値と測定値の差 ta の頻度分布の一例を Fig.1 に示した。もし線形近似が正 しければ、肉厚測定値に対しておおむね Fig.1 の程度の 誤差は想定しなければならないということである。上 記の現行の規格は、この様な不確かさを直接的に扱う ものにはなっていない。この点を改善する事によって、 より合理的な保全計画の策定を行うための基本的な考 え方を4章及び5章に示す。- 59 -frequency-2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2td[mm] Fig. 1 Histogram of td, which is the difference between measured thickness and thickness estimated by the leastsquares.4. 問題の数理的記述ここで、FAC 管理最適化問題を改めて数理的に記述 する。詳細な部分で多少の単純化を行ったが、ほぼ問 題の本質を保っていると考えている。時刻 T-0 から時刻 T=(N+1)Tまで、配管を使用する ものとする。期間 TM毎に定期検査シーズンがある。つ まり、時刻 T=nT』は第 n検査シーズンである。各検査 シーズンには、放置(何もしない)、測定、交換、の3 種類のアクションから1つのみを選択して遂行する。 測定を1回行う毎に、GMだけ費用がかかる。交換を1 回行う毎に、CRだけ費用がかかる。肉厚 t は、時刻 Tに対して1次関数的に減少すると 仮定する。つまり、t = -W(T - ITM)+-1である。ここに、は最終交換シーズン番号(例えば、 最後の交換が第8検査シーズンに行われたのであれば、 ==8)、toは初期肉厚、W は減肉率であり、いずれも時 不変な(つまり、T に依存しない)定数であると仮定 する。たとなると、配管は破断する(先に述べた必要 最小厚されいには安全余裕があり、一般に、これであるよ うに設定されている)。配管破断の際には、大きさdの 損害が生じる。配管の初期肉厚めは、事前確率分布(何らの検査も 行われない場合に期待される肉厚の分布))を持つ と仮定する。減肉率 W に対しても事前確率分布 fo(W) を考える。5.最適化アルゴリズム- 第n検査シーズンに測定を行った場合、その結果単 独で得られる初期肉厚。と減肉率 W の対数尤度を、 LiAW,to)とする。この定義を測定無しの場合に拡張し、 第n検査シーズンに測定を行わなかった場合、Lan-(W,to)=0 _ (2) |とする。更に、Lv(W)= Infw(W)
“ “検査コスト及び誤差を考慮した保全計画策定手法“ “藤田 智,Satoshi FUJITA,福田 研二,Kenji FUKUDA,沖田 泰良,Taira OKITA,関村 直人,Naoto SEKIMURA
ひとり原子力発電所に限らず、あらゆる人工物にお いて安全性は非常に重要な課題である。一方で、人工 物の機能において不確かさは避けられず、事故確率を 厳密値としての 0 にする事は不可能である。この現実 を受け入れ、安全性と経済性の観点から適切に人工物 を運用する事が必要である。特に電力事業のような公 共性の高い産業においては、無謀な目標のために不経 済なシステム運用を続ける事は、社会的にも受容でき ないものである。安全性と経済性の両立という基本思想を、定量的な 手続きによって実現するための方法論がリスクベース 保全である。あらゆる保全計画には、実行に要する費 用と、それによって防ぎきれずにある確率で生じてし まう事故による損失が伴う。保全費用と事故による損 失の合計値は、保全計画によって決まる確率分布を持 つ。そして、その分布から決まる何らかの指標値を定 義し、その指標値を最小もしくは最大とする事で、保 全計画を最適化するのである。最も簡便な最適化基準 は、保全費用と事故による損失の合計の期待値を最小 化する事である。リスクベース保全は手続きの明瞭さによって、円滑なリスクコミュニケーションに基づく 意思決定と透明性の高い説明責任の履行という利点を、 兼ね備えている。
1.2 大規模複雑システムの保全最適化手法 原子力発電所のような大規模複雑システムでは、保 全に関与する因子(構成機器の種類・台数・故障モー ド、機器間の接続関係・機能の相互依存性、検査・修 理の種類と時期など)が膨大であることから、数学的 に厳密な最適化を行う事が困難である。しかし当方の グループは、これまでにも実効性・有効性の高い保全 計画策定手法を開発する事に成功してきた。藤井らの 研究[1]は、Fault Tree 解析を応用し、システムを構成す る各機器の重要度の指標として、従来提案されていた Fussel-Vesely (FV)、リスク増加価値(RAW)を基にし て、新たにコスト Fussel-Vesely (C-FV)、絶対リスク価 値(A-RAW)を導入し、その有効性を示した。望月ら の研究[2]は、システム全体を停止させずにシステムの 一部だけを停止させて検査、修理等を行うオンライン メンテナンス(OLM)の導入によって、保全費用を劇 的に削減する事を提案した。この研究の中では OLM に 伴う事故リスク上昇も同時に評価され、Fault Tree 解析 における中間事象にも重要度を適用する事によって、 OLM 実行の可否を判定する事が有効であると示され
た。1.3 保全最適化問題における検査の意義 保全計画を最適化するという問題の中で、検査はい かなる意義を持つであろうか。一つには、検査によって機器の状態がある程度特定 されるため、機器が故障するか否かという不確かさを、 ある程度減らす事ができるという点が挙げられる。但 し検査は機器に関する全ての物理量を一意に定めるも のではなく、また測定値自体にも誤差があるため、不 確かさを完全に無くす事は検査をもってしても一般に は不可能である。もう一つ、当然であるが、検査は費用を要するとい う点が重要である。 * 検査が持つこの2つの意義を踏まえ、いつ、どの機 器の測定を行うかを計画する事が、保全最適化におい て必要な作業である。従来よく用いられる方策として、 連続的に測定を続ける方式(状態監視)と、一定の周 期によって測定を行う方式(定期検査)があるが、そ れだけに拘束されず、測定結果等から推定された不確 かさを考慮して、測定や修理交換の時期を随時適応的 に定めていく事によって、保全計画をより合理的なも のとする事が可能であると考えられる。2章以降では、 加圧水型原子力発電所(PWR)二次系炭素鋼配管の流 れ加速型腐食(FAC : Flow Accelerated Corrosions) を例 としてこの理念を具体的且つ数理的に記述する。2. FAC 要論[3]配管の肉厚が時間の経過と共に減少する配管減肉現 象は、機械的作用である侵食・壊食(エロージョン) と、化学的作用である腐食(コロージョン)によって 生じると言われている。腐食の中でも、PWR 二次系炭 素鋼配管において特に問題となるのは FAC である。平 成16年8月に 11 名の死傷者を出した美浜発電所3号 機2次冷却系配管の破断は、FAC に起因した可能性が 高いとされている。FAC は、移流によって液中への金属イオンの溶解が 加速されるために生じるという説が有力である。FAC の進行速度を物理モデルに基づいて理論的に予測する 技術は、基礎研究レベルでは開発されているものの、 未だに実機での減肉管理には不十分なものである。一 方で、FAC が時間に対してほぼ線形に進行する事は知 られているため、その知見に基づいて、適切な時期に 肉厚測定を行う事で減肉管理を行っているのが減肉管理の現状である。尚、過去のデータに基づく経験式に 基づいて流体条件等の入力パラメータから FAC進行速 度を予測する計算コードも既にいくつか開発されてい て、これらは測定箇所の絞込み等の補助的役割を担う 事が期待されている。1900/01/023. PWR 内配管の FAC 管理規格の現状- 日本機械学会は、PWR での配管減肉管理に対して規 格を制定中である[4]。この規格の基本的な考え方は、 以下の通りである。1 必要最小厚さを技術基準から計算する。 2 減肉率 W を過去の肉厚測定値から最小自乗法により計算する。 3 上記の減肉率と最新の肉厚測定値から、肉厚が、となる時期を計算する。 4 その時期の5年前までに再び肉厚を測定する。但し、 12 次回の運転サイクル中にその時期を過ぎる場合は、次回の定期検査の時期に肉厚を測定する。 5 次回の計画運転停止までに肉厚が tを下回る場合は、該当部位の交換又は補修を行う。肉厚測定値や減肉率推定値には誤差が存在し、それら は本来は確率変数として、確率分布の形で扱われるべ きものである。時間に対して線形に減肉が進行すると 仮定し、最小二乗法により推定した値と測定値の差 ta の頻度分布の一例を Fig.1 に示した。もし線形近似が正 しければ、肉厚測定値に対しておおむね Fig.1 の程度の 誤差は想定しなければならないということである。上 記の現行の規格は、この様な不確かさを直接的に扱う ものにはなっていない。この点を改善する事によって、 より合理的な保全計画の策定を行うための基本的な考 え方を4章及び5章に示す。- 59 -frequency-2 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 2td[mm] Fig. 1 Histogram of td, which is the difference between measured thickness and thickness estimated by the leastsquares.4. 問題の数理的記述ここで、FAC 管理最適化問題を改めて数理的に記述 する。詳細な部分で多少の単純化を行ったが、ほぼ問 題の本質を保っていると考えている。時刻 T-0 から時刻 T=(N+1)Tまで、配管を使用する ものとする。期間 TM毎に定期検査シーズンがある。つ まり、時刻 T=nT』は第 n検査シーズンである。各検査 シーズンには、放置(何もしない)、測定、交換、の3 種類のアクションから1つのみを選択して遂行する。 測定を1回行う毎に、GMだけ費用がかかる。交換を1 回行う毎に、CRだけ費用がかかる。肉厚 t は、時刻 Tに対して1次関数的に減少すると 仮定する。つまり、t = -W(T - ITM)+-1である。ここに、は最終交換シーズン番号(例えば、 最後の交換が第8検査シーズンに行われたのであれば、 ==8)、toは初期肉厚、W は減肉率であり、いずれも時 不変な(つまり、T に依存しない)定数であると仮定 する。たとなると、配管は破断する(先に述べた必要 最小厚されいには安全余裕があり、一般に、これであるよ うに設定されている)。配管破断の際には、大きさdの 損害が生じる。配管の初期肉厚めは、事前確率分布(何らの検査も 行われない場合に期待される肉厚の分布))を持つ と仮定する。減肉率 W に対しても事前確率分布 fo(W) を考える。5.最適化アルゴリズム- 第n検査シーズンに測定を行った場合、その結果単 独で得られる初期肉厚。と減肉率 W の対数尤度を、 LiAW,to)とする。この定義を測定無しの場合に拡張し、 第n検査シーズンに測定を行わなかった場合、Lan-(W,to)=0 _ (2) |とする。更に、Lv(W)= Infw(W)
“ “検査コスト及び誤差を考慮した保全計画策定手法“ “藤田 智,Satoshi FUJITA,福田 研二,Kenji FUKUDA,沖田 泰良,Taira OKITA,関村 直人,Naoto SEKIMURA