複雑かつ階層構造を有する材料の中で起こるマルチスケールな照射損傷プロセスをいかに予測するか?

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カテゴリ: 第5回
1.緒言
原子炉や核融合炉で使われる材料が,他の工業材料 と比べて大きく異なるのは,放射線照射という特殊な 環境で使用される点である.照射を受けた材料では, 非平衡な格子欠陥が形成し,それによって材料の機能 が喪失し,特性が劣化する.照射による欠陥形成を容認するのであれば、欠陥検 出の方法(たとえば非破壊評価法)を充実させるとと もに,破壊力学に基づいた材料健全性評価法の高度化 が重要になる.しかしながら,より安全かつ安心な炉 システムの構築を目指すのであれば,それだけでは不 十分であり,欠陥形成を抑制するための方法論を開発 し新材料開発に役立てるとか,定期検査によって健全 性を確認した材料が次の定期検査までその健全性を維 持できるかなどの予測をするための方法論の開発が必 要になる. 連絡先:森下和功,〒611-0011 京都府宇治市五ヶ庄, 京都大学エネルギー理工学研究所, 電話:0774-38-3477, e-mail : k-morishita@iae.kyoto-u.ac.jp本研究の目標は,照射による材料劣化の機構論を明 確にし、それに基づいて, あいまいさを排除しながら, 材料内の照射欠陥の形成を予測したり,抑制したりす るための方法論を開発することにある.
2. 照射プロセスのマルチスケール性放射線の照射によって材料の中には,多量のはじき 出し欠陥(原子空孔と自己格子間原子)や不純物(H, He,核変換生成物)が生成する. はじき出し欠陥の生 成そのものは、ピコ秒かつナノメートルオーダーの, 極めて短時間かつ局所的な現象である. しかしながら, このような材料が使用される温度では、多くの欠陥は 移動(拡散)することができる.そのため、照射の影 響は時間とともに徐々に材料全体に拡がっていく.そ の結果, 材料のミクロ組織や特性が変化(劣化)する. 時間的にも空間的にも多岐のスケールにわたる現象を マルチスケールな現象とよぶが,照射損傷プロセスは その代表である.照射下材料挙動を予測するには、こ のような「現象のマルチスケール性」を克服する必要
がある.ただし,このように、照射の影響(ミクロ組 織変化)が時間とともに徐々にひろがっていくとは言 え,たとえば材料強度などは, 材料の平均的な特性(の 劣化)で決まるのではなく,材料内の最も弱い部分で 決まる. 材料内の最弱部分がなぜ形成されるのか,す なわち,一見,均一に照射されているはずの材料の強 度になぜ強い部分と弱い部分ができるのかについては, 照射欠陥集合体形成の本質であるゆらぎの効果,およ び,材料が本来もっている不均一性などの性質に由来 する.3. 材料の不均一性ここでは、材料が本来有する不均一性(構造階層性 と多要素性)について述べる.材料は、注目する現象の空間スケールに応じて,電 子, 原子, 原子集団, 連続体などの系として扱われる. 系の見方に応じて,分子動力学法や有限要素法など, 解析方法が異なることになる.そのような構造階層性 の中に, さらに, 材料の多要素性の問題が絡んでくる. すなわち,通常使用される材料は,材料全体にわたっ て均一であることはなく,母相,表面,粒界,転位, 析出物等,異なる多くの要素を含む系になっている (Fig. 1). 要素還元論的に考えるのであれば,材料を 個々の要素に分解し,ひとつひとつの要素に対して照 射特性を調べ上げ、そののちに,再構成する.”個々 の要素の性質が分かれば,それらから構成される材料 全体の挙動は理解できるはずだ”という思い込みが真 であればよい.しかしながら,このような還元論が照 射損傷の問題に適応できないことは言うまでもない. すなわち,照射損傷プロセスは,要素ごとに閉じた現 象というわけではない,母相で生じたはじき出し欠陥 は,拡散というメカニズムによって,時間をかけて,「sum原子核数m折出物数nm[10-10m結晶粒ふれる原子1プラント= ているが101個の原子真空容器内部Fig. 1 Schematic view of the complicated and hierarchical structure of materials粒界や析出物などの異なる要素に侵入する. その逆の 移動もある.このように,要素間の欠陥の行き来(拡 散)によって,各要素は実質的に相互作用することに なる.ゆえに還元論で論じることはできないのである. このことは、「通常,多要素からなる実用合金の照射効 果を調べるために,純金属を照射しても意味がない」 ことを示す.しかしながら残念なことに,我々の材料 照射研究の分野では,従来から,この手の材料の置き 換えが数多く行われてきた.おもに,単に解析しやす いという理由で, シンプルかつ理想化された系が選ば れてきたのである.こうして構築されたモデルと現実 との乖離をいかに埋めればよいか?4. 多要素系と欠陥の拡散* 構造階層性をもち, しかも多くの要素からなる系(材 料)で起こる,時間的にも空間的にもエネルギー的に もマルチスケールな現象をいかにモデル化するか,と いうのが「照射材料モデリング」の課題である. ー はじき出し欠陥の生成をもたらすカスケード損傷は, 先述したように,高々ナノメートルオーダーの現象で ある.かつ,原子どうしの衝突連鎖が基本である反応 であることから,この現象を解析するには,系を原子 集団にとることになる. このとき,その原子集団がど んな要素(母相か?粒界か?・・・)に属しているの かは重要であるが,その隣の要素が粒界なのか?表面 なのか?は重要ではない。なぜなら, カスケード損傷 は解析対象となる要素のみに限定される現象であるか らである. ・ 一方,カスケード損傷によって生成した欠陥は拡散 し,そのため,解析対象は時間とともに徐々に拡大す る.その結果,可動な欠陥は,やがては隣の要素に到194達するので,材料が複数の要素から構成されていると いう問題が顕在化する. - こうして,多要素であるという空間スケール上の材 料の性質は,注目している現象の時間スケールによっ て顕在化する場合としない場合があることになる.長 時間スケールの拡散プロセスでは,材料が多要素であ るという性質が重要になるが,短時間スケールのはじ き出しプロセス(変位カスケード損傷)では、さほど 問題にはならない.さて,このように考えていくと,拡散の効果の有無 がひとつのキーになる.すなわち,低温ゆえに欠陥の 拡散が顕著でないとか,あるいは、現象の短時間スケ ールの部分しか見ていないために拡散の効果が顕在化 しないといった場合には、要素間の相互作用(=拡散) を考える必要はなく,したがって,要素ごとのモデル 化が可能になる。つまり,はじき出し損傷プロセス(変 位カスケード損傷)は,要素還元論的に思考して構わ ない.一方,拡散の効果が顕著となる現象(高温,長 時間)を見る場合は,多要素であることが結果に大き く影響する。5. マルチスケールモデリング時間的なスケール実験手法11年4ふつうの カメラ年間分陽電子消PAS電子顕微鏡TEM引張試験応力】ビデオー材料/組つ秒の材料特性----ーーーーー変化 ミリ秒+ 高速度 カメラ マイクロ秒つ構造変化 ,- 計算機シミュレーション | 欠陥集合体 ナノ秒、小さな空間スケール,短い時間スケールの解析は, 計算機シ 1秒間に はじき出しミュレーションが得意 5000コマ ピコ秒十欠陥生成空間的な大きさのスケール ナノメートルマイクロメートル , ミリメートルメートル拡散MD形成KMC法ナノメートル析出物電子結品粒原子核で うれしーーーーーFig. 2 Multiscale radiation damage processes in materials during irradiation前節の議論を言い換えると,「注目している現象の時 間スケールによって,対象となる空間スケールが決定 される」ことになる.これを模式的に表したのが Fig. 2 である. 時間スケールが増大するにつれて空間スケ ールも増大する.照射損傷プロセスは,図の左下から 右上に向かって進展する.ここで,横軸は,どの程度 のモノサシを使って現象を見るか,どの程度の倍率の 顕微鏡を使って現象を見るのかを表す空間スケールで ある. マイクロメートルオーダーより大きなスケール で見ると,粒界の存在が確認されるので,系全体とし ては, 複数の要素から構成されることがわかる.一方, 縦軸は, 1 コマ何秒程度のコマ送りで現象を見るかの 時間スケールを表す.図にあるように,はじき出し欠 陥の生成はピコ秒オーダーであり,このような超高速 現象をいくら秒,ミリ秒,ナノ秒程度のコマ送りのカ メラで見ても、所詮, ピコ秒は一瞬でしかない. 逆に, 数時間という時間スケールの現象を,いくら1コマ1 ピコ秒の超々高速度カメラで撮影したとしても, 1 コ マ目と 100 万コマ目の間に何ら変化は認められない. すなわち,現象には、それを見るために必要な適当な 時間スケールと,それに対応する適当な空間スケール が存在するのである. 換言すれば、どの程度のモノサ シとどの程度のコマ送りのカメラを使うかによって,95同じ現象(=照射損傷プロセス)であっても見え 方が異なることになる.さて,このようなマルチスケールな現象をモデ ル化することを考える.まずは系の取り方であるが,図の一番左,すな わちナノメートル以下の領域では,原子や電子を 扱うことになる.これが第一原理計算である. 精 度の高い解析法である. できることなら,この手 去をそのまま数 10 メートル規模の原子炉・核融 合炉に適用したいところであるが,そこに含まれ る原子の数は 10' 個程度,電子数はその 100倍弱 ということになる. 原子や電子の3次元的な位置 や速度を考えると,系の自由度はその6倍になる. これは,実質的に無限大である. 現在の計算機を 使っても,第一原理計算可能な系の大きさは,原 子数にして,高々100~1000 個でしかない.そこで,系の大きさをいきなり炉の規模にする のはあきらめ、まずは、電子の存在を原子間ポテ ンシャル関数とよばれる「ばね」に置き換えるこ とにする.電子の役目をうまくポテンシャル関数 つ中に繰り込むことができれば,系の自由度は下る.下げた自由度の分だけ,系の大きさを大き にすることができる.これが,いわゆる分子動力 学法とよばれる方法である.これなら,百万~一 意個の原子を扱うことができる.この方法を用い で,原子はじき出しよるカスケード損傷のシミュ レーションが行われている.生成した欠陥は,先述したように,拡散という メカニズムにより材料内を駆け巡る.そのため, 手間が経過すればするほど,必要な系の大きさは どんどん大きくなっていく。幸いにして我々の研 配分野は,欠陥の挙動に興味があるのであって, 三規の格子位置の原子は対象ではない.そこで, 分子動力学法によって同定された欠陥のみを抜 =出し,正規の格子位置にある原子の情報は捨象 る.このように,欠陥の挙動のみに注目する解 手法をキネティックモンテカルロ法と言う. さらには、欠陥1個1個の位置に関する詳細情をモンテカルロ法から捨象し,あらかじめ空間 司に設定したメッシュの中の欠陥数の変化のみ 二注視する.これが反応速度論解析である. メッ シュごとに評価される欠陥濃度の時間発展を追 事する方法である。このように,系の自由度を次々に下げていき, この代わりに解析可能な系の大きさを拡大させいく方法が,照射損傷プロセスにおけるマルチ ニケールモデリングである.解析法を変える際, 青報の受け渡し(繰り込み)がうまく行われない - , 自由度を下げた分だけ誤差が蓄積することに る. 系が熱的に平衡な状態にあれば、熱力学・統計 コ学の知識を使って,じょうずに繰り込むことが 「能になる.この場合,たとえ1 モル(=6×1023 子)もの原子のふるまいであっても, p, V, T等 少数のパラメータを使って系を記述すること できる.しかしながら,一方,照射損傷を含む 平衡プロセスにおいては,繰り込みに関する方 論が必ずしも明らかになっているわけではな -. 従来の熱力学・統計力学にかわる非平衡系の クローマクロ相関に関する記述法が求められ いる.・. まとめ原子力システムの材料健全性評価の高度化に 要な照射材料マルチスケールモデリング手法 開発に関して,特に,材料の階層構造性および 要素性について検討した.なお,当日は,核融合炉第一壁や次世代原子炉 燃料被覆管として有望なSic/Sic材料に関する デリング研究の成果を織り交ぜながら報告す
“ “複雑かつ階層構造を有する材料の中で起こるマルチスケールな照射損傷プロセスをいかに予測するか?“ “森下 和功,Kazunori MORISHITA,渡辺 淑之,Yoshiyuki WATANABE,吉松 潤一,Jun-ichi YOSHIMATSU
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