高感度磁気センサを用いたオーステナイト系ステンレス鋼のき裂の検出

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カテゴリ: 第5回
1. 緒言
オーステナイト系ステンレス鋼は一般的に非磁性と されているが、正確には真空と比較して数パーセント 大きな透磁率を有している。また、応力負荷や塑性変 形によって磁性を持つマルテンサイト変態相が生成す ることが報告されている[1]。代表的なオーステナイト 系ステンレス鋼である SUS304 鋼は良好な加工性と高 い耐食性をもち、食器具といった日用品から原子炉の 炉内構造材料まで幅広い分野で用いられている。この SUS304 鋼については、マルテンサイト変態部位におけ る変態量と強制着磁によって生じる磁束密度分布強度 との間に定量的な関係があることが中曽根らによって 報告されている[2]。さらに、このマルテンサイト変態 量分布と塑性ひずみ分布との関係を実験的に求め、疲 労評価法に応用する研究も同時に行われている[3]。一 一方で、近年原子炉関連の構造材料として SUS316 鋼が 用いられる事例が増えている。この SUS316 鋼も SUS304 鋼と同じオーステナイト系ステンレス鋼であ り、マルテンサイト変態相の磁性を利用した磁気的非 破壊評価法の研究が始まっている[4]。本研究では、まず、オーステナイト系ステンレス鋼 中に生じたき裂およびその近傍の磁気特性変化を模擬
した有限要素法モデルを用いて、漏洩磁束が発生する ことを確かめた。続いて、疲労き裂を有する SUS304 鋼試験片および溶接部に SCC を有する SUS316 鋼試験 片について試験片表面近傍における磁場分布を高感度 磁気センサを用いて測定し、疲労き裂や溶接部および SCC の検出を試みたのでその結果を報告する。
2. FEM による漏洩磁束解析 2.1 解析モデル - Fig.1 に解析モデルを示す。試験片は冷間加工された オーステナイト系ステンレス鋼を想定し、比透磁率は 1.5 とした。長さ 20mm、厚さ 5mm の試験片中央には 幅 5mm、深さ 2mm の溝があり、溝の角部分には疲労 き裂を模擬した幅 0.5mm、深さ 2mm の微細な溝を設け た。さらに、き裂周囲には 0.5mm 幅のマルテンサイト 変態相の生成による変質部を設け、比透磁率を 2.0 と した。試験片は地磁気と同程度の微小外部磁場(3× 105T)に平行に配置されている。今回は地磁気と同じ 方向に着磁された場合を想定して、試験片の保磁力を 10、欠陥近傍の変質部では保磁力を 100 とした線形解 析をおこなった。
2.2 解析結果 解析結果を Fig. 2 に示す。Fig. 2(a)は試験片近傍の磁
SUS304 specimen with a fatigue crack.束線図である。き裂近傍では微小な磁気ループが形成 されており、漏洩磁束が生じていることがわかる。(b) および(c)は試験片表面からの距離(リフトオフ)が 1mm の空間における磁束密度分布を示している。(b) は磁束密度の接線成分 (x軸方向成分)の分布であり、 (c)は法線成分(z 軸方向成分)の分布である。模擬き 裂近傍で生じた漏洩磁束の影響がはっきりとあらわれ ている。また、ノッチに由来する漏洩磁束分布も若干 生じていることがわかる。ただし、これらの漏洩磁束 は地磁気と同程度のオーダーであり、センサの寸法効 果の影響も考慮すると、検出するためには小型でかつ 高感度な磁気センサが必要となることが予想される。3. SUS304 鋼疲労き裂の検出- 前章における解析結果より、き裂近傍では微小な漏 洩磁束が生じることが確認された。この章では、実際 に SUS304 鋼中に設けた人工の疲労き裂近傍の漏洩磁」 束を測定することで、疲労き裂の検出を試みた。3.1 試験片および測定システム試験片はFig.3に示すようなSUS304鋼疲労き裂試験 片を用いた。漏洩磁束の測定は、試験片を長さ方向(ス リットおよびき裂に垂直な方向)におよそ 40kA/m の 外部磁場を印加して着磁したもの、および、供用中の 条件に近くなるように同様の試験片を着磁後に地磁気 中に長時間保持したものについておこなった。 磁場測定システムの概略図を Fig. 4 に示す。磁束密度 センサには株)AMI製アモルファス MIセンサを用いた。 センサ部形状は約 0.45mm 角と空間分解能が高く、± 30Gの広い測定レンジと1mGの高感度を併せ持つセン サである。測定に際して、リフトオフは 1mm で固定し た。測定範囲は、疲労試験のために設けられたスリッ トを中心に幅方向 30mm、長さ方向 30mm の範囲につ いて測定をおこなった。試験片の片側表面には試験片 番号が記してあり、測定はこの試験片番号が記してあ る側およびその反対側の面について、それぞれ着磁さ れた状態と着磁後、地磁気中に長時間保持した状態に ついて測定した。測定間隔は 0.5mm とした。 3.2 測定結果Fig.5 には、着磁した試験片について測定した磁束密 268X-Y stageControlMagnetizing coilSpecimenGP-IBA/D convertermoveAMI sensorX-Y stageControlGP-IBA/D convertermoveAMI sensor-10Fig. 4Experimental system.:23~15-15T 1-15-10-5 10 1510 15mm(a) tangential (engraved surface)-1511-15-10-50_5 mm1015(b) normal (engraved surface)mmした。着磁は試験片番号が記してある面に 度分布を示した。着磁は試験片番号が記してある面に 電磁石を接して行ったため、試験片番号記入側の磁束 密度分布のほうがはっきりとした磁束密度分布を示し ていることがわかる。しかし、基本的には番号記入側 その先端から伸びているき裂伸展部においては材料の 欠損、そして、疲労負荷によるマルテンサイト変態相 の析出に伴う漏洩磁束が生じていることがわかる。す なわち、基本的には非磁性であるSUS304鋼について、 高感度な磁気センサを用いれば漏洩磁束探傷法を適用 できることがわかった。各成分の分布を見ると、漏洩 認できるき裂伸展部では明瞭な漏洩磁束が生じている 密度分布のほうがはっきりとした磁束密度分布を示し ていることがわかる。しかし、基本的には番号記入側 および無記入側とでは同様の分布パターンをしめして いる。これらの分布パターンから、スリット部および その先端から伸びているき裂伸展部においては材料の 欠損、そして、疲労負荷によるマルテンサイト変態相 の析出に伴う漏洩磁束が生じていることがわかる。す なわち、基本的には非磁性であるSUS304 鋼について、 高感度な磁気センサを用いれば漏洩磁束探傷法を適用 できることがわかった。各成分の分布を見ると、漏洩 磁束はスリット部およびき裂伸展部からループを描く ように分布していることがわかる。実際に目視でも確 認できるき裂伸展部では明瞭な漏洩磁束が生じている ことが見て取れるが、目視ではき裂が確認できない部 分(座標(-10,0)付近)についても強い漏洩磁束が局所 的に生じていることがわかる。これにより、スリット のような欠損部だけでなく、微細なき裂もしくは今後 き裂が伸展すると考えられる疲労蓄積部位においても 磁性相が析出しており、漏洩磁束が生じているのでは ないかと考えられる。 1. 続いて、Fig. 6 には着磁後地磁気中に長時間保持した 試験片について測定した磁束密度分布を示した。 Fig.5 の着磁直後の場合と比較すると、試験片番号の記入側 面と無記入側面とで漏洩磁束分布がやや異なるように 見える。これは、加工による材質変化が厚さ方向に生 じていることも影響していると考えられるが、長時間 地磁気中に保持されたことで、局所的な磁気特性変化 に対応して磁気モーメント分布に自発的な偏りが生じ 1. 続いて、Fig.6 には着磁後地磁気中に長時間保持した 試験片について測定した磁束密度分布を示した。Fig.5 の着磁直後の場合と比較すると、試験片番号の記入側 面と無記入側面とで漏洩磁束分布がやや異なるように 見える。これは、加工による材質変化が厚さ方向に生 じていることも影響していると考えられるが、長時間 地磁気中に保持されたことで、局所的な磁気特性変化 に対応して磁気モーメント分布に自発的な偏りが生じ たのが大きな要因だと考えられる。き裂先端近傍の磁 束密度の値を着磁直後の測定結果と比較してみると、 地磁気中に長時間保持した試験片のほうが磁束密度分 布の変化が大きくなっているが、これも磁気モーメン たのが大きな要因だと考えられる。き裂先端近傍の磁 束密度の値を着磁直後の測定結果と比較してみると、 地磁気中に長時間保持した試験片のほうが磁束密度分 布の変化が大きくなっているが、これも磁気モーメン-15 -15-10-5051015mm(c) tangential (non-engraved surface)1904/02/20-10-15 1-15-10-5051015mm(d) normal (non-engraved surface)Fig. 5Distribution of MFL from magnetizedspecimen (G)1051 -15-10-5051015mm- 269 -1510トの局在化の影響と考えられる。特に、Fig. 6(d)では、 前述した目視ではき裂が確認できない部分(座標 (-10, 0) 付近)において特徴的な磁束密度分布が強くあらわ れており、注目に値する。今後、このような局所的な 磁気特性変化を考慮して、このような分布パターンと 欠陥との対応関係を明らかにすることは非破壊検査上 重要であると考えられる。さらに、Fig. 6 においては縦 方向の縞状の磁束密度分布パターンがみられるが、こ れは材料の圧延や切削などの加工による組織変化の影 響であると考えられる。このような微小な磁気特性変 化は強磁性体においては透磁率の変化率が小さいため、 漏洩磁束分布から検出することは難しい。一方で、 SUS304 鋼は透磁率が真空に近いため、このような微小 な磁気特性の変化によって生じる漏洩磁束の変化を比 較的明瞭に検出できていると考えられる。1-151mm(a) tangential (engraved surface)1005-10-14. SUS316 鋼溶接部中の疲労き裂の検出mm(b) normal (engraved surface)so , 。, 。4.1 試験片および測定システム試験片は Fig.7に示すような住友金属テクノロジー 株式会社製ノッチ入り平板試験片を用いた。この試験 片は常温常圧近傍での SCC 試験を述べ 3550 時間実施 後、表面観察によりノッチ部の一部にき裂が生じてい ることを確認している。漏洩磁束の測定は、試験片を 交流磁場法により消磁したもの、および、前章同様に 40kA/m の外部磁場を印加して着磁したものについて おこなった。磁場測定システムは前章と同様のものを 用いた。測定に際しては、リフトオフは1mm とし、溶 接部位を中心として幅方向 50mm、長さ方向 40mm の 範囲について磁場測定を行った。測定間隔は 0.5mm と した。 した。10-15-10-550(c) tangential (non-engraved surface)視界化の.-15 1 -15-10-511.15mm(d) normal (non-engraved surface)(d) normal (non-engraved surface)Fig. 7SUS316 specimen with SCCFig. 6 Distribution of MFL from specimen held ingeomagnetic field for a long time (G). トの局在化の影響と考えられる。特に、Fig. 6(d)では、 前述した目視ではき裂が確認できない部分(座標(-10, 0) 付近)において特徴的な磁束密度分布が強くあらわ れており、注目に値する。今後、このような局所的な 重要であると考えられる。さらに、Fig. 6 においては縦 方向の縞状の磁束密度分布パターンがみられるが、こ れは材料の圧延や切削などの加工による組織変化の影 響であると考えられる。このような微小な磁気特性変 化は強磁性体においては透磁率の変化率が小さいため の外部磁場を印加して着磁したものについて - 270 -2011mm-10-17 -15-20mm(a) tangential (notch present surface)201315mm-20-1mm(b) normal (notch present surface)うさぎさ-10-19-15-1-20-1mm(c) tangential (smooth surface)ww、一TTTTmm(d) normal (smooth surface)-20 TTT-20mmmm(d) normal (smooth surface)(d) normal (smooth surface)Fig. 8Fig.9Distribution of MFL from demagnetizedspecimen (G).Distribution of MFL from magnetizedspecimen (G).201yotos15-ww-15-2011TTTTTTmm(a) tangential (notch present surface)15122019/10/11500-10-15-20TTmm(b) normal (notch present surface)2012019/10/01mmロード東ッ-5333-10-15-1311894/06/28mm(c) tangential (smooth surface)E1-10- -150-20 TTTEmm(d) normal (smooth surface)2714.2 測定結果 - Fig. 8 および Fig. 9には、測定により得られた磁束密 度分布を示した。Fig. 8は消磁した試験片について測定 した結果である。Fig.8(a)および(b)より、ノッチ部にお いては材料が欠損していることによりリフトオフが急 激に変化し、磁束密度の減少パターンという形でその 形状が画像化されていることがわかる。実際にはノッ チ部でも微小な漏洩磁束が発生しているはずであるが、 リフトオフ変化の影響が大きいため、このような分布 パターンとなっている。一方、ノッチの底部にはき裂 の開口部があるが、こちらはノッチ底部とセンサとの リフトオフが大きく、き裂による漏洩磁束をこの測定 データからは分離することはできない。また、溶接部 の磁気特性変化に由来する漏洩磁束についてもわかり にくくなっている。Fig.8(c)および(d)では、溶接部の磁 気特性変化に由来する漏洩磁束が明瞭に見られ、溶接 部形状がきれいに画像化されているが、こちらの結果 においてもき裂による漏洩磁束分布をはっきりと確認 することはできない。 続いて、Fig.9には着磁した試験片についての測定結果 を示した。Fig. 9(a)および(b)では、消磁した試験片の場 合と同様にノッチによるリフトオフの変化に起因する 磁場の減少パターンが見られるが、ノッチ部の磁気モ ーメント分布に由来する漏洩磁束もはっきりと確認で きる。しかし、消磁の場合と同様にリフトオフ変化の 影響が大きいため、これらの図では溶接部およびき裂 による磁束密度変化はわかりづらくなっている。Fig. 9(c)および(d)では、溶接部とき裂近傍で生じる漏洩磁 束が明瞭に見て取れる。特に法線成分については、印 加した磁場方向と垂直な方向に局所的な正負のピーク のペアが生じている。これは、き裂先端部においては、 印加磁場とは垂直な方向に局所的な磁気モーメントが 生じているということを示しており、微細ではあるが 細長い磁性領域が磁場と垂直方向に向いていることを 示している。これは、この試験片のノッチ底部におい て微細なノッチと平行な開口部を持つ割れが点在して いることに対応していると考えられる。このような特 徴的な漏洩磁束分布は前章の SUS304 鋼試験片の測定 結果においてみられた、き裂伸展部近傍における磁束 分布と類似している。先の SUS304 鋼の測定結果とあ わせて、今後このような局所的磁気モーメント分布と 欠陥との対応関係を明らかにしていきたい。5.結言1. 本研究では、高感度磁気センサを用いて材料表面近 傍の磁場分布を測定することにより、オーステナイト 系ステンレス鋼に対しても、漏洩磁束法が適用できる ことを確認した。1) SUS304 鋼疲労き裂試験片に対する漏洩磁束探傷法の適用により、スリットのような欠損部だけでなく、 疲労き裂に起因する微小な漏洩磁束分布から、疲労 き裂およびその近傍の変質部の検出も可能である ことがわかった。 2) SUS316鋼 SCC試験片に対する漏洩磁束探傷法の適 用により、ノッチのような欠損部だけでなく、SCC に起因する微小な漏洩磁束分布から、SCC およびそ の近傍の変質部の検出が可能であることがわかった。 3) SUS304 鋼や SUS316 鋼は透磁率が真空の透磁率に 近いため、材料の圧延や切削といった加工による組 織変化に由来する微小な磁気特性変化についても 高感度な磁気センサを用いた漏洩磁束法によって検出できることがわかった。 4) SUS304 鋼疲労き裂試験片と SUS316鋼 SCC 試験片のき裂近傍における局所的な磁気モーメント分布 は類似しており、き裂との対応関係を明らかにする ことができれば、非破壊評価法への応用が可能にな ると考えられる。参考文献[1] 日本 AEM 学会、“電磁破壊力学を応用した劣化・損傷の非破壊評価技術に関する調査研究分科会報告書”、JSAEM-R-0006、2001. [2] 中曽根裕司、岩崎祥司、清水徹、霞総司、 “マルテンサイト変態を利用した電磁的材料劣化評価““、日本 AEM学会誌、Vol.9、No.2、2001、pp.123-130. [3] 中曽根祐司、“フェライトスコープ法によって求めたSUS304 鋼中貫通疲労き裂近傍のマルテンサイト 相変態率分布とひずみ分布の関係”、第 20 回「電 磁力関連のダイナミクス」シンポジウム講演論文集、2008、pp.321-323. [4] 植田雄二、岡茂八郎、薬師寺輝敏、榎園正人、“磁気センサによるオーステナイト系ステンレス鋼の 引張試験ひずみ評価および面外曲げ疲労評価““、日 本 AEM 学会誌、Vol.13、No.2、2005、pp.99-106.272
“ “?高感度磁気センサを用いたオーステナイト系ステンレス鋼のき裂の検出“ “安部 正高,Masataka ABE,琵琶 志朗,Shiro BIWA,松本 英治,Eiji MATSUMOTO
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