論点評価会議の主旨と視点

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カテゴリ: 第5回
1. 緒言
2.委員構成 保全学会としての見解をまとめるため,「原子力論 点評価会議」を設置したが,以下の学識経験者から なる委員構成とした。 新井 光雄(元読売新聞編集委員)、出澤 正人 (新潟大学客員教授)、北村正晴(東北大学名 誉教授)、(故) 久保寺昭子(理科大学名誉教授)、 杉山憲一郎(北海道大学教授)、柘植 綾夫(芝 浦工業大学学長)、宮 健三(評価会議議長、保全学会会長)、山内 嘉明(弁護士)、柳沢 務
3.検討の経緯
論点評価会議は,これまでに6回の会合をもった。 はじめは、現在原子力が抱える諸問題, マスコミの姿 勢や体質,自治体の二重規制を思わせる振る舞い,世 界の原子力の動向などについて幅広い意見が出され, 議論百出であった。後半は, 技術評価の根幹的側面に 議論が推移して行った。また, 小規模のアンケートを 都市部と立地地域の住民を対象に実施した。その概要 はこの特別セッションの最後で報告される。最初の論 点は新しい検査制度と高経年化問題であるが,評価結 果のまとめは現在最終調整中である。次の機会に発信 したい。 - 議論を通して,いくつかの重要な考え方が提案され た。「原子力安全の論理」と対をなす「原子力保全の 論理」や保全の時間的・空間的側面,「正しい保全」 などがその例である。4. 評価の方法 4.1 保全の体系化保全は構築物や設備を修理するあるいは長持ちさ せる人間の行為として有史以前から存在していた。家 屋の保全は小規模でそれを学術体系化するなど考え35る必要はないが,原子力発電所の保全となると、仕事 量が膨大で従事者も数千人, 完了までに数ヶ月を要す る規模となるので保全計画が適切なものとなるよう に何らかの理論やガイドラインが必要になってくる。 ここには何らかの秩序が存在しなければならない。ど んな秩序かを考えてみれば,原理・原則・法則がそう であろう。 保全を物理現象と同じように捉えれば,保 全現象の特質は何か,それを支配している法則は何か ということになる。保全現象を体系的に整理するとい う行為は重要であるが,充分な整理がなされているか というと, 枠組みが整ったばかりだという状況である。4.2 原子力保全の論理 - 正しい評価を行うには判断基準を持つ必要がある。 評価の基軸をはっきりさせておかねばならない。ここ では, 「保全三原則」を保全計画の妥当性を判断して いく上で重要な基準として設定した。「保全三原則」 の詳細は次の講演で紹介される。保全の流れは,この 原則を基に,検査・評価・補修を具体化し,保全計画 として策定し,実行して、その結果を評価し,また計 画に反映する。それが保全の流れである。その判断の 根幹は上述の「保全三原則」から導出される具体的な 保全の原則・法則である。 - 原子力発電所の保全の意義, 位置付けとして設定さ れるのが,「原子力保全の論理」である。これは従来 の「原子力安全の論理」と対をなす位置づけ考える。 原子炉事故以前を論理展開の土俵として考え、劣化や 故障を基点として不適合や事故に至るまでの検出や 評価、予防方策および不適合や事故後の処置について 考えるのが「原子力保全の論理」であり,事故に繋が るかも知れない故障を防止する方策について考える。 一方, 事故に至る故障が生じた後を論理展開の土俵と して考え、故障から事故に至る展開の中で,安全対策 を議論するのが「原子力安全の論理」である。両者は 補完的になっていると解釈できる。4.3_保全方策の根幹的側面一無限問題を有限問題に置き換える一 人々の心には原子力の安全性に関して漠然とした 不安が存在し続けている。不安の裏側は「故障ゼロ」,「事故ゼロ」といった潜在的な願望となっている。こ のままでは、地元や国民の原子力に対する「不安の問 題」は解くことができない。この「不安の問題」を解 くにはどうしたら良いか誰も有効な解決策を見出せ ないでいる。この意味でこれを解けない問題と呼ぶ。 そこで,解けない問題は解ける問題の和に帰着できな いかという考え方が出てくる。このようなことは誰も が日常無意識で行っていることでもある。卑近な例で 恐縮だが,無限目標である「最良の人生を送る」とい う問題は, 有名大学を出る, 一流会社に入り期待通り 昇進する, 伴侶として相応しい相手と結婚する,とい う部分解の和として近似的に解決される。ひとつ一つ は解決できる問題なので,その和として問題は現実的 に解決される、と考える。このような解決法は上記の 例ばかりではなく一般の工学問題や原子力設計の中 の至るところに見られる。ここで重要なことは、科学 上の問題は大抵厳密解を求めることができるが、それ らの問題は厳密解が求められるようにモデル化され ているということである。現実的な問題には厳密解は ないということである。このような見方を保全に適用 すればどうなるか,例を挙げて見よう。 - 応用例は、原子力安全を「止める」, 「冷やす」, 「閉 じ込める」という行為に分解して近似的に解決しよう としているところに見られる。これらは「原子力安全 の論理」が主張している大事な条件で現に全ての発電 所で安全設計として装置化されている。ところがこの考え方を保全に適用すれば, どうなる か。「保全で達成すべき目標を、社会通念上受け入れ られる範囲に限定し,原子炉停止中と原子炉運転中を 合わせた有限の期間、機器・系統の健全性を実現する」 こととなる。言い換えれば,「正しい保全」を実施す ることにより, 軽微とは言えない故障や「原子炉事故」 に至るような故障(起因事象)の発生を,少なくとも 有限の期間, 保全を施すことによって未然に防止する こと,そしてこのプロセスをプラントの運用の停止や 廃棄に至るまで繰り返すこと、これが「原子力保全の 論理」の要諦であると考える。このことが現実的に可能なのは、先に述べたように, 実現すべき目標を社会通念上受容可能な範囲に限定 したこと,そして実現すべき期間を有限にしたからで361あると考える。ここで,社会通念上という判断は,日 常生活に長期にわたって支障がないこと, 放射能に関 しては「自然放射能」以下のレベルにあること,とい う認識に基づく。実現すべき期間の目安は技術の進歩 に依存するが,これまでの保全の実績からは今のとこ ろ2~3年程度と考えることができる。すなわち,以 上のような考え方は, 解析問題に置き換えて表現すれ ば, 「無限問題を有限問題に置き換えて解いていく」 ということになる。このことは,一般的に言えば「日 常生活上, 今日明日の支障がないことが継続されてい る」ことと同じということに気がつく。そこが重要で ある。 - 起因事象を前提としてリスクを軽減することを目 指す「原子力安全の論理」は,時間と空間を広くカバ ーすることを前提としているため, 事故の発生確率を できるだけゼロにしたい,という願望が生まれる。そ こで,結果的に抽象的に想定可能な多くの安全要求, 仮想事故への対応を求める。それらに答えるために万 全の安全設備、システムが施される。当たり前のことであるが, 永遠に完全なものはこの 世には存在しない。システムや機器は劣化するもので あり,保全における故障の起因事象である劣化を回避 することは極めて難しい問題となる。無限時間の間、 取替えも含めた周期的な保全サイクルの適用なしで、 起因事象としての故障をゼロにすることは不可能で ある。そこに、「原子力保全の論理」においては、「無 限問題を有限問題に置き換えて解いていく」ことが重 要な方策となる。4.3 故障の扱い「原子力安全の論理」においても「原子力保全の論 理」においても問題の中核は「故障」である。実際に は, 原子力発電所が故障を少なくするためどれだけ莫 大な努力を払っているか,想像を超えるものがある。 故障という日常用語は単純でも原子力の場合, 深刻な 様相を帯びてくる。それについてどう考えたら良いか, 論点を明確にしておきたい。 - まず, ハインリッヒの法則である。安全・品質管理 においては,小さなトラブル・故障、軽微な事故が数 多く発生すれば,「ハインリッヒの法則」に従い,やがて、軽微ではない事故、大事故、重大事故に至るか も知れないと考えるものである。このような言明のた め,多くの人は長い間発電所の故障に敏感になり不安 を募らせてきたという側面は否定できない。軽微な故障が事故に至るか否かは,機器・系統の位 置づけによるものであり, 軽微な故障は展開せずその ままに収束するものと、故障が展開し軽微ではない重 要な故障、事故に展開するものがある。一方、その展 開はまた故障が固有に持つ「事故防止能力」や保全措 置にも依存するという事実もある。世界の原子炉で規模が小さい故障は多数発生して いる,にも拘わらず故障が元での重大な原子炉事故は 発生していないのが現実である。実際に発生している 大小多くの故障、事故は, 「ハインリッヒの法則」の ようにはなっていないということを示している。「ハ インリッヒの法則」が主張するのは、一つの事故の背 後に、レベルに応じて、30,300の軽微な故障が あるというものであるが、そこには二つの視点がある。 一つは、前述の故障の展開がない「故障」であること。 一つは、放置をすれば故障が展開し、事故、重大な事 故につながるものでも,保全や処置を適切に行うこと で, 展開を未然に防いでいるということが推察される。 このように、この法則が成立しないことの意義をよ 考える必要があり,また一方では小さな故障であって も故障数を最小化して大きな事故に至らないように 心がけることが肝要であるということも正しい見方 である。このような故障に対する考え方も「保全設計」 の重要な視点の一つである。だとすると、許せる故障が存在することになる。対 象となる「故障」がどういうものか、を見極めること が大切であり,どの故障にどのような手を打つべきか を考えることが「保全設計」の役割りである。「故障 ゼロ」は非現実的で観念的な想定ということは誰でも 理解するが,逆にどこまで故障は許せるかとなると, 誰も大胆になりえないというのが実状であろう。安全系に属さない機器の故障は原子炉事故につな がらないことをわかりやすく説明することが必要で ある。現在世界で約430基の原子炉が稼動している のに、重大な事故は起きていない。定期的に行う「正 しい保全」が有限目標のもと有限の期間, 原子炉の安全運転を保証するというメカニズムの説明が不可欠 であると考えるものである。 「謝辞先に示した論点評価会議委員のコメントに感謝し ます。ここに書かれた内容は筆者の個人的見解に基づ くものである。38“ “論点評価会議の主旨と視点“ “宮 健三,Kenzo MIYA
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