保全技術評価の手法
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カテゴリ: 第5回
1. 緒言
原子力発電所の安全確保を達成する一つの対応策は 「原子力保全の論理」に支えられた保全設計一すなわ ち保全の対象、方法、評価を企画、選定、構築するこ とーによって具体化される。これが原子力安全を確保 する予防保全の要であることを意識しつつ、このよう な視点から見て、「正しい保全」をどのように実現すれ ばよいかについて検討してきた概要を報告する。
2.““ 原子力保全”の分析と評価2.1 保全思想の進展 一国の場においても、また民間の場においても検査、 保全に関しては、様々な議論がなされてきた。その 議論は, 保全に関する理解を一段と深めるものであ った。この議論の進展は画期的なものであり、保全 に関わってこられた方々の熱意と努力は率直に言 って高く評価されるべきものと考える。それは,これらの検討の中で保全の概念が深まった ことである。例えば、“安全重要度”に加えて、供給 信頼性を考慮した“保全重要度”が定義されたこと, また原子力の安全確保に対する保全の効果を定量的 に評価するため,“保全活動管理指標““,““安全実績指 標”,“重要度決定プロセス““,保全を行っていれば損 なわれなかった機器の故障即ち予防可能故障““,““有 効性評価““, などの概念が定義されたこと,さらに 根 本原因分析”の実施や 組織風土の劣化防止”などシステムを正常に機能させる人的側面の重要性にスポ ットが当てられたこと,などを挙げることができる。 さらに,保全計画策定時にスパイラル改善行為(PD CA)を適用することも「正しい保全」の実施におい て重要な要素である。学術の発展が新しい専門用語の 定義と連動していることに照らせば,「保全設計」を 支える諸概念は大きく進展したと言える。これらの諸 概念が「保全の論理」から演繹される「保全設計」の コンテンツを形成するものである。2.2 新しい保全方式の採用 原子力発電所の保全は、全体を把握する視点と細 部にわたるきめ細かさを合わせ持つメリハリの利い たものでなければならない。保全活動の細かい抜け (ほころび)による故障の発生を押さえようとする。 このことを故障の最小化と言って来た。的確な保全 を約束する信頼性重視保全や機器・系統の異常を適 宜に監視する状態監視技術を活用した状態基準保全 などの新しい保全手法は、メリハリの効いた保全活 動である。このような保全手法を採用すれば、故障 は基本的に最小化されるものと判断される。例を挙げると、故障には異物の混在などのため突 然生じる偶発故障がある。これまで,我が国の原子 力発電所においてほとんど適用されてこなかった状 態監視技術は,この偶発故障を早期に発見し、効果 的に防止することができる。状態監視技術を積極的 に運用することで、保全が飛躍的に効果的になるも のと考える。39機器の点検間隔や検査と検査の間の間隔,すなわ ち原子炉停止間隔は本来「保全の方法」に依存する。 これらの「間隔」は明確な技術的根拠に基づいて決 められるのが保全の基本である。技術的根拠とは, 劣化メカニズム情報,状態監視技術から得られる情 報,運転経験および実績に関する情報,劣化事象の 傾向監視から得られる情報,といった保全パラメー タの活用である。これらのパラメータを充分に活用 し、情報を充分に活用して,適切な保全、保全の方 法や間隔を適切に決めて行くことが重要なことである。また,この「間隔」の妥当性は,保全の結果の良 し悪しを、機器レベルで判断する保全活動管理指標 や、保全活動の結果が総合的に反映された安全実績 指標などの値を参照することで、判断できると考え る。従って,このように保全の原則からみれば,原 子炉停止間隔を固定する技術的な理由はどこにもな い。これらの間隔の,変更の要,不要もこれらの指 標値や保全パラメータを用いて判断できると考える。 保全管理の仕組みの中に有効性評価として、これら の指標を体系的に取り入れることが適切と考える。 - 機器に生じる故障の特徴を把握する保全方法は、 データを多く取得し、劣化メカニズムの傾向管理を 把握するものである。これは膨大なデータを体系的 に処理しながら、故障の防止対策を講じようとする もので、このようなきめ細かい対応は、これまでに は実施されてはいないものである。これは、より進 歩したアプローチを採用しようとするもので、保全 計画と保全行為が充実したものになることが確実と 考えられる。2.3 保全三原則による「保全」と「検査」 1 日本保全学会では、「原子力保全の論理」について、 これまで検討を重ねてきた。この考え方の基本は保全 計画を立てるときの基本原則となるべきものであり、 それは次の「保全三原則」として表される。 - 第一原則:「産業設備の故障ゼロ」は目指すべき無限目標である。この無限目標を解決可能な有限問題の環に落とし込んで解決する。 第二原則:「正しい保全」を的確に実施することにより故障の発生を最小化する。 附則1 :(時間的解決) 「正しい保全」は、保全活動管理指標やその有効性評価を採用しっつ、スパイラル改善措置(PDCA) を実施 することによって得られる近似解である と認識し、逐次最適解に向けて改善されていく。 附則2 :(点検間隔の保全依存性) 機器の点検間隔と系統の運転期間は、保全の有効期限に 依存する。有効期限は劣化メカニズム、 その傾向管理、状態監視技術、管理指標値、各種の検査などにより決定される。 附則3:(経験・実績の運用可能性) 保全計画の策定に際し、経験と実績を貴重な前例として取り入れることができる。 第三原則:保全においては、安全性は経済性を抜きにしては成立しない。 附則1:(保全法則) 保全学会における保全法則は「信頼性を最大化し」、「コストを最小化 する」である。信頼性と経済性は連動している。 附則2:最適保全を実現する適正な信頼性とコストが存在する。 以上の原則を考えて、以下の原子力発電所の「検査 と運転」に関して検討を加えた。定期的に実施されて いる発電所の保全活動と検査は、その後の原子炉運転 の妥当性を確認するために実施されている。定期に行 う事業者の検査や、国あるいは原子力安全基盤機構が 行う「定期事業者検査」によって、次の13ヶ月間運 転して良いことを確認していると考えることができる。規制は、事業者の各種の検査結果に対して終了書や 合格書を出す。規制の役割は、事故を起さないように 事業者が「正しい保全」を実施しているかどうかを確 認・指導するところにある。一方、次サイクルの安全運転の根拠を科学的・技術 的に証明するのは未来のことであるので易しくはない。 従って、保全の第二原則・附則3でいう経験則を適用 することになる。その視点から世界の原子炉の運転状 況を見たとき、30年を越える運転期間の膨大な運転 実績と経験が存在することに気が付く。これらの実績 に基づけば、「保全」と「検査」の連携プレーの結果を 運転条件の決定に適用しても良いことが示唆されてい ると考えることができる。即ち、経験と実績は社会通 念の範囲内で保全計画の妥当性を示す根拠になりうる と考えられる。 これからの保全では、各種の保全パラメータを採40取する。特に劣化メカニズムの傾向管理は重要であ る。このような技術的な評価は、外国でも見られな い先進的なものであるが、一方で、ここまできめ細 かく保全を実施しなくても良いのではないかという 考え方もある。現に、外国ではこのような保全と検 査は実施されていない。これらが過剰であると分れ ば、保全の第二原則・附則1に示されるように、PDCA をまわして改善して行けば良いものである - 保全と検査の組み合わせが、次の安全運転を経験 的に担保している事実は、高経年化対策にも適用する ことができる。後に見るように、我が国の高経年化対 策は諸外国に比べてやりすぎといって良いくらい保全 に万全を尽くしている。新しい保全の方式では、考えられる機器の劣化事 象に着目して、それが運転と共にどのように変化し ていくかを点検期間毎に測定して、データベースを 充実させようというものである。そうして得られた データから劣化事象の傾向を把握する。時間の単位 は運転期間(原子炉停止間隔)である。劣化は自然 現象であり、突然急激に変化することはない。 - 従って、現在の劣化事象の傾向から,次の原子炉 停止間隔の期間、機器の健全性を保証することがで きる。これは運転の「外挿性」である。各種データ がこの「外挿性」の信頼性を高めるものであり、各 種の検査によって得られるデータの傾向管理値を精 査することによって,原子炉停止間隔の妥当性を検 証することができる。2.4 高経年化対策の具体策 - 現在、60年の運転を目指している高経年化技術評 価は、30年の節目に行う評価である。それまでの運 転実績を踏まえながら、原子力発電所の60年運転を 想定した時、その時点での健全性がどの程度のもので あるかを評価するものである。我が国の原子力発電設備は米国と異なり、あらかじ め決められた設計寿命はない。部品や機器には想定し た寿命があり、それに基づき適切に交換されているが、 プラント全体として見れば設計に充分な余裕があるた め、想定以上の寿命を持つことが予測される。それを 評価しているのが、上に述べた高経年化技術評価である。原子力発電設備が30数年間安全に運転されて きたことは世界の実績である。原子力設計者にとって,これらの実績と経験を踏まえれば,適切な保全 を行うことでこれらの設備が、30年以上の使用に 耐えることは裕度を持った設計条件から判断して明 らかであった。同時に,今後劣化に対する必要な手 当てや、主要機器の新品への取替えを適切に行って いけば、さらに数十年の運転が可能であることは、 多くの保全専門家が予想していたところである。こ れを科学的・技術的に、かつ定量的に評価したもの が,先に述べた高経年化技術評価である。既に十数 基の実績を積んできたが、予測どおり,30年経過 直前のプラントを厳密に評価したところ,今後30 年の,合わせて60年までの運転は可能という結果 が得られている。設計尤度や設備の使用経験のこと を考えると、この結論に驚くことはない。これらの 評価を少し詳細に見てみる。 |- 劣化の項目によっては60年間,機器の劣化が評 価で予測した通りになるかどうかを確かめていく必 要がある。そのための手段が,次に述べる適切な保 全に基づいた“高経年化対策”と“評価”である。 このときのキーポイントは、機器や部品の劣化がど のように進行するかであるが、先に述べたとおり, 事業者は、毎定検時に行う保全の作業時に多くの部 品の劣化状況を調べ、劣化のデータを蓄積する。そ れに基づき,劣化パラメータ (疲労, 応力腐食割れ, 減肉,中性子照射効果など)の傾向管理を行って未 来の故障を予防し防止しようとするものである。劣 化の種類によって進行速度が異なることは当然であ り,進行速度とメカニズムの違いに着目しながら, 対応と評価の時期、形態を以下のような重層構造に して実施することが提案されている。 (1) 通常保全を運転サイクル毎に実施する。 (2) 定期安全レビューを10年目毎に実施する。 (3) 高経年化技術評価を30年目以降10年毎に実施する。 不定期に発生するかもしれない不具合や故障には、 毎サイクルの通常保全の定期事業者検査で対応し、10 年を一区切りと見て、反映すべき運転経験や新しい技 術知見はないのかどうか、さらに追加すべき保全措置 はないのかどうかを確認するのが、10年目で実施す る定期安全レビューである。例えば、応力腐食割れ (SCC 割れという)は環境や表面の処理状態に依存し ていて、何時発生するか、どこに発生するか、おおよ その目安は付くが正確には予測できない。しかし発生41時期は遅く、進展も遅いということは判っている。従 って10年単位でしっかり見ていくという保全手法を 取っても構わない。高経年化技術評価では、30年間 の運転の間に蓄積された劣化現象や、あるいは、これ まで顕在化してこなかった事象がないかに注目しなが ら、評価して行こうという狙いがある。同時に、30 年間の運転経験、故障の経験等を反映させながら、長 期保全計画を策定することも要請される。このように、新知見の導入や必要な保全の追加措置 を講じながら、古い原子炉の安全水準を新設炉のそれ と同じレベルにすることを目指すものであり、このよ うな念には念をいれた保全対策により、高経年化問題 は充分に克服されるものと考える。原子力発電設備の健全性と安全性は、そもそも根幹 的に「設計」で担保されている。現在、運転中の安全 を維持するため、さまざまなトラブル・故障は国が定 める「技術基準」に適合しているかどうか、絶えず検 証される仕組みになっている。許容できない欠陥は補 修されなければない。発電所の保全はこれに類する行 為の連続である。図1参照。3 保全の技術評価のポイント 保全三原則の「正しい保全」に照らした保全の技術評 価では、 (1) 故障の原因である劣化に適切に、かつ体系的に対応していく (2) 保全の実体に照らして、機器の点検間隔や原子炉停止間隔を柔軟に決めるシステムを構築する (3) 高経年化対策を具体的に決める (4) 運転中にも状態を把握する謝辞する (3) 高経年化対策を具体的に決める (4) 運転中にも状態を把握する本報告は、日本保全学会・論点評価会議での論議の 部を取りまとめたものである。原子力の安全確保の基本構造 ・(額の全性から)保全設計安全設計原子炉事故!・原子力保全の論理・原子力安全の論理有限目標と継続的改善(第1原則) ・保全範囲と重要度の適用 ・PDCA・サイクルの活用 ☆正しい保全による事故防止(第2原則) ・経年劣化特性の適用 ・状態把握、設備技術の適用 ・故障基準と保全対応措置基準の適用:事故の予防の事故の影響和 ・保全点検、補修)技術の適用(事故を起こさない)、 (想定した事故が起 ・保全データの評価による保全の改善こった時でも安全) ★安全性と経済性の連動(第3原則)・多重防風思想の適用 ・設計基準事象の適用 ・放射線防の基本原則 ・安全目標図1 原子力の安全確保の構造+ :P:Plan, D:Do, C:Check, A:Action(5) 保全計画を公表し、事前に検討する仕組みとする 等を考慮すれば、実施される保全が体系的かつ構造的 になっており、高い安全レベルが達成されることが評 価される。論点評価会議はこのように保全の仕組みが 適切であることを評価して行きたい、と考えている。4 結言1 原子力発電所は、安全・安定運転によって、電力を 生産することを目的とする施設であることは論を待た ない。原子力利用には、人間特性と高度な技術の組み 合わせによる保全活動が必須である。人間の特性を活 かし自主的、自律的な保全活動によって原子力発電所 を安全・安定に運転するのは事業者である。国は、事 業者が保全活動を全うするよう規制する。事業者の保 全活動と規制検査が相乗し、原子力発電所の機能と全 体的な安全性が確保されている姿を社会に明示される ことが重要である。原子力発電所の安全性の向上と設備利用率の向上を 両立させ、エネルギー・セキュリティーの要としての 電力生産と同時に、運転中、二酸化炭素を排出せず、 ライフ・サイクル・アセスメントの観点から持続可能 な社会に相応しいエネルギー供給源を定着してゆくこ とが期待される。合わせて、原子力発電所の安全・安 定運転の実績は、地域社会からの信頼感と人々の心に 安心感を醸成することになり、並行して、一層の地域 発展に貢献してゆくことが期待される。図1 原子力の安全確保の構造42“ “?保全技術評価の手法“ “出澤 正人,Masato IDESAWA
原子力発電所の安全確保を達成する一つの対応策は 「原子力保全の論理」に支えられた保全設計一すなわ ち保全の対象、方法、評価を企画、選定、構築するこ とーによって具体化される。これが原子力安全を確保 する予防保全の要であることを意識しつつ、このよう な視点から見て、「正しい保全」をどのように実現すれ ばよいかについて検討してきた概要を報告する。
2.““ 原子力保全”の分析と評価2.1 保全思想の進展 一国の場においても、また民間の場においても検査、 保全に関しては、様々な議論がなされてきた。その 議論は, 保全に関する理解を一段と深めるものであ った。この議論の進展は画期的なものであり、保全 に関わってこられた方々の熱意と努力は率直に言 って高く評価されるべきものと考える。それは,これらの検討の中で保全の概念が深まった ことである。例えば、“安全重要度”に加えて、供給 信頼性を考慮した“保全重要度”が定義されたこと, また原子力の安全確保に対する保全の効果を定量的 に評価するため,“保全活動管理指標““,““安全実績指 標”,“重要度決定プロセス““,保全を行っていれば損 なわれなかった機器の故障即ち予防可能故障““,““有 効性評価““, などの概念が定義されたこと,さらに 根 本原因分析”の実施や 組織風土の劣化防止”などシステムを正常に機能させる人的側面の重要性にスポ ットが当てられたこと,などを挙げることができる。 さらに,保全計画策定時にスパイラル改善行為(PD CA)を適用することも「正しい保全」の実施におい て重要な要素である。学術の発展が新しい専門用語の 定義と連動していることに照らせば,「保全設計」を 支える諸概念は大きく進展したと言える。これらの諸 概念が「保全の論理」から演繹される「保全設計」の コンテンツを形成するものである。2.2 新しい保全方式の採用 原子力発電所の保全は、全体を把握する視点と細 部にわたるきめ細かさを合わせ持つメリハリの利い たものでなければならない。保全活動の細かい抜け (ほころび)による故障の発生を押さえようとする。 このことを故障の最小化と言って来た。的確な保全 を約束する信頼性重視保全や機器・系統の異常を適 宜に監視する状態監視技術を活用した状態基準保全 などの新しい保全手法は、メリハリの効いた保全活 動である。このような保全手法を採用すれば、故障 は基本的に最小化されるものと判断される。例を挙げると、故障には異物の混在などのため突 然生じる偶発故障がある。これまで,我が国の原子 力発電所においてほとんど適用されてこなかった状 態監視技術は,この偶発故障を早期に発見し、効果 的に防止することができる。状態監視技術を積極的 に運用することで、保全が飛躍的に効果的になるも のと考える。39機器の点検間隔や検査と検査の間の間隔,すなわ ち原子炉停止間隔は本来「保全の方法」に依存する。 これらの「間隔」は明確な技術的根拠に基づいて決 められるのが保全の基本である。技術的根拠とは, 劣化メカニズム情報,状態監視技術から得られる情 報,運転経験および実績に関する情報,劣化事象の 傾向監視から得られる情報,といった保全パラメー タの活用である。これらのパラメータを充分に活用 し、情報を充分に活用して,適切な保全、保全の方 法や間隔を適切に決めて行くことが重要なことである。また,この「間隔」の妥当性は,保全の結果の良 し悪しを、機器レベルで判断する保全活動管理指標 や、保全活動の結果が総合的に反映された安全実績 指標などの値を参照することで、判断できると考え る。従って,このように保全の原則からみれば,原 子炉停止間隔を固定する技術的な理由はどこにもな い。これらの間隔の,変更の要,不要もこれらの指 標値や保全パラメータを用いて判断できると考える。 保全管理の仕組みの中に有効性評価として、これら の指標を体系的に取り入れることが適切と考える。 - 機器に生じる故障の特徴を把握する保全方法は、 データを多く取得し、劣化メカニズムの傾向管理を 把握するものである。これは膨大なデータを体系的 に処理しながら、故障の防止対策を講じようとする もので、このようなきめ細かい対応は、これまでに は実施されてはいないものである。これは、より進 歩したアプローチを採用しようとするもので、保全 計画と保全行為が充実したものになることが確実と 考えられる。2.3 保全三原則による「保全」と「検査」 1 日本保全学会では、「原子力保全の論理」について、 これまで検討を重ねてきた。この考え方の基本は保全 計画を立てるときの基本原則となるべきものであり、 それは次の「保全三原則」として表される。 - 第一原則:「産業設備の故障ゼロ」は目指すべき無限目標である。この無限目標を解決可能な有限問題の環に落とし込んで解決する。 第二原則:「正しい保全」を的確に実施することにより故障の発生を最小化する。 附則1 :(時間的解決) 「正しい保全」は、保全活動管理指標やその有効性評価を採用しっつ、スパイラル改善措置(PDCA) を実施 することによって得られる近似解である と認識し、逐次最適解に向けて改善されていく。 附則2 :(点検間隔の保全依存性) 機器の点検間隔と系統の運転期間は、保全の有効期限に 依存する。有効期限は劣化メカニズム、 その傾向管理、状態監視技術、管理指標値、各種の検査などにより決定される。 附則3:(経験・実績の運用可能性) 保全計画の策定に際し、経験と実績を貴重な前例として取り入れることができる。 第三原則:保全においては、安全性は経済性を抜きにしては成立しない。 附則1:(保全法則) 保全学会における保全法則は「信頼性を最大化し」、「コストを最小化 する」である。信頼性と経済性は連動している。 附則2:最適保全を実現する適正な信頼性とコストが存在する。 以上の原則を考えて、以下の原子力発電所の「検査 と運転」に関して検討を加えた。定期的に実施されて いる発電所の保全活動と検査は、その後の原子炉運転 の妥当性を確認するために実施されている。定期に行 う事業者の検査や、国あるいは原子力安全基盤機構が 行う「定期事業者検査」によって、次の13ヶ月間運 転して良いことを確認していると考えることができる。規制は、事業者の各種の検査結果に対して終了書や 合格書を出す。規制の役割は、事故を起さないように 事業者が「正しい保全」を実施しているかどうかを確 認・指導するところにある。一方、次サイクルの安全運転の根拠を科学的・技術 的に証明するのは未来のことであるので易しくはない。 従って、保全の第二原則・附則3でいう経験則を適用 することになる。その視点から世界の原子炉の運転状 況を見たとき、30年を越える運転期間の膨大な運転 実績と経験が存在することに気が付く。これらの実績 に基づけば、「保全」と「検査」の連携プレーの結果を 運転条件の決定に適用しても良いことが示唆されてい ると考えることができる。即ち、経験と実績は社会通 念の範囲内で保全計画の妥当性を示す根拠になりうる と考えられる。 これからの保全では、各種の保全パラメータを採40取する。特に劣化メカニズムの傾向管理は重要であ る。このような技術的な評価は、外国でも見られな い先進的なものであるが、一方で、ここまできめ細 かく保全を実施しなくても良いのではないかという 考え方もある。現に、外国ではこのような保全と検 査は実施されていない。これらが過剰であると分れ ば、保全の第二原則・附則1に示されるように、PDCA をまわして改善して行けば良いものである - 保全と検査の組み合わせが、次の安全運転を経験 的に担保している事実は、高経年化対策にも適用する ことができる。後に見るように、我が国の高経年化対 策は諸外国に比べてやりすぎといって良いくらい保全 に万全を尽くしている。新しい保全の方式では、考えられる機器の劣化事 象に着目して、それが運転と共にどのように変化し ていくかを点検期間毎に測定して、データベースを 充実させようというものである。そうして得られた データから劣化事象の傾向を把握する。時間の単位 は運転期間(原子炉停止間隔)である。劣化は自然 現象であり、突然急激に変化することはない。 - 従って、現在の劣化事象の傾向から,次の原子炉 停止間隔の期間、機器の健全性を保証することがで きる。これは運転の「外挿性」である。各種データ がこの「外挿性」の信頼性を高めるものであり、各 種の検査によって得られるデータの傾向管理値を精 査することによって,原子炉停止間隔の妥当性を検 証することができる。2.4 高経年化対策の具体策 - 現在、60年の運転を目指している高経年化技術評 価は、30年の節目に行う評価である。それまでの運 転実績を踏まえながら、原子力発電所の60年運転を 想定した時、その時点での健全性がどの程度のもので あるかを評価するものである。我が国の原子力発電設備は米国と異なり、あらかじ め決められた設計寿命はない。部品や機器には想定し た寿命があり、それに基づき適切に交換されているが、 プラント全体として見れば設計に充分な余裕があるた め、想定以上の寿命を持つことが予測される。それを 評価しているのが、上に述べた高経年化技術評価である。原子力発電設備が30数年間安全に運転されて きたことは世界の実績である。原子力設計者にとって,これらの実績と経験を踏まえれば,適切な保全 を行うことでこれらの設備が、30年以上の使用に 耐えることは裕度を持った設計条件から判断して明 らかであった。同時に,今後劣化に対する必要な手 当てや、主要機器の新品への取替えを適切に行って いけば、さらに数十年の運転が可能であることは、 多くの保全専門家が予想していたところである。こ れを科学的・技術的に、かつ定量的に評価したもの が,先に述べた高経年化技術評価である。既に十数 基の実績を積んできたが、予測どおり,30年経過 直前のプラントを厳密に評価したところ,今後30 年の,合わせて60年までの運転は可能という結果 が得られている。設計尤度や設備の使用経験のこと を考えると、この結論に驚くことはない。これらの 評価を少し詳細に見てみる。 |- 劣化の項目によっては60年間,機器の劣化が評 価で予測した通りになるかどうかを確かめていく必 要がある。そのための手段が,次に述べる適切な保 全に基づいた“高経年化対策”と“評価”である。 このときのキーポイントは、機器や部品の劣化がど のように進行するかであるが、先に述べたとおり, 事業者は、毎定検時に行う保全の作業時に多くの部 品の劣化状況を調べ、劣化のデータを蓄積する。そ れに基づき,劣化パラメータ (疲労, 応力腐食割れ, 減肉,中性子照射効果など)の傾向管理を行って未 来の故障を予防し防止しようとするものである。劣 化の種類によって進行速度が異なることは当然であ り,進行速度とメカニズムの違いに着目しながら, 対応と評価の時期、形態を以下のような重層構造に して実施することが提案されている。 (1) 通常保全を運転サイクル毎に実施する。 (2) 定期安全レビューを10年目毎に実施する。 (3) 高経年化技術評価を30年目以降10年毎に実施する。 不定期に発生するかもしれない不具合や故障には、 毎サイクルの通常保全の定期事業者検査で対応し、10 年を一区切りと見て、反映すべき運転経験や新しい技 術知見はないのかどうか、さらに追加すべき保全措置 はないのかどうかを確認するのが、10年目で実施す る定期安全レビューである。例えば、応力腐食割れ (SCC 割れという)は環境や表面の処理状態に依存し ていて、何時発生するか、どこに発生するか、おおよ その目安は付くが正確には予測できない。しかし発生41時期は遅く、進展も遅いということは判っている。従 って10年単位でしっかり見ていくという保全手法を 取っても構わない。高経年化技術評価では、30年間 の運転の間に蓄積された劣化現象や、あるいは、これ まで顕在化してこなかった事象がないかに注目しなが ら、評価して行こうという狙いがある。同時に、30 年間の運転経験、故障の経験等を反映させながら、長 期保全計画を策定することも要請される。このように、新知見の導入や必要な保全の追加措置 を講じながら、古い原子炉の安全水準を新設炉のそれ と同じレベルにすることを目指すものであり、このよ うな念には念をいれた保全対策により、高経年化問題 は充分に克服されるものと考える。原子力発電設備の健全性と安全性は、そもそも根幹 的に「設計」で担保されている。現在、運転中の安全 を維持するため、さまざまなトラブル・故障は国が定 める「技術基準」に適合しているかどうか、絶えず検 証される仕組みになっている。許容できない欠陥は補 修されなければない。発電所の保全はこれに類する行 為の連続である。図1参照。3 保全の技術評価のポイント 保全三原則の「正しい保全」に照らした保全の技術評 価では、 (1) 故障の原因である劣化に適切に、かつ体系的に対応していく (2) 保全の実体に照らして、機器の点検間隔や原子炉停止間隔を柔軟に決めるシステムを構築する (3) 高経年化対策を具体的に決める (4) 運転中にも状態を把握する謝辞する (3) 高経年化対策を具体的に決める (4) 運転中にも状態を把握する本報告は、日本保全学会・論点評価会議での論議の 部を取りまとめたものである。原子力の安全確保の基本構造 ・(額の全性から)保全設計安全設計原子炉事故!・原子力保全の論理・原子力安全の論理有限目標と継続的改善(第1原則) ・保全範囲と重要度の適用 ・PDCA・サイクルの活用 ☆正しい保全による事故防止(第2原則) ・経年劣化特性の適用 ・状態把握、設備技術の適用 ・故障基準と保全対応措置基準の適用:事故の予防の事故の影響和 ・保全点検、補修)技術の適用(事故を起こさない)、 (想定した事故が起 ・保全データの評価による保全の改善こった時でも安全) ★安全性と経済性の連動(第3原則)・多重防風思想の適用 ・設計基準事象の適用 ・放射線防の基本原則 ・安全目標図1 原子力の安全確保の構造+ :P:Plan, D:Do, C:Check, A:Action(5) 保全計画を公表し、事前に検討する仕組みとする 等を考慮すれば、実施される保全が体系的かつ構造的 になっており、高い安全レベルが達成されることが評 価される。論点評価会議はこのように保全の仕組みが 適切であることを評価して行きたい、と考えている。4 結言1 原子力発電所は、安全・安定運転によって、電力を 生産することを目的とする施設であることは論を待た ない。原子力利用には、人間特性と高度な技術の組み 合わせによる保全活動が必須である。人間の特性を活 かし自主的、自律的な保全活動によって原子力発電所 を安全・安定に運転するのは事業者である。国は、事 業者が保全活動を全うするよう規制する。事業者の保 全活動と規制検査が相乗し、原子力発電所の機能と全 体的な安全性が確保されている姿を社会に明示される ことが重要である。原子力発電所の安全性の向上と設備利用率の向上を 両立させ、エネルギー・セキュリティーの要としての 電力生産と同時に、運転中、二酸化炭素を排出せず、 ライフ・サイクル・アセスメントの観点から持続可能 な社会に相応しいエネルギー供給源を定着してゆくこ とが期待される。合わせて、原子力発電所の安全・安 定運転の実績は、地域社会からの信頼感と人々の心に 安心感を醸成することになり、並行して、一層の地域 発展に貢献してゆくことが期待される。図1 原子力の安全確保の構造42“ “?保全技術評価の手法“ “出澤 正人,Masato IDESAWA