原子炉配管の確率論的構造健全性評価-1 溶接条件と溶接残留応力のばらつき
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カテゴリ: 第5回
1. 緒言
・リスク情報を活用してより高度化した保全計画を策 定するためには、確率論的破壊力学(PFM)に基づいて、 経年劣化を考慮した上で機器の破損確率を評価するこ とが合理的である。配管溶接部の破損確率を評価する 際、溶接により生じる残留応力は、応力腐食割れ(SCC) の発生・進展挙動に大きな影響を及ぼすことが知られ ている[1, 2]。溶接残留応力は、配管形状によって異な るとともに、同一形状であっても異なる開先形状、入 熱量管理等の溶接手法の違い、溶接施工時の入熱量及 びパス間温度等の溶接条件のばらつきにも影響を受け ると考えられる。そこで本研究では、沸騰水型原子力 発電所(BWR)の再循環系配管等における SUS316 ステ ンレス鋼の突合せ溶接継手部を対象に、溶接施工時の 入熱量や溶接速度等の溶接条件のばらつきを把握する とともに、製作した配管溶接試験体の溶接残留応力及 びそのばらつきについての試験・解析を行っている。本報では、配管溶接試験体を複数体製作する際に取得 した溶接条件のばらつき、及び残留応力測定を行った 結果について報告する。ここで得られた知見は、次報 の残留応力解析による評価に活用される[3]。また、こ れらの結果を用いて、PFM 解析手法により配管系の破 損確率を評価するプログラム PASCAL-SP の開発・整 備[4]に資する。
2. 試験方法 2.1 溶接試験体の製作及び溶接条件測定 1. 本研究では、SUS316 製の管を用いて、プラントメー カー2 社により口径 250mm、肉厚 15mm (250A Sch80) の試験体を10体ずつ製作した。製作した配管溶接試験 体の形状及び開先形状を Fig. 1 に示す。以降、溶接 A 及び溶接 B と記す。溶接法は両社とも TIG による下向 き自動溶接であるが、開先形状と入熱量制限等の溶接 条件は異なり、溶接 A は溶接 Bに比べ開先が狭く、溶 接層数パス数ともに少ない。溶接条件のばらつきを把 握するために取得した溶接条件は、電流、電圧、溶接 速度及びワイヤ送りである。また、溶接中における溶
接部近傍の表面温度も計測した。2.2 溶接残留応力測定まず配管溶接試験体における内表面の残留応力評価 のため、溶接 A 及び B について、それぞれ1体ずつ溶 接開始点から 90~270°の範囲で応力解放法による残 留応力測定を行った。また、溶接条件のばらつきが残 留応力に与える影響を調査するため、製作した全ての 配管溶接試験体(計 20 体)について、溶接開始点から 180°位置における配管外表面の溶接部近傍の残留応 力をX線回折法により測定した。この際、表面加工層 の影響を取り除くため、測定位置付近を 0.1mm 深さだ け電解研磨して除去した後に、2×2mm のマスキング を施した。を施した。
溶接開始点からの角度,deg Fig. 2 Scatters of welding conditions during a welding for a piping butt-weld specimen.
溶接 A 5層8パス溶 接 B:9層13パス Fig. 1 Geometries of SUS316 butt-welding pipe specimens and numbers of welding passes.
3. 結果及び考察 3.1 溶接条件のばらつき ・ 溶接施工時における溶接条件のばらつきについては、 単一パスの溶接中における入熱量と溶接速度の溶接周 方向のばらつきと、複数の溶接部間の入熱量と溶接速 度のばらつきが挙げられる。単一パス溶接中における試験体の溶接条件のばらっ きについて、溶接 B試験体の実測例を Fig. 2 に示す。入熱量、溶接速度及びワイヤ送りとも、溶接始終端付 近(±3°程度)を除けば、周方向位置に対するばらつき は非常に小さく、標準偏差は 2%程度である。したがっ て、自動溶接の場合には単一パス溶接中の溶接条件の ばらつきは無視できると考えられる。 1次に、溶接 A と B の溶接試験体における入熱量と溶 接速度のばらつきを溶接パスごとにまとめて Fig. 3 に 示す。ここでは、それぞれ 10 体の平均値及び標準偏差 を示している。溶接 A の方が、溶接 B に比べて入熱量 が大きく、ばらつきも大きい。溶接速度に関しても同 様に溶接 A のばらつきが大きい結果となった。O溶接 A ●溶接BOOH
溶接速度, mm/sec◇溶接A ◆溶接B
パスFig.3 Scatters of heat input and welding speed.4243.2 溶接残留応力のばらつき * Fig.4 に、配管内表面の残留応力分布を示す。ここで は、溶接 A及びBともに試験体1体の 90°、180°及 び 270°の位置で測定した結果の平均値と標準偏差を 示している。SCC の多くは、溶接線に沿って発生、進 展していることが確認されているため、軸方向応力分 布に着目すると、溶接 B の溶接部近傍において高い引 張応力が生じる一方、溶接 A においては引張応力は得 られなかった。次報の残留応力解析の結果によると、 溶接 A及びBともに溶接部近傍には引張応力が生じる と推測されることから、これらの違いについては、測 定位置の追加等、より詳細な評価が必要であると考え られる。一方、周方向応力については、溶接 A 及びB ともに、溶接部近傍において降伏応力 (約 250MPa) に 近い、高い引張応力が生じていることを確認した。X 線回折法により測定した配管外表面の残留応力分 布について、全試験体の平均値と標準偏差を Fig. 5 に 示す。軸方向応力については、溶接部近傍で圧縮応力軸方向応力, MPa
最終パス側に
◇溶接A ◆溶接B軸方向応力, MPa
溶接中心からの距離, mm Fig. 4 Scatters of residual stress on the inner surface at 90°, 180° and 270° of one butt-weld pipe specimen.が生じ、20mm 程度離れた位置で引張応力に転じた後、 さらに離れると零に漸近していく。一方周方向応力は、 溶接部近傍において引張応力(溶接 B では一部圧縮応 力も発生) が生じ、30mm 程度離れた位置で圧縮応力に 変化し、その後零に漸近していく。これら残留応力分 布の傾向は、Fig.3 に示したように溶接条件のばらつき の大きさが溶接 A と溶接 B で大きく異なっても、大き く変化しないことが分かった。また、次報における残 留応力分布の解析結果とも一致している。以上のように、応力解放法及びX線回折法を用いた 実測により、残留応力分布形状を明らかにするととも に、異なる溶接条件(開先形状、溶接パス数等)による その相違を明らかにした。ただし、溶接条件のばらつ きに伴う残留応力の変化を定量的に評価するためには、 実測だけではなく、解析による評価を援用する必要が ある。また、残留応力測定法に関しては、できる限り 測定上のばらつきを低減するように努めているものの、 測定法間の測定精度の相違を考慮することも重要であ る。これらの点に関しては、今後さらに研究を行う必 要がある。最終パス側に
軸方向応力, MPa
◇溶接A ◆溶接B
O溶接A ●溶接B周方向応力, MPa
溶接中心からの距離, mm Fig. 5 Scatters of residual stress on the outer surface at 180° of 10 butt-welds pipe specimens.
4. 結言ステンレス鋼製 250A 配管の溶接継手部を対象に、 溶接施工を行う際の溶接条件を把握するとともに、製 作した配管溶接試験体の残留応力測定を行い、以下の 知見を得た。 1) 自動 TIG 突合せ溶接による単一パス溶接中の入熱 量や速度等のばらつきは、始終端を除いて、数%程 度と小さいことを確認した。 2) 異なる開先形状、パス数、入熱量制限等の溶接条件に対して、複数の溶接施工における溶接条件のばらつきの大きさを把握した。 3) 応力解放法及びX線回折法により、配管溶接試験体における残留応力分布形状を評価し、異なる溶接条 件に伴うその相違を明らかにした。溶接残留応力の ばらつきをより定量的に把握するためには、さらな る検討が必要である。謝辞本研究は、平成 18 年度及び 19 年度に(独)日本原子 力研究開発機構が経済産業省原子力安全・保安院から 受託した「確率論的構造健全性評価調査」事業におけ る成果の一部である。参考文献[1] 原子力安全・保安院 報告書“原子炉再循環系配管に係わる健全性評価方法について” (2004). [2] 日本機械学会 発電用原子力設備規格 維持規格(2004年版) JSME S NA1-2004 (2004). [3] 勝山他、“原子炉配管の確率論的構造健全性評価一2、一残留応力解析による溶接条件のばらつきの影 響評価一、”日本保全学会 第5回学術講演会(2008) [4] 伊藤他、“原子炉配管の確率論的構造健全性評価一3、一溶接残留応力に関する確率論的破壊力学解析 一、”日本保全学会 第5回学術講演会 (2008)“ “原子炉配管の確率論的構造健全性評価-1 - 溶接条件と溶接残留応力のばらつき -“ “飛田 徹,Tohru TOBITA,勝山 仁哉,Jinya KATSUYAMA,伊藤 裕人,Hiroto ITOH,鬼沢 邦雄,Kunio ONIZAWA
・リスク情報を活用してより高度化した保全計画を策 定するためには、確率論的破壊力学(PFM)に基づいて、 経年劣化を考慮した上で機器の破損確率を評価するこ とが合理的である。配管溶接部の破損確率を評価する 際、溶接により生じる残留応力は、応力腐食割れ(SCC) の発生・進展挙動に大きな影響を及ぼすことが知られ ている[1, 2]。溶接残留応力は、配管形状によって異な るとともに、同一形状であっても異なる開先形状、入 熱量管理等の溶接手法の違い、溶接施工時の入熱量及 びパス間温度等の溶接条件のばらつきにも影響を受け ると考えられる。そこで本研究では、沸騰水型原子力 発電所(BWR)の再循環系配管等における SUS316 ステ ンレス鋼の突合せ溶接継手部を対象に、溶接施工時の 入熱量や溶接速度等の溶接条件のばらつきを把握する とともに、製作した配管溶接試験体の溶接残留応力及 びそのばらつきについての試験・解析を行っている。本報では、配管溶接試験体を複数体製作する際に取得 した溶接条件のばらつき、及び残留応力測定を行った 結果について報告する。ここで得られた知見は、次報 の残留応力解析による評価に活用される[3]。また、こ れらの結果を用いて、PFM 解析手法により配管系の破 損確率を評価するプログラム PASCAL-SP の開発・整 備[4]に資する。
2. 試験方法 2.1 溶接試験体の製作及び溶接条件測定 1. 本研究では、SUS316 製の管を用いて、プラントメー カー2 社により口径 250mm、肉厚 15mm (250A Sch80) の試験体を10体ずつ製作した。製作した配管溶接試験 体の形状及び開先形状を Fig. 1 に示す。以降、溶接 A 及び溶接 B と記す。溶接法は両社とも TIG による下向 き自動溶接であるが、開先形状と入熱量制限等の溶接 条件は異なり、溶接 A は溶接 Bに比べ開先が狭く、溶 接層数パス数ともに少ない。溶接条件のばらつきを把 握するために取得した溶接条件は、電流、電圧、溶接 速度及びワイヤ送りである。また、溶接中における溶
接部近傍の表面温度も計測した。2.2 溶接残留応力測定まず配管溶接試験体における内表面の残留応力評価 のため、溶接 A 及び B について、それぞれ1体ずつ溶 接開始点から 90~270°の範囲で応力解放法による残 留応力測定を行った。また、溶接条件のばらつきが残 留応力に与える影響を調査するため、製作した全ての 配管溶接試験体(計 20 体)について、溶接開始点から 180°位置における配管外表面の溶接部近傍の残留応 力をX線回折法により測定した。この際、表面加工層 の影響を取り除くため、測定位置付近を 0.1mm 深さだ け電解研磨して除去した後に、2×2mm のマスキング を施した。を施した。
溶接開始点からの角度,deg Fig. 2 Scatters of welding conditions during a welding for a piping butt-weld specimen.
溶接 A 5層8パス溶 接 B:9層13パス Fig. 1 Geometries of SUS316 butt-welding pipe specimens and numbers of welding passes.
3. 結果及び考察 3.1 溶接条件のばらつき ・ 溶接施工時における溶接条件のばらつきについては、 単一パスの溶接中における入熱量と溶接速度の溶接周 方向のばらつきと、複数の溶接部間の入熱量と溶接速 度のばらつきが挙げられる。単一パス溶接中における試験体の溶接条件のばらっ きについて、溶接 B試験体の実測例を Fig. 2 に示す。入熱量、溶接速度及びワイヤ送りとも、溶接始終端付 近(±3°程度)を除けば、周方向位置に対するばらつき は非常に小さく、標準偏差は 2%程度である。したがっ て、自動溶接の場合には単一パス溶接中の溶接条件の ばらつきは無視できると考えられる。 1次に、溶接 A と B の溶接試験体における入熱量と溶 接速度のばらつきを溶接パスごとにまとめて Fig. 3 に 示す。ここでは、それぞれ 10 体の平均値及び標準偏差 を示している。溶接 A の方が、溶接 B に比べて入熱量 が大きく、ばらつきも大きい。溶接速度に関しても同 様に溶接 A のばらつきが大きい結果となった。O溶接 A ●溶接BOOH
溶接速度, mm/sec◇溶接A ◆溶接B
パスFig.3 Scatters of heat input and welding speed.4243.2 溶接残留応力のばらつき * Fig.4 に、配管内表面の残留応力分布を示す。ここで は、溶接 A及びBともに試験体1体の 90°、180°及 び 270°の位置で測定した結果の平均値と標準偏差を 示している。SCC の多くは、溶接線に沿って発生、進 展していることが確認されているため、軸方向応力分 布に着目すると、溶接 B の溶接部近傍において高い引 張応力が生じる一方、溶接 A においては引張応力は得 られなかった。次報の残留応力解析の結果によると、 溶接 A及びBともに溶接部近傍には引張応力が生じる と推測されることから、これらの違いについては、測 定位置の追加等、より詳細な評価が必要であると考え られる。一方、周方向応力については、溶接 A 及びB ともに、溶接部近傍において降伏応力 (約 250MPa) に 近い、高い引張応力が生じていることを確認した。X 線回折法により測定した配管外表面の残留応力分 布について、全試験体の平均値と標準偏差を Fig. 5 に 示す。軸方向応力については、溶接部近傍で圧縮応力軸方向応力, MPa
最終パス側に
◇溶接A ◆溶接B軸方向応力, MPa
溶接中心からの距離, mm Fig. 4 Scatters of residual stress on the inner surface at 90°, 180° and 270° of one butt-weld pipe specimen.が生じ、20mm 程度離れた位置で引張応力に転じた後、 さらに離れると零に漸近していく。一方周方向応力は、 溶接部近傍において引張応力(溶接 B では一部圧縮応 力も発生) が生じ、30mm 程度離れた位置で圧縮応力に 変化し、その後零に漸近していく。これら残留応力分 布の傾向は、Fig.3 に示したように溶接条件のばらつき の大きさが溶接 A と溶接 B で大きく異なっても、大き く変化しないことが分かった。また、次報における残 留応力分布の解析結果とも一致している。以上のように、応力解放法及びX線回折法を用いた 実測により、残留応力分布形状を明らかにするととも に、異なる溶接条件(開先形状、溶接パス数等)による その相違を明らかにした。ただし、溶接条件のばらつ きに伴う残留応力の変化を定量的に評価するためには、 実測だけではなく、解析による評価を援用する必要が ある。また、残留応力測定法に関しては、できる限り 測定上のばらつきを低減するように努めているものの、 測定法間の測定精度の相違を考慮することも重要であ る。これらの点に関しては、今後さらに研究を行う必 要がある。最終パス側に
軸方向応力, MPa
◇溶接A ◆溶接B
O溶接A ●溶接B周方向応力, MPa
溶接中心からの距離, mm Fig. 5 Scatters of residual stress on the outer surface at 180° of 10 butt-welds pipe specimens.
4. 結言ステンレス鋼製 250A 配管の溶接継手部を対象に、 溶接施工を行う際の溶接条件を把握するとともに、製 作した配管溶接試験体の残留応力測定を行い、以下の 知見を得た。 1) 自動 TIG 突合せ溶接による単一パス溶接中の入熱 量や速度等のばらつきは、始終端を除いて、数%程 度と小さいことを確認した。 2) 異なる開先形状、パス数、入熱量制限等の溶接条件に対して、複数の溶接施工における溶接条件のばらつきの大きさを把握した。 3) 応力解放法及びX線回折法により、配管溶接試験体における残留応力分布形状を評価し、異なる溶接条 件に伴うその相違を明らかにした。溶接残留応力の ばらつきをより定量的に把握するためには、さらな る検討が必要である。謝辞本研究は、平成 18 年度及び 19 年度に(独)日本原子 力研究開発機構が経済産業省原子力安全・保安院から 受託した「確率論的構造健全性評価調査」事業におけ る成果の一部である。参考文献[1] 原子力安全・保安院 報告書“原子炉再循環系配管に係わる健全性評価方法について” (2004). [2] 日本機械学会 発電用原子力設備規格 維持規格(2004年版) JSME S NA1-2004 (2004). [3] 勝山他、“原子炉配管の確率論的構造健全性評価一2、一残留応力解析による溶接条件のばらつきの影 響評価一、”日本保全学会 第5回学術講演会(2008) [4] 伊藤他、“原子炉配管の確率論的構造健全性評価一3、一溶接残留応力に関する確率論的破壊力学解析 一、”日本保全学会 第5回学術講演会 (2008)“ “原子炉配管の確率論的構造健全性評価-1 - 溶接条件と溶接残留応力のばらつき -“ “飛田 徹,Tohru TOBITA,勝山 仁哉,Jinya KATSUYAMA,伊藤 裕人,Hiroto ITOH,鬼沢 邦雄,Kunio ONIZAWA