粗大粒を持つ材料の内部残留応力の評価法の開発
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カテゴリ: 第5回
1.はじめに
応力腐食割れ (SCC) のき裂の発生,進展においては,表面から内部応力の応力評価が不可欠である. 一 一般のX線応力測定法は, 等方均質な多結晶体を前提と した方法である1). 粗大粒の応力測定の研究 2) も進め られているが,それで解決できない場合も多い。例え ば,溶接部は粗大粒かつ集合組織を持ち,従来のX線 応力測定標準がどこまで適用できるかを検討してい る所である3),一方,内部の非破壊的な応力測定も要求される.内 部の応力測定では,中性子線が優れた方法といえる が,中性子束の強度が小さいために長時間を要する. また,中性子応力測定のゲージ体積も 1mm の寸法と 空間分解能が大きいために表面付近を測定するには, 改善する必要がある.それに対し,高エネルギー放射 光は高輝度かつ十分な透過力を持つので,10mm 以内 の内部であれば,um オーダーの空間分解能で測定可 能である.しかし,いずれにしても粗大粒の問題を解 決する必要がある. 1. 本提案では,粗大粒のための高エネルギー放射光X 線を利用した応力測定を提案する. 2. 粗大粒,局所領域の応力測定の課題 - 多結晶体のラボX線による背面反射撮影した回折 パターンの例を図 1 (a) に示す.等方均質な細粒であ れば,X線照射域に対して十分な数の結晶粒が存在す るので図に示すような連続環となり,0次元検出器で どの方位を測定してもきれいな回折強度曲線を得る ことができる.その回折角度0からひずみ cを精度よ く測定することが可能である.しかし,X線照射域に対して結晶粒が十分な数が存 在しない場合は,図 1 (b) のようなスポット状回折環 になる.そのため、0次元または1次元検出器で回折
(a) 細粒からの連続回折環(b) 粗大粒からのスポット状回折環図1 回折環強度曲線を測定すると検出器の走査方位によっては回 折データを得られない.また,回折強度曲線の形は大 きくゆがむことが多い.この現象は粗大粒問題といわれ,古くからX線応力測定の難問とされていた.粗大 一粒問題は,X線照射領域と結晶数との関係で生じるので,粗大粒だけの問題でなく,細粒であってもX線照 射域を微小にしたときも同様である * 粗大粒問題の原因は,回折環がスポット状になるに もかかわらず,連続環を仮定することにある.その抜 本的な解決策は,IP(イメージングプレート)やX線 CCD カメラなどの2次元検出器を取り入れることで ある.しかし,高エネルギーのX線回折を2次元検出 器から応力を評価する実験・研究は未だ確立していな455X線試料二次元検出器X線101ーンビームストッパ (a) スリットなしの場合 RS1 RS2二次元検出器 試料 ! X線 |01回転スリット ビームストッパMI(b) 回転スリットのある場合図2 透過法による2次元結像法3. 高エネルギーX線と2次元検出器 - ラボX線の場合は,表面からの反射を考えればよい が, 高エネルギーX線は材料内のあらゆる所から反射 が起こる.材料を透過して回折環を測定する様子を図 2 (a)に示す。材料中を透過するX線ビームとその領 域からのX線回折を考えると,図に示すようにX線の 透過域のあらゆる所から回折が発生する.それらのX 線カウントがすべて重ね合わされて2次元検出器に結 像する.ゆえに,2次元検出器のイメージから,どの 位置の回折であるかを特定することができない..この問題を解決するには,高エネルギーX線の回折 に関わる領域(ゲージ体積) を特定し,その位置の回折 だけを正確に2次元検出器に導くスリットを用意する 必要がある.そのスリットの概略を図2 (b)に示す. 図 中のゲージ体積の位置 0 と二次元検出器の位置 P が 正確に対応するように,回転スリット RS1 および RS2 が他からの散乱X線を制限すれば,二次元検出器のP の位置は,試料位置Oの回折強度だけを測定すること になる。この幾何学的条件を2次元検出器のすべての位置で 満足するように回転スリットが動く必要がある.その ために,図 3 に示す回転スリットを用いる. RS1 お よび RS2 は,それぞれインボリュートスリットおよ びラジアルスリットの組み合わせで構成される. X線 光路を制限された後 OP に一致するように回転スリッインボリュート スリットラジアル スリットRS1RS2図3 回転スリットットト RS2 が同様な位置にある. 回転スリットのインボリ ュートスリットおよびラジアルスリットはそれぞれ独 立して回転する. インボリュートスリットの回転に対 してラジアルスリットは異なる周期で回転する. スリ ットで制限された光路が,2次元検出器の全面を等し い重みでカバーすると正確なイメージが構成できる. 4.課題 - 等方均質多結晶からの脱却 - 本装置が開発されれば,高精度なスポット状回折環 の2次元像を得ることができ、従来の等方均質多結晶 の仮定を脱却し、新しい応力測定の幕開けとなる.粗 大粒または微小領域の表面から内部応力に至る応力 評価が可能となる.また,溶接部の集合組織を持つ粗 大粒の応力評価も実現できる. さらに,2次元検出器 を利用するために測定効率も大きく改善できる. 1. 本研究に対する産業界からの共同を期待する. 参考文献 1) 日本材料学会,X線応力測定法標準―鉄鋼編, 1 (2000). 2) T. Shobu, H.Konishi, J. Mizuki, K. Suzuki, H.Suzuki, Y. Akiniwa and K. Tanaka, Materials Science Forum, Vol. 524-525, pp. 691-696(2006). 3) 栗村隆之,佐野雄二,大城戸忍,第 42 回X線材料強度に関する講演論文集, pp.72-77 (2007), 日 本材料学会.456
“ “粗大粒を持つ材料の内部残留応力の評価法の開発“ “鈴木 賢治,Kenji SUZUKI
応力腐食割れ (SCC) のき裂の発生,進展においては,表面から内部応力の応力評価が不可欠である. 一 一般のX線応力測定法は, 等方均質な多結晶体を前提と した方法である1). 粗大粒の応力測定の研究 2) も進め られているが,それで解決できない場合も多い。例え ば,溶接部は粗大粒かつ集合組織を持ち,従来のX線 応力測定標準がどこまで適用できるかを検討してい る所である3),一方,内部の非破壊的な応力測定も要求される.内 部の応力測定では,中性子線が優れた方法といえる が,中性子束の強度が小さいために長時間を要する. また,中性子応力測定のゲージ体積も 1mm の寸法と 空間分解能が大きいために表面付近を測定するには, 改善する必要がある.それに対し,高エネルギー放射 光は高輝度かつ十分な透過力を持つので,10mm 以内 の内部であれば,um オーダーの空間分解能で測定可 能である.しかし,いずれにしても粗大粒の問題を解 決する必要がある. 1. 本提案では,粗大粒のための高エネルギー放射光X 線を利用した応力測定を提案する. 2. 粗大粒,局所領域の応力測定の課題 - 多結晶体のラボX線による背面反射撮影した回折 パターンの例を図 1 (a) に示す.等方均質な細粒であ れば,X線照射域に対して十分な数の結晶粒が存在す るので図に示すような連続環となり,0次元検出器で どの方位を測定してもきれいな回折強度曲線を得る ことができる.その回折角度0からひずみ cを精度よ く測定することが可能である.しかし,X線照射域に対して結晶粒が十分な数が存 在しない場合は,図 1 (b) のようなスポット状回折環 になる.そのため、0次元または1次元検出器で回折
(a) 細粒からの連続回折環(b) 粗大粒からのスポット状回折環図1 回折環強度曲線を測定すると検出器の走査方位によっては回 折データを得られない.また,回折強度曲線の形は大 きくゆがむことが多い.この現象は粗大粒問題といわれ,古くからX線応力測定の難問とされていた.粗大 一粒問題は,X線照射領域と結晶数との関係で生じるので,粗大粒だけの問題でなく,細粒であってもX線照 射域を微小にしたときも同様である * 粗大粒問題の原因は,回折環がスポット状になるに もかかわらず,連続環を仮定することにある.その抜 本的な解決策は,IP(イメージングプレート)やX線 CCD カメラなどの2次元検出器を取り入れることで ある.しかし,高エネルギーのX線回折を2次元検出 器から応力を評価する実験・研究は未だ確立していな455X線試料二次元検出器X線101ーンビームストッパ (a) スリットなしの場合 RS1 RS2二次元検出器 試料 ! X線 |01回転スリット ビームストッパMI(b) 回転スリットのある場合図2 透過法による2次元結像法3. 高エネルギーX線と2次元検出器 - ラボX線の場合は,表面からの反射を考えればよい が, 高エネルギーX線は材料内のあらゆる所から反射 が起こる.材料を透過して回折環を測定する様子を図 2 (a)に示す。材料中を透過するX線ビームとその領 域からのX線回折を考えると,図に示すようにX線の 透過域のあらゆる所から回折が発生する.それらのX 線カウントがすべて重ね合わされて2次元検出器に結 像する.ゆえに,2次元検出器のイメージから,どの 位置の回折であるかを特定することができない..この問題を解決するには,高エネルギーX線の回折 に関わる領域(ゲージ体積) を特定し,その位置の回折 だけを正確に2次元検出器に導くスリットを用意する 必要がある.そのスリットの概略を図2 (b)に示す. 図 中のゲージ体積の位置 0 と二次元検出器の位置 P が 正確に対応するように,回転スリット RS1 および RS2 が他からの散乱X線を制限すれば,二次元検出器のP の位置は,試料位置Oの回折強度だけを測定すること になる。この幾何学的条件を2次元検出器のすべての位置で 満足するように回転スリットが動く必要がある.その ために,図 3 に示す回転スリットを用いる. RS1 お よび RS2 は,それぞれインボリュートスリットおよ びラジアルスリットの組み合わせで構成される. X線 光路を制限された後 OP に一致するように回転スリッインボリュート スリットラジアル スリットRS1RS2図3 回転スリットットト RS2 が同様な位置にある. 回転スリットのインボリ ュートスリットおよびラジアルスリットはそれぞれ独 立して回転する. インボリュートスリットの回転に対 してラジアルスリットは異なる周期で回転する. スリ ットで制限された光路が,2次元検出器の全面を等し い重みでカバーすると正確なイメージが構成できる. 4.課題 - 等方均質多結晶からの脱却 - 本装置が開発されれば,高精度なスポット状回折環 の2次元像を得ることができ、従来の等方均質多結晶 の仮定を脱却し、新しい応力測定の幕開けとなる.粗 大粒または微小領域の表面から内部応力に至る応力 評価が可能となる.また,溶接部の集合組織を持つ粗 大粒の応力評価も実現できる. さらに,2次元検出器 を利用するために測定効率も大きく改善できる. 1. 本研究に対する産業界からの共同を期待する. 参考文献 1) 日本材料学会,X線応力測定法標準―鉄鋼編, 1 (2000). 2) T. Shobu, H.Konishi, J. Mizuki, K. Suzuki, H.Suzuki, Y. Akiniwa and K. Tanaka, Materials Science Forum, Vol. 524-525, pp. 691-696(2006). 3) 栗村隆之,佐野雄二,大城戸忍,第 42 回X線材料強度に関する講演論文集, pp.72-77 (2007), 日 本材料学会.456
“ “粗大粒を持つ材料の内部残留応力の評価法の開発“ “鈴木 賢治,Kenji SUZUKI