長期間使用した9Cr系鋼構造物の電気化学計測を用いたじん性評価
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カテゴリ: 第5回
1. 緒言
19Cr 系鋼は耐クリープ特性に優れた材料であること から,超々臨界圧プラントのスーパーヒータや主蒸気 系配管,ならびに高速増殖炉の配管等に用いられてい る.しかし, 9Cr 系鋼は運転温度近傍における長期間 の熱時効で Laves 相が析出し,じん性が低下すること が報告されている.例えば,C.R.Brinkman ら りは改良 9Cr-1Mo 鋼で,駒崎ら は W 強化型 9Cr鋼で,さらに 細井ら は 9Cr-2Mo 鋼について,長期間の熱時効によ りじん性が低下することを確認している.したがって, 実機の経年化対策上,9Cr 系鋼のじん性の変化を非破 壊的に簡易評価することができれば,有効な手法とな る.本研究では Cr 系鋼の材質劣化評価について,電気 化学計測を用いた報告がある 2),4)ことから, 精度の良い じん性の簡易評価手法を検討した.
2. 実験方法 2.1 溶接継手の製作と熱処理Table 1に母材と溶接材料の化学成分を示す.Nb, V を含む改良 9Cr-1Mo 鋼を用いた.板厚 35 mm, 外径 318.5 mm, 長さ 1000 mm の突合せ溶接継手を製作した. Fig. 1 に溶接金属の積層図を示す. 予熱・パス間温度は
200~300 °Cとして, 3 パス目までは TIG 溶接(溶接入 熱0.85~2.02 kJ/mm), それ以降のパスは Ar-5%CO2を シールドガスに用いた MIG 溶接(溶接入熱 1.17~2.93 kJ/mm)とした.なお, 溶接金属の評価は MG 溶接金属 部とした. Fig. 2 に示すように 750 C, 1.5 hour での溶 接後熱処理(PWHT)と実機運転温度を模擬した 600 °C の熱時効を行った.そして,熱時効による材質劣化を 回復させる目的で,1年間の熱時効後に PWHT と同じ 熱処理(HT)を付与した.Table 1 Chemical compositions of materials used (wt%) Materials |c | si | Mn | cr | Mo | Nb | V Base metal | 0.11 | 0.24 | 0.46 | 8.81 | 0.97 | 0.07 | 0.19 Filler wire | 0.08 | 0.27 | 1.29 | 8.86 | 0.98 | 0.03 | 0.1920Fig.1 Schematic cross-section of pass sequence of weld joint45710000 C. 1.5 hours\0.022 C/S8000.022 °C/S600 °C,0.5 or 1 yearTemperature (°C)PWH]Aging10.017 C/S10.01)c/s|Time Thermal history of weld metal2.2 シャルピー衝撃試験 - Fig. 2 で示した熱処理と熱時効を受けた溶接金属に ついて 2 mmV ノッチシャルピー衝撃試験片を作製し, 30 °Cで衝撃試験を行った.なお, 衝撃試験片の採取位 置は板厚中央としてビード幅中央がノッチ部となる ように採取した.2.3 電気化学計測 12.1 節で製作した溶接金属の最終パス,すなわち 17パス目より, ビード表面を評価面として電気化学計測 試験片を作製した.最終パスより採取した試験片に銅 線をはんだ付けし,評価面のみが露出するようにアク リル樹脂で埋め込みを行い,試料電極とした.試料は 1μm までのダイヤモンドペーストまで湿式研磨して、 計測時の隙間腐食を防止するため,計測面の周囲をパ ラフィンにより被覆した後,万能投影機を用いて計測 面積を測定した.電気化学計測は, 5%H2SO4水溶液を用いた. 500 ml の水溶液を 30±1 °Cで 25 ml/s の流量で 1 hour 以上 Ar 脱気を行い,試験溶液とした.飽和カロメル電極を照 合電極として,自然電位からアノード方向に電位掃引 速度 1.67 mV/s で 0.5 V vs SCE まで掃引させ, 得られた 電流値を計測面積で除して電流密度とした.なお,計 測中は電解槽の上部から Ar を流し続け, 試験溶液は毎 回交換した. 2.4 金属組織観察衝撃試験片の破面近傍から薄膜試料と抽出レプリカ を作製し、加速電圧 200kV の透過型電子顕微鏡(TEM) で組織観察を行い,EDS分析と電子線回折により析出 物を同定した.また,電界放出型走査電子顕微鏡 (FE-SEM)で電気化学計測試験片表面を観察して,析 出物を EDX 分析により調査した.そして,TEM 観察 におけるEDS分析結果を参考にして析出物を推定した.3. 実験結果および考察3.1 溶接継手の衝撃吸収エネルギーFig. 3 に熱処理と熱時効による溶接金属の衝撃吸収 エネルギーの変化を示す. 溶接のままでは〈vEro c> Av=15 Jであるが,PWHT により〈vEro ) Av=134 J に 上昇する.そして,熱時効を受けると衝撃吸収エネル ギーが半年後で〈vEro > Av-62 J, 1年後で〈vErog k> Av-53 J となり,熱時効時間が長くなるのに伴いじん性 は低下する傾向を示した.しかし, 1 年間の熱時効後 に PWHT と同じ熱処理(HT)を付与することで,衝 撃吸収エネルギーが PWHT のままと同等の〈VE303 k> Av=137 Jに回復した.150vEro c (J)AW PWHT PWHT+0. 5year PWHT+1year PWHT+1yearaging aging aging HT Fig.3 Effect of PWHT, aging and HT on absorbed energy at30 °C of the weld metals3.2 衝撃吸収エネルギーと析出物の関係Table 2 に TEM で観察された析出物を示す.PWHT+1 年間熱時効材と PWHT+1 年間熱時効+HT 材において, 母材でじん性低下の一因とされる Laves 相の析出が認 められた.ただし, PWHT+1 年間熱時効材では 700 μ m2当り 47 個の数密度で,長さが1μm 以上の粗大な Laves 相が多く析出していたのに対し,PWHT+1 年間 熱時効+HT 材で観察された Laves 相は,長さが 0.7 m 以下で,かつ 700 μm2当り 3個しか観察されず, PWHT+1 年間熱時効材と比較して寸法及び数密度とも に小さくなっていた.したがって,PWHT と同じ熱処 理を受けることで析出していたほとんどの Laves 相が 母相に固溶するため, じん性が回復したと考えられる.458Table 2 Precipitations identified by TEM investigation in theweld metals PWHT PWHT+1 year agingPWHT+1 year aging+HT Laves phaseLaves phase MnSiOz MnSiO3MnSiO3 M25C6 M25C6M25C6 V(Cr,Nb)CN V(Cr,Nb)CN V(Cr,Nb)CNFig. 4 に PWHT+1 年間熱時効材の衝撃試験片破面近 傍で観察された Laves 相を示す.粗大化した Laves 相 には,き裂を生じたものが観察された.駒崎らは 27w 強化型 9%Cr 鋼の母材で,低温引張試験後の試験片を 観察しており,長さが 1 μm 程度に粗大化した Laves 相が割れているのを確認している. このように,粗大 化した Laves 相は母相や他の析出物と比較して割れ易 く脆いため、衝撃吸収エネルギーが低下したものと考 えられる.RIMEISUMIされるストレートプコンバーとはんさい11mmTEM imageMoMoEDS analysisa.seesFig. 4 Laves phase having cracks near the fractured surfaceof charpy specimen in the weld metal of 1 year thermal aging after PWHT.3.3 Laves 相の析出によるアノード分極時の電流密度の変化 3.2 節より,改良 9Cr-1Mo 鋼の溶接金属が熱時効によ りじん性が低下するのは,1 um 以上に粗大化した Laves 相の析出によると言える.したがって, Laves 相 の析出を非破壊的に簡易評価できれば、じん性を評価 できる可能性がある.実機で簡易評価を適用する場合 は最終層を用いることが想定されるため、最終パスか ら評価試験片を作製した.なお,FE-SEM 観察より, Laves 相の寸法や数密度は, 最終パスとシャルピー衝撃 試験片を採取した板厚中心部では、ほぼ同じであるこ とを確認している. - Fig.5 に, PWHT 後に熱時効やHT を行った最終パス 溶接金属の電気化学計測結果を示す.自然電位は条件 によらずほぼ同じとなり, -0.52 V vs SCE であった.自 然電位からアノード方向に電位を掃引させると,0.2 V vs SCE 近傍までの電流密度の挙動はほぼ同じであるが, それよりアノード側の電位では,熱時効や HT の有無 で電流密度の挙動に変化が生じた. Laves 相が多数析出 していたPWHT+1 年間熱時効材では電流密度のピーク が生じ, Laves 相が観察されなかった PWHT 材,及び Laves 相が少量の PWHT+1 年間熱時効+HT 材では,明 瞭な電流密度のピークが認められなかった.したがっ て,0.2 V vs SCE 以上で見られた電流密度のピークは、 Laves 相の溶解で生じたと考えられるため,PWHT+1 年間熱時効材を電流密度のピークが見られた 0.35 V vs SCE の定電位に 3.6 ks 保持した後に表面観察を行い, Laves 相の溶解が生じているか確認した. Fig. 6 に PWHT+1 年間熱時効材の定電位保持後の表面観察結果 を示す。 所々に,黒点で示される1μm以上の寸法の 穴が観察された. 視野中の残存析出物について EDX分 析を行った結果,Marchと思われる Cr のピークが高い 析出物が観察されたが, Fig. 4のEDS分析に示した Mo のピークが Cr より高い析出物は観察されなかった. し たがって,観察された穴は Laves 相が溶解した痕跡だ と考えられる.今回行った電気化学計測において 0.2 V vs SCE 以上で生じた電流密度のピークは Laves 相が溶 解したことによると考えられることから,本手法によ り Laves 相の析出量を評価できるものと考えられる. 駒崎らは - W 強化型 9Cr 鋼について IN-KOH 水溶液を 用いて電気化学計測を行い,得られたピーク電流密度 より Laves 相と MasChを定量評価できることを報告し459ている.しかし, ピーク電流密度には M25C6の溶解も 含まれるため,例えば March の析出量が材料の化学成 分や熱処理条件等の違いで異なる場合は, Laves 相の析 出量を評価することが困難となる.しかし,本溶液条 件では Laves 相が溶解して Marchは残存していること を確認しており, Laves 相の析出量をより高精度に検出 評価できるものと考えられる.一般に水溶液中におけ る酸化還元反応は,水素イオン濃度(pH)と電位に影 響されることが多い。駒崎らが用いている溶液は強塩 基溶液で,本研究は強酸溶液を用いているために,両 溶液でpH が大きく異なる.このことが MasCGの溶解が 両溶液で異なった理由だと思われる.PWHT -- PWHT+15 8 Ms agingPWHT+31. 5 Ms aging - PWHT+31. 5 Ms aging+HT| 5H,SO, solution |Current density (mA/cm^)pp-4 010.60.01 -0.6 -0.4 -0.2 0 0.2 0.4Electric potential (V vs SCE) Fig. 5 Anodic polarization curves of the weld metals5mFig. 6 SEM micrograph of the weld metal of PWHT+ 1 yearaging after holding 1 hour to 0.35 V vs SCE in 5%H2SO4 solution.3.4 電気化学計測によるじん性評価の提案 Fig.5に示した 0.2 V vs SCE以上の領域で生じた電流 密度のピーク値 Ip と衝撃吸収エネルギーの関係を Fig. 7に示す.なお,ピークを生じない場合は0とした. Ip の増加で衝撃吸収エネルギーは低下する傾向を示し, 両者に相関が見られた.したがって,予め求めた Ip と 衝撃吸収エネルギーの関係が,じん性を評価する上て の特性曲線と位置付けることができる.そのため,例 えば同溶接金属を有する 9Cr 系鋼構造物において, 溶 接金属の Ip が 0.15 mA/cm2 となった場合は,本特性曲 線を参照することで vEso cがおよそ 70 Jだと推定でき る.VE30°C (J)10_0.1020.3 0.4 0.5Ip (mA/cm2) Fig. 7 Relationship between Ip and absorbed energy at 1 30°C.4.結言本研究は PWHT (750 °C, 1.5 hour)を受けた改良 9Cr-1Mo鋼 MIG 溶接金属に対して, 実機運転温度を模 擬した 600 °Cでの熱時効, 及び熱時効後に PWHT と同 じ熱処理を行い, 5%H,SO4水溶液を用いた電気化学計 測を適用して,じん性の簡易評価方法について検討を 行った.以下に得られた結果をまとめる. (1) 改良 9Cr-1Mo鋼 MIG 溶接継手のじん性を確保する 1 上では,溶接金属のじん性に着目する必要がある. (2) 熱時効時間の増加に伴いじん性は低下し,1年間の熱時効で衝撃吸収エネルギーは〈vErogr> Av=53 J に なった.しかし,再び PWHT と同じ条件で熱処理を 行うと,PWHT のままと同等の〈vEros k> Av=137 J に回復した。1年間熱時効材は長さが 1 um 以上の 粗大な Laves 相が多数析出していたが,回復材では460ほとんどの Laves 相が消失していた.そのため, Laves 相の析出と消失が衝撃吸収エネルギーの低下と回復の一因だと考えられた. (3)電気化学計測で熱時効材は 0.2 V vs SCE 以上の電位で電流密度のピークが生じたが,PWHT のままや熱 時効後にPWHT と同じ熱処理を行ったものでは電流 密度の明瞭なピークは生じなかった. 電流密度のピ ークはLaves 相の溶解によると考えられることから, Laves 相の析出を本電気化学計測で簡易評価できる - ものと思われる. (4)電流密度のピーク値(Ip)と衝撃吸収エネルギーとは 相関が見られた.そのため、予め Ip と衝撃吸収エネ ルギーの特性曲線を求めておき,長期間使用された 本溶接金属の Ip を特性曲線に当てはめることで,衝撃吸収エネルギーを推定することができる. ・ 長期間使用された 9Cr 系鋼構造物のじん性を把握す ることは,実機の経年化対策上重要である.本研究結 果を踏まえ,今後の課題として以下が考えられる. (1) 実機で使用されている SMAW 等の溶接金属, および母材についても特性曲線を求める必要がある. (2) 本研究では,じん性として衝撃吸収エネルギーを用いたが, K 値や破面遷移温度等についての特性C.R.Brinkman, D.J.Alexander and P.J.Maziasz: Modified 9Cr-1 Mo steel for advanced steam generator applications, ASME/IEEE Power Generation Conference, Boston, 1990 駒崎 慎一, 岸 繁男,庄子 哲雄,千葉 秀樹,鈴 木 康史 : W 強化型 9%Cr フェライト系耐熱鋼の熱 時効ぜい化と電気化学的手法によるその評価,材 料 Vol.49, No.8 (2000)919-926 細井 祐三,和出 昇,國光 誠司,瓜田 龍実: 9Cr-2Mo 耐熱鋼の長時間熱時効による脆化機構に 関する考察,鉄と鋼 第 76 年 第7号(1990) 1116-1123 大和 丈浩,斎藤 潔, 小早川 紘一,佐藤 祐一: 経年劣化した低合金鋼の 2,4-ジニトロ安息香酸溶 液中におけるアノード分極挙動, 電気化学 Vol.59 No.11 (1991)958-960- 461 -“ “?長期間使用した 9Cr 系鋼構造物の電気化学計測を用いたじん性評価“ “西川 聡,Satoru NISHIKAWA,大北 茂,Shigeru OHKITA,山口 篤憲,Atsunori YAMAGUCHI
19Cr 系鋼は耐クリープ特性に優れた材料であること から,超々臨界圧プラントのスーパーヒータや主蒸気 系配管,ならびに高速増殖炉の配管等に用いられてい る.しかし, 9Cr 系鋼は運転温度近傍における長期間 の熱時効で Laves 相が析出し,じん性が低下すること が報告されている.例えば,C.R.Brinkman ら りは改良 9Cr-1Mo 鋼で,駒崎ら は W 強化型 9Cr鋼で,さらに 細井ら は 9Cr-2Mo 鋼について,長期間の熱時効によ りじん性が低下することを確認している.したがって, 実機の経年化対策上,9Cr 系鋼のじん性の変化を非破 壊的に簡易評価することができれば,有効な手法とな る.本研究では Cr 系鋼の材質劣化評価について,電気 化学計測を用いた報告がある 2),4)ことから, 精度の良い じん性の簡易評価手法を検討した.
2. 実験方法 2.1 溶接継手の製作と熱処理Table 1に母材と溶接材料の化学成分を示す.Nb, V を含む改良 9Cr-1Mo 鋼を用いた.板厚 35 mm, 外径 318.5 mm, 長さ 1000 mm の突合せ溶接継手を製作した. Fig. 1 に溶接金属の積層図を示す. 予熱・パス間温度は
200~300 °Cとして, 3 パス目までは TIG 溶接(溶接入 熱0.85~2.02 kJ/mm), それ以降のパスは Ar-5%CO2を シールドガスに用いた MIG 溶接(溶接入熱 1.17~2.93 kJ/mm)とした.なお, 溶接金属の評価は MG 溶接金属 部とした. Fig. 2 に示すように 750 C, 1.5 hour での溶 接後熱処理(PWHT)と実機運転温度を模擬した 600 °C の熱時効を行った.そして,熱時効による材質劣化を 回復させる目的で,1年間の熱時効後に PWHT と同じ 熱処理(HT)を付与した.Table 1 Chemical compositions of materials used (wt%) Materials |c | si | Mn | cr | Mo | Nb | V Base metal | 0.11 | 0.24 | 0.46 | 8.81 | 0.97 | 0.07 | 0.19 Filler wire | 0.08 | 0.27 | 1.29 | 8.86 | 0.98 | 0.03 | 0.1920Fig.1 Schematic cross-section of pass sequence of weld joint45710000 C. 1.5 hours\0.022 C/S8000.022 °C/S600 °C,0.5 or 1 yearTemperature (°C)PWH]Aging10.017 C/S10.01)c/s|Time Thermal history of weld metal2.2 シャルピー衝撃試験 - Fig. 2 で示した熱処理と熱時効を受けた溶接金属に ついて 2 mmV ノッチシャルピー衝撃試験片を作製し, 30 °Cで衝撃試験を行った.なお, 衝撃試験片の採取位 置は板厚中央としてビード幅中央がノッチ部となる ように採取した.2.3 電気化学計測 12.1 節で製作した溶接金属の最終パス,すなわち 17パス目より, ビード表面を評価面として電気化学計測 試験片を作製した.最終パスより採取した試験片に銅 線をはんだ付けし,評価面のみが露出するようにアク リル樹脂で埋め込みを行い,試料電極とした.試料は 1μm までのダイヤモンドペーストまで湿式研磨して、 計測時の隙間腐食を防止するため,計測面の周囲をパ ラフィンにより被覆した後,万能投影機を用いて計測 面積を測定した.電気化学計測は, 5%H2SO4水溶液を用いた. 500 ml の水溶液を 30±1 °Cで 25 ml/s の流量で 1 hour 以上 Ar 脱気を行い,試験溶液とした.飽和カロメル電極を照 合電極として,自然電位からアノード方向に電位掃引 速度 1.67 mV/s で 0.5 V vs SCE まで掃引させ, 得られた 電流値を計測面積で除して電流密度とした.なお,計 測中は電解槽の上部から Ar を流し続け, 試験溶液は毎 回交換した. 2.4 金属組織観察衝撃試験片の破面近傍から薄膜試料と抽出レプリカ を作製し、加速電圧 200kV の透過型電子顕微鏡(TEM) で組織観察を行い,EDS分析と電子線回折により析出 物を同定した.また,電界放出型走査電子顕微鏡 (FE-SEM)で電気化学計測試験片表面を観察して,析 出物を EDX 分析により調査した.そして,TEM 観察 におけるEDS分析結果を参考にして析出物を推定した.3. 実験結果および考察3.1 溶接継手の衝撃吸収エネルギーFig. 3 に熱処理と熱時効による溶接金属の衝撃吸収 エネルギーの変化を示す. 溶接のままでは〈vEro c> Av=15 Jであるが,PWHT により〈vEro ) Av=134 J に 上昇する.そして,熱時効を受けると衝撃吸収エネル ギーが半年後で〈vEro > Av-62 J, 1年後で〈vErog k> Av-53 J となり,熱時効時間が長くなるのに伴いじん性 は低下する傾向を示した.しかし, 1 年間の熱時効後 に PWHT と同じ熱処理(HT)を付与することで,衝 撃吸収エネルギーが PWHT のままと同等の〈VE303 k> Av=137 Jに回復した.150vEro c (J)AW PWHT PWHT+0. 5year PWHT+1year PWHT+1yearaging aging aging HT Fig.3 Effect of PWHT, aging and HT on absorbed energy at30 °C of the weld metals3.2 衝撃吸収エネルギーと析出物の関係Table 2 に TEM で観察された析出物を示す.PWHT+1 年間熱時効材と PWHT+1 年間熱時効+HT 材において, 母材でじん性低下の一因とされる Laves 相の析出が認 められた.ただし, PWHT+1 年間熱時効材では 700 μ m2当り 47 個の数密度で,長さが1μm 以上の粗大な Laves 相が多く析出していたのに対し,PWHT+1 年間 熱時効+HT 材で観察された Laves 相は,長さが 0.7 m 以下で,かつ 700 μm2当り 3個しか観察されず, PWHT+1 年間熱時効材と比較して寸法及び数密度とも に小さくなっていた.したがって,PWHT と同じ熱処 理を受けることで析出していたほとんどの Laves 相が 母相に固溶するため, じん性が回復したと考えられる.458Table 2 Precipitations identified by TEM investigation in theweld metals PWHT PWHT+1 year agingPWHT+1 year aging+HT Laves phaseLaves phase MnSiOz MnSiO3MnSiO3 M25C6 M25C6M25C6 V(Cr,Nb)CN V(Cr,Nb)CN V(Cr,Nb)CNFig. 4 に PWHT+1 年間熱時効材の衝撃試験片破面近 傍で観察された Laves 相を示す.粗大化した Laves 相 には,き裂を生じたものが観察された.駒崎らは 27w 強化型 9%Cr 鋼の母材で,低温引張試験後の試験片を 観察しており,長さが 1 μm 程度に粗大化した Laves 相が割れているのを確認している. このように,粗大 化した Laves 相は母相や他の析出物と比較して割れ易 く脆いため、衝撃吸収エネルギーが低下したものと考 えられる.RIMEISUMIされるストレートプコンバーとはんさい11mmTEM imageMoMoEDS analysisa.seesFig. 4 Laves phase having cracks near the fractured surfaceof charpy specimen in the weld metal of 1 year thermal aging after PWHT.3.3 Laves 相の析出によるアノード分極時の電流密度の変化 3.2 節より,改良 9Cr-1Mo 鋼の溶接金属が熱時効によ りじん性が低下するのは,1 um 以上に粗大化した Laves 相の析出によると言える.したがって, Laves 相 の析出を非破壊的に簡易評価できれば、じん性を評価 できる可能性がある.実機で簡易評価を適用する場合 は最終層を用いることが想定されるため、最終パスか ら評価試験片を作製した.なお,FE-SEM 観察より, Laves 相の寸法や数密度は, 最終パスとシャルピー衝撃 試験片を採取した板厚中心部では、ほぼ同じであるこ とを確認している. - Fig.5 に, PWHT 後に熱時効やHT を行った最終パス 溶接金属の電気化学計測結果を示す.自然電位は条件 によらずほぼ同じとなり, -0.52 V vs SCE であった.自 然電位からアノード方向に電位を掃引させると,0.2 V vs SCE 近傍までの電流密度の挙動はほぼ同じであるが, それよりアノード側の電位では,熱時効や HT の有無 で電流密度の挙動に変化が生じた. Laves 相が多数析出 していたPWHT+1 年間熱時効材では電流密度のピーク が生じ, Laves 相が観察されなかった PWHT 材,及び Laves 相が少量の PWHT+1 年間熱時効+HT 材では,明 瞭な電流密度のピークが認められなかった.したがっ て,0.2 V vs SCE 以上で見られた電流密度のピークは、 Laves 相の溶解で生じたと考えられるため,PWHT+1 年間熱時効材を電流密度のピークが見られた 0.35 V vs SCE の定電位に 3.6 ks 保持した後に表面観察を行い, Laves 相の溶解が生じているか確認した. Fig. 6 に PWHT+1 年間熱時効材の定電位保持後の表面観察結果 を示す。 所々に,黒点で示される1μm以上の寸法の 穴が観察された. 視野中の残存析出物について EDX分 析を行った結果,Marchと思われる Cr のピークが高い 析出物が観察されたが, Fig. 4のEDS分析に示した Mo のピークが Cr より高い析出物は観察されなかった. し たがって,観察された穴は Laves 相が溶解した痕跡だ と考えられる.今回行った電気化学計測において 0.2 V vs SCE 以上で生じた電流密度のピークは Laves 相が溶 解したことによると考えられることから,本手法によ り Laves 相の析出量を評価できるものと考えられる. 駒崎らは - W 強化型 9Cr 鋼について IN-KOH 水溶液を 用いて電気化学計測を行い,得られたピーク電流密度 より Laves 相と MasChを定量評価できることを報告し459ている.しかし, ピーク電流密度には M25C6の溶解も 含まれるため,例えば March の析出量が材料の化学成 分や熱処理条件等の違いで異なる場合は, Laves 相の析 出量を評価することが困難となる.しかし,本溶液条 件では Laves 相が溶解して Marchは残存していること を確認しており, Laves 相の析出量をより高精度に検出 評価できるものと考えられる.一般に水溶液中におけ る酸化還元反応は,水素イオン濃度(pH)と電位に影 響されることが多い。駒崎らが用いている溶液は強塩 基溶液で,本研究は強酸溶液を用いているために,両 溶液でpH が大きく異なる.このことが MasCGの溶解が 両溶液で異なった理由だと思われる.PWHT -- PWHT+15 8 Ms agingPWHT+31. 5 Ms aging - PWHT+31. 5 Ms aging+HT| 5H,SO, solution |Current density (mA/cm^)pp-4 010.60.01 -0.6 -0.4 -0.2 0 0.2 0.4Electric potential (V vs SCE) Fig. 5 Anodic polarization curves of the weld metals5mFig. 6 SEM micrograph of the weld metal of PWHT+ 1 yearaging after holding 1 hour to 0.35 V vs SCE in 5%H2SO4 solution.3.4 電気化学計測によるじん性評価の提案 Fig.5に示した 0.2 V vs SCE以上の領域で生じた電流 密度のピーク値 Ip と衝撃吸収エネルギーの関係を Fig. 7に示す.なお,ピークを生じない場合は0とした. Ip の増加で衝撃吸収エネルギーは低下する傾向を示し, 両者に相関が見られた.したがって,予め求めた Ip と 衝撃吸収エネルギーの関係が,じん性を評価する上て の特性曲線と位置付けることができる.そのため,例 えば同溶接金属を有する 9Cr 系鋼構造物において, 溶 接金属の Ip が 0.15 mA/cm2 となった場合は,本特性曲 線を参照することで vEso cがおよそ 70 Jだと推定でき る.VE30°C (J)10_0.1020.3 0.4 0.5Ip (mA/cm2) Fig. 7 Relationship between Ip and absorbed energy at 1 30°C.4.結言本研究は PWHT (750 °C, 1.5 hour)を受けた改良 9Cr-1Mo鋼 MIG 溶接金属に対して, 実機運転温度を模 擬した 600 °Cでの熱時効, 及び熱時効後に PWHT と同 じ熱処理を行い, 5%H,SO4水溶液を用いた電気化学計 測を適用して,じん性の簡易評価方法について検討を 行った.以下に得られた結果をまとめる. (1) 改良 9Cr-1Mo鋼 MIG 溶接継手のじん性を確保する 1 上では,溶接金属のじん性に着目する必要がある. (2) 熱時効時間の増加に伴いじん性は低下し,1年間の熱時効で衝撃吸収エネルギーは〈vErogr> Av=53 J に なった.しかし,再び PWHT と同じ条件で熱処理を 行うと,PWHT のままと同等の〈vEros k> Av=137 J に回復した。1年間熱時効材は長さが 1 um 以上の 粗大な Laves 相が多数析出していたが,回復材では460ほとんどの Laves 相が消失していた.そのため, Laves 相の析出と消失が衝撃吸収エネルギーの低下と回復の一因だと考えられた. (3)電気化学計測で熱時効材は 0.2 V vs SCE 以上の電位で電流密度のピークが生じたが,PWHT のままや熱 時効後にPWHT と同じ熱処理を行ったものでは電流 密度の明瞭なピークは生じなかった. 電流密度のピ ークはLaves 相の溶解によると考えられることから, Laves 相の析出を本電気化学計測で簡易評価できる - ものと思われる. (4)電流密度のピーク値(Ip)と衝撃吸収エネルギーとは 相関が見られた.そのため、予め Ip と衝撃吸収エネ ルギーの特性曲線を求めておき,長期間使用された 本溶接金属の Ip を特性曲線に当てはめることで,衝撃吸収エネルギーを推定することができる. ・ 長期間使用された 9Cr 系鋼構造物のじん性を把握す ることは,実機の経年化対策上重要である.本研究結 果を踏まえ,今後の課題として以下が考えられる. (1) 実機で使用されている SMAW 等の溶接金属, および母材についても特性曲線を求める必要がある. (2) 本研究では,じん性として衝撃吸収エネルギーを用いたが, K 値や破面遷移温度等についての特性C.R.Brinkman, D.J.Alexander and P.J.Maziasz: Modified 9Cr-1 Mo steel for advanced steam generator applications, ASME/IEEE Power Generation Conference, Boston, 1990 駒崎 慎一, 岸 繁男,庄子 哲雄,千葉 秀樹,鈴 木 康史 : W 強化型 9%Cr フェライト系耐熱鋼の熱 時効ぜい化と電気化学的手法によるその評価,材 料 Vol.49, No.8 (2000)919-926 細井 祐三,和出 昇,國光 誠司,瓜田 龍実: 9Cr-2Mo 耐熱鋼の長時間熱時効による脆化機構に 関する考察,鉄と鋼 第 76 年 第7号(1990) 1116-1123 大和 丈浩,斎藤 潔, 小早川 紘一,佐藤 祐一: 経年劣化した低合金鋼の 2,4-ジニトロ安息香酸溶 液中におけるアノード分極挙動, 電気化学 Vol.59 No.11 (1991)958-960- 461 -“ “?長期間使用した 9Cr 系鋼構造物の電気化学計測を用いたじん性評価“ “西川 聡,Satoru NISHIKAWA,大北 茂,Shigeru OHKITA,山口 篤憲,Atsunori YAMAGUCHI