非線形主成分分析を用いた回転機の音響監視
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カテゴリ: 第5回
1. 緒言
新検査プログラムの開始に伴って、状態監視保全 (CBM)の役割はますます大きくなってくる。その際、 振動、温度、油分析といういわゆる3種の神器による 詳細な機器状態の監視手法が焦点となっているが、そ の前段階として、運転員や保守員によるパトロール監 視も重要な活動の一つになると考えられる。そこでは、 目視検査のほかに、音や匂いといった人間の5感に基 づく俯瞰的な監視が必要となる。一方で、これは経験 に基づく定性的判断でもあり、その客観化・定量化が 可能であれば、より精度のよい状態監視に寄与できる ことになる。しかしながら、俯瞰的な監視は、遠隔か らの広域監視を意味しており、得られる情報には、本 来の機器状態信号が劣化・減衰した形で含まれ、さら に、計測過程での多様なノイズが混入することになり、 有意な情報の抽出・定量化は容易ではない。また、毎 回異なる測定感度に依存しない普遍的な特徴量を用い た状態判断を行うことも必要になってくる。 1. 本稿では、このような遠隔計測した情報から、統計 的信号処理手法を用いて必要な機器状態に関する情報 を抽出し、その状態を識別する方法を提案する。具体 的には、ころがり軸受けを題材にして、音響マイクに よって計測した正常・異常時の音響データから、その 測定感度の違いを校正し、高感度で異常状態を識別す る信号処理・状態識別技術に関する新しい提案を行う。 著者らは前報[1,2]で主成分分析と確率ニューラルネットワークを用いた識別法を提案しているが、本報で は、これらの手法をさらに拡張し、回転機器の周期性 に着目した波形前処理法と非線形主成分分析を導入し た方法を提案する。さらに、基本周期そのものの微妙 な変動パターンに着目した異常識別法も提案する。こ れにより、従来の信号処理法よりさらに高感度で異常 状態が識別できることを示す。 1. 本稿では、これらの状態監視法を、転がり軸受を組 み込んだ異常模擬試験装置で収録した音響データに適 用し、状態識別結果の妥当性を確認した結果を報告す る。
2. 信号処理手法
2.1 前処理・回転同期信号の抽出 - 巡視点検での音響監視の場合、同じ計測位置での計 測は現実的ではないため、測定感度に影響されない異 常判定法が必要となる。また、回転機の診断でしばし ば用いられるキーフェーザ(回転基準信号)を用いる ことも出来ない。これらを考慮し、本報告では Fig.1 に示すような前処理により、状態判定に用いる特徴量 (パターン)を求める方法を新たに提案する。ここで は、回転機の基本周波数(回転同期成分)に着目した 信号処理を行う。最初に、低域通過フィルターを用い て基本振動成分を抽出し、そのゼロ交叉点から、1回 転ごとの正確な時刻を求める。回転機は、通常、ほぼ 一定の周期で回転するが、高精度で周期の変動を計測475すると、回転ごとに±2%程度の変動がある。この回転 周期そのものの変動を時系列信号とみなすと、これは、 回転機の状態を特徴付ける情報となっていることが推 察される。一方、ゼロ交叉点を基準に、1回転に対応 する音響データを同じ長さに規格化して平均化すると、 1回転での音響データの変動の特徴が高精度で再現で きると考えられる。これは、振動信号とキーフェーザ 信号の位相変化が、異常原因の推定に重要な役目を果 たすことから類推して、今回新たに試みた方法である。 基本周期を同じ長さに規格化して平均化することで、 周波数分析した場合の基本周波数やその高調波の推定 精度を高めることも出来る。 - Fig.2 には、上記方法で求めた音響信号の低周波成分 と高周波成分(200Hz で区別)を、3回転分重ね合わせ て示した。後述する 50Hz で回転している正常データの 信号を例に取ったものである。以下では、この固定長 に規格化した波形を「回転規格化信号」と呼ぶことに する。また、Fig.3 には、基本周期の変動の時間変化を 示す。約 500 回転分、10 秒のデータを示しているが、 ±1%程度の変動があることがわかる。低域通過 フィルター回転同期成 分のゼロ交 叉点の判定回転同期成分の 基本周期の時間 ?勤原信号を 標準偏差 で規格化ゼロ交叉点を基準 にした原波形の固 定長への規格化と 平均処理固定長の基本波形 のパターン認識 (回転規格化信号)|基本周期の 時間変動の パターン認識」低周波成分 高周波成分) Fig.1 Pre-processing algorithm of acoustic signalmeasured from rotating machineLow-Freq. AmplitudeHigh Freq. AmplitudsTime(““0.023msec) Fig.2 Extracted acoustic wave of low and high frequencycomponent for single rotating periodNorm Period(%).................. ............... .... Count of RotationsFig.3 Trend of rotating period fluctuation (fundamentalperiod:0.02sec)2.2 状態識別法 * 上記の回転規格化信号は、回転機の状態を示す多次 元ベクトルであり、低周波成分の波形は軸の周方向の 回転情報に直接関係する計測値と考えられる。一方で、 高周波情報は、人間の耳に直接聞こえる情報である。 これらの情報から回転機の状態を識別する際、より低 二次元の情報に縮約することで、直感的な状態把握が可 能になる。そのための方法として、本報告では主成分 分析 (PCA)と、その拡張である非線形 PCA (Kernel PCA、 KPCA) [3,4)を利用する。 (1) 主成分分析(PCA)による方法 -正常運転時にM回測定された p 次元回転規格化信号 をx(m) (m=1,M)とすると、相関関数は11M==-2x(m) x(n)““-1Mm=1となり、その固有値問題は下記のようになり、p 個の | 固有値と固有ベクトルを求めることが出来る。-22V = CV このとき、M 個の回転規格化信号の、k 番目の固有ベ クトルへの射影値(主成分スコア値)は z (m) = V() . x(m)(3) となる。主成分分析による方法では、p 個の固有ベク トルから選んだ少数個(K 次元)の射影データ zx(m)、 (k=1,K)を用いて機器の状態を識別する。 (2)非線形主成分分析 (KPCA)による方法[3,4] - Kernel PCA(KPCA)は、主成分分析の非線形空間への 拡張である。まず、x→p(x)という非線形変換を考える。 KPCA では、具体的な 中 の関数形状の定義はせずに、 その内積だけを定義することで、非線形空間内の射影 データを求める。非線形空間での相関関数は(1)式の代 わりに下記のように定義される。p個の476>(n=1,M)-5ル a は、(5)式より、-7Mm1して以下を用いた。で-->< (x)) g(x)““ > (4) この固有値問題は(3)式と同じ形となる。ただし、固有 ベクトル V の次元は異なることに注意が必要である。 この V は、M 個の非線形空間でのデータ P(x(m))で張 られる空間にあることから、次の関係式が成り立つ。 _
新検査プログラムの開始に伴って、状態監視保全 (CBM)の役割はますます大きくなってくる。その際、 振動、温度、油分析といういわゆる3種の神器による 詳細な機器状態の監視手法が焦点となっているが、そ の前段階として、運転員や保守員によるパトロール監 視も重要な活動の一つになると考えられる。そこでは、 目視検査のほかに、音や匂いといった人間の5感に基 づく俯瞰的な監視が必要となる。一方で、これは経験 に基づく定性的判断でもあり、その客観化・定量化が 可能であれば、より精度のよい状態監視に寄与できる ことになる。しかしながら、俯瞰的な監視は、遠隔か らの広域監視を意味しており、得られる情報には、本 来の機器状態信号が劣化・減衰した形で含まれ、さら に、計測過程での多様なノイズが混入することになり、 有意な情報の抽出・定量化は容易ではない。また、毎 回異なる測定感度に依存しない普遍的な特徴量を用い た状態判断を行うことも必要になってくる。 1. 本稿では、このような遠隔計測した情報から、統計 的信号処理手法を用いて必要な機器状態に関する情報 を抽出し、その状態を識別する方法を提案する。具体 的には、ころがり軸受けを題材にして、音響マイクに よって計測した正常・異常時の音響データから、その 測定感度の違いを校正し、高感度で異常状態を識別す る信号処理・状態識別技術に関する新しい提案を行う。 著者らは前報[1,2]で主成分分析と確率ニューラルネットワークを用いた識別法を提案しているが、本報で は、これらの手法をさらに拡張し、回転機器の周期性 に着目した波形前処理法と非線形主成分分析を導入し た方法を提案する。さらに、基本周期そのものの微妙 な変動パターンに着目した異常識別法も提案する。こ れにより、従来の信号処理法よりさらに高感度で異常 状態が識別できることを示す。 1. 本稿では、これらの状態監視法を、転がり軸受を組 み込んだ異常模擬試験装置で収録した音響データに適 用し、状態識別結果の妥当性を確認した結果を報告す る。
2. 信号処理手法
2.1 前処理・回転同期信号の抽出 - 巡視点検での音響監視の場合、同じ計測位置での計 測は現実的ではないため、測定感度に影響されない異 常判定法が必要となる。また、回転機の診断でしばし ば用いられるキーフェーザ(回転基準信号)を用いる ことも出来ない。これらを考慮し、本報告では Fig.1 に示すような前処理により、状態判定に用いる特徴量 (パターン)を求める方法を新たに提案する。ここで は、回転機の基本周波数(回転同期成分)に着目した 信号処理を行う。最初に、低域通過フィルターを用い て基本振動成分を抽出し、そのゼロ交叉点から、1回 転ごとの正確な時刻を求める。回転機は、通常、ほぼ 一定の周期で回転するが、高精度で周期の変動を計測475すると、回転ごとに±2%程度の変動がある。この回転 周期そのものの変動を時系列信号とみなすと、これは、 回転機の状態を特徴付ける情報となっていることが推 察される。一方、ゼロ交叉点を基準に、1回転に対応 する音響データを同じ長さに規格化して平均化すると、 1回転での音響データの変動の特徴が高精度で再現で きると考えられる。これは、振動信号とキーフェーザ 信号の位相変化が、異常原因の推定に重要な役目を果 たすことから類推して、今回新たに試みた方法である。 基本周期を同じ長さに規格化して平均化することで、 周波数分析した場合の基本周波数やその高調波の推定 精度を高めることも出来る。 - Fig.2 には、上記方法で求めた音響信号の低周波成分 と高周波成分(200Hz で区別)を、3回転分重ね合わせ て示した。後述する 50Hz で回転している正常データの 信号を例に取ったものである。以下では、この固定長 に規格化した波形を「回転規格化信号」と呼ぶことに する。また、Fig.3 には、基本周期の変動の時間変化を 示す。約 500 回転分、10 秒のデータを示しているが、 ±1%程度の変動があることがわかる。低域通過 フィルター回転同期成 分のゼロ交 叉点の判定回転同期成分の 基本周期の時間 ?勤原信号を 標準偏差 で規格化ゼロ交叉点を基準 にした原波形の固 定長への規格化と 平均処理固定長の基本波形 のパターン認識 (回転規格化信号)|基本周期の 時間変動の パターン認識」低周波成分 高周波成分) Fig.1 Pre-processing algorithm of acoustic signalmeasured from rotating machineLow-Freq. AmplitudeHigh Freq. AmplitudsTime(““0.023msec) Fig.2 Extracted acoustic wave of low and high frequencycomponent for single rotating periodNorm Period(%).................. ............... .... Count of RotationsFig.3 Trend of rotating period fluctuation (fundamentalperiod:0.02sec)2.2 状態識別法 * 上記の回転規格化信号は、回転機の状態を示す多次 元ベクトルであり、低周波成分の波形は軸の周方向の 回転情報に直接関係する計測値と考えられる。一方で、 高周波情報は、人間の耳に直接聞こえる情報である。 これらの情報から回転機の状態を識別する際、より低 二次元の情報に縮約することで、直感的な状態把握が可 能になる。そのための方法として、本報告では主成分 分析 (PCA)と、その拡張である非線形 PCA (Kernel PCA、 KPCA) [3,4)を利用する。 (1) 主成分分析(PCA)による方法 -正常運転時にM回測定された p 次元回転規格化信号 をx(m) (m=1,M)とすると、相関関数は11M==-2x(m) x(n)““-1Mm=1となり、その固有値問題は下記のようになり、p 個の | 固有値と固有ベクトルを求めることが出来る。-22V = CV このとき、M 個の回転規格化信号の、k 番目の固有ベ クトルへの射影値(主成分スコア値)は z (m) = V() . x(m)(3) となる。主成分分析による方法では、p 個の固有ベク トルから選んだ少数個(K 次元)の射影データ zx(m)、 (k=1,K)を用いて機器の状態を識別する。 (2)非線形主成分分析 (KPCA)による方法[3,4] - Kernel PCA(KPCA)は、主成分分析の非線形空間への 拡張である。まず、x→p(x)という非線形変換を考える。 KPCA では、具体的な 中 の関数形状の定義はせずに、 その内積だけを定義することで、非線形空間内の射影 データを求める。非線形空間での相関関数は(1)式の代 わりに下記のように定義される。p個の476>(n=1,M)-5ル a は、(5)式より、-7Mm1して以下を用いた。で-->< (x)) g(x)““ > (4) この固有値問題は(3)式と同じ形となる。ただし、固有 ベクトル V の次元は異なることに注意が必要である。 この V は、M 個の非線形空間でのデータ P(x(m))で張 られる空間にあることから、次の関係式が成り立つ。 _