基調講演:運転保守データを活用したBWR プラントの保全

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カテゴリ: 第6回
1.はじめに
我が国では原子力プラントで発生した事故、故障等 のデータは、原子力施設情報公開ライブラリー (NUCIA: NUClear Information Archives) に蓄積され ている。特に、原子力プラントの確率論的安全評価 (PSA: Probabilistic Safety Analysis)用信頼性データは、 1982 年4月より収集が開始されているが、故障件数 が極めて少ない、あるいはゼロであるため、従来の頻 度論に基づく方法ではデマンド故障確率、故障率等の 推定が困難な場合が多かった。昨今、個別原子力プラ ントの信頼性解析や PSA の結果に基づく保全プログ ラムが必須要件となりつつあり、発生頻度が少ない事 象に対する的確な信頼性評価が必要である。米国等で 採用されているベイズ統計による推定方法は、データ 量が少ない場合でも専門家の経験、知識等を事前分布 に取り入れ[2][3][4][5]、母集団の属性を推定する方法であ り、上記の要件に応えることのできる有効な方法であ る。 本報では NUCIA のデータを基に、ベイズ統計を活 用して BWR 原子炉隔離時冷却系(RCIC 系: Reactor Core Isolation Cooling System)のデマンド故障の解析 およびBWR安全系電動弁の不具合事象発生率の解析 とアンアベラビリティの解析との組合せよる分解点 検間隔の最適化について述べる。 2. BWR 原子炉隔離時冷却系のデマンド故障の解析 2.1 評価対象の選定 NUCIA に登録されている「原子力プラントにおける 運転制限の逸脱事象」について系統別に整理し、最も 多く事象が発生している BWR の RCIC 系を解析対象 に選定した。RCIC 系は「プラント運転中に発生した トラブルにより実作動すること」、「原子炉運転中、30 日に一回の頻度で起動させる定例試験が行われこと」、 「定期検査終了時、起動試験が行われること」の 3 種類の起動デマンドがあり、運転データをTable 1 に 示す。日本の RCIC 系を有する BWR30 基の個別プラ ントについてベイズ統計による評価を行うことを目 的にカイ二乗検定結果に基づき、定期検査の試験時と 定例試験時のデマンド故障とに区別して解析する。 2.2デマンド故障の確率モデル
2.3 階層ベイズ法による解析階層ベイズ法(23)による分析では未知数である RCIC 系起動失敗確率 p=(p1,p2.....pa)の不確かさを確 率分布で表し、その分布のハイパーパラメータを0と する。RCIC 系起動デマンド数と起動失敗回数の m組 のデータ (n、x)、n={n}}、x={x}、i=1、2、...、m が 得られたとき、同時確率分 f(p, 0,x)は次式で表される。 f(p,0,x)=f(x[p).f(p|0).f(0)(2) 尤度関数である f(x]p)は式(1)を用い、事前分布 f(p|)としてロジスティック正規事前分布を,ハイ パーパラメータの事前分布 f(a)については、類似の 評価事例を参照した。 2.4 評価結果 2.4.1 個別プラントのデマンド故障確率定期検査の試験時のデマンド故障確率を階層ベイ ズよって解析した結果を Fig.1 に示す。この結果、こ れまで頻度論では評価できなかった個別プラントの 評価が可能となり、個々の運転実績の特徴を示すこと ができた。 2.4.2 デマンド故障確率の比較 定期検査の試験時と定例試験時のデマンド故障確率 について、日本全体一律平均と米国全体一律平均につ いて解析を行い、その結果、以下のことがいえる。 (1) 日本のデマンド故障確率では、定期検査の試験時 のデマンド故障確率は 0.0357 で、定例試験時のデマ ンド故障確率は 0.00158 で、定期検査の試験時のデマ ンド故障確率は定例試験時に対して約 23 倍も高い。 (2) 米国の燃料取替え後の定例試験時のデマンド故 障確率は、0.0212 である。日本の定期検査の試験時の デマンド故障確率は、米国に対して約1.7倍高い。 (3) 定期検査の試験時の故障について原因別、機器別 に整理した。この結果、施工不完全が大きな要因とな連絡先: 野田 宏、〒108-8537 東京都港区芝浦 4-6-14、電話: 03-6372-7000、 e-mail: noda-hiroshi@mail.tee-kk.co.jp- 141 -っており、機器別に見るとタービンコントロール弁の 不具合が、約 58%を占めている。以上より、RCIC 系の機器の分解点検を行うとき、 施工に注意すること、特に、タービンコントロール弁 について入念な施工管理が必要なことが分かり、これ らを保全プログラムに反映する必要がある。 3.BWR 安全系電動弁の分解点検間隔の最適化 3.1 評価対象の選定 「原子力プラントにおける運転制限の逸脱事象」につ いて機器別に整理し、最も多く事象が発生している BWR安全系電動弁(MOV:Motor Operated Valve)を解析 対象に選定した。各年度に発生した安全系電動弁の不 具合事象発生件数をその年度の安全系電動弁の数と プラントの運転時間(弁・炉年)で割った不具合事象 発生頻度を求め,その結果を Fig. 2 に示す。 3.2 不具合事象発生の確率モデルFig. 2 に示すように安全系電動弁の不具合事象発生 頻度は、時間的に変化している。このため、不具合事 象の発生は、発生率が時間とともに変化する非斉次ポ アソン過程(NHPP: Nonhomogeneous Poisson Process)」 に従うと考える。時間依存性の有る不具合事象発生率 を20t)とし、暴露時間 s に対し、x;回の不具合事象が 起こる確率を Pr(x-lus)とおくと、次式で表わされる。-3Pr(x, lu, ) - eu *A = (t;)s; (i = 1,2,---m) 不具合事象発生率2(t.)は対数線形で記述する。Ina(t;)= a + bt; 3.3 ベイズ統計による不具合事象発生率の推定ベイズ統計を用いて不具合事象発生率)(t)の係 数 a、b を推定する。式(3)の 2 に式(4)を代入し、各年 度ちに安全系電動弁が、x; 回不具合事象を発生する確 率は、次式で与えられる。f(x, | a, b, s, t)た。(s;)*exp((a+ bt;)x; -sexp(a+ bt;))x;!f(x; | a,b,s,t)が互いに独立でポアソン分布に従うと すれば、尤度関数は、次式で表せる。 fisla.b.s. b = ](s;)““ exp((a + bts)x, -s, exp(a + bt.))i=1(6) a、bの事前分布としてa ~N(bo,B,),b ~ N(Co,Co)の正 規分布を仮定すれば、条件付事後確率密度関数は、「(a-br) ! f(alb, x,s,t) a expl - 07+EXax, -s, exp(a + bts)}fears.) of so down - amatus) fbla.sstor of ““20““ + 2 town -g ove tou. )となる。具体的な解析には公開されているコンピュー タ・プログラム、Win BUGSIIを使用した。 3.4 安全系電動弁の分解点検間隔の評価方法安全系電動弁の信頼性評価はアンアベラビリティ を用いて行う。本研究では安全系電動弁の保全に対し て、次のような不具合とその復帰を考慮した保全モデ ルを提案する。この保全モデルではある分解点検から 次の分解点検の間には、1定例試験を行うとき、系統 が使用できなることによるアンアベラビリティ Ut、 2定例試験までの待機中に不具合事象発生によるア ンアベラビリティ Uf、3定例試験により見つけた不 具合を修理したときのアンアベラビリティ Ur を考え る。安全系電動弁は定例試験中、プラントにトラブル が発生した場合、定例試験が自動的に中止され、試験 状態から所定の機能を満たすように復帰させる設計 となっている。このため、1の Ut を 0 と仮定した。 2の Uf と3の Ur は、これまで米国で実施した PSA 解析例7]に示されているように、2の UA に比べ3の ・Ur が小さいので、本研究でも、2のみ考慮した。以上、アンアベラビリティ U は待機中の不具合事 象発生によるアンアベラビリティ Uf と時間基準保全 に基づき待機中に実施する分解点検によるアンアベ ラビリティ Uoとの和として次式で表わされる[8][9][10]。 U=Uf + UO-8L-TUf%3D-expur-L-T THE 100---- 11-20 - jvcm ] a17Of%3Dー-expl -dUo %3D(10) Ltd ここで、Tは定例試験間隔を、Lは分解点検間隔を、d は分解点検時間を示す。uは前回の定例試験t.を行っ たときからの経過時間を示す。 3.5 評価結果 3.5.1 不具合事象発生率の推定3.1 節の不具合事象発生頻度をもとに、11982 年度 より 1984 年度までの期間、21985 年度より 1996年 までの期間、31997年度より 2006年度までの期間に 区分して、カイ二乗検定を行い、3 つの期間の不具合 事象発生率x(t)が、統計的に同一でないことがわか った。次に、ベイズ統計により不具合事象発生率)(t) の推定を行った。この結果を Fig. 3 に示す。今後の安 全系電動弁の保全プログラムに役立てるため、本研究 では最近、10 年間の運転・保守管理状況に相当する142adt.Tid3の期間の不具合事象発生率を用い、次の安全系電動 弁の分解点検間隔の最適化を試みることとする。 3.5.2 安全系電動弁の分解点検間隔の評価 - 安全系電動弁のアンアベラビリティU は、3.4節で 示した Uf と Uo の和である。定例試験間隔 Tおよび 分解点検時間 d が与えられたとき、アンアベラビリテ イUが最小になる分解点検間隔L を求める。アンア ベラビリティ U を最小とする T、L、d は、次の3式 を同時に満足する必要がある。 (M). = 0, () = 0, (%) =o(11) BWR 安全系電動弁の定例試験間隔Tは、30 日に1 一回の頻度で実施していること、分解点検時間 dは、弁 の大きさ (口径)で決まるので、口径 10 インチの安 全系電動弁を具体例として、分解点検時間 dを2日と してアンアベラビリティ U が最小となる分解点検間 ALを求めこととする。 3.5.3 アンアベラビリティの評価結果 - 安全系電動弁の不具合事象発生率)(1)の平均値、 平均値 + 標準偏差、90%確信区間の推定点(95th Percentile)に対するアンアベラビリティ U を解析 し,Fig.4に示す。この結果、不具合事象発生率)(t)の 平均値、平均値+標準偏差、90%確信区間の推定点 (95th Percentile)に対するアンアベラビリティ U が最 小値となるのは、Uo と Uf とが交差する近傍で、最適 な安全系電動弁の分解点検間隔 L が求まる。以上により、これまで、安全系電動弁は経験的に5 ~10 年の間隔で分解点検が行われてきたが、不具合 事象発生率)(t)の 90%確信区間の推定点である 95th Percentile で評価すれば、アンアベラビリティ U が最 小値となる最適な安全系電動弁の分解点検間隔Lは、 8炉年となる。このように、本研究では運転・保守デ ータを用いてベイズ統計により不具合事象発生率 2(t)の時間依存性を推定することで、アンアベラビ リティ U の最小値を与える最適な分解点検間隔を決」 めることができる。TestTable 1 Comparison of failure on demand of RCIC system between Japan and the USAUnplannedPeriodical Surveillance DemandInspection Test* Japan Research Period: Number of Failures12 From April1,1982 to March 31,2006 Demands3374431 USA Research Period: From Jan.1,1987Number of Failures to Dec.31, 1993 Demands142 * It corresponds to Cyclic Surveillance Test in USA.31324.まとめ 今回、NUCIA のデータを基に、ベイズ統計を活用し てRCIC系のデマンド故障の解析および安全系電動弁 の不具合事象発生率の解析とアンアベラビリティの 解析との組合せよる分解点検間隔の最適化を行った。 この結果、以下のことがいえる。 RCIC系のデマンド故障の解析より (1)デマンド故障の発生頻度の少ないまたはゼロの個 別プラントに対して頻度論では信頼性の推定が困 難であったが、階層ベイズ法はその運転実績に対応 して個別プラントを評価するのに適する。 (2)定期検査の試験時、定例試験時でデマンド故障確 - 率が大きく異なっている。 (a)日本の定期検査の試験時のデマンド故障確率は、 * 米国の故障確率に比べやや高い値を示している。調 査したところ、ほぼ半数の故障は機器の分解点検後 の故障であり、施工不完全に起因するものである。 (b)日本の定例試験のデマンド故障確率は、定期検査 の試験時に対して、約 1/23 に減少している。これは 施工不完全を定期検査時の試験により是正され、な じみ運転後の状態で定例試験が行われるため、故障 確率が低くなるものと推定される。 安全系電動弁の解析より (1)安全系電動弁のアンアベラビリティ U を小さく するには、定例試験が不可欠である。 (2)現在、安全系電動弁の分解点検間隔は経験に基づ き決められているが、定例試験間隔のもとで、こ れまでの運転・保守データを用いた不具合事象発 生率)(t)の評価に基づき、最適な分解点検間隔を 決めることができ、保全プログラムに反映できる。 本研究の評価法は、BWR および PWR の他の機器 や設備に対しても適用可能であり、今後、各機器、 設備の評価を実施して行きたい。評価には NUCIA の運転・保守データが、基本となるため、今後とも、 機器の信頼性を評価するために必要なデータの蓄 積と更新が大切であり、NUCIA の一層の充実が望 まれる。なお、原子力発電所には個別プラントの運 転・保守データが蓄積されているので、本評価方法 を適用することにより、個別プラントについての最 適保全プログラムの策定も可能となる。143、Probability of Failure on Demand0.0001o 95th percentile × 5th percentile Mean-E z >NO > - 3 > VoIo oXooBB All JapaneseAveragePlantProbability of failure on demand during periodical inspection testusing hierarchical Bayes analysis for different nuclear power plants in JapanFig.0.0080.0070.0060.0050.004Fallupe Frequency (Failure Events/Valve-Reactor Years)0.0030.0020.00101982198319841985198619871988198919901991199519961997199819992000200120022003200420052006Fisical Year Fig. 2 Event occurrence frequency of a MOV in safety systems in BWRs44o 95th Percentile x 5th Percentile MeanOTHEX火020o 95th Percentile x 5th Percentile Mean00HKSx000198319841985198619871988198919901991199519961997119981999、2000120022003200420059007Fiscal Year Fig. 3 Event occurrence rate of a MOV in safety systems in BWRs estimated by Bayes analysis150.00150.0010.0005Mean 95th Percentile Mean+Standard DeviationMinimal Unavailability19( 5 6 7 8 9 1002.11.11.11011121314151161 MOV Overhaul Interval L (Reactor Year)Fig.4 Unavailability of U of a MOV in safety systems in BWRs 参考文献 1] Nuclear Information Archives, 2]C.L. Atwood, J. L. LaChance, H. F. Martz et al.,Versus Inservice Test(IST) Interval: Evaluations of Handbook of Parameter Estimation for ProbabilisticComponent Aging Effects with Applications to Check Risk Assessment, NUREG/CR-6823(2003).Valves, NUREG/CR-6508(1997). B] 伊庭幸人, 種村正美、大森裕浩他,計算統計 II , [9] W. E. Vesely, Risk Evaluations of Aging Phenomena: マルコフ連鎖モンテカルロ法とその周辺,岩波書the Linear Aging Reliability Model and Its Extensions, 店.NUREG/CR-4769(1987). 43 中妻照雄, 入門ベイズ統計学,朝倉書店,[10] W. E. Vesely, R. E. Kurth, S. M. Scalzo, Evaluations 5] 豊田秀樹,マルコフ連鎖モンテカルロ法,朝倉書店, of Core Melt Frequency Effects Due to Component 5] WinBUGS, Aging and Maintenance, NUREG/CR-5510(1990). Z] W.E . Vesely, F .F. Goldberg, N .H . Roberts et al.,Fault Tree Handbook, NUREG-0492(1981). 3] W. E. Vesely, A. B. Poole, Component Unavailability1920“ “運転保守データを活用した BWR プラントの保全“ “野田 宏,Hiroshi NODA
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