原子力安全の広報における基礎教育の必要性
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カテゴリ: 第6回
1. 緒言
2007 年に起きた新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原 子力発電所は安全装置が作動し、正常に自動停止した。 しかし、安全上問題のない変電設備が燃え続けたこと について、マスコミは大騒ぎし、原子力発電所に重大 な欠陥があるかのように報道した。その理由として原 子力発電所の安全の仕組みについて理解されていない ことがある。しかし、何よりも原子力の基礎となって いる放射線について知識を持っていないことが一番の 理由である。 - 新潟県中越沖地震の際、柏崎刈谷原子力発電所6号 機の使用済燃料プールの水 1.2m2 が漏れ、海水に 9× 10'Bq の放射性物質が放出された。放出された放射性物 質が拡散されずにいた場合、周囲における被曝量は 2×10mSv であった。 . 我々は大気や食物に含まれる放射性物質や、宇宙線 によって常に被曝している。世界平均の自然放射線に よる被曝量は宇宙線から約 0.4mSv、地球起源の放射線 による外部被曝が約 0.5mSv、ラドンガス吸入による内 部被曝が約 1.2mSv、食物などによる内部被曝が約 0.3mSv で合計約 2.4mSv である。我が国では、世界平 均より少なく被曝量は約 1mSv である。また、人体は放 射能をもっており、その量は一般成人男性で約 7000Bq 連絡先:春名清志、〒060-8628北海道札幌市北区北13条 西8丁目、北海道大学工学研究科、電話: 011-706-7842、 e-mail:k.hal@eng.hokudai.ac.jpである。 放射線は大気や食物などから放出され、ごく身近に存 在するものである。放射線の被曝が少量であれば健康 に問題はなく、むしろホルミシス効果により健康に良 いという研究結果もある。]つまり、柏崎刈羽原子力発電所から放出された放射 性物質は放射能レベルで人体の 10倍であり、被曝量は 自然放射線と比べて無視できる量であった。もし、一 一般人がこのような放射線に関する知識を持っていとし たら、柏崎刈羽原子力発電所の報道は過熱せず早期運 転再開できたのではないだろうか。 - 放射線は今まで高校の物理で一部の生徒に教えられ ているだけであった。しかし、新学習指導要領には中 学校理科 3年で原子力と放射線を教えることが盛り込 まれた。平成 24 年度からの全面実施で、現在は移行期 であるがエネルギー環境教育の一環として、中学校 3 年生に対し簡易霧箱を用いた放射線教育を実施し、ど の程度の学習効果があるのかを検討した。同時に、特 に放射線教育を受けていない大学生、女子短大生に講 義・講演を行い、意識調査を行った。
2. 放射線・原子力教育の現状 2.1 中学校
新学習指導要領には、中学校 3年理科の「科学技術 と人間」の単元に「人間は、水力、火力、原子力など4139少量なら無害危険 医療(レントゲンなど)原爆(ウランなど) 人体に有害 (ガンなど)TA0% 20% 40% 60% 80% 100% 図1 放射線についてどのようなことを知っているか(中学生)変わらない方 変わった PIECEMENIMALIA0% 20% 40% 60% 80%1図2 放射線についての考えは変わったか(中学生)Nより怖くなった 驚いた、面白かった 身近に存在する(感じた)0% 20% 40% 60% 80% 図3 授業で感じたことはどんなことか(中学生)1からエネルギーを得ていることを知るとともに、エネ ルギーの有効な利用が大切であることを認識すること。 (放射線の性質と利用にも触れること。)」とある。新学習指導要領の全面実施前にデータをとるため、 札幌の中学校(32 名)で放射線教育を実施した。先生 に負担をかけず、予算もかけず、効果を上げることを 考え、1 時間授業とし、放射線について説明した後、 自分たちで作成した霧箱で放射線を観察させた。また、 授業前後での放射線に対する意識変化を知るためにア ンケートを実施した。事前アンケートでは「原爆」や「ガンになる」など 放射線についてマイナスのイメージが多く、特殊なも のと考えていることが分かる(図 1)。これは、「放射 線」として語られることはあるが、放射線の許容レベ ルなどについて科学的にとらえる機会、特に身近なも のとして実感できる経験の不足が影響していると考え られる。事後アンケートではほぼ全員が放射線に対し ての考え方が変わり(図 2)、ごく身近に存在すると感 じていた(図3)。中学生への放射線教育にあたっては、 放射線アレルギーがないことが分かった。2.2 大学、女子短大生 - 北海道大学学生(文系 12 名、理系 66 名)に自然放 射線、放射線・日常のリスク、原発の信頼性、スイス の電力事情・原子力政策についての授業を行った。ア ンケートでは原子力発電は必要であると考える学生が 8割を超えていたが、安全であると考える学生は半数 以下であった(図4)。授業後は 20%ほど増加している ため、授業を行うことにより一定の効果はあった。この授業前」授業後安全である危険であるどちらとも言えない00.20.40.60.81図4 原子力発電は安全と考えるか(北大生)賛成である 仕方なく賛成反対である よくわからない0% 20% 40% 60% 80% 100% 図5 原子力発電に頼ることに賛成か(女子短大生)れは我が国が資源小国であると理解しているが、放射 線に対する知識が少ないため、漠然と原子力に対して 不安を感じていると考えられる。北海道大学の学生で このような状況であるため、一般人の放射線・原子力 に対する意識は低いことが容易に想像できる。 -- 札幌の女子短期大学生(保育科、104 名)にスイス の電力事情・原子力政策および、放射線についての講 演を行った。事後アンケート結果(図 5)では「原子 力発電に頼るべきか」について分からないが約 60%で あった。これは、彼女らが放射線・原子力について安 全・危険の判断をできない程度の知識しか持っていな いと考えられる。「放射線・原子力教育が必要か」につ いては約 60%が賛成しており、女性は人類の半分を構 成しているため、彼女らに正しい知識を身につけさせ ることも非常に重要である。3.結言- 中学生は放射線アレルギーがなく、他の世代より放 射線教育の効果が高いと考えられる。大学生・女子大 生には一回の講義ではよい結果は得られなかったが、 中学校で放射線教育を受けていれば、放射線に対する 知識があるため、授業後の原子力に対する理解は改善 するはずである。保全は設備の保全などハード面ばかり注目されるが、 原子力のような巨大設備においては、基礎知識の一般 | への教育などソフト面の保全教育が必要である。参考文献 [1] 原子力百科事典 ATOMICA, http://www.rist.or.jp/atomicahttp://www.rist.or.jp/414“ “原子力安全の広報における基礎教育の必要性“ “春名 清志,Kiyoshi HARUNA,杉山 憲一郎,Ken-ichiro SUGIYAMA,伊丹 俊夫,Toshio ITAMI,山岸 陽一,Yoichi YAMAGISHI,平田 文夫,Fumio HIRATA
2007 年に起きた新潟県中越沖地震では、柏崎刈羽原 子力発電所は安全装置が作動し、正常に自動停止した。 しかし、安全上問題のない変電設備が燃え続けたこと について、マスコミは大騒ぎし、原子力発電所に重大 な欠陥があるかのように報道した。その理由として原 子力発電所の安全の仕組みについて理解されていない ことがある。しかし、何よりも原子力の基礎となって いる放射線について知識を持っていないことが一番の 理由である。 - 新潟県中越沖地震の際、柏崎刈谷原子力発電所6号 機の使用済燃料プールの水 1.2m2 が漏れ、海水に 9× 10'Bq の放射性物質が放出された。放出された放射性物 質が拡散されずにいた場合、周囲における被曝量は 2×10mSv であった。 . 我々は大気や食物に含まれる放射性物質や、宇宙線 によって常に被曝している。世界平均の自然放射線に よる被曝量は宇宙線から約 0.4mSv、地球起源の放射線 による外部被曝が約 0.5mSv、ラドンガス吸入による内 部被曝が約 1.2mSv、食物などによる内部被曝が約 0.3mSv で合計約 2.4mSv である。我が国では、世界平 均より少なく被曝量は約 1mSv である。また、人体は放 射能をもっており、その量は一般成人男性で約 7000Bq 連絡先:春名清志、〒060-8628北海道札幌市北区北13条 西8丁目、北海道大学工学研究科、電話: 011-706-7842、 e-mail:k.hal@eng.hokudai.ac.jpである。 放射線は大気や食物などから放出され、ごく身近に存 在するものである。放射線の被曝が少量であれば健康 に問題はなく、むしろホルミシス効果により健康に良 いという研究結果もある。]つまり、柏崎刈羽原子力発電所から放出された放射 性物質は放射能レベルで人体の 10倍であり、被曝量は 自然放射線と比べて無視できる量であった。もし、一 一般人がこのような放射線に関する知識を持っていとし たら、柏崎刈羽原子力発電所の報道は過熱せず早期運 転再開できたのではないだろうか。 - 放射線は今まで高校の物理で一部の生徒に教えられ ているだけであった。しかし、新学習指導要領には中 学校理科 3年で原子力と放射線を教えることが盛り込 まれた。平成 24 年度からの全面実施で、現在は移行期 であるがエネルギー環境教育の一環として、中学校 3 年生に対し簡易霧箱を用いた放射線教育を実施し、ど の程度の学習効果があるのかを検討した。同時に、特 に放射線教育を受けていない大学生、女子短大生に講 義・講演を行い、意識調査を行った。
2. 放射線・原子力教育の現状 2.1 中学校
新学習指導要領には、中学校 3年理科の「科学技術 と人間」の単元に「人間は、水力、火力、原子力など4139少量なら無害危険 医療(レントゲンなど)原爆(ウランなど) 人体に有害 (ガンなど)TA0% 20% 40% 60% 80% 100% 図1 放射線についてどのようなことを知っているか(中学生)変わらない方 変わった PIECEMENIMALIA0% 20% 40% 60% 80%1図2 放射線についての考えは変わったか(中学生)Nより怖くなった 驚いた、面白かった 身近に存在する(感じた)0% 20% 40% 60% 80% 図3 授業で感じたことはどんなことか(中学生)1からエネルギーを得ていることを知るとともに、エネ ルギーの有効な利用が大切であることを認識すること。 (放射線の性質と利用にも触れること。)」とある。新学習指導要領の全面実施前にデータをとるため、 札幌の中学校(32 名)で放射線教育を実施した。先生 に負担をかけず、予算もかけず、効果を上げることを 考え、1 時間授業とし、放射線について説明した後、 自分たちで作成した霧箱で放射線を観察させた。また、 授業前後での放射線に対する意識変化を知るためにア ンケートを実施した。事前アンケートでは「原爆」や「ガンになる」など 放射線についてマイナスのイメージが多く、特殊なも のと考えていることが分かる(図 1)。これは、「放射 線」として語られることはあるが、放射線の許容レベ ルなどについて科学的にとらえる機会、特に身近なも のとして実感できる経験の不足が影響していると考え られる。事後アンケートではほぼ全員が放射線に対し ての考え方が変わり(図 2)、ごく身近に存在すると感 じていた(図3)。中学生への放射線教育にあたっては、 放射線アレルギーがないことが分かった。2.2 大学、女子短大生 - 北海道大学学生(文系 12 名、理系 66 名)に自然放 射線、放射線・日常のリスク、原発の信頼性、スイス の電力事情・原子力政策についての授業を行った。ア ンケートでは原子力発電は必要であると考える学生が 8割を超えていたが、安全であると考える学生は半数 以下であった(図4)。授業後は 20%ほど増加している ため、授業を行うことにより一定の効果はあった。この授業前」授業後安全である危険であるどちらとも言えない00.20.40.60.81図4 原子力発電は安全と考えるか(北大生)賛成である 仕方なく賛成反対である よくわからない0% 20% 40% 60% 80% 100% 図5 原子力発電に頼ることに賛成か(女子短大生)れは我が国が資源小国であると理解しているが、放射 線に対する知識が少ないため、漠然と原子力に対して 不安を感じていると考えられる。北海道大学の学生で このような状況であるため、一般人の放射線・原子力 に対する意識は低いことが容易に想像できる。 -- 札幌の女子短期大学生(保育科、104 名)にスイス の電力事情・原子力政策および、放射線についての講 演を行った。事後アンケート結果(図 5)では「原子 力発電に頼るべきか」について分からないが約 60%で あった。これは、彼女らが放射線・原子力について安 全・危険の判断をできない程度の知識しか持っていな いと考えられる。「放射線・原子力教育が必要か」につ いては約 60%が賛成しており、女性は人類の半分を構 成しているため、彼女らに正しい知識を身につけさせ ることも非常に重要である。3.結言- 中学生は放射線アレルギーがなく、他の世代より放 射線教育の効果が高いと考えられる。大学生・女子大 生には一回の講義ではよい結果は得られなかったが、 中学校で放射線教育を受けていれば、放射線に対する 知識があるため、授業後の原子力に対する理解は改善 するはずである。保全は設備の保全などハード面ばかり注目されるが、 原子力のような巨大設備においては、基礎知識の一般 | への教育などソフト面の保全教育が必要である。参考文献 [1] 原子力百科事典 ATOMICA, http://www.rist.or.jp/atomicahttp://www.rist.or.jp/414“ “原子力安全の広報における基礎教育の必要性“ “春名 清志,Kiyoshi HARUNA,杉山 憲一郎,Ken-ichiro SUGIYAMA,伊丹 俊夫,Toshio ITAMI,山岸 陽一,Yoichi YAMAGISHI,平田 文夫,Fumio HIRATA