メガ構造体からミクロ組織に至る溶接残留応力の革新的解析技術

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カテゴリ: 第6回
1.緒言
溶接による残留応力が構造物や材料に及ぼす種々の 影響については,疲労強度や応力腐食割れ,脆性破壊 の専門書に詳しい.一方で,このような損傷の駆動力 となる残留応力を正確に把握する手法については,先 人の弛まぬ継続的な努力にも関わらず,計測手法,解 析的手法のいずれについても,まだ確実にこれと言っ た手段が確立されておらず,諸々の研究開発が今も進 行しているところである.この内,数値解析的手法としては,構造解析の分野 で急速な進歩を遂げた有限要素法が約 40 年前に熱弾 塑性解析に適用されてから,溶接残留応力に関する解 析的研究が急速に前進したといえる.すなわち,材料 特性の温度依存性を考慮した弾塑性有限要素法の定式 化 [1]-[7] がなされ,また,溶接による残留応力発生機 構の解明などへの応用も徐々に図られてきた.一方で, その後の計算機環境の進歩に伴い相当大規模な数値解 析が可能になってはいるものの,現象の複雑さや,力 学部分だけを見ても強非線形が極めて強く収束性に特 別の配慮が必要なためか,こと溶接残留応力に限って は,他分野に比べて数値シミュレーションの適用範囲 があまり拡がっていないのが実情である.本報告では, そのような状況を少しでも打破すべく、 最近研究室内で取り組んでいる種々のスケールの問題 について,今後各種産業分野においていろいろな場合 に役立ててもらえば嬉しいと思っている数値解析法な らびにそれを用いた解析例について紹介したい,もち ろん,研究室内では今回紹介する詳細な解析手法だけ でなく,より簡便な解析的手法や,新しい計測手法の 開発にも取り組んでいるので,適材適所が重要,いっ でも大規模で詳細な数値シミュレーション,と言う訳 ではなく,多種多様なラインナップを揃えております.
2. 溶接部モデリングの深化
溶接残留応力を解析的に求めるには,従来は,直交 等方性連続体力学に基づいた熱応力問題として,応力 とひずみの関係を純粋な構造解析問題として解いてい た.一方で,溶接プロセスでは相変態などの材質変化 やプラズマからの熱輸送など,本来は残留応力分布に 大きく影響する,溶接シミュレーションに考慮するこ とが望ましい, 未解決のパラメータが多い. ここでは, それらの重要パラメータを構造解析と連成させた例に ついて紹介する。 2.1 材料と力学の連成モデリング低合金鋼などの溶接では,加熱冷却中に材料の相変 態が生じ, オーステナイトとフェライトやマルテンサ イトの熱膨張率差や強度差により残留応力の分布が冷 却速度などに左右されることになる.このような場合, 残留応力解析の際に相変態などの材質変化を考慮した
(図 3),残留応力を求めることが可能となる のような解析は,PWHT 後の異材接合部などに 残留応力を求める場合にも大いに有効である. 2.2 溶接プロセスのプラズマ物理モデリンプラズマ物理に基づく溶接アークを考慮した の数値解析により,溶融池や溶融線近傍におけ 従来の母材および溶接金属の内部における温度分 .3 熱弾塑性問題の高速解析 溶接による残留応力の解析は強非線形問題であ 通常の構造解析では極めて多大な計算時間が必要とな る.一方で,強非線形性を示す高温域や塑性域は溶融 池近傍の限られた範囲であり,温度の上昇していない」 母材の大部分は弾性挙動を示している.この特性を利 用し,図5に示すように溶接部近傍とそれ以外の領域 を分割して解析することにより,移動熱源の場合であ っても計算時間の大幅な短縮化を図ることが可能とな - 453 -Conventional substructuremethodInteractive substructuremethod (ISM)はまた、BoundaryBoundary rA: Whole region |without local regionA-B: Whole regionUra=Uro B: Local regionB: Local regionBoundaryBoundaryaA: Whole region ||without local regionA: Whole regionwithout local regionB: Local regionLocal region図5 溶接熱弾塑性解析における高速化の概念図3. 溶接残留応力のマルチスケール解析溶接残留応力は構造物や材料に種々の影響を及ぼす ため,必要に応じて圧力容器のような大型構造物から, SCC を議論するための結晶粒オーダーまで,各種スケ ールにおける数値シミュレーション技術が必要となる. また,それぞれの解析領域を考える際に境界条件の設 定が極めて重要である. これらを解決し,現実的な境 界条件を数値解析で表現できるようにするために, 熱・応力連成型マルチスケール解析手法を開発した. ミリオーダーの溶接継手モデルとミクロンオーダーの 結晶粒モデルを結合した一例を図6に示す.同様のマ ルチスケール解析は,メガオーダーの大規模構造体を 対象としても同様の手順で可能となる.リンジ中間モデル2中間モデル11継手モデル~中間モデル3中間モデル4(変形量1%)微視構造モデル図6 溶接残留応力のマルチスケール解析の一例ル解析の一例4. 溶接残留応力の数値解析例4.1粒界での不均質挙動と結晶塑性を考慮した応力腐食割れ発生予測シミュレーション - SCC 発生などのミクロな現象は,結晶粒レベルでの 残留応力を把握し,その影響を検討することが重要と なる.そこで,結晶粒ごとの結晶方位を EBSP-OIM 法 により計測し,その値を各結晶粒に入力することによ り,結晶塑性を考慮した微視的残留応力を求めること ができる解析手法を開発した.さらに,図7に示すよ うに有限要素法と分子動力学を組み合わせることによ り,粒界近傍の不連続な変形をシミュレートすること が可能になる。解析結果の一例として,インコネル 600 合金の SCC 発生挙動を予測した結果を示す.まず,EBSP-OIM 法 を用いて図8のように結晶粒ごとの結晶方位を計測す る.この計測値を入力データとし,多結晶体としての 結晶塑性を考慮した数値計算を行うと,図9に示すよ図7In grain by Finite Element Method〇〇〇〇〇 〇〇〇233| 〇〇〇〇〇6Near grain boundary by Molecular DynamicsRegressionDiscontinuity across grain boundary・・・・・・・・・・Stress concentration around triple point図7 結晶粒と結晶粒界のモデリングの概念図図8 EBSP-OIM 法により計測した結晶方位454うに,マクロな主応力方向とは無関係に発生した粒界 近傍の応力値が高い箇所が,実際の SCC 試験において も割れが発生した位置とよく一致した結果が得られた.このような解析手法を用いることにより,ミクロ残 留応力が SCC 発生に及ぼす影響や,さらには進展挙動 との関係などを考察することが可能となる.(a) 切削開始直後、(a) 数値解析結果による高応力域発生箇所(6) 約 1/3 まで切削。(6) 実機環境模擬試験による SCC 発生箇所 図9 結晶塑性を考慮した SCC 発生予測数値解析 4.2 溶接部の表面切削加工による残留応力の再分布シミュレーション * 実際の構造体では溶接後に表面の機械切削加工が施(c) 約 2/3 まで切削」 されることが多く,特に配管内表面などの場合では強図10 機械加工中の熱応力シミュレーション例 研削加工により表面近傍の材質に影響を及ぼすのみな らず,残留応力が再分布する場合がある.低炭素ステ 4.3多数の溶接部を有する炉内支持構造物の ンレス鋼において, 溶接部の強機械加工面から SCCが溶 接変形・残留応カシミュレーション () 実機環境模擬試験による SCC 発生箇所 図9 結晶塑性を考慮した SCC 発生予測数値解析 .2 溶接部の表面切削加工による残留応力の再分布シミュレーション 実際の構造体では溶接後に表面の機械切削加工が施 れることが多く,特に配管内表面などの場合では強 工により表面近傍の材質に影響を及ぼすのみな 残留応力が再分布する場合がある.低炭素ステ(a) 切削開始直後 溶接構造物の中には近接部に多数の溶接部を有する 雑な形状の構造体も多く,炉内構造物などでは残留 - 455 -10日に中国や日はロドニースの(a) 鏡板と多数のパイプのすみ肉溶接構造体(6) すみ肉溶接構造体の断面図O model10o model20 model300 model(c) 各傾斜角モデルにおける数値解析例1.2+0111.000180\6000040400000000000 | 0000000000/ 000000000 00000000000ク 00000000000 20000000020000 | 80000002 200002210015.20.00123-4.0.00600002018.0.001001(d) パイプ軸方向残留応力の解析結果例 図11 多数の溶接部を有する構造体の残留応力解析4.4 大型構造物の組立・搭載シミュレーションさらに大きな数十メートルオーダーの溶接構造物に 対しても,溶接変形や残留応力の数値シミュレーショ ンが可能になりつつある. 一辺が約 20 メートルの大型 構造物の組立を数値シミュレーションした例を図 12 | に示す.工場での組立や,現地での据付,搭載といっ た際には溶接順序の選定や拘束治具の取り付け方が極 めて重要であるが,このような数値解析手法を用いれ ば、適正な溶接施工条件を解析的に求めることが可能(a) 組立順序 その1(a) 組立順序 その1(b) 組立順序 その2その2(c) 組立順序 その3 図 12 大型構造物の溶接残留応力解析例図12456になる.すなわち,製作の事前検討により,高精度な 製品製作が可能となるのみならず,低残留応力構造な どの検討による高信頼性化にも寄与することができる ようになると考えられる.5.結言研究室で開発中のメガ構造体からミクロ組織に至る 溶接残留応力の革新的解析技術について紹介した. 以 前と比べると,力学・構造モデルのみならず,材料モ デル, プロセス物理モデルと合わせて相当に詳細なモ デリングも可能になってきており,種々の分野への適 用が可能であると考えています.また,今回は紙面および時間の都合で紹介できなか った残留応力の簡略化解析手法 [11] や新しい計測手 法 [12]-[13],疲労や SCC との相関評価 [14], 地震時 の影響評価 [15] などについても種々レパートリーを 拡げていますので,少しでもご関心を持たれた方は遠 慮なく著者(mmochi@mapse.eng.osaka-u.ac.jp)までご連 絡下さいますようお願い申し上げます.謝辞本研究の一部は、文部科学省グローバル COE プログ ラム「構造・機能先進材料デザイン教育研究拠点」事 業推進担当者研究経費および科学研究費補助金「基盤 研究 (B) No. 20360393」,また,経済産業省原子力安 全・保安院高経年化対策強化基盤整備事業により実施 したものである.参考文献 [1] Y. 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