基調講演: 運転中保全-リスクと保全
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カテゴリ: 第7回
1. はじめに
1 原子力発電所に対する新検査制度が開始され、ほ とんどの発電プラントにおいて保全計画書を含む 新しい保安規程を用いた新しい保全システムが 始まっている。この新検査制度は、「適切なときに 適切な保全を行う事」という一言に尽きる。従来の 13 ヶ月毎に点検を実施する事をベースとした、いわ ゆる定期検査が行われてきていた。適切なときでは なく、一律に13ヶ月で区切られた期間をベースに、 分解点検などが実施されてきたことになる。 - 例えば、海外のプラントでは 10 年毎に行われて いる機器の検査が、毎年実施するというようなこと も行われてきていた。これを、データベースに基づ き、適切な時期に適切な保全を実施するという当た り前のことがようやくできるようになってきてい る。 - 先日、ある著名な作家の本を読んだ。原子力発電 所を安全に運転する為には、可能な限り長期間止め て、検査漬けにするほうが安全になるという考え方 が記されていて、世の中の人々は、そのようなイメ ージをどうしても持っているのだなぁと改めて認 識をした。誰も自動車に乗らない世界であればそれ でも良いのかもしれないが、... ・リスクという概念を導入することによって、様々 な安全活動に対して、相対的な判断の根拠を与える ことが出来るようになった。これは、保全の立場を 大きく変え、全体としてより安全なシステムを構築 するための大きな助けとなってきている。この同じ 概念を、一般の方々への説明に用いることはやはり 困難なのだろうか。 - 原子力発電所といっても、一般の人工物システム の一例に過ぎない。つまりは、飛行機、新幹線、橋 梁、水力発電所などと同様に、人類の福祉のために 作られた人工物システムである。人工物システムで あるから、そのシステムは常に劣化にさらされる。 それは物理的な劣化とともに、システムとしての劣化、さらには人的要因や規制システムといったソフ トウェアの劣化も考慮していく必要がある。この総 合的な人工物システムとしての原子力発電所を、安 全に保つことが保全である。ハードウェアの劣化は、物理的なデータベースを 構築し、そのデータベースに基づいて、適切な時期 に適切な検査を行い、必要があれば補修や取替えを 実施する。特に重要度をしっかりと考え、重要度の 高いものにより手厚い保全を行う。これが正に、新 検査制度で要求されている保全である。 - システム劣化や人的劣化は、データベースによる 評価も重要であるが、改善を繰り返していくという 姿勢によって劣化を防ぐことが重要である。このような背景の元で、適切な時期に適切な保全 の一つのオプションとして運転中保全が検討され てきている。技術的に、適切に対応を行うことで運 転中保全は、原子力発電所の安全性を高める有効な 手段である。運転中保全が全て有効なのではなく、 機器の重要度や環境、手法などに依存する事は言を 待たない。 * ハードウェアの劣化という観点からは、データベ ースに基づいて適切な検査を実施する事が必要で あり、それが運転中に可能で、かつ、安全性を損な わない(場合によっては安全性を高める)事を評価す ることが必要である。 ・ 一方、原子力発電システムとしての総合的な保全 という観点からは、改善を進める、人的及びシステ ムの劣化防止という視点も重要である。運転中保全 の導入に当たっては、慎重な検討を重ねることで、 発電所人材の育成に大きく寄与する。運転中保全の 実施においても、適切な保全を進めることを発電所 全体で評価し、改善を進める姿勢が安全に寄与して いく。また、作業の重要度や重要な作業の輻輳という観 点からも安全に寄与する。つまり、定期検査におい ては、重要な保全作業の集中するが、これを運転中
保全に動かすことで重要な保全作業の集中を避け ることが出来る。つまり、重要な保全作業の頻度を 分散させ、管理上も安全性が高められるとともに、 常に保全が進められる事から、保全要員の経験蓄積 にも寄与していく。これらのリスク情報を定量的に評価することが 出来れば、安全性を高めるという説明に使える可能 性もある。しかし、リスク情報は相対値であり、人 的要因や発電所管理システムなどを含めて、定量的 に説明することはなかなか難しそうである。 2. 運転中保全に関する国内の検討状況 - 現在、運転管理に関する検討において、限られた 条件についてではあるが運転中保全を実施するこ とが検討されている。具体的には今後報告書にまと められると考えられるが、おおむね下記の様な内容 になると予想される。 *1. LCO対象機器・系統の単一系統に限定したA OT内における計画的な運転中保全について、保安 規定や保全計画に適切な反映を行うとともに、規制 当局の適切な監査を行う事で、実施を行う事が可能。 12. 単一系統に限定したAOT内における計画的な運転中保全の実績を積み重ねていくことにより、 PDCAを確実に回していく。 - 3. リスク情報の活用について経験を積み重ね、複 数系統のAOT内における計画的な運転中保全や AOT変更などについても検討を継続する。 - 従来、やむを得ない場合以外は認められなかった 運転中保全が計画的な保全プログラムに組み入れ られ、より合理的で安全な原子力プラントに近づい ていく事が期待されている。 3. 世界戦略への取り組み - これからの日本は、世界戦略を明確化し、その中 で技術の優位性を確保しつつ、海外市場に打って出 ることが必要となっている。運転中保全については、 アメリカが先進国であるが、日本の技術力をもって すれば、より安全で、精度の高い運転中保全を行う ことが可能であり、これらの技術の蓄積は、海外戦 略としても有効であると考えられる。単に国内技術 の向上のみを狙うのではなく、海外戦略の一旦とし て、運転中保全を含めた保全プログラムを充実して いくことが必要である。この保全プログラムはソフ トウェアとしても、十分に海外戦略に対応が可能に なると考えている。一方、いわゆるいわゆるガラパゴス化の問題も考 えておくことが重要である。国内で進化を遂げた製 品、システムやサービスなどが、海外市場では受け 入れられない事をさしている。例えば、携帯電話は、 日本国内における特有の規制や、NTT独自規格に 基づいたシステムのため世界戦略を誤り、日本国内 だけが世界の携帯電話開発から取り残されたとい う苦い経験を持っている。一方、別の独自規格を用いていた韓国においては、世界を中心とした戦略を 企業がとり、また国も後押しをした事などから、大 きな世界シェアを取る事が出来ている。なお、日本 の技術にようやく世界が追いついてきて、日本の技 術を世界に売り込む優位性が役に立つようになっ てきたと考えられている。 _ しかし、先日、韓国で開催された流体工学関係の 国際会議に出席してきた。韓国の携帯電話は、その ハードもソフトも日本の携帯電話と遜色ないとい うか、遥かに進んでいるように感じた。韓国人の友 人に、空港まで車で送ってもらったのだが、おもむ ろに携帯電話を取り出すとコンパネの上に置き、電 話を掛けて「○○空港」と話す。すると、携帯の画 面がカーナビになった。音声自動認識と GPS、地図 情報を使ってシステムを作り上げていた。カーナビ 買わなくていいんだと彼は話す。韓国の携帯電話会 社では、1チームで3ヶ月に1つの新システムを作 るそうである。そのチームが10個あり、年間40 個の携帯電話から、数個が商品化される。ものすご い競争であり、かつ人材育成にも大きく寄与してい るようである。チーム力と応用力は、若いときに必 ず経験する、軍で鍛えられるそうである。こう見て くると、日本が進んでいるというか、先を行ってい ると言えないかもしれない。技術の遅れたガラパゴ スでは、競争力も何もない。振り返って原子力分野でも同じことになってい ないだろうか。韓国によるUAE のプラント受注は、 特殊ケースなのだろうか。日本の場合は、境界条件 を細かく考えすぎかもしれない。 - 山本らは、「通信業界、新マネタイズの方程式」(日 経コミュニケーション,2009/12/15 号,p.26)において、 IT産業におけるガラパゴス化脱却の戦略につい て「官民ではなく官こそ国際競争を:霞ヶ関を日本 最強の貿易産業にせよ」と題した提言を行っている。 官がグローバル化し、官のグローバル化によって、 産のグローバル化を後押しする事が重要である事 を指摘している。具体的には、「国の制度や仕組み、 基準において世界との互換性を確保すること」であ る。世界と互換性を持つことで、日本で優れた製品 やシステムは、そのまま安全に世界中で利用される 事ができる。これは、運転中保全を含む新保全プロ グラムにも当てはまるのではないだろうか。 4.まとめ運転中保全は、「適切なデータベースを元に、適 切なときに適切な保全を行う」というあるべき保全 の姿を最適化するための一つの大きなオプション である。着実に経験とデータを積み重ね、科学的根 拠に基づくより安全で効率的な保全を目指して、産 官が継続的な改善をすすめる事が期待される。さら には、産業界だけではなく規制側も世界を見据えた 世界に通用する規制システムを構築すべく、改善を 進めて欲しいと考えている。“ “運転中保全一リスクと保全“ “岡本 孝司,Koji OKAMOTO
1 原子力発電所に対する新検査制度が開始され、ほ とんどの発電プラントにおいて保全計画書を含む 新しい保安規程を用いた新しい保全システムが 始まっている。この新検査制度は、「適切なときに 適切な保全を行う事」という一言に尽きる。従来の 13 ヶ月毎に点検を実施する事をベースとした、いわ ゆる定期検査が行われてきていた。適切なときでは なく、一律に13ヶ月で区切られた期間をベースに、 分解点検などが実施されてきたことになる。 - 例えば、海外のプラントでは 10 年毎に行われて いる機器の検査が、毎年実施するというようなこと も行われてきていた。これを、データベースに基づ き、適切な時期に適切な保全を実施するという当た り前のことがようやくできるようになってきてい る。 - 先日、ある著名な作家の本を読んだ。原子力発電 所を安全に運転する為には、可能な限り長期間止め て、検査漬けにするほうが安全になるという考え方 が記されていて、世の中の人々は、そのようなイメ ージをどうしても持っているのだなぁと改めて認 識をした。誰も自動車に乗らない世界であればそれ でも良いのかもしれないが、... ・リスクという概念を導入することによって、様々 な安全活動に対して、相対的な判断の根拠を与える ことが出来るようになった。これは、保全の立場を 大きく変え、全体としてより安全なシステムを構築 するための大きな助けとなってきている。この同じ 概念を、一般の方々への説明に用いることはやはり 困難なのだろうか。 - 原子力発電所といっても、一般の人工物システム の一例に過ぎない。つまりは、飛行機、新幹線、橋 梁、水力発電所などと同様に、人類の福祉のために 作られた人工物システムである。人工物システムで あるから、そのシステムは常に劣化にさらされる。 それは物理的な劣化とともに、システムとしての劣化、さらには人的要因や規制システムといったソフ トウェアの劣化も考慮していく必要がある。この総 合的な人工物システムとしての原子力発電所を、安 全に保つことが保全である。ハードウェアの劣化は、物理的なデータベースを 構築し、そのデータベースに基づいて、適切な時期 に適切な検査を行い、必要があれば補修や取替えを 実施する。特に重要度をしっかりと考え、重要度の 高いものにより手厚い保全を行う。これが正に、新 検査制度で要求されている保全である。 - システム劣化や人的劣化は、データベースによる 評価も重要であるが、改善を繰り返していくという 姿勢によって劣化を防ぐことが重要である。このような背景の元で、適切な時期に適切な保全 の一つのオプションとして運転中保全が検討され てきている。技術的に、適切に対応を行うことで運 転中保全は、原子力発電所の安全性を高める有効な 手段である。運転中保全が全て有効なのではなく、 機器の重要度や環境、手法などに依存する事は言を 待たない。 * ハードウェアの劣化という観点からは、データベ ースに基づいて適切な検査を実施する事が必要で あり、それが運転中に可能で、かつ、安全性を損な わない(場合によっては安全性を高める)事を評価す ることが必要である。 ・ 一方、原子力発電システムとしての総合的な保全 という観点からは、改善を進める、人的及びシステ ムの劣化防止という視点も重要である。運転中保全 の導入に当たっては、慎重な検討を重ねることで、 発電所人材の育成に大きく寄与する。運転中保全の 実施においても、適切な保全を進めることを発電所 全体で評価し、改善を進める姿勢が安全に寄与して いく。また、作業の重要度や重要な作業の輻輳という観 点からも安全に寄与する。つまり、定期検査におい ては、重要な保全作業の集中するが、これを運転中
保全に動かすことで重要な保全作業の集中を避け ることが出来る。つまり、重要な保全作業の頻度を 分散させ、管理上も安全性が高められるとともに、 常に保全が進められる事から、保全要員の経験蓄積 にも寄与していく。これらのリスク情報を定量的に評価することが 出来れば、安全性を高めるという説明に使える可能 性もある。しかし、リスク情報は相対値であり、人 的要因や発電所管理システムなどを含めて、定量的 に説明することはなかなか難しそうである。 2. 運転中保全に関する国内の検討状況 - 現在、運転管理に関する検討において、限られた 条件についてではあるが運転中保全を実施するこ とが検討されている。具体的には今後報告書にまと められると考えられるが、おおむね下記の様な内容 になると予想される。 *1. LCO対象機器・系統の単一系統に限定したA OT内における計画的な運転中保全について、保安 規定や保全計画に適切な反映を行うとともに、規制 当局の適切な監査を行う事で、実施を行う事が可能。 12. 単一系統に限定したAOT内における計画的な運転中保全の実績を積み重ねていくことにより、 PDCAを確実に回していく。 - 3. リスク情報の活用について経験を積み重ね、複 数系統のAOT内における計画的な運転中保全や AOT変更などについても検討を継続する。 - 従来、やむを得ない場合以外は認められなかった 運転中保全が計画的な保全プログラムに組み入れ られ、より合理的で安全な原子力プラントに近づい ていく事が期待されている。 3. 世界戦略への取り組み - これからの日本は、世界戦略を明確化し、その中 で技術の優位性を確保しつつ、海外市場に打って出 ることが必要となっている。運転中保全については、 アメリカが先進国であるが、日本の技術力をもって すれば、より安全で、精度の高い運転中保全を行う ことが可能であり、これらの技術の蓄積は、海外戦 略としても有効であると考えられる。単に国内技術 の向上のみを狙うのではなく、海外戦略の一旦とし て、運転中保全を含めた保全プログラムを充実して いくことが必要である。この保全プログラムはソフ トウェアとしても、十分に海外戦略に対応が可能に なると考えている。一方、いわゆるいわゆるガラパゴス化の問題も考 えておくことが重要である。国内で進化を遂げた製 品、システムやサービスなどが、海外市場では受け 入れられない事をさしている。例えば、携帯電話は、 日本国内における特有の規制や、NTT独自規格に 基づいたシステムのため世界戦略を誤り、日本国内 だけが世界の携帯電話開発から取り残されたとい う苦い経験を持っている。一方、別の独自規格を用いていた韓国においては、世界を中心とした戦略を 企業がとり、また国も後押しをした事などから、大 きな世界シェアを取る事が出来ている。なお、日本 の技術にようやく世界が追いついてきて、日本の技 術を世界に売り込む優位性が役に立つようになっ てきたと考えられている。 _ しかし、先日、韓国で開催された流体工学関係の 国際会議に出席してきた。韓国の携帯電話は、その ハードもソフトも日本の携帯電話と遜色ないとい うか、遥かに進んでいるように感じた。韓国人の友 人に、空港まで車で送ってもらったのだが、おもむ ろに携帯電話を取り出すとコンパネの上に置き、電 話を掛けて「○○空港」と話す。すると、携帯の画 面がカーナビになった。音声自動認識と GPS、地図 情報を使ってシステムを作り上げていた。カーナビ 買わなくていいんだと彼は話す。韓国の携帯電話会 社では、1チームで3ヶ月に1つの新システムを作 るそうである。そのチームが10個あり、年間40 個の携帯電話から、数個が商品化される。ものすご い競争であり、かつ人材育成にも大きく寄与してい るようである。チーム力と応用力は、若いときに必 ず経験する、軍で鍛えられるそうである。こう見て くると、日本が進んでいるというか、先を行ってい ると言えないかもしれない。技術の遅れたガラパゴ スでは、競争力も何もない。振り返って原子力分野でも同じことになってい ないだろうか。韓国によるUAE のプラント受注は、 特殊ケースなのだろうか。日本の場合は、境界条件 を細かく考えすぎかもしれない。 - 山本らは、「通信業界、新マネタイズの方程式」(日 経コミュニケーション,2009/12/15 号,p.26)において、 IT産業におけるガラパゴス化脱却の戦略につい て「官民ではなく官こそ国際競争を:霞ヶ関を日本 最強の貿易産業にせよ」と題した提言を行っている。 官がグローバル化し、官のグローバル化によって、 産のグローバル化を後押しする事が重要である事 を指摘している。具体的には、「国の制度や仕組み、 基準において世界との互換性を確保すること」であ る。世界と互換性を持つことで、日本で優れた製品 やシステムは、そのまま安全に世界中で利用される 事ができる。これは、運転中保全を含む新保全プロ グラムにも当てはまるのではないだろうか。 4.まとめ運転中保全は、「適切なデータベースを元に、適 切なときに適切な保全を行う」というあるべき保全 の姿を最適化するための一つの大きなオプション である。着実に経験とデータを積み重ね、科学的根 拠に基づくより安全で効率的な保全を目指して、産 官が継続的な改善をすすめる事が期待される。さら には、産業界だけではなく規制側も世界を見据えた 世界に通用する規制システムを構築すべく、改善を 進めて欲しいと考えている。“ “運転中保全一リスクと保全“ “岡本 孝司,Koji OKAMOTO