リスク情報活用と保全

公開日:
カテゴリ: 第7回
1. 原子力発電所におけるリスク情報活用
1. 原子力発電所におけるリスク情報活用前提とした科学的・合理的な活動とするためには、 原子力開発の黎明期においては技術的知見が少な 安全のレベルを「丸く」評価できる手法が必要で、 く、保守的な決定論的手法に基づき安全設計等に関それが確率論的安全評価 (PSA : Probabilistic し工学的に判断していた。しかしながら現在では、Safety Assessment)の手法である。PSA の手法を用 運転経験やシビアアクシデント研究成果等が蓄積さ いることで、安全裕度の凸凹が把握可能であり、安 れ、より科学的・合理性の高い非決定論的手法(リ 全裕度が過度に大きいところに掛けるリソースを安 スク情報)の活用が可能となってきている。全裕度の小さいところにシフトさせることで、トー 1 決定論的手法とは、原子力発電所の設計の妥当性 タルの安全性を維持・向上させつつ、リソースの適 評価の手法として、代表的な設計基準事象を想定し、 正配分が可能となる。 その事象の影響を緩和する設備(止める、冷やす、 我が国では、段階的安全規制として原子炉設置許 閉じ込める)に単一故障を仮定し、保守的な判断基 可の判断が、運転段階にまで引き継がれており、前 準を満足することを確認する手法である。安全性を 述の決定論的手法が後段規制においても継承されて 確認する手法としては十分であるが、やや語弊があ いる。元来、原子炉安全の判断基準である「災害の るものの守るべき安全に対して、大鉈をふるって安防止上支障がないものであること」は PSA 等から評 全対策を採るようなイメージの手法となっている 価し得るリスクを制限することと解釈できる。であ (Fig.1)。したがって、守るべき安全に対する厚み(安 るならば、単一故障の仮定に代表される決定論的手 全裕度)が領域によって大きく異なる場合がある。 法は、基本設計段階におけるリスク制限の一手法と
非決定論的手法においては、 必要に応じて安全絡度を向 上させることが可能。Fig.1 安全確保における決定論と確率論 このような安全裕度の凸凹は、安全設計だけでな 、運転管理や保全活動にも存在し、原子力安全をく、前提とした科学的・合理的な活動とするためには、 安全のレベルを「丸く」評価できる手法が必要で、 それが確率論的安全評価 (PSA : Probabilistic Safety Assessment)の手法である。PSA の手法を用 いることで、安全裕度の凸凹が把握可能であり、安 全裕度が過度に大きいところに掛けるリソースを安 全裕度の小さいところにシフトさせることで、トー タルの安全性を維持・向上させつつ、リソースの適 正配分が可能となる。我が国では、段階的安全規制として原子炉設置許 可の判断が、運転段階にまで引き継がれており、前 述の決定論的手法が後段規制においても継承されて いる。元来、原子炉安全の判断基準である「災害の 防止上支障がないものであること」は PSA 等から評 価し得るリスクを制限することと解釈できる。であ るならば、単一故障の仮定に代表される決定論的手 法は、基本設計段階におけるリスク制限の一手法と 考えることができ、具体的な設計が確定し、手順書 等の運転に係る情報が得られた段階では、PSA の実 施が可能であり、科学的・合理的な観点から PSA を 活用し、リスクをコントロールする活動に資するの が適切である。 科学的・ コントロ “リス 2. リスク情報 * 原子力発電所における“リスク情報”とは、PSA から得られる原子力施設のリスクの程度についての 定量的な情報や系統・機器等のリスクへの寄与に関 する情報といった様々な情報の総称である。すなわ ち、起因事象から安全機能、プラント応答、炉心損 傷頻度(CDF: Core Damage Frequency)等に至るま - 465での検討の過程・結果から得られる情報が“リスク 情報”である。リスク情報には、狭義では、CDF や格納容器機能 喪失頻度(CFF: Containment Failure Frequency) の絶対値、事故シーケンスの寄与割合、リスク増加 価値 (RAW: Risk Achievement Worth) や Fussel Vesely 指標 (F-V 指標)などのリスク重要度が挙げ られる。広義では、例えば起因事象発生頻度を評価 するうえでの運転経験、冗長性・多様性・機能的依 存性などの安全設備の設計情報、運転手順やヒュー マンファクターなどの情報といった、およそ原子力 発電所の活動に係わる広範な情報がリスク情報には 含まれている。リスク情報の活用では、これらの情 報を活用対象毎に適宜組み合わせて使うことになる。 以下、CDF を利用した場合の活用指標を説明する。(1) 絶対値の活用」CDF は年平均のリスクを表わすものであり、原子 力発電所の定常的な状態を把握することに向いてい る。具体的には、当該原子力発電所の設計やそれに 基づく運転・保守の全体的な活動が適切であるか否 か、ある特定の運転状態のリスクはどの程度である か、といった情報が得られる。供用期間中検査 (ISI: In Service Inspection) の検査部位や頻度の変更を 検討する際には、この CDF の絶対値が変更前後でど のように変わるかを確認する手法がとられ、米国で は多くのプラントで適用実績がある。また、米国で は運転中保全実施時には、リスクが若干高い状態に なる場合があるが、リスクレベルに応じた管理を実 施している。(2) リスクプロファイルの活用 - CDF は、多くの事故シーケンスの頻度の総和であ り、これらの事故シーケンスを起因事象毎に束ね、 あるいは、事故の終状態毎(止める機能の喪失、冷 やす機能の喪失、閉じ込める機能の喪失など)に束 ねることで、リスクプロファイルを得ることができ、 脆弱性の検討が可能となる。アクシデントマネージ メントの検討では、このリスクプロファイルを参考 とし、具体的な対策を抽出している(Fig.2)。運転 中保全実施時には、通常状態と異なるリスクプロフ ァイルとなる可能性があり、例えば、非常用 DG の運 転中保全実施時には、電源の信頼性を確保する管理 的手段を講じる、あるいは、台風等の外部電源が脆 弱になりがちな時期には非常用 DG の運転中保全を 実施しないといった活用が可能となる。|約9割低減DASFig.2 アクシデントマネージメント策の効果(BWR5 の炉心損傷頻度低減の例)(3)積分値の活用原子力発電所の運転の状態、もしくは設備の状態 が変わると、リスクの絶対値が変化するが、その絶 対値の観点からは問題ないとしても累積のリスクの 観点から検討を要する場合がある。運転中保全実施 時には、(1) で記述したように絶対値を確認すると共 に、累積値を管理する必要が生じる。Fig.3 に積分 値の概念図を示す。「CDF ベース」、「CDF 条件付」はそれ ぞれは通常状態の CDF、設備状態が変わった場合の CDF であり、その一時的な待機除外時間でのリスク 増分の積分値が ICCDP(Incremental Conditional Core Damage Probability、運転中保全で使う ICDP: Incremental Conditional Core Damage Probability も同様の概念の指標)となっている。なお Fig.3 では、 便宜上、許容待機除外時間(AOT: Allowed Outage Time)の例を示している。具体的には、どの程度の 時間までその状態を許容するかということであり、 現在の保安規定にも、AOT の制限として、要求され る措置の完了時間が規定されている。CDF[/炉年]ICCDP (=A CDF × AOT/8760)CDF件付A CDFCDトベースAOT[H] 8760[h](=1年) Fig.3 リスクの変化と積分値(4) リスク重要度の活用原子力発電所の個々の設備等が CDF にどのように 寄与しているかという観点からの指標がリスク重要 度であり、代表的なものに RAW と F-V 指標がある。 RAW は当該設備が使用できない場合にどの程度 CDF が増加するかの割合を示す指標、F-V 指標は、当該 設備の故障が CDF にどの程度寄与しているかの割合 を示す指標である。運転中保全実施時に直接的にこ1901/04/10れらの指標を使うことは少ないと考えられるが、保 全としては、保全重要度の設定や保全活動管理指標 の設定・監視に活用している。保全重要度は、保全 方式や頻度を定める上でのベースとなるものであり、 現在は、安全重要度のクラス 1,2 の設備やリスク重 要度が高い設備は、保全重要度を高く設定する運用 が採られている(Fig.4)。 保全重要度の設定フロー(例)重要度分類指針に基づく安全重要度 クラス1,2(PS-1.2/MS-1,2) | クラス3(PS-3/MS-3)こちらにリスク重要度| に基く判断は入って、 いないFV及びRAW」に基づくリスク重要度 リスク重要度「高」リスク重要度「低」 (FV20.005またはRAW22) (FV<0.005かつRAW<2)リスク重要度RAW「ろ」機能喪失によりブラントに与える影響 保安規定上必要、作茶会安全に登場等) 影響「大」 |「低」0.005機器故障時の重要な系統機能への影響機器の保全重要度「高」機器の保全重要度「低」 <予防保全対象とする><事後保全対象とできる> Fig.4 リスク重要度に基づく保全重要度の設定例3. リスク情報活用案国内外において、以下に示すようなリスク情報活 用が検討されている。 (1)保全プログラムにおける活用 - 米国では、従来から安全系、非安全系の区分をし、 主として安全系に対して多くのリソースをかける仕 組みが構築されていた。2004 年になって、連邦規則 (10CFR50.69) が追加され、これらの区分にリスク重 要度を加味し、Risk Informed Safety Class(RISC) と呼ばれる4つの区分に設備を分類し、それぞれの 区分ごとに管理項目を割り当てる仕組みが導入された。- これと類似の活動として、我が国の原子力安全委 員会の「発電用軽水型原子炉施設の安全機能の重要 度分類に関する審査指針」が平成 21 年3月に改訂さ れ、運転段階においてリスク重要度を考慮して設備 の管理手法等を柔軟に検討できるようになった (Table 1)。この考え方を適用すると、冗長性が高 い場合などには、クラス 1,2 の設備であっても、合 理的な保全や運転管理の方策を採ることが可能であ る。ただし、保全の見直しにあたっては原子炉安全 のみではなく多角的な観点から総合的に判断する必 要がある。Table1 重要度分類審査指針追記文(抜粋) 例えば、運転管理段階において、各構築物、系| 統及び機器に係る保全・運転管理の具体的な対 策や要件等を決める際には、本指針に示された 安全機能の重要度を維持しつつ、運転経験や確 率論的安全評価(PSA)の結果などのリスク情報 を活用することが適切である。(2)発電に関するリスク情報の活用 - 保全は、原子炉安全の確保を前提に、安定な運転 を目的に実施するものであり、通常使用される CDF 等のリスク情報だけではなく、発電の観点からの指 標の使用が期待される。具体的には、原子炉安全の 観点では、炉心損傷に至る故障の組み合わせを PSA モデルとして構築しているが、発電の観点から、例 えば、原子炉スクラムに至る故障の組み合わせ、発 電機出力が低下する故障の組み合わせ、原子炉の手 動停止に至る故障の組み合わせ、等を考慮した、発 電リスクモデル(GRA: Generation Risk Assessment) を構築する (Fig.5)。このモデルから算出される発電 重要度を保全重要度の設定等に活用することで、発 電リスクの観点からの保全リソースの重点化が可能 になる。なお、発電リスクは、原子炉安全と独立に 存在するものではなく、原子炉に擾乱を与える起因 事象の発生頻度に相当し、発電リスクを抑制するこ とは、原子炉安全に寄与するものでもある。「発電損失頻度]100%プラント出力低下頻度部分出力低下頻度|プラント自動停止頻度|プラント手動停止頻度出力低下操作頻度給復水系故障光電機系故障計裝用空气系故障Fig.5 発電リスクモデルの例(3)保全実施時期柔軟化に向けた活用我が国においては、保全作業は主として原子炉停 止中に実施してきている。これは、原則として原子 炉停止中に定期検査が実施されるという制度に依存 するところが大きかった。2008 年に導入された新検 査制度では、「適切な機器を、適切な時期に、適切な 方法で」保全活動を実施できる仕組みとなったこと で、従来、限定的に実施してきた運転中保全の範囲 を拡大する環境が整備された。具体的な運転中保全 の実施方法や規制の掛け方については、原子力安 全・保安院の原子炉安全小委員会運転管理 WG(以下、 運転管理 WG)にて議論がなされてきている。同 WG では、従来はその実施が制限されていた保安規定の 運転制限 (LCO: Limiting Condition for Operation) に係る設備につき、その運転中保全の実施と設置許 可申請書の安全解析との関連を整理し、また、運転 中保全実施時のリスク増加(積分値)も確認した上 で、単一系統の運転中保全の実施を検討している。運転中保全は、リスク情報の活用によりその範囲 を順次拡大していくことが可能である (FiG.6)。 - 第一段階:有意なリスク増分とならないことが確認されている単一系統の範囲1901/04/111900/01/03第二段階:リスク情報を活用した AOT の延長による対象範囲拡大 第二段階:リスク情報を活用した AOT の延長による対象範囲拡大 第三段階:リスク評価を積極的に活用する形で複数系統の運転中保全実請の枠組み成立 単一系談の程途中保全AOT産で 運転中保王が 制限される系枠組み成立 AOT延長に関する一経験を蓄積し 運転中保全を本格化実席の枠組み成立 米国並?題狐中保全運転中保全を きっかけに、 リスク情報活用を推進保全の改 (CMy入等)リスク基準の検討 | リスク管理等の検討 リスクモニタの整EPRIによる技術支福RLCO系統運転中保全対象範囲の拡大と本格化LCO系統(AOT延長により実可能なもの)LCO系統(現行AOTで実施可能なもの、単一系統に限定)非LCO系統る。に備えるよう、 Fig.6 運転中保全実施範囲の拡大のイメージ (4)供用期間中検査への活用 - 米国における先駆け的なリスク情報の活用として、 リスク情報を活用した供用期間中検査(RI-ISI)の 導入が挙げられる。1990 年代の早い時期から、米国 機械学会(ASME)において検討が進められ、米国の大 多数のプラントで採用されている。RI-ISI の手法に はいくつかのバリエーションがあるが、概念として は、検査対象部位のリスク上の重要度の高いものは 検査内容・頻度を充実し、低いものは軽減を図ると いうもので、安全とコストの両立が可能な技術であ る。また、検査頻度を見直すことで、従事者の被ば くの低減にも結びつく技術である。Fig.7 に我が国での検討結果を示す。従来の検査 部位をリスク重要度のひとつである F-V 指標と類似 の RRW (Risk Reduction Worth、リスク低減価値)の 大小で分類し、RRW の小さな部位は検査を緩和する と、リスク(ここでは CDF) の絶対値が若干増加す る。この A CDF が有意なものでなければ、このよう な検査内容・頻度の変更はリスクの観点からは正当 化される。A CDF が有意であるならば、RRW が大きな 検査部位の検査を強化することで△ CDF を小さくできる。CDF*一部検査の緩和によりCDFは増加 ・CDF増加分が許容できるかどうか評価 が必要 ※ACDFの許容基準が必要現状言A CDFCDF増加分が許容できない場合RRW1899/12/31 0:07:12SNACDF検索語化にRRW 100REWE 1005検索語化に よるCDF現状 検査 纏繞検査 緩和検査 緩和REW K1005従来ISIRRW基準に基づく検査緩和 Fig.7 RI-ISI の検討例ACDF基準に基づく。検査強化セッょ ストく」よく 4. リスク情報活用における課題 - リスク情報活用は、前述の通り、原子炉安全の観 点から科学的・合理的な活動に結びつくものであり、 原子炉安全に対する意識を高めるものであることか ら、それ自体、推奨されるべきものであるが、活用 の仕方によっては、これらの意義が生かされなくな る場合もあり、適切な検討が必要である。保全方式を変更する場合には、その決定プロセス を具体的に検討し、デメリットが少なく、メリット を最大限に引き出せる仕組みを事前に検討し、よく 見通しを得ることが肝要である。安全系機器の運転中保全の導入にあたっては、安 全性が低下しないよう、規制要件を含む適切なルー ルを確立し、また、運転中保全実施中の不測の事態 に備えるよう、事前に作業計画を準備する必要があ る。 - リスク情報活用に共通で必要となる基盤整備にお いては、PSA の品質を確保するため、その構成要素 である、「PSA の範囲」、「モデル及びデータ等の妥当 性」、「解析結果に対する分析・評価の妥当性」を充 実させる必要があり、既に故障率データに国内の故 障率を使用できる状況になっているなど、継続的改 善がなされているが、現時点では外部事象の PSA 手 法など整備途上のものもあり、学協会規格等を活用 した対応が必要である。なお、リスク情報は、品質 向上の途上であっても、その範囲において有用なも のであり、その活用を進めることが適切である。5.まとめ 原子力発電所におけるリスク情報を活用した保全 について、国内外で検討されている活用案を紹介し た。早期導入に向けた課題解決とともに、リスク情 報活用に向け、原子炉安全担当者と保全担当者が協 力して、具体的な検討を実施していくことが必要で ある。以上- 468 -“ “?リスク情報活用と保全“ “宮田 浩一,Koichi MIYATA
著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)