音響診断によるグリス潤滑式軸受の適切な保守管理

公開日:
カテゴリ: 第7回
1.緒言
グリス潤滑式の軸受に異音が発生していた場合、機 器の故障を防ぐためにまず対処を試みるのがグリス の補給である。しかしグリスを補給しても異音が消え ずに軸受の温度を不用意に上昇させてしまった、とい う事象が時々発生する。軸受温度が上昇すると、潤滑 材の劣化が早まる。温度が軸受製造時の熱処理温度を 超えた場合は部材の硬度が変化し、軸受の寿命に影響 が出る可能性もある。また、異常に温度が上昇した場 合は焼きつきを起こすこともある等、不用意な軸受温 度の上昇は好ましくない。我々は昨年、回転機器の診断に人間の可聴周波数範 囲である 20~20kHz に対応した加速度ピックアップ で軸受の振動値を採取し、音響解析ソフトで音として 再現して解析を行う音響診断法を試みた。その結果、 様々な軸受音の特徴を掴むことができた[1]。今回は、 同様の方法で軸受にグリスを注入する時の音を採取連絡先:神保吉秀、〒437-1695 静岡県御前崎市佐倉 5561 中部電力(株)浜岡原子力発電所内 保修センター第1棟 株式会社中部プラントサービス浜岡総括事業所 技術部 技術グループ 電話:0537-85-4347、e-mail: y-jinpo@chubuplant.co.jpし、解析を試みた。解析は、時間の経過と共に音の周 波数と音圧レベルがどの様に変化するのかを表す時 間周波数解析ソフトで行った。その結果、この方法で 軸受の音圧レベルを監視することで、前記の事象を回 避できることが解った。更に、軸受の磨耗具合の把握 への応用を検討した。 2. 音響診断活用法2.1 不用意な軸受温度上昇の防止グリスの補給によって軸受の温度が上昇する現象 は、グリスには冷却作用がないために起きることが知 られている[2]。グリスの量が増えた分だけ冷却状態 が悪くなるのである。そのため、軸受には適切なグリ スの封入量が示されている。軸受から異音が発生して おり、原因は潤滑不足であろうと判断し、グリスの補 給を行うと軸受の温度は上昇する。この時、適切な量 の補給であれば軸受温度は正常な範囲の上昇で終息 する。しかし、補給を行った後に再度異音が発生し、 補給量が足りないのであろうと判断し、更にグリスの 補給を行う場合がある。この場合、異音の発生原因が 潤滑不足によるものであったならばグリスの補給は 好結果となるが、他に原因があった場合は、効果は無 く、不用意に軸受の温度を上昇させてしまう結果とな る。図1にその状況を示す。
、こそ図11で軸受けから異音がしているため、まずグリ スの補給をする。図12で異音が消える。消えた音の 中には、潤滑不足によるものとそうでないものがある。 潤滑不足に関係のない音は一時的に消えるか音量が 小さくなるが、やがてまた図16で異音となって聞こ えてくる。この音が潤滑不足によるものであれば図1 4のグリスの補給は適切であるが、そうでない場合は ムダな作業となる。軸受の温度を余計に上昇させ、事 態を悪化させてしまう。これを数回繰り返したところ (図1の1)で、どうもグリスの補給は効果がなさそう だと判断が下され、しばらく様子を見ることとなり運 転を続ける。この時点で温度は数回余計に上昇してい る。不用意な温度上昇のため、グリスと軸受の寿命を 縮めてしまっている。 - この事象を防止するためには、図13の時点で再度 発生した音が潤滑不足によるものかそうでないかを 判断できれば良い。軸受が確実に潤滑不足であると分 かっている状態の軸受の音と比較ができればその判 断は可能となる。そこで、電動機の軸受の定期的なグ リス補給作業の時に軸受の音がどの様に現れている かを調べることにした。 この補給作業は、時間の経過 に伴ってグリスが劣化し潤滑不足が起きるため、定期 的にグリスを定量補給するものである。補給直前は軸 受が潤滑不足の状態でありキュルキュルという音色 の異音がしている。キュルキュルという音は、軸受の 取り扱い説明書等によれば、潤滑不足の音であると言 われている[3]。グリスを補給すると異音が消え、正 常な音になる。 * 電動機のグリスの補給作業時に、昨年と同様に加速 度ピックアップで音響データーを採取し、時間周波数 解析を行った。図2に解析結果を示す。解析の結果、 次のことが解った。(1) 補給をすると共に音圧レベルが下がる周波数帯(a)があり、音色はキュルキュルと聞こえる。 (2) 周波数帯(a)の音圧レベルの低下が止まると、キュルキュルという音は消える。 (3) 補給をすると共に音圧レベルが上がる周波数帯」(b)がある。音色はグワーンと聞こえている。 (4) 周波数帯(b)の音圧レベルの上昇は、補給開始後、 12時間遅れで生じることがある。この結果を基に、図1の3で再発した音が潤滑不足 によるものかそうでないかを判断することができる。 方法は、再発した音を全体の音の中からソフト上の周 波数フィルタで抽出して周波数を読み取り、音色を耳 で確認し、以下のように判断する。(5) 再発した異音が周波数帯(a)に含まれており、音色がキュルキュルという音であったならば、グリスの不足が原因である。 (6) 音色が他の音色であるか、周波数帯(a)から外れていた場合は、他に原因がある。以上のように判断を行い、異音の発生原因が(5)で あれば再度グリスの補給を行う。(6)であれば、その まま様子を見るか、運転を中止し点検を行う。このように音響診断を活用することで、軸受の温度 を不用意に上昇させてしまうことを避けることができる。ているため1グリス潤滑式軸受から異音がしているためグリス補給潤滑不良に関係ない |音も一時的に消える2異音消える・温度上昇3また異音が発生潤滑不良に関係ない 音が再発4グリス補給5異音消える・温度上昇Gまた異音が発生また異首が発生2回も余計に温度を 上昇させてしまう2グリス補給音消える・温度上昇5異音消える・温度上昇また異音が発生一グリス補給の効果は 無いと判断図1 グリス補給作業の状況- 496 -2.2 軸受磨耗度合いの把握 - 2.1のグリスを補給した時の結果では、グリスを 補給すると低い周波数帯の音圧レベルが上がる現象 が見られた。この現象は何を意味するのか、検討を行 った。その結果、軸受の磨耗に関係していると推測さ れ、定期的なグリス補給作業時に音圧レベルを観察す ることで、軸受の磨耗度合いが把握できるのではない か、という考えに至った。検討の内容を以下に記す。(1) 磨耗と音圧レベル上昇の関係図2のグリスの補給と共に音圧レベルが上昇した 周波数帯(b)の音圧レベルを詳細に調べると、図3に 示すように、軸受磨耗の兆候となる固有振動数での音 圧レベルに上昇が見られた。軸受の劣化により、軸受 すき間が増大するとガタつきにより軸受ケーシング が加振され、その固有振動数(通常数百 Hz)が顕著 に現れる[4]。図4に、電動機胴体の固有振動数の測 定結果を示す。固有振動数は、電動機の運転停止中にハンマリングによって測定した。この固有振動数に合 一致した周波数の音が図3に顕著に現れている。図5に 示す他の同型の電動機と比較すると音圧レベルが大 きい。この結果から、図2~4の電動機は、軸受すき 間が増大しているものと思われる。また、図3の3468の音圧レベルは、グリスの注 入と共に上昇している。図5には上昇が見られない。 この結果から、軸受けにグリスを注入した時に、機器 胴体の固有振動数の音圧レベルに上昇が見られるも のは、軸受が磨耗しているものと考えられる。(2) 磨耗の度合いと音圧レベル上昇の関係軸受が回転する際、転動体が内輪や外輪に衝突する か保持器との間で摺動することによって振動が発生 する。振動の周波数は、主として外輪の固有振動数で ある[4]。従って、軸受から発する主な音は、転動体 が外輪に衝突する際に発する衝撃音であり、その周波 数は外輪の固有振動数であると考えられる。そこで、 軸受の内部にグリスが入っている時と入っていない 時に衝撃音がどのように現れるのか次の実験により 調べた。電動機の軸受を分解し部材に分け、外輪と転 動体を衝突させて、外輪の固有振動を加速度ピックア ップで採取し、音響解析ソフトで音に変換し周波数と 音圧レベルを観察した。その様子を図6に示す。転動 体を、図6中の落下開始地点に手で置いて離し、転が してレールの先端から落下させ、外輪の側面に衝突さ せた。 外輪と転動体は、衝突時の減衰振動波形が乱れ て測定結果にばらつきが生じないように実験を繰り返し、図6のように配置した。データーは、外輪にグ リスを塗っていない時と、グリスを 0.1mm と 0.2mm 厚に塗った時の3パターンをそれぞれ5回ずつ採取 した。固有振動値は、8次まで計測できた。パターン 毎に各次数の音圧ピーク値を平均し図7にまとめた。 その結果、次のことが解った。1) 4次の固有振動値の音圧レベルが、外輪にグリスを塗っていない時よりも、グリスを塗ってあ る時のほうが高かった。 4次の固有振動値の音圧レベルが、グリスの塗 膜厚さが 0.1mm の時よりも 0.2mm のほうが、 高かった。この現象を軸受の内部に当てはめて考えてみる。転 動体と転走面の間にはラジアル隙間が設けられてい るため、軸受が回転している時は転動体が転走面を衝 撃している状態にあり、僅かながら衝撃音が発生して いる。ラジアル隙間にグリスが入り込むと、1)のよう に、ある次数の音圧レベルが上昇する。グリスを補給 した時、転動体と転走面の間が広いほどグリスは多く 入り込み、グリスの厚みが増すことになる。軸受が磨 耗しラジアル隙間が広くなり、グリスの補給時にグリ スの厚みが増すほど、2) のように、ある次数の音圧 レベルが上昇すると考えることができる。これらのことから、グリス補給時に軸受の音圧レベ ルを観察し、各部材の固有値など特定の周波数帯での 音圧レベルの変動具合により、以下のような判断がで きるものと考える。1) 音圧レベルが上昇するものは、磨耗がある。ほとんど上昇しないものは、磨耗はない。 2) 音圧レベルの上昇値が前回の補給作業時と同じものは、磨耗は進んでいない。 3) 前回の補給作業時よりも音圧レベルが上昇するものは、磨耗が進んでいる。2.3 その他の音響現象の変化 * 軸受けにグリスを注入する際に軸受から発する 音圧レベルを観察していると、今回観察された現 象以外にも以下の音響現象が見られた。1) 変動していた音圧レベルの周期が変化する、あるいは一定になる。一定であった音圧レベルが変動しだす。 - 3) 周波数変化を伴って音圧レベルが下がる周波数帯がある。4974) 突発的な音圧レベルの変動がある。これらの現象がなぜ起きるのか解明することに こって、更に詳細に軸受の健康状態を把握できるこれらの現象がなぜ起きるのか解明すること よって、更に詳細に軸受の健康状態を把握でき 可能性がある。 3.結言 - 軸受にグリス軸受にグリスを補給したほうが良いか否か。軸受 に磨耗はあるか否か。このような判断は軸受の音を聞 き、人間の聴感によって行ってきた。聴感による判断 は個人差の大きい技量であるが、今回試みた音響診断 法を活用することで個人差のない判断が可能となる と考える。一方、今回の軸受けの磨耗を見分ける方法は、 大まかな磨耗度合いの把握に留まる。磨耗が許容 値内にあるかどうかまでは、実際に軸受を取り出 し計測してみなければ解からない。また、統計を 取るには長い時間が掛かる。あらかじめ磨耗量を 把握した模擬軸受けを利用した実験により診断の 精度も向上させる必要がある。また、今回観察されたその他の音響現象につい ても今後の解明が期待される。今回、音響解析には時間周波数解析法を使用し た。この手法は軸受から発する振動音の挙動を把 握するのに有効な手法である。今後の設備診断に 多用されて行く手法ではないかと考える。更に、 現場でリアルタイムに観察ができるとより便利で あり、携帯型測定器の開発が期待される。神保吉秀 他, 「回転機器への音響診断適用につい て」,日本保全学会 第6回学術講演会論文集 のり、万円王側に付用光小付 CALO参考文献 [1] 神保吉秀 他, 「回転機器への音響診断適用について」,日本保全学会 第6回学術講演会論文集 (2009) [2] 潤滑べからず集、日本プラントメンテナンス協会、pp.27(2007). [3] 転がり軸受入門ハンドブック、NTN株式会社、pp.56(2007). [4] 日本鉄鋼協会, 「設備診断技術ハンドブック」,pp.82-83(1986)- 498,グリス注入グリス注入開始終了電動機仕樣 55kw 三相誘導電動機18750音圧[dBPa]17000開始終了電動機仕樣 55kw 三相誘導電動機18750音圧[dBPa]170001500013000グリス注入により音圧レベルが下がる。 音色はキュルキュルと聞こえ、グリスを補給 (a) するとシャーという正常音になる。11000周波数[Hz]700050003000グリス注入により音圧レベルが上がる。音1000色はグワーンと聞こえており、グリスを補~5 UB1013 151820給すると音が大きくなる。30dBPa 50dBPa時間[s]グリス注入により音圧レベルが上がる。音色はグワーンと聞こえており、グリスを補 (9) 給すると音が大きくなる。1.1..30dBPa 50dBPa時間 [s]図2 軸受音圧レベルの変化(0~20kHz)グリス注入グリス注入開始終了音圧(dBPa]140周波数[Hz]21aaaaa810 13151820時間[s]図3 軸受音圧レベルの変化(1kHz 以下)図4電動機胴体の固有振動数モーター固有振動[Pa]-00000:00:0000一1000周波数(Hz]- 499 -グリス注入開始グリス注入終了電動機仕樣図2.と同型の1000音圧(dBPa]55kw 三相誘導電動機900周波数(Hz]3032時間[6]図5 健全な軸受の音圧レベル変化(1kHz 以下)軸受部材仕様新動停落下開始地点300kW 三相誘導電動機の深溝玉軸受受勤体外輪外径160mm転動体外形 22mm 質量 45g軸受外輪転動体衝突地点加速度 ピックアップ作業台ダンボール (t5.0mm)鉄板SS400(01.60m)ブロックSS400(160mm木製床寸法単位:mm図6軸受外輪と転動体衝突実験の配置図平均値504540.00 35.001次)2次3次4次音圧レベルdBPa25.00 20.005次 6次15次10500.20.1 グリス厚さmm図7 衝突実験結果電動機仕樣図2. と同型の音圧(dBPa]55kw 三相誘導電動機mm500“ “?音響診断によるグリス潤滑式軸受の適切な保守管理“ “神保 吉秀,Yoshihide JIMBO,岸田 光博,Mitsuhiro KISHIDA,黒柳 克巳,Katsumi KUROYANAGI,堀田 治,Osamu HOTTA,肥田 茂,Shigeru HIDA
著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)