非線形渦電流法を用いた材料劣化評価

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カテゴリ: 第7回
1. 緒言
応力腐食割れ(SCC)やクリープ損傷は,原子力及 び火力発電設備における代表的な損傷であるが,その 発生の完全な予測と制御は難しい.従って,割れの発 生に至る前の材料劣化を検知し,損傷発生を未然に回 避するための研究をあわせて行うことが重要である.一方,磁気特性は材料の微視的組織に対して敏感で あることは良く知られている.特に,材料劣化による 組織変化により,磁性が発現する,あるいは磁気特性 が変化する場合には,磁気的な手法により劣化診断が 可能である. 著者らは,これまでに磁気特性の非線形 性に着目した電磁非破壊評価として,非線形渦電流法 を提案し,様々な材料の材質評価や劣化診断に適用し てきた.本稿においては,非線形渦電流法を用いた材料劣化 診断の例として, ニッケル基超合金の一種である 600 合金の鋭敏化評価[1]と改良9Cr-1Mo鋼のクリープ損傷 評価[2]について,その評価原理とともに紹介する.
2. 非線形渦電流法の概要
非線形渦電流法は,電磁非破壊評価方法の一種であ り,測定対象物の磁気特性を間接的に測定することが 可能である.装置の概略を図1に示す.この手法では, 試験体近傍に交流電流を流した励磁コイルを配置し, 励磁コイルにより発生した磁場で試験体が磁化され,連絡先:内一哲哉, 〒980-8577 仙台市青葉区片平2-1-1, 東北大学流体科学研究所,電話:022-217-5262, e-mail:uchimoto@ifs.tohoku.ac.jpその磁化過程が相互誘導作用により検出コイルの電圧 として検出される. 信号発生器で作った正弦波をバイ ポーラ電源により増幅し,励磁コイルに交流電流を流 す.検出コイルの電圧は AD ボードを介して PC に取 り込む. - 非線形渦電流法では,入力電圧波形と出力電圧波形 を互いに直交させ,合成することで得られるリサージ ュ波形を測定することで,様々な磁気パラメータが測 定可能である.図 2(a) に示すリサージュ波形は B-H ル ープアナライザより得られる磁化曲線に対応し,磁化 曲線の残留磁化,保磁力,ループ面積に対応して,リ サージュ波形の残留磁化相当,保磁力相当,ループ面 積等のパラメータが得られる.検出電圧のスペクトル より基本波と第三高調波の比である第三高調波比,基 本波と第五高調波の比である第五高調波比などの高調 波成分が測定パラメータとなる.ProbePickup signalD%3D10mm 100 tums| PCExciting signaln000HIGH SPEED BI POL AR AMPLIFIER(HS A4011)MULTIFUNCTION SYNTHESIZER(WAVE FACTORY WF 1943B)Fig. 1 Experimental setup for non-linear eddy cu method.setup for non-linear eddy current1901/05/31Pickup Voltage|V]Cr concentration (at.%]Exciting Voltage [V](1) Lissajou waveformFig.3 Results of Numerical analysis of distribution of Cr concentrations (650°C).
3.1 鋭敏化と磁気特性 600合金の供試材に1100°Cで1時間の溶体化処理を施し た後,異なる条件の鋭敏化試料を作製するための熱時 効処理を施した.試験温度は,650,700,750°Cの3条 件とした.鋭敏化度を推定するために,熱力学モデル および拡散モデル[5]に基づき,粒界におけるCr濃度分布の数値計算を行った. 図3 は熱時効処理温度650°Cで Frequency [kHz]作製した鋭敏化試料について,Cr濃度分布を数値計算 (2) Spectrum of pickup voltage for excitation at した結果である. 熱時効処理の初期にはCr欠乏層の幅 the frequency of 1 kHzが狭く, 濃度勾配が急であるが,その後幅は増加する.さらに熱時効が進展すると,粒内からのCr再拡散によ Fig. 2 Signals of non-linear eddy current method.ってCr欠乏が回復する.これらの数値解析の結果は, TEM観察結果と定量的に一致することを確認した.熱時効処理温度650°Cで作製した鋭敏化試料の磁化曲線 3.600 合金試料の鋭敏化評価を,図4に示す.測定は1kHzで行った. 熱時効処理の進 ・Ni基合金は,優れた機械的強度・耐熱性・耐食性を展に伴い,残留磁化が増加するとともに保磁力は減少 有していることから,原子力プラントなどの高温環境 し,試験時間が100時間を経過すると,残留磁化は次第 下で用いられる機器の重要な材料である. Ni基合金にに減少するという変化の過程が確認された. 生じる鋭敏化は応力腐食割れの一因であるため[3], 鋭 敏化を非破壊的に評価する手法を確立することが求め091M[mt] られている.~650C-100h650-100 ・Ni基合金の一種である 600 合金は固溶化処理後には650°C-150h 常磁性であるが,鋭敏化の進行に従いその磁性が変化650C-250h することが知られている[4]. 著者らは,非線形渦電流 法を適用し,鋭敏化の非破壊評価を試みた. このためHA/m に, 鋭敏化処理を施した 600 合金の磁気特性と Cr 欠乏 との関係を議論し,それに基づいて非線形渦電流法を 適用することで鋭敏化非破壊評価の有効性を検討した. 以下にその概要を記す. 生じる鋭敏化は応力腐食割れの一因であるため[3],鋭 敏化を非破壊的に評価する手法を確立することが求め ることが知られている[4]. 著者らは,非線形渦電流 を適用し,鋭敏化の非破壊評価を試みた. このため , 鋭敏化処理を施した 600 合金の磁気特性と Cr 欠乏 の関係を議論し,それに基づいて非線形渦電流法を 用することで鋭敏化非破壊評価の有効性を検討した.
Fig.4 Change of magnetization curves (650°C). - 518 -図4に示した磁化曲線と, 図3に示した数値計算によっ て得られた粒界近傍のCr濃度分布を対応させることに より,鋭敏化と磁気特性との関係を調べる.ここで600 合金が強磁性を示すCr濃度14wt.% 以下の領域をCr欠 乏領域と定義し,Cr欠乏幅をCr欠乏領域の粒界からの 距離と定義する。図5はCr欠乏量と残留磁化MFの関係を 示しており,図6はCr欠乏幅と保磁力Hcとの関係を示す. ここでCr欠乏量とは、Cr濃度が母材濃度以下の領域を, Cr欠乏幅について積分したものである.図5より,Cr 欠乏量が増加するに従い残留磁化が増加するという相 関関係が得られ,また図6より,Cr欠乏幅が増加するに 従い保磁力が減少するという相関関係が得られた.Cr 欠乏幅が狭いほど外部磁場を加えた際の磁気モーメン トの回転が妨げられるため保磁力は大きくなり、Cr欠 乏量の増加に伴い残留磁化が増加する. また試験時間 が100時間を経過すると, 粒内からのCr再拡散によって Cr欠乏が回復するため,残留磁化は減少すると考えら れる.以上の結果より,Cr欠乏量が残留磁化に対応し, Cr欠乏幅が保磁力に対応することが確認された. 3.2 非線形渦電流法による鋭敏化非破壊評価 の検討 - 前節で示された600合金の鋭敏化試験片のCr欠乏層 の特徴量と磁気特性との間に確認された相関関係を評 価原理として,非線形渦電流法による鋭敏化非破壊評 価の可能性を検討した. 用いたプローブは、 直径0.1mm の銅線を平面に100回巻いた直径30mmのコイルを,下 側を励磁コイル,上側を検出コイルとして上下に重ね て作製した. 周波数を1kHz,印加電圧を4Vとして測定 を行った.図5より残留磁化とCr欠乏量には相関性があ ることが確認された. 一般に高調波成分は磁化曲線のMr (mT)The 3rd higher harmonic wave ratio [dB]
Fig.6 Correlation between the width of Cr depletion and coercitivity Hc.残留磁化に対応することから,高調波成分によってCr 欠乏量を推定することを検討する.図7は,数値計算に より求めたCr欠乏量と測定された第三高調波比との関 係を表すものであるが,Cr欠乏量の増加に伴い第三高 ・調波比も増加することから,よい相関性を示している ことがわかる.今回行った測定においては,第五高調 波比以上の高位の高調波成分よりも,第三高調波比が 良い相関性を示した. * 同様に,図6より保磁力とCr欠乏幅には相関性が確認 された. ループ面積に対し残留磁化と保磁力の積 MixHcが比例関係を持つことから,ループ面積を残留 磁化に対応する第三高調波比で除したループ面積/第 三高調波比というパラメータによってCr欠乏幅を推定 することを検討する.図8は、Cr欠乏幅とループ面積/ 第三高調波比との関係を表すものであるが,Cr欠乏幅 の増加に伴いループ面積/第三高調波比が減少すると いう相関関係が示された.The 3rd higher harmonic wave ratio [dB]■650°C 0 700C A 750C
20 Amount of Cr depletion zone (arb. unit Fig. 7 Correlation between amount of Cr depletion zone and the 3rd higher harmonic ratio.519
Width of Cr depletion zone [nm] Fig.8 Correlation between the width of Cr depletion zone and loop area / the 3rd higher harmonic ratio.
Fig.8 Correlation between the width of Cr depletion zone and loop area / the 3rd higher harmonic ratio.以上のことから,非線形渦電流法を適用することによ り,第三高調波比およびループ面積等のパラメータに よって,鋭敏化による粒界の Cr 欠乏量および Cr 欠乏 幅を推定することが可能であると考えられる.4. 改良 9Cr-1Mo 鋼のクリープ損傷評価- 改良 9Cr-1Mo 鋼は高温強度や耐酸化性に優れており, さらに熱膨張係数が小さいことから,火力発電プラン トのボイラチューブや高温配管等に利用されている. しかし,同鋼を高温で長時間使用すると溶接部の熱影 響部細粒域からき裂が発生する,いわゆる Type-IV 損 傷が発生する事例が火力発電プラントで報告されてお り [6],この抑止技術と検査手法の確立が重要課題とな っている.その第一段階として著者らは, 改良 9Cr-1Mo 鋼母材のクリープ損傷に伴う組織変化を電磁非破壊評 価法である非線形渦電流法を用いて評価することを試 みた.このために,交流磁気特性と析出物変化及び転 位構造変化との関係について議論した. 以下にその概 要を示す.4.1 クリープ損傷に伴う組織変化と磁気特性 * 供試材は改良 9Cr-1Mo 鋼であり,同鋼に対してクリ ープ試験を行った.さらに,500,550,600,650°Cの 各試験温度に対して試験時間をそれぞれ 600, 1400, 4000, 7520 時間とした熱時効試験片,試験温度 500, 550,600,650°Cでの引張試験片を作製した. 熱時効試 験片を用いて析出物変化の交流磁気特性に対する影響, 引張試験片を用いることで転位密度が交流磁気特性に.isothermal aging difference from no treated Creep -difference from no-treated及ぼす影響を評価することができると考えられる. B-H ループアナライザにより各試験体の交流磁化曲線 を測定した.試験片の形状は,直径 3mm, 長さ 30mm の円柱状である. 測定は印加磁場 19 Oe で行った.50 kHz における熱時効試験片の残留磁化と Larson-Miller Parameter(LMP)との関係を図9に示す.図9にクリー プ試験片に対する結果も合わせて示す.尚, LMP の定 義は LMP = T(20+log )と定義する.ここで,Tは絶 対温度, t は試験時間である.図9から熱時効の残留磁 化は LMP とともに増加することがわかる. 熱時効試験 一片の SEM 観察から LMP が大きくなるにつれ M23C6 炭化物が粗大化することが確認されており,残留磁化 の増加の要因と考えられる.クリープ試験片の残留磁 化は熱時効試験片とは異なり,大きく低下するものが みられた.熱時効と異なるクリープ損傷に伴う相変化 として, (1) MX 窒炭化物の減少, (2) Z相の析出が報告
Creep test specimensRemanence, mT
Half peak width, degFig.11 Relationship between remanence and integral peak width for creep test specimens at the frequency of5kHz.されている[7].また, Z相の生成には MX 窒炭化物を 必要とすることから, (1)及び(2)のいずれかまたは双方 が残留磁化低下の要因である可能性がある.また,5 kHz における引張試験片の残留磁化とX線回折プロフ ァイルから算出されるピークの積分幅 Bとの関係を図 10 に示す.積分幅 B は Williamson-Hall plot により,転 位密度の平方及び粒径の逆数の一次和で表されており, これを用いて定量的に転位密度を評価できる[8]. 本研 究においては,この積分幅 B を用いることで転位密度 の相対値を評価した. 図 10 から,引張試験片の残留磁 化は積分幅 Bの減少すなわち,転位構造の回復に対し て引張試験片の残留磁化が低下していることがわかる. 図 11 にクリープ試験片の残留磁化と積分幅 B の関係 を示す. 図 11 から図 10 の場合と同様に,積分幅Bの 減少すなわち転位構造の回復に対して残留磁化が低下 していることがわかる.以上から,析出物の変化に対 しては 50 kHz での残留磁化,転位構造の変化は 5 kHz での 残留磁化を測定することで評価することが可能 であると考えられる. 4.2 非線形渦電流法によるクリープ損傷の評価B-H ループアナライザを用いたクリープ試験片・熱 時効試験片・引張試験片の磁気特性評価により得られ た知見を基に,電磁非破壊手法のひとつである非線形 渦電流法について,クリープ損傷による組織変化の評 価可能性を検討した.測定には外径 2 mm, 内径 1 mm, 高さ2mm, 巻数 200 ターンの励磁コイルと外径2 mm, 内径1mm,高さ4mm,巻数 400 ターンの検出コイル を同軸上に配置したフェライトコア付き上置プローブIsothermal aging test specimens Creep test specimensSpecimenspecimensEquivalent of Remanence. V17000
Fig.12 Relationship between remanence equivalent and LMP at the frequency of 50 kHz.
Creep test specimensCreep test specimensnensRemanence equivalent, V
Integral peak width, degFig. 13 Relationship between remanence equivalent and integral peak width at the frequency of 5 kHz.し,試験周波数を 5 kHz, 50 kHz とした.また, 号,検出信号から得られるリサージュ波形におを使用し,試験周波数を 5 kHz, 50 kHz とした.また, 励磁信号,検出信号から得られるリサージュ波形にお いて,磁気ヒステリシス曲線の残留磁化に相当する電 圧値を残留磁化相当と定義する. 図 12 に 50 kHz にお ける熱時効試験片及びクリープ試験片の残留磁化相当 と LMP の関係,図 13 に 5 kHz における残留磁化相当 と転位密度の関係をそれぞれ示す.図 12 から 50 kHz における測定で,熱時効試験片の残留磁化相当は交流 磁気特性評価による残留磁化の場合と同様の相関を示 した.また,図 13 から 5 kHzにおける測定においても, クリープ試験片の残留磁化相当は図 11 の場合と同様 の相関を示した.以上から,非線形渦電流法において も 50 kHz程度の高周波域において析出物の変化, 5 kHz 程度の低周波域においては転位密度の変化の評価可能 性を示した.
5.結言1. 本稿においては,非線形渦電流法を用いた材料劣化 診断の例として, ニッケル基超合金の一種である 600 合金の鋭敏化評価と改良 9Cr-1Mo 鋼のクリープ損傷評 価について紹介した.これらの応用例においては,材 料劣化に伴う組織変化により,磁気特性が変化するこ とが確認された.この磁気特性の変化に着目し,600 合金の鋭敏化に伴う Cr 欠乏層の特徴量や,改良 9Cr-1Mo 鋼のクリープ損傷に伴う転位構造と析出物の 評価の可能性が示された.参考文献 [1] 及川諒太,内一哲哉,高木敏行,電磁非破壊評価法を用いた Ni 基合金の鋭敏化評価, 日本機械学会論文集(A編),第 75巻 (2009), pp.1777-1783. [2] 上野聡一, 内一哲哉, 高木敏行, 高橋由紀夫,電磁非破壊評価を用いた高クロム鋼のクリープ損傷に 伴う組織変化の評価,日本非破壊検査協会 平成20 年度秋季大会予稿集,pp.251-252.[3] J.J.Kai, C.H.Tsai, T.A.Huang, and M.N.Liu, The Effectsof Heat Treatment on the Sensitization and SCC Behavior of Inconel 600 Alloy, MetallurgicalTransactions A, Vol.20A, June, (1989), pp.1077-1088 [4] R.G.Aspden, G.Economy, F.W.Pement, and I.L.Wilson,Relationship Between Magnetic Properties, Sensitization, and Corrosion of Incoloy Alooy 800 and Inconel Alloy 600, Metallurgical Transactions, Vol.3,Oct., (1972), pp.2691-2697 [5] G.S. Was, and R.M.Kruger, A Thermodynamic andKinetic Basis for Understanding Chromium Depletion in Ni-Cr-Fe Alloys, Acta metal., Vol.33, No.5, (1985),pp.841-854 [6] J. A. Francis et al., Type IV cracking in ferritic powerplant steels, Materials Science and Technology, Vol. 22,pp.1387-1395 (2006). [7] 鈴木健太 他, 改良 9Cr-1Mo 鋼のクリープ変形に伴う Z 相の析出と析出物変化,鉄と鋼, Vol 89,pp.691-698 (2003) [8] J.Pesicka et al, The evolution of dislocation densityduring heat treatment and creep of tempered martensite ferritic steel, Acta Materialia 51 (2003) 4847-4862“ “?非線形渦電流法を用いた材料劣化評価“ “内一 哲哉,Tetsuya UCHIMOTO,高木 敏行,Toshiyuki TAKAGI
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