クリープに伴う9Crフェライト系耐熱鋼の組織自由エネルギー変化
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カテゴリ: 第7回
1. 緒言
高Crフェライト系耐熱鋼は発電プラントにおける 構造部材として広く利用され、原子力プラントへの 適用もされつつある。しかし近年、Fig.1に示すよう に、これらの鋼の長時間側におけるクリープ強度が 短時間側からの外挿値に比べて極端に低下すること が問題となっている[1]。この現象の原因として、長 時間クリープ試験中のミクロ組織変化、すなわち短 時間強度に有効に働いていた析出物の凝集・粗大化、 マルテンサイト組織の回復、Z相の析出、あるいは 粒界近傍の不均一回復が挙げられている。このような組織変化は、複数の相がお互いに影響しあった総 合的な結果として現れる。したがって高Crフェライ ト系耐熱鋼の強度向上と長時間クリープ強度の維持 を考える上で、組織全体の変化をいかに定量的に予 測するかが重要である。 1. 本研究では、長時間経過後の組織状態を予測する ことを目的として、組織をエネルギー値として定量 的に評価する組織自由エネルギー[2-3]の考え方を用 いて、組織情報の定量化とその時間変化を明らかに することを試みた。 独度の ること て、長 わち短 且大化、 るいは
的に予Creep rupture time, 1/ h 測するFig. 1 Time to rupture curves of high Cr ferritic steel at 923K.[1] て定量 ことを目的として、組織をエネルギー値として定量 的に評価する組織自由エネルギー[2-3]の考え方を用 - 2.2 組織自由エネルギー評価 いて、組織情報の定量化とその時間変化を明らかに 鋼1molあたりの組織自由エネルギーGは「化学的 することを試みた。自由エネルギー(Go)」、「界面エネルギー(Ever)」および「弾性歪エネルギー(Es)」の総和として次 2. 実験方法式によって与えられる。 2.1 供試鋼」Gsys = Go + Esuf + Estr 本研究で用いた鋼材は、Gr.91鋼およびGr.92鋼であ る。組織自由エネルギーの評価には、これらの鋼の - 材料の組織変化はこのGが低下する方向に変化
2.2 組織自由エネルギー評価 * 鋼1molあたりの組織自由エネルギーGは「化学的 自由エネルギー(Go)」、「界面エネルギー (Esung)」 および「弾性歪エネルギー(Es))」の総和として次 式によって与えられる。材料の組織変化はこのGが低下する方向に変化 するというのが組織自由エネルギーの考え方であり 実際にニッケル基超合金の組織変化や鋼中のLaves 相の形態変化はこの考え方でよく説明できることが 知られている[2-4]。Table.1 Chemical compositions of steels examined (mass%). Steels
では析出物に起因する界面エネルギーのみを評価した。化学的自由エネルギーを算出する際に評価した Steels Temperature/K Stress/MPa Gr.92各析出物の析出量の時間変化と、Gr.92鋼とGr.91鋼 923
での析出物粒径の時間変化についての報告を基に Gr.91 923 90,110[8-10]、粒子を等方球体状であると仮定して各析出物 898 90.115の界面積の時間変化を見積もり、以下の式で界面エ 2.3 化学的自由エネルギー評価法ネルギーを算出した。 - 化学的自由エネルギーは以下の式により求められEsurf = A.ys ・ Vm る。 * Go = cher . Myte + Gha Myここで、Aは単位体積中に存在する全界面積、s 12 + Ghao . My so + Ghaves - M fivesは界面エネルギー密度、Vmは組織1molの体積である。本研究では組織のモル体積として a -Feの値で ここで、Goはi相の自由エネルギー、Moはi相のモル ある7.089×100m2/molを用いた。なお、M23C6炭化 分率であり、今回、対象相として母相であるフェラ 物、MX炭窒化物、Laves相ともに界面エネルギー イト相、MX型炭窒化物、M23C炭化物およびLaves 密度の値として0.85J/m2を用いた[11]。 相を考慮した。これらの相のエネルギー値は、 Thermo-Calcのデータベースを用いて副格子モデル 2.5 弾性歪エネルギー評価法 に基づいて計算した[5]。この際、各析出相の組成が本研究では、マルテンサイト変態に伴って鋼に蓄 必要となる。クリープ中における組成変化が少ない えられる弾性歪エネルギーを鋼中に存在する転位の MX型炭窒化物およびLaves相は、平衡相組成を用い 歪エネルギーを見積もることで評価した。これは、 てその析出量を見積もった。それに対して、M29C6 Gr.91 鋼および Gr.92 鋼ともに炭素量が少なく 炭化物は調質時において多量に析出し、その組成変 (~0.1mass%)、そのマルテンサイト相は双晶を含まず 化も大きいことが報告されている [6]。そのため - 転位のみを含むラスマルテンサイトであることによ M23C6炭化物の組成変化を実験的に求めた。まず、 抽出残渣分析結果から得られるCr量の変化を基に、 X線回折データをModified Williamson-Hallおよび Johnson-Mehl-Avrami式を用いて以下の式によりそModified Warren-Averbach式に基づいて解析するこ の組成変化を見積もった。とで転位密度の導出を行った[6]。転位はその周りの弾性場の存在によって、弾性歪エネルギーを蓄え Crimas = Cras + Cort - exp(-kost.““) (3)る[12]。そこで、得られた転位密度から、マルテン ここで、CrimassはCr量の質量分率、Crasは調質時の質 サイト相に蓄積されている弾性歪エネルギーを以下 量分率、Carokorincrはそれぞれ定数である。Crの抽出 の式から見積もった。 残渣量を(3)式で回帰することで定数korinc.がそれぞれ
12 (5) 定まる。これらの値をM23C炭化物中のその他の元素の 変化に適用することで、M23C炭化物中の組成変化を ここで は剛性率である。山の値として a Feの値 求めた。母相であるマルテンサイトの化学組成につ を用い、8.0 × 100N/m2 と した[13]。Bはバーガースベ いては各相の析出量および組成を基に、析出してい クトルの大きさであり、6の値としてa Feの値である る元素量を差し引くことで求めた。2.48 × 100mを用いた[13]。また、Rは転位の相互作用間距離であり、プロファイル解析から求められる 2.4 界面エネルギー評価法が、ここではR=10^6一定とした。 roは転位芯の大き 高Crフェライト系耐熱鋼で考慮すべき界面エネル さであり、一般的に用いられる To=56を採用した ギーは、炭窒化物などの析出物に起因する界面エネ [12]。 ルギーおよびマルテンサイトラス、ブロック、パケ ットならびに旧オーステナイト粒界の階層構造に起3. 結果と考察 , 因する界面エネルギーである。しかし後者は、これ 3.1 弾性歪エネルギー までの我々の研究により通常0.2J/mol程度であり [7]、 X線プロファイル解析法によって得られた転位密 前者(~10J/mol)に比べ非常に小さい。そこで、本研究度りの値から求めた923Kにおける弾性歪エネルギる。
ーの変化をFig.2に示す。調質材において、Gr.92鋼は Gr.91鋼に比べおよそ2倍の弾性歪エネルギーを有す ることがわかる。いずれの条件においても、弾性歪 エネルギーはクリープ時間の経過に伴い単調に減少 し、その低下の割合は応力が大きくなるほど大きい ことがわかる。弾性歪エネルギーの減少過程を回帰 するために、以下の緩和式を導入した。 Estr = Cser exp(-) + Es
T strここで、Chronは定数、tは時間、Esrは平衡値であ る。「str は緩和時間であり、エネルギーが平衡状態へ 向かう際の目安となる値である。Fig.2の曲線はこの 式によって回帰したものであり、弾性歪エネルギー の変化をうまくフィッテングできている。この回帰 式から得られた緩和時間と負荷応力の関係をFig.3 に示す。弾性歪エネルギー変化の緩和時間は顕著な 応力の依存性を示しており、両鋼ともに応力の増加 に従い急激に緩和時間が小さくなることがわかる。 これらの結果は、応力が大きいほど組織変化が速い という従来の報告と対応するものと考えられる。ま たGr.91鋼に比べGr.92鋼の緩和時間は大きく、弾性 歪エネルギーの減少が遅い。これは、転位の回復に は原子拡散が必要であり、Gr.92鋼には拡散速度の遅 いWが含まれているためと考えられる[141。 12.5 - FCTGr.92: Grip ? Gauge Gr.91:0 Grip O GaugeElastic strain energy, Estr/J-moll
150 Stress, o / MPa Fig.3 Dependence of relaxation time on stress at 923K.3.2 化学的自由エネルギー - 抽出残渣分析から見積もった各析出相量の変化例 として、Gr.92鋼のクリープ試験片で得られた結果を Fig.4に示す。MXの析出量は調質材においてほぼ平 衡に達していた。それに対して、M25C6およびLaves 相はクリープ時間とともにその析出量は増加し、そ の析出速度はグリップ部に比べゲージ部のほうがや や速いことがわかる。Fig.4中に示す実線は、グリッ プ部における析出量変化をJohnson-Mehl-Avrami式 を用いて回帰した結果である。
ここで、Vは体積率、Virmanは平衡体積率、tは時間、 kおよびnは定数である。 g 0.030 -- |open:Grip 0.025
Time, 1/h Fig.4 Change in precipitate fraction in Gr.92 with time at 923K.このように得た析出量変化を基に、923Kにおける 化学的自由エネルギーを計算した結果をFig.5に示 す。Gr.91鋼およびGr.92鋼ともに、クリープ時間に 伴い、化学的自由エネルギーは減少した。さらに、 グリップ部とゲージ部を比較すると、応力の負荷さ れたゲージ部のほうがその減少速度が速いことがわ かる。またGr.92鋼の結果から、およそ数千時間経過 後にある値に漸近していくことがわかる。これは M23CG炭化物およびLaves相の析出が飽和に達するた めである。また、各図の右端にある軸上の点は Thermo-Calcによって計算した平衡状態における値 である。漸近値とこの平衡値との差は長時間側で新 たに析出するZ相によるものである。そのため、よ り長時間側でZ相の析出が開始すれば、化学的自由 エネルギーはFig.4で示した漸近値から再び減少す るものと考えられる。弾性歪エネルギーの緩和式を参考にして、化学的 自由エネルギーについても、緩和時間を導入して、 以下の式により減少過程にあるデータ点を回帰した。
ここでCおよびnは定数、GSはZ相以外の相が析出 した時の化学的自由エネルギー値である。これらの 緩和式では時間の項がn乗されており、弾性歪エネル ギーの場合とは異なる。これは化学的自由エネルギ ーが析出量に依存するエネルギーであるため、析出 量変化を表す(7)式のJohnson-Mehl-Avrami式中の時 間のn乗の項に由来する。Fig.5の曲線は、データを この緩和式で回帰したものであり、エネルギーの減 少過程をうまく表現できている。化学的自由エネル ギーの緩和時間は、Gr.91鋼に比べGr.92鋼のほうが 小さく、エネルギー変化が速い。このことは、Gr.92 鋼はGr.91鋼に比べMo+W量を始めとして合金元素 をやや多く含むため、析出相に対する過飽和度が大 きく、その結果析出に対する駆動量が大きくなった ためであると考えられる。 11 -31600 -----tram
Chemical free energy G, J moll
A TOOMPa gauge -O-GripChemical free energy G. J mol““
n k As 10% 10% 10% Thermv-CalcTime, 1/ h Fig.5 Change in chemical free energy with time at 923K.(a):Gr.91 (b):Gr.92.3.3 界面エネルギー - 化学的自由エネルギーを算出する際に見積もった 各析出物量の時間変化と文献値から得た粒径の変化 を基に、析出物に起因する界面エネルギーを算出し た。 Fig.6に923Kの結果を示す。各図の右端の点は Thermo-Calcに基づいた平衡値である。Fig.6(b)に示 すように、Gr.92鋼では界面エネルギーの低下が極め て少なく、およそ1000時間あたりまでは調質材に比 ベ高くなる傾向がある。これは、Gr.92鋼ではM25C6炭化物およびLaves相の析出が進み界面が増えるこ と、およびそれらの析出相があまり粗大化しないこ とにより、界面エネルギーが増加し全体のエネルギ ーに影響しているためである。これに対してFig.6(a) に示すように、Gr.91鋼では各界面エネルギーも全界 面エネルギーも時間とともに単調に減少している。 全界面エネルギーの減少はほぼM25C炭化物量の減 少に等しく、M25C6の粗大化の効果が大きいといえ る。界面エネルギーに関しては、両鋼ともにグリッ プ部とゲージ部の違いはほとんど見られなかった。界面エネルギーについても、緩和時間の考え方を 導入して、以下の式により減少過程にあるデータ点 を回帰した。 Esury = Csurg exp - -
+ EsurfsurfここでCournは定数、E.ur は熱力学計算と文献値 から得られる最終平衡状態での界面エネルギー値で ある。14-
Time,t/h Fig.6 Change in interfacial energy with time at 923K.(a):Gr.91 (b):Gr.92.. 以上のように、923Kにおける各エネルギーの変化 を、緩和時間を導入することで定式化することがで きた。これらの緩和式は、897Kにおけるエネルギー 変化に対しても同様に適用することができた。弾性 歪エネルギーと化学的自由エネルギーにおいては、 緩和時間が応力の増加に伴い大きくなる。これは応 力が大きいほど組織回復が速くなるという従来の報 告と一致していると言える。
3.4 組織自由エネルギー - 化学的自由エネルギー、界面エネルギーおよび 弾性歪エネルギーの総和である組織自由エネルギ ーの変化をFig.7に示す。Gr.91鋼およびGr.92鋼と もに組織自由エネルギーは時間とともに単調に減 少している。このエネルギー変化は材料の劣化を 示している。また、組織自由エネルギーの時間変 化は、上述の各エネルギーの回帰式を用いて、以 下の式で表わされる。co-cont (6) - Grount (5)
stri この式により、長時間経過後の組織の持つエネル ギー値を予測することが可能である。また、組織自 由エネルギーに対する応力および温度の効果は、弾 性歪エネルギー、化学的自由エネルギーおよび界面 エネルギーの各緩和時間が温度および応力の関数(a,T) であることにより反映されている。 11 -39620 -- 。 .39630E (a)
Fig.7 Change in system free energy with time at 923K.(a):Gr.91 (b):Gr.92. 以上のように、組織自由エネルギー評価を行うこ とで、組織状態の総合的かつ定量的な評価を行うこ とができた。4. 結言 高Crフェライト系耐熱鋼であるGr.91およびGr.92 鋼のクリープ中断材および破断材を用いて、その組 「織自由エネルギー変化を実験的に調べた。その結果 以下のことが明らかになった。 (i)化学的自由エネルギーの変化はGr.91鋼に比べてGr.92鋼の方が速く、これはGr.91鋼に比べてGr.92 鋼の方が析出に対する過飽和度が高いことによ ると考えられる。 ()弾性歪エネルギーの低下はGr.91鋼に比べてGr.92鋼の方が遅く、Gr.92鋼では比較的長時間側 までマルテンサイト中の転位が保持されていることがわかった。 (iii)Gr.91鋼の界面エネルギーは単調に減少し、緩和時間によりその変化が表された。Gr.92鋼では、 クリープ中に析出に伴い界面エネルギーの増加が認められ、その低下がごくわずかとなった。 (iv)緩和時間を導入することで、クリープ進行に伴 う組織自由エネルギーを定式化できた。これによ り、長時間側におけるミクロ組織変化を予測でき る可能性が示唆された。謝辞 本研究の一部は日本学術振興会科学研究費補助金 によって行われたものであり、ここに謝意を表する。参考文献 [1] 橋詰良吉, 三木一宏, 東司, 石黒徹, 村田純教,森永正彦:鉄と鋼, 88(2002), 793-800. [2] T. Miyazaki and T. Koyama: Mater. Sci. and Eng. A,A136(1991), 151-159. [3] 小山敏幸, 宮崎亨 : 日本金属学会誌, 53(1989),651-657. [4] Y. Tsukada, Y. Murata, T. Koyama, and M. Morinaga:Material Transactions, 49(2008), 484-488. [5] N. Saunders and A. P. Miodownik: CALPHAD,Pergamon, (1998). [6] T. Kunieda, M. NAKAI, Y. Murata, T. Koyama andM. Morinaga: ISIS. Int, 45(2005), 1909-1914. [7] J. Hald and L. Korcakova: ISIS. Int, 43(2003) 420-427. [8] J. Hald: Pressure Vessels and Piping, 85(2008), 30-37. [9] 鈴木健太:博士論文(東京工業大学、2002). [10] V. Thomas Paul, S. Saroja, M. Vijayalakshmi: J. NuclMater., 378 (2008) 273-281. [11] R. A. Swalin: Thermodynamics of solids, (1965), 247. [12] 加藤雅治:入門転位論, 裳華房, (1999), 36. [13] 金属データブック,日本金属学会編, 丸善, (1984),1 [14] K. Takeda, K. Yamashita, Y. Murata, T.Koyama andM.Morinaga: Material. Transactions, 49(2008), 479-483.“ “?クリープに伴う9Crフェライト系耐熱鋼の組織自由エネルギー変化“ “杉山 雄一,Yuichi SUGIYAMA,齋藤 良裕,Yoshihiro SAITO,村田 純教,Yoshinori MURATA,長谷川 泰士,Yasushi HASEGAWA
高Crフェライト系耐熱鋼は発電プラントにおける 構造部材として広く利用され、原子力プラントへの 適用もされつつある。しかし近年、Fig.1に示すよう に、これらの鋼の長時間側におけるクリープ強度が 短時間側からの外挿値に比べて極端に低下すること が問題となっている[1]。この現象の原因として、長 時間クリープ試験中のミクロ組織変化、すなわち短 時間強度に有効に働いていた析出物の凝集・粗大化、 マルテンサイト組織の回復、Z相の析出、あるいは 粒界近傍の不均一回復が挙げられている。このような組織変化は、複数の相がお互いに影響しあった総 合的な結果として現れる。したがって高Crフェライ ト系耐熱鋼の強度向上と長時間クリープ強度の維持 を考える上で、組織全体の変化をいかに定量的に予 測するかが重要である。 1. 本研究では、長時間経過後の組織状態を予測する ことを目的として、組織をエネルギー値として定量 的に評価する組織自由エネルギー[2-3]の考え方を用 いて、組織情報の定量化とその時間変化を明らかに することを試みた。 独度の ること て、長 わち短 且大化、 るいは
的に予Creep rupture time, 1/ h 測するFig. 1 Time to rupture curves of high Cr ferritic steel at 923K.[1] て定量 ことを目的として、組織をエネルギー値として定量 的に評価する組織自由エネルギー[2-3]の考え方を用 - 2.2 組織自由エネルギー評価 いて、組織情報の定量化とその時間変化を明らかに 鋼1molあたりの組織自由エネルギーGは「化学的 することを試みた。自由エネルギー(Go)」、「界面エネルギー(Ever)」および「弾性歪エネルギー(Es)」の総和として次 2. 実験方法式によって与えられる。 2.1 供試鋼」Gsys = Go + Esuf + Estr 本研究で用いた鋼材は、Gr.91鋼およびGr.92鋼であ る。組織自由エネルギーの評価には、これらの鋼の - 材料の組織変化はこのGが低下する方向に変化
2.2 組織自由エネルギー評価 * 鋼1molあたりの組織自由エネルギーGは「化学的 自由エネルギー(Go)」、「界面エネルギー (Esung)」 および「弾性歪エネルギー(Es))」の総和として次 式によって与えられる。材料の組織変化はこのGが低下する方向に変化 するというのが組織自由エネルギーの考え方であり 実際にニッケル基超合金の組織変化や鋼中のLaves 相の形態変化はこの考え方でよく説明できることが 知られている[2-4]。Table.1 Chemical compositions of steels examined (mass%). Steels
では析出物に起因する界面エネルギーのみを評価した。化学的自由エネルギーを算出する際に評価した Steels Temperature/K Stress/MPa Gr.92各析出物の析出量の時間変化と、Gr.92鋼とGr.91鋼 923
での析出物粒径の時間変化についての報告を基に Gr.91 923 90,110[8-10]、粒子を等方球体状であると仮定して各析出物 898 90.115の界面積の時間変化を見積もり、以下の式で界面エ 2.3 化学的自由エネルギー評価法ネルギーを算出した。 - 化学的自由エネルギーは以下の式により求められEsurf = A.ys ・ Vm る。 * Go = cher . Myte + Gha Myここで、Aは単位体積中に存在する全界面積、s 12 + Ghao . My so + Ghaves - M fivesは界面エネルギー密度、Vmは組織1molの体積である。本研究では組織のモル体積として a -Feの値で ここで、Goはi相の自由エネルギー、Moはi相のモル ある7.089×100m2/molを用いた。なお、M23C6炭化 分率であり、今回、対象相として母相であるフェラ 物、MX炭窒化物、Laves相ともに界面エネルギー イト相、MX型炭窒化物、M23C炭化物およびLaves 密度の値として0.85J/m2を用いた[11]。 相を考慮した。これらの相のエネルギー値は、 Thermo-Calcのデータベースを用いて副格子モデル 2.5 弾性歪エネルギー評価法 に基づいて計算した[5]。この際、各析出相の組成が本研究では、マルテンサイト変態に伴って鋼に蓄 必要となる。クリープ中における組成変化が少ない えられる弾性歪エネルギーを鋼中に存在する転位の MX型炭窒化物およびLaves相は、平衡相組成を用い 歪エネルギーを見積もることで評価した。これは、 てその析出量を見積もった。それに対して、M29C6 Gr.91 鋼および Gr.92 鋼ともに炭素量が少なく 炭化物は調質時において多量に析出し、その組成変 (~0.1mass%)、そのマルテンサイト相は双晶を含まず 化も大きいことが報告されている [6]。そのため - 転位のみを含むラスマルテンサイトであることによ M23C6炭化物の組成変化を実験的に求めた。まず、 抽出残渣分析結果から得られるCr量の変化を基に、 X線回折データをModified Williamson-Hallおよび Johnson-Mehl-Avrami式を用いて以下の式によりそModified Warren-Averbach式に基づいて解析するこ の組成変化を見積もった。とで転位密度の導出を行った[6]。転位はその周りの弾性場の存在によって、弾性歪エネルギーを蓄え Crimas = Cras + Cort - exp(-kost.““) (3)る[12]。そこで、得られた転位密度から、マルテン ここで、CrimassはCr量の質量分率、Crasは調質時の質 サイト相に蓄積されている弾性歪エネルギーを以下 量分率、Carokorincrはそれぞれ定数である。Crの抽出 の式から見積もった。 残渣量を(3)式で回帰することで定数korinc.がそれぞれ
12 (5) 定まる。これらの値をM23C炭化物中のその他の元素の 変化に適用することで、M23C炭化物中の組成変化を ここで は剛性率である。山の値として a Feの値 求めた。母相であるマルテンサイトの化学組成につ を用い、8.0 × 100N/m2 と した[13]。Bはバーガースベ いては各相の析出量および組成を基に、析出してい クトルの大きさであり、6の値としてa Feの値である る元素量を差し引くことで求めた。2.48 × 100mを用いた[13]。また、Rは転位の相互作用間距離であり、プロファイル解析から求められる 2.4 界面エネルギー評価法が、ここではR=10^6一定とした。 roは転位芯の大き 高Crフェライト系耐熱鋼で考慮すべき界面エネル さであり、一般的に用いられる To=56を採用した ギーは、炭窒化物などの析出物に起因する界面エネ [12]。 ルギーおよびマルテンサイトラス、ブロック、パケ ットならびに旧オーステナイト粒界の階層構造に起3. 結果と考察 , 因する界面エネルギーである。しかし後者は、これ 3.1 弾性歪エネルギー までの我々の研究により通常0.2J/mol程度であり [7]、 X線プロファイル解析法によって得られた転位密 前者(~10J/mol)に比べ非常に小さい。そこで、本研究度りの値から求めた923Kにおける弾性歪エネルギる。
ーの変化をFig.2に示す。調質材において、Gr.92鋼は Gr.91鋼に比べおよそ2倍の弾性歪エネルギーを有す ることがわかる。いずれの条件においても、弾性歪 エネルギーはクリープ時間の経過に伴い単調に減少 し、その低下の割合は応力が大きくなるほど大きい ことがわかる。弾性歪エネルギーの減少過程を回帰 するために、以下の緩和式を導入した。 Estr = Cser exp(-) + Es
T strここで、Chronは定数、tは時間、Esrは平衡値であ る。「str は緩和時間であり、エネルギーが平衡状態へ 向かう際の目安となる値である。Fig.2の曲線はこの 式によって回帰したものであり、弾性歪エネルギー の変化をうまくフィッテングできている。この回帰 式から得られた緩和時間と負荷応力の関係をFig.3 に示す。弾性歪エネルギー変化の緩和時間は顕著な 応力の依存性を示しており、両鋼ともに応力の増加 に従い急激に緩和時間が小さくなることがわかる。 これらの結果は、応力が大きいほど組織変化が速い という従来の報告と対応するものと考えられる。ま たGr.91鋼に比べGr.92鋼の緩和時間は大きく、弾性 歪エネルギーの減少が遅い。これは、転位の回復に は原子拡散が必要であり、Gr.92鋼には拡散速度の遅 いWが含まれているためと考えられる[141。 12.5 - FCTGr.92: Grip ? Gauge Gr.91:0 Grip O GaugeElastic strain energy, Estr/J-moll
150 Stress, o / MPa Fig.3 Dependence of relaxation time on stress at 923K.3.2 化学的自由エネルギー - 抽出残渣分析から見積もった各析出相量の変化例 として、Gr.92鋼のクリープ試験片で得られた結果を Fig.4に示す。MXの析出量は調質材においてほぼ平 衡に達していた。それに対して、M25C6およびLaves 相はクリープ時間とともにその析出量は増加し、そ の析出速度はグリップ部に比べゲージ部のほうがや や速いことがわかる。Fig.4中に示す実線は、グリッ プ部における析出量変化をJohnson-Mehl-Avrami式 を用いて回帰した結果である。
ここで、Vは体積率、Virmanは平衡体積率、tは時間、 kおよびnは定数である。 g 0.030 -- |open:Grip 0.025
Time, 1/h Fig.4 Change in precipitate fraction in Gr.92 with time at 923K.このように得た析出量変化を基に、923Kにおける 化学的自由エネルギーを計算した結果をFig.5に示 す。Gr.91鋼およびGr.92鋼ともに、クリープ時間に 伴い、化学的自由エネルギーは減少した。さらに、 グリップ部とゲージ部を比較すると、応力の負荷さ れたゲージ部のほうがその減少速度が速いことがわ かる。またGr.92鋼の結果から、およそ数千時間経過 後にある値に漸近していくことがわかる。これは M23CG炭化物およびLaves相の析出が飽和に達するた めである。また、各図の右端にある軸上の点は Thermo-Calcによって計算した平衡状態における値 である。漸近値とこの平衡値との差は長時間側で新 たに析出するZ相によるものである。そのため、よ り長時間側でZ相の析出が開始すれば、化学的自由 エネルギーはFig.4で示した漸近値から再び減少す るものと考えられる。弾性歪エネルギーの緩和式を参考にして、化学的 自由エネルギーについても、緩和時間を導入して、 以下の式により減少過程にあるデータ点を回帰した。
ここでCおよびnは定数、GSはZ相以外の相が析出 した時の化学的自由エネルギー値である。これらの 緩和式では時間の項がn乗されており、弾性歪エネル ギーの場合とは異なる。これは化学的自由エネルギ ーが析出量に依存するエネルギーであるため、析出 量変化を表す(7)式のJohnson-Mehl-Avrami式中の時 間のn乗の項に由来する。Fig.5の曲線は、データを この緩和式で回帰したものであり、エネルギーの減 少過程をうまく表現できている。化学的自由エネル ギーの緩和時間は、Gr.91鋼に比べGr.92鋼のほうが 小さく、エネルギー変化が速い。このことは、Gr.92 鋼はGr.91鋼に比べMo+W量を始めとして合金元素 をやや多く含むため、析出相に対する過飽和度が大 きく、その結果析出に対する駆動量が大きくなった ためであると考えられる。 11 -31600 -----tram
Chemical free energy G, J moll
A TOOMPa gauge -O-GripChemical free energy G. J mol““
n k As 10% 10% 10% Thermv-CalcTime, 1/ h Fig.5 Change in chemical free energy with time at 923K.(a):Gr.91 (b):Gr.92.3.3 界面エネルギー - 化学的自由エネルギーを算出する際に見積もった 各析出物量の時間変化と文献値から得た粒径の変化 を基に、析出物に起因する界面エネルギーを算出し た。 Fig.6に923Kの結果を示す。各図の右端の点は Thermo-Calcに基づいた平衡値である。Fig.6(b)に示 すように、Gr.92鋼では界面エネルギーの低下が極め て少なく、およそ1000時間あたりまでは調質材に比 ベ高くなる傾向がある。これは、Gr.92鋼ではM25C6炭化物およびLaves相の析出が進み界面が増えるこ と、およびそれらの析出相があまり粗大化しないこ とにより、界面エネルギーが増加し全体のエネルギ ーに影響しているためである。これに対してFig.6(a) に示すように、Gr.91鋼では各界面エネルギーも全界 面エネルギーも時間とともに単調に減少している。 全界面エネルギーの減少はほぼM25C炭化物量の減 少に等しく、M25C6の粗大化の効果が大きいといえ る。界面エネルギーに関しては、両鋼ともにグリッ プ部とゲージ部の違いはほとんど見られなかった。界面エネルギーについても、緩和時間の考え方を 導入して、以下の式により減少過程にあるデータ点 を回帰した。 Esury = Csurg exp - -
+ EsurfsurfここでCournは定数、E.ur は熱力学計算と文献値 から得られる最終平衡状態での界面エネルギー値で ある。14-
Time,t/h Fig.6 Change in interfacial energy with time at 923K.(a):Gr.91 (b):Gr.92.. 以上のように、923Kにおける各エネルギーの変化 を、緩和時間を導入することで定式化することがで きた。これらの緩和式は、897Kにおけるエネルギー 変化に対しても同様に適用することができた。弾性 歪エネルギーと化学的自由エネルギーにおいては、 緩和時間が応力の増加に伴い大きくなる。これは応 力が大きいほど組織回復が速くなるという従来の報 告と一致していると言える。
3.4 組織自由エネルギー - 化学的自由エネルギー、界面エネルギーおよび 弾性歪エネルギーの総和である組織自由エネルギ ーの変化をFig.7に示す。Gr.91鋼およびGr.92鋼と もに組織自由エネルギーは時間とともに単調に減 少している。このエネルギー変化は材料の劣化を 示している。また、組織自由エネルギーの時間変 化は、上述の各エネルギーの回帰式を用いて、以 下の式で表わされる。co-cont (6) - Grount (5)
stri この式により、長時間経過後の組織の持つエネル ギー値を予測することが可能である。また、組織自 由エネルギーに対する応力および温度の効果は、弾 性歪エネルギー、化学的自由エネルギーおよび界面 エネルギーの各緩和時間が温度および応力の関数(a,T) であることにより反映されている。 11 -39620 -- 。 .39630E (a)
Fig.7 Change in system free energy with time at 923K.(a):Gr.91 (b):Gr.92. 以上のように、組織自由エネルギー評価を行うこ とで、組織状態の総合的かつ定量的な評価を行うこ とができた。4. 結言 高Crフェライト系耐熱鋼であるGr.91およびGr.92 鋼のクリープ中断材および破断材を用いて、その組 「織自由エネルギー変化を実験的に調べた。その結果 以下のことが明らかになった。 (i)化学的自由エネルギーの変化はGr.91鋼に比べてGr.92鋼の方が速く、これはGr.91鋼に比べてGr.92 鋼の方が析出に対する過飽和度が高いことによ ると考えられる。 ()弾性歪エネルギーの低下はGr.91鋼に比べてGr.92鋼の方が遅く、Gr.92鋼では比較的長時間側 までマルテンサイト中の転位が保持されていることがわかった。 (iii)Gr.91鋼の界面エネルギーは単調に減少し、緩和時間によりその変化が表された。Gr.92鋼では、 クリープ中に析出に伴い界面エネルギーの増加が認められ、その低下がごくわずかとなった。 (iv)緩和時間を導入することで、クリープ進行に伴 う組織自由エネルギーを定式化できた。これによ り、長時間側におけるミクロ組織変化を予測でき る可能性が示唆された。謝辞 本研究の一部は日本学術振興会科学研究費補助金 によって行われたものであり、ここに謝意を表する。参考文献 [1] 橋詰良吉, 三木一宏, 東司, 石黒徹, 村田純教,森永正彦:鉄と鋼, 88(2002), 793-800. [2] T. Miyazaki and T. Koyama: Mater. Sci. and Eng. A,A136(1991), 151-159. [3] 小山敏幸, 宮崎亨 : 日本金属学会誌, 53(1989),651-657. [4] Y. Tsukada, Y. Murata, T. Koyama, and M. Morinaga:Material Transactions, 49(2008), 484-488. [5] N. Saunders and A. P. Miodownik: CALPHAD,Pergamon, (1998). [6] T. Kunieda, M. NAKAI, Y. Murata, T. Koyama andM. Morinaga: ISIS. Int, 45(2005), 1909-1914. [7] J. Hald and L. Korcakova: ISIS. Int, 43(2003) 420-427. [8] J. Hald: Pressure Vessels and Piping, 85(2008), 30-37. [9] 鈴木健太:博士論文(東京工業大学、2002). [10] V. Thomas Paul, S. Saroja, M. Vijayalakshmi: J. NuclMater., 378 (2008) 273-281. [11] R. A. Swalin: Thermodynamics of solids, (1965), 247. [12] 加藤雅治:入門転位論, 裳華房, (1999), 36. [13] 金属データブック,日本金属学会編, 丸善, (1984),1 [14] K. Takeda, K. Yamashita, Y. Murata, T.Koyama andM.Morinaga: Material. Transactions, 49(2008), 479-483.“ “?クリープに伴う9Crフェライト系耐熱鋼の組織自由エネルギー変化“ “杉山 雄一,Yuichi SUGIYAMA,齋藤 良裕,Yoshihiro SAITO,村田 純教,Yoshinori MURATA,長谷川 泰士,Yasushi HASEGAWA