原子力発電所における是正計画の 基本的立案方法に関する考察

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カテゴリ: 第9回
1. 緒言
原子力発電所等の大規模プラントシステムを構成す る膨大な数の機器の一つひとつに経年劣化が発生・進展 し、それが一定の大きさになると、当該機器が機能喪失 して役割を果たさなくなり、プラント全体の安全機能や 生産機能に影響を与える。このような事態を避けるため、 通常は個々の機器の状態を把握するための検査を計画・ 実行し、その検査結果を評価するとともに、必要に応じ て是正措置(補修、取替等)を計画、実行する。このよ うな一連の保全活動を繰返し実行することにより、機器 の機能が維持され、その結果としてプラントの機能が維 持されることになる。これがいわゆる「保全サイクル」 である(Fig.1)。計画D保全サイクルPDCA| 実施なおFig.1 Maintenance Cycleプラントを構成する機器に対して検査を実施しよう とする場合、事前に具体的な計画を立案する必要がある。 この計画は対象機器に対してどのような検査方法を用い、 いつ実施するかを規定するものであり、「対象機器 (部位)」 「検査方法」および「検査時期」の3要素から成ると考 えられる。これら3要素を含む検査計画を立案するため の考え方や立案方法については、すでに文献[1]で検討さ れ、提案されている。それによると、検査計画の立案プ ロセスの概要は以下に示すとおりである。 (1) 具体的な検査計画を決めるには、まず検査を実施する 目的を明確にする必要がある。なぜならば、検査対象 機器のどこからどのような劣化を検出するのか等、そ の目的によって実施する検査の考え方や採用する方 法、実施時期などが異なってくると考えられるからである。
(2) 目的が明確になると、次にその目的を達成できる具体
的な検査方法や実施時期を選定することが可能とな る。この選定に当たっては一定の制約がある。それは 機器を安全に運転するには事前に想定される運転期 間において機器の健全性が維持できることを証明す る必要があるということである。機器を安全に運転す るには、検査技術で機器の劣化状態を把握した上でそ の結果を用いて劣化の発生・進展とそれに伴う機能の 低下を評価し、少なくとも次の検査時期まで当該機器 の健全性が確保できることを証明する必要がある。も し以下に示す検査技術と評価技術の性能が十分でな いなら、保守的評価をせざるを得なくなり、結果とし125て対象機器の健全性を証明できないことになる。 1 機器に発生する劣化の発生・進展を検出する「検査技術の性能(精度等)」および 2 劣化の発生・進展と機器の機能低下を評価する「評価技術の性能(精度)」 (3) 検査計画は、これらの特性を十分理解した上で、合理的な立案方針 (戦略) に則って決定される必要がある。 以上の内容をまとめて示した図が文献[1]にあるので、引 用してFig.2 に示す。本研究では、上記の「検査計画」に関する検討結果を 踏まえ、次の保全行為として行われる是正措置に着目し、 これまで部分的あるいは断片的にしか取り扱われず、そ の全体像が必ずしも明確でない「是正計画」を俯瞰的に 捉え、計画を立案するのに必要な事項を整理、分析する ことにより、是正計画の構造体系を明らかにする。538最適な検査計画の立案 (1) 対象機器(または部位) (2) 採用する検査方法 (3) 検査実施時期(頻度)検査計画の立案方針(戦略)いうこ必要条件 1検査の目的の達成、 2できるだけ低廉な費用。*検査によるブラント停止 に伴う生産損失を含む。 劣化評価技術の性能(予測精度)検査技術の性能 【精度、範囲等)機器の特性 (機能、材質、強度等)劣化モード等の特性 (SCC、振動等)Fig.2 Overview of Inspection Planning Process2. 是正計画立案の概要検査の結果を踏まえ、予防保全として当該機器に是正 措置を施そうとする場合、事前に具体的な計画を立案す る必要がある。この是正計画は、対象機器に対してどの ような是正方法を採用し、それをいつ実施するかを規定 するものである。すなわち、是正計画とは「対象機器(部 位)」「是正方法」および「実施時期」の3要素を決定す ることにほかならない。具体的な是正計画を立案するのに先立ち、まず是正措 置を実施する目的を明確にする必要がある。なぜならば、 対象機器のどこにどのような是正方法を適用するか等、 その目的によって実施する是正措置の考え方や採用する 方法、実施時期などが異なってくると考えられるからで ある。目的が明確になると、次にその目的を達成できる具体的な是正方法や実施時期を選定することが可能とな る。この選定に当たっては一定の制約がある。それは是 正措置の実施を決断する条件であり、下記の2ケースが 考えられる。 *ケース1:経年劣化が進行し、近いうちに機能回復のための是正措置を講じる必要があるケース *ケース2 :当面、機能喪失する懸念はないが、早期に是正措置を講じた方が経済性が向上すると評価されるケース 以下にこれらの各ケースについて検討する。(1) ケース1それまで実施してきた検査とそれに基づく評価の結 果、経年劣化による機能低下があり、次回検査時点まで 機器の健全性を維持できず、是正措置を講じる必要があ ると評価されたケースである。この場合は技術的観点から機器が機能喪失すると評 価される時点までに是正措置を講じ、機能を回復させな ければならない。したがって、下記のケース2のように、 是正措置を実施する場合と実施しない場合を比較検討す る必要はない。ただし、適用可能な是正技術の中から必 要条件(是正措置の目的を達成できること等)を満足す る技術を選定する必要がある。(2) ケース2経年劣化の発生・進展による機器の機能喪失が発生す る条件に対して十分な余裕はあるが、是正措置を実施し た方がライフ中あるいはその後の一定期間において必要 となる検査等の保全費用が従来と比較して低廉になると 評価されるケースである。この場合は是正措置を早期に実施し、経済性を向上さ せることになる。したがって、適用可能な是正技術の中 から必要条件(是正措置の目的を達成できること等)を 満足する技術を選定し、是正措置を実施する場合と実施 しない場合の保全費用が下式を満足する場合に実行する。CBefore >Cafter +Closs ここで Chefore: それまでに実施していた検査とそれに基づく評価を、今後一定期間あるいはライフ中、継続して行く場合に要する費用 CAfter:是正後に採用する検査とそれに基づく評価を、今後一定期間あるいはライフ中、実施して行く場合に要する費用 Cross:是正措置の実施に要する工事費用とそれに伴LAfterCLOSS126 -うプラント停止による生産損失の和また、是正措置を講じた結果、プラントを運営する事業 ただし、この保全費用の算定に当たっては、是正を実施 者やその関係者、周辺市民等にとって安心を得ることが しないケースでは是正前に適用していた検査技術と評価 できる。すなわち、是正措置の目的として 技術の性能を前提とした検査活動を、是正を実施するケ 10 安心の獲得 ースでは是正措置が機器に与える影響等を加味してそのもあると考えることができる。 後に適用する検査技術と評価技術の性能を前提とした検3.2「是正技術」の性能 査活動を実施して行くことを仮定する。前述のように、是正措置の目的の1つは劣化部位の修 是正計画は、以上に述べた検査と是正の関係や後述す復であり、これを担うのが是正技術である。是正技術に る是正技術の性能を十分理解した上で、合理的な方針 (戦はいろいろな種類のものが考えられ、その種類によって 略)に則って立案する必要がある。以下に示すように機器の機能回復の程度や持続性などの、 以上述べた内容をまとめて Fig.3 に示す。なお、本図是正後の劣化対策性(耐久性)が異なる。 に示されている劣化評価技術検査技術と是正技術との関? 劣化部品または劣化機器を同一設計のものと取替え、 係については、3.3.項で後述する。従来と同程度の耐久性のものに復旧する。 3. 是正措置の主要要素に関する検討? 劣化部品または劣化機器を改良設計または改造設計 - Fig.2 に示されている主要要素について以下に検討すのものと取替え、従来よりも耐久性を向上させる。 る。● 溶接等による補修を行い、従来と同程度の耐久性に復旧する。 3.1 是正措置の目的● 溶接等による補修を行った上で残留応力低減等の再 プラント機器の保全は、前述のように、供用時間の経発防止対策を行い、従来よりも耐久性を向上させる。 過とともに機器に発生・進展する劣化の状況を検査で把? 劣化が顕在化する前に残留応力低減等の緩和対策を 握し、その検査データを用いてその後の劣化の進展を予行い、従来よりも耐久性を向上させる。 測評価する。その結果、機器の機能を維持することがで きないと評価された場合、劣化を修復するために是正措以上を念頭に、是正措置に期待されている性能を列挙す 置を講じる。あるいは、是正措置を講じた方がその後のると、下記のようになる。 経済性を向上させることができる場合(対外説明上、是 (1) 劣化対策性(耐久性) 正が必要となる場合等を含む。)、是正措置を講じる。● 対象とする劣化の発生・進展を抑制する能力があるこ 以上より、是正措置の目的は次の2つが考えられる。と。これには対策効果の程度や施工の安定性 (信頼性) ● 機能維持のための劣化部位修復(機器の機能回復)となどが含まれる。 ? 経済性の向上● 上記能力が一定の供用期間以上、持続すること。最適な是正計画の立案。 | (1) 対象機器(または部位) (2) 採用する是正方法(是正技術) (3) 是正措置の実施時期必要条件 1是正措置の目的の達成。 2できるだけ低廉な費用*平経正措置の業のためのプラント停止に伴 う生産損失とその後の検査費用を含む。是正計画の立案方針(戦略)是正前是正後、劣化評価技術の性能(予測精度)検査技術の性能 (糖度、範囲等)劣化評価技術の性能」(予測精度)検査技術の性能 (精度,範囲等)機器の特性 (機能、材質、強度等)劣化/機能異常モードの 特性(SCC、振動等)機器の特性 (機能、材質、強度等)劣化/機能異常モードの 特性 (SCC、振動等>検査性・構造変化強度変化材質変化 材質?化是正技術の性能(効果/有効性持続性等) Fig.3 Overview of Corrective Action Planning Process127(2) 現場適用性是正技術を適用する機器の周辺条件がその施工を可 能とする条件(スペース、温度、圧力、放射線、雰囲 気の種類等)を備えていること。 ・ 現場の工程管理、労働安全管理、放射線管理、QA管理の観点から、現場条件下で施工が可能であること。 (3) 経済性」 ● 上記(1)(2)を満足することを前提に、是正工事費用のほか、工事に伴うプラント停止による生産損失、是正 後の検査費用を考慮した経済性が確保されること。是正技術は、これまでに各種の技術が開発されており、 今後も開発される可能性がある。是正計画を立案するに は、まず、これら是正技術の中から施工対象機器 (部位) に最も適した是正技術を選定することになる。その選定 に当たっては上記(1)(2)(3)を考慮する必要があることは 言うまでもない。また、選定する是正技術の種類によっては、プラント の停止が必要であったり、是正工事に長期を要したりす ることがある。これらは是正措置の実施に当たって一定 の制約となり、プラントの運転計画等に影響を与えるこ とになるので、是正計画の立案に当たっては、これらを 十分に考慮する必要がある。3.3 「是正技術」と「劣化評価技術」「検査技術」の関係 文献[1]によると、検査技術と劣化評価技術の間には以 下のような関係がある。すなわち、「機器の健全性(機器 の機能を維持できるか否か)は、検査を実施するだけで は判定できない。機器の状態を把握するために検査を実 施した上で、その結果を劣化評価技術に入力してその後 の状態を評価することによって初めて機能が維持される か否か判定できる。このように、機器の健全性を評価、 判定するには、検査技術と劣化評価技術の両方が必要で あり、いずれを欠いても評価、判定できない。」という関 係である。それでは上記2技術(検査技術と劣化評価技術)と是 正技術との間の関係にはどのようなものがあるであろう か。この点について以下に検討する。 1是正技術を施工すると、その技術の種類によっては施 工対象機器(部位)の構造、強度、あるいは材質が従来 と変わる場合がある。当該機器の特性や発生する劣化機 能異常モードの特性が変化することも考えられる。この ような場合は、是正後に適用する劣化評価技術の性能 (精度)に影響するので、この事を予め考慮して是正技術を 選定する必要がある。また、是正技術の種類によっては 施工対象機器(部位)の構造、強度、あるいは材質が変 わり、そのために検査の制約条件が変わる場合がある。 是正技術を選定するに当たっては、是正後の被検部にど のような検査技術を適用するか、予め考慮する必要があ る。以上のように、劣化評価技術検査技術と是正技術との 間には関係があり、是正計画を立案するに当たっては、 これらの関係を十分に考慮する必要がある。3.4 是正計画の立案方針(戦略)前項までに述べた検査に関連する主要要素の特性や 性能を踏まえ、以下に是正計画の立案方針(戦略)につ いて検討する。(1) 一般事項是正の第一義的な目的は、劣化の修復、すなわち対象 機器の健全性を確保することである。したがって、是正 の方法、性能および実施時期は闇雲に選定するのではな く、是正技術の性能、是正後の劣化評価技術と検査技術 の組合せによる対象機器の健全性評価の方法や精度を勘 案して選定することが合理的であり、重要である。 (2) 是正計画3要素のうちの「対象機器」に関する事項 1 原子力発電所のような大規模複雑プラントシステム の検査計画を立案する場合は、対象機器の数が膨大であ り、かつ検査のためのリソースが有限であるので、プラ ントの安全性および経済性に与える影響の大きさを定量 化した指標、すなわち保全重要度:を用い、その重要度の 高い機器を重点に検査計画を立案するのが合理的である。 しかしながら、是正計画の場合は、劣化が検知され、機 能喪失する可能性のある予防保全対象機器が特定されて いるので、改めて対象機器(部位)を選定する必要はな い。 (3) 是正計画3要素のうちの「是正方法」に関する事項是正の第一義的目的は「劣化の修復」である。劣化を 修復できる是正工法は種々開発されているので、それら の工法の中から特定の性能を備えた工法を選定する必要 がある。そのためには、3.2項で述べた是正技術の性能を 勘案し、どの程度の修復度(劣化対策性) を期待するか、 現場施工が可能か、という観点から選定する是正技術を ある程度、絞り込むことが可能である。その上で、これ ら劣化対策性と現場適用性の要求を前提にできるだけ128経済性の高い検査技術を選定するのは当然のことであ る。 * 上記の条件を満たす是正技術は複数ある場合が多い が、その中から最終的な是正技術を選定する際に決定的 な影響を及ぼす事項がある。それは、当該プラントをど の程度の安全性と経済性を確保しながら当該プラントを 維持して行くかという長期的なプラント運営方針、保全 方針である。この方針によってプロアクティブな保全を 実施して行くか、あるいは逆に対処療法的に保全を実施 して行くかが決まり、これが最終的な是正技術の選定に 大きく影響することになる。この他、規制当局等への対 外約束事項や周辺市民等へ「安心」感を与えるという配 慮などが影響を与える。(4) 是正計画3要素のうちの「是正時期」に関する事項是正措置を実施しなければならない期限は、前述のよ うに、検査技術と劣化評価技術の組合せによって決まる。 善政計画の立案方針としては、この最終期限ぎりぎりの 時点で是正措置を講じるのが対象機器の健全性を維持す るという技術的条件と出来るだけコストを低くいじした いという経済的条件の両方を満足する時点として最も合 理的であることは言うまでもない。 _ しかしながら、前項で述べたように、是正時期につい ても長期的なプラント運営方針、保全方針のほか、規制 当局等への対外約束事項や周辺市民等へ「安心」感を与えるという配慮などが影響を与えることになる。4.結言 1 本検討によって得られた成果を以下にまとめて示す。 (1) 原子力発電所機器の是正計画の立案プロセスや思考過程を整理、分析した結果、 ● これまで明示的に示されていなかった、是正計画の主要構成要素と要素間の関係、すなわち是正計 画の構造と体系を明確にした。 また、IGSCC や減肉等の劣化の発生・進展が認め られる機器の是正計画を構成する主要要素の内容と意味を明確にした。 (2) 上記を通じて IGSCC や減肉等の劣化の発生・進展が 認められる機器に対する是正計画の基本的立案方法 (手順、考え方)を明確にした。参考文献 [1] 青木孝行,高木敏行,“原子力発電所における検査計画の基本的立案方法に関する考察““, 日本保全学会誌「保全学」印刷中」 [2] 青木孝行、“大規模複雑プラントシステムの保全重要 度の定量評価手法に関する研究”, 日本保全学会誌 「保全学」, Vol.9, No.3, pp.25-30 (2010)129“ “原子力発電所における是正計画の 基本的立案方法に関する考察“ “青木 孝行,Takayuki AOKI,高木 敏行,Toshiyuki TAKAGI
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