保全科学的想像力を活かした保全活動の検討方法

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カテゴリ: 第9回
1. 緒言
自然科学は過去、現在を定量的に記述し、評価できる のは勿論のこと、将来を予測できるのがその際立った特 徴である。一方、保全は運転時間の経過とともに経年劣 化が進行する機械系とその経年劣化を修復する人間系の 間に展開される活動であると見ることができる。この機 械系と人間系を含む全体系を俯瞰し、これを保全場にお ける保全現象と捉えて、これに自然科学的手法を適用す れば、保全現象を予測できるようになり、それによって 最適な保全を導出できるようになる可能性がある。この ような考え方を採り、保全の構造と体系を整理した上で、 保全活動を定量的に記述し、保全計画の最適化を志向す る試みが既に提案されている”。ここではこのような保全 の見方、捉え方をベースに、保全を自然科学的に記述し、 予測する学術を「保全科学」と呼ぶこととする。 1本検討では、上記の提案を踏まえて、さらに保全の構 造と体系について分析・整理するとともに、保全科学的な 物の見方、想像力の活かし方について検討する。
2. 保全の構造と体系
2.1 保全が展開される場における2つの系保全活動が繰り広げられる場には、運転時間の経過と ともに劣化が発生・進展する保全の機械系とその劣化を
修復する能力を持ち、時に機械系の機能を低下あるいは 喪失させるヒューマンエラーを犯す可能性のある人間系 が存在し、両者の間で保全の PDCA を繰り返す保全活動 が行われる(Fig.1)。その結果、機械系は一定の保全状態 に収まる。このような状態となった機械系(プラントシ ステム)は運転され、機能を発揮して製品を造り出す。人間系保全活動劣化等の 発生・進展劣化等の 修復ンター展正措保全サイクル PDCA大規模複雑ブラント アシステム保全実行部隊Fig. 1 Maintenance Phenomena inMaintenance Field上記のように、機械系と人間系の関係で生じる変化を、 保全が実施される場における保全現象と捉え、これに科 学的検討手法を参考にしながら、保全現象を支配する法 則を明らかにし、それを定式化すれば、保全の最適解 (一 定の条件を満たす保全活動計画)を得ることが可能であ ると考えられる!!。2.2 プラントの設計と保全の関係多数の機器から構成されるプラントシステムの信頼 性、すなわち機能喪失頻度(FFF: Function Failure Frequency) は、プラントのシステム構成(Configuration)とそのシス テムを構成する個々の機器の故障率 (Failure Rate) から成1900/05/09り、Fig. 2 のように表される。ここで、システム構成は個々 の機器とそれら機器の相対関係で決まるのに対し、機器 の故障率は機器に施された保全が関与した結果として得 られるものであり、実行された保全作業によって造り込 まれた機器の状態によって決定されると考えられる。前 者はプラントの「設計」で決定されるもの、言わばプラ ントの「生まれ」に関するものであり、後者は個々の機 器の「保全」の結果決定されるもの、言わば「育ち」に 関するものであると考えることができる。プラントシス テムの信頼性はこの両者によって決定され、プラントの 設計と保全の間にはこのような関係があると理解できる。検討対象の システム構成信頼性 (着目事象発生頻度)検討対象システムを 構成する機器の故障率Fig.2 Definition of Function Failure Frequency保全作業が施された後の機器の状態を定量的に表す パラメータとして保全水準という概念が提案されている 「2W。保全水準とは、当該機器のどの部位にどのような劣 化が発生するか予め知った上でその劣化を是正するため に計画された保全計画に則って正確に保全作業を行うこ とによって確保される機器の健全状態のレベル、すなわ ち機器の保全状態の良否を表すレベルのことである。こ の保全水準は当該機器にどのような保全を施すかを決め ている「保全計画」の内容とその保全計画に従って保全 作業を実行する部隊の「保全遂行能力」によって保全水 準が決まると考えられる (Fig.3)。 この保全水準は、保全 作業完了後における機器の信頼性を担保する「保全計画」 と保全実行部隊の「保全遂行能力」が機器信頼性のレベ ルを決定すると考えられるので、保全作業実施後の機器 の運転中における故障率に直結するパラメータであると 考えることができる。保全計画保全水準保全実行部隊の 保全遂行能力Fig. 3 Elements of Equipment Maintenance Level2.3 機械系と人間系の主要構成要素プラントシステムの信頼性は、前述のように、システ ム構成と機器故障率によって決定され、さらにシステム 構成は設計によって、機器故障率は保全水準によって決 定される。設計によってシステム構成が決定され、建設されたプラントの信頼性を左右するのは、プラントを構成する 個々の機器の、保全作業後の機器状態で決まる故障率、 すなわち保全水準である。そこで、保全水準を決定する 保全計画と保全遂行能力の構成要素について以下に分 析・検討する。保全計画は、「どの機器」を「どのような方法」で「い つ」保全するか、すなわち「保全対象機器」「保全タスク」 「保全実施時期」の3要素を規定するものである (Fig. 3)。 また、保全遂行能力は、決められた保全計画を如何に正 確に、しかも迅速に遂行するか、という能力であり、こ れは検査能力を決定する「検査要領書」「検査員」および 「検査装置」の3要素と同様、「作業要領書」「保全」」 および道工具類等を含む「使用資機材」の3要素である と考えられる (Fig. 3)。保全対象機器作業要領鰭保全計画保全タスク保全遂行能力保全員 (作業員、検査員)保全実施時期使用資機材Fig. 3 Elements of Maintenance Plan & MaintenanceImplementation Capabilityさらに、保全計画の構成要素である保全対象機器、保 全タスク、保全時期は、それぞれ Fig. 4 に示す構成要素 から成り、保全遂行能力の構成要素である作業要領書、 保全員、使用資機材は、それぞれ Fig. 5に示す構成要素 から成っている。 * 以上述べたように、保全には構造体系があり、それら の主要要素間には関係がある。これらの全体を図示する と、Fig.6に示すようになる。構成部品保全対象機器劣化モード検査・モニタリング保全タスク是正(補修、取替,手入等)上記タスクの付帯作業劣化の発生・進展保全実施時期機能喪失条件Fig. 4 Elements of Plant Component, MaintenanceTask and Maintenance Implementation Timing131保全員手順、工程作業要領書作業方法管理基準精神状態保全員知識、資格、技量」体調汎用道工具使用資機材特殊装置仮設資機材Fig. 5 Elements of Maintenance Procedure, Workersand Tools & Materials3.保全の構造体系と主要要素の分析- Fig.6は保全の構造体系全体を俯瞰したものであるが、 この図を保全科学的にみると、次のことが言える。 (1) 保全が展開される場において生起する現象、すなわち保全現象は、機械系で生じる劣化等の自然現象と人間 系がもたらす劣化修復やヒューマンエラー等の人為mnmmnmn--------保全の場における保全現象人間系保全活動劣化等のプラント設計(建設) 設計条件系統、機器の機能」 ●システム配置・構成 ●システム設計 ・機器設計、他劣化等の ・発生・進展人間社会 風土、慣習文化 社会経済、景気 社会批判 ・その他社安 会全計画今ま保全法則 に従った。 保全サイクル PDAの展開是正大規模複雑フラントシステム評価保全実行部隊ブラントで生じる劣化等の 自然現象の理解、把握保全作業を実施する際の 人間特性の理解、把握ブラントパフォーマンス 安全性・経済性手類、工程構成部品保全対象機作業要領書作業方法劣化モード管理基準保全水準検査・モニタリング精神状基保全計画保全タスク是正補修、取替手入等)保全遂行能力知識、資格、技量200MINE上記タスクの付帯作業汎用道工具劣化の発生・進展保全実施時使用資機材機能喪失限界特殊装置 marverweart s仮設資機材Fig.6 Fundamental Structure of Maintenance Science現象の相互作用と見ることができる。 (2) 保全サイクル PDCA は、保全法則に従ってプラントシステム全体の安全性と経済性を一定の条件下で同 時に最大化を志向し、両者をバランスさせるための活 動、すなわち保全最適化のための活動と見ることがで きる。 (3) プラントシステム(機械系)は、膨大な数の機器から成っており、個々の機器が故障(機能喪失)しても必 ずしもプラント全体としての機能は喪失しない。した がって、個々の機器の故障発生確率を前提として、プ ラントシステム全体としての機能(安全性と経済性 (生産性))をできるだけ高度に維持できるように 個々の機器を保全するのが合理的である。保全科学は このようなシステムの機能を定量的に記述し、条件が 与えられれば、その条件下でプラントシステムがどの ように機能するか、そのパフォーマンスを予測する方 法を提供するものでなければならない。あるいは、与 えられた条件を満たす保全の最適解を導出できるものでなければならない。 (4) 保全計画は、保全対象機器にどのような内容の保全タスクをどのタイミングで実施するかを規定するもの であるので、当該機器の保全後のパフォーマンスに大132きな影響を与える。また、この保全計画の内容は、機 械系で生じる劣化等の自然現象をどの程度正確に把 握しているか、その把握の現状を踏まえて決定される。 したがって、劣化等がどの部位でどのように発生・進 展するか、その把握の正確さや定量的予測評価の精度 といった技術レベルが保全計画の適切さを決定していると言ってもよい。 (5) 人間系は、機械系で生じた劣化等を修復する役割あるいは機能を持つ。時にインセンティブを与えれば、最 高度の正確性と迅速性を持って保全タスクを遂行す るが、その一方でヒューマンエラーを犯すこともある という特性を持つ。このような特性を持つ人間系によ る保全行為によって機械系に与える変化を、機械系の 自然現象に対して人為現象と見ることができる。人間 系は人間社会を背景に持っており、そこからの影響を強く受けることがある。 (6)保全遂行能力は、保全計画で予め定められた保全タス クを如何に正確かつ迅速に実行できるかという能力 であるので、これも当該機器の保全後のパフォーマン スに大きな影響を与える。この能力は、機械系で生じ た劣化等を修復し、時にヒューマンエラーを犯す可能 性のある人間系の能力であり、機器の保全後の状態を 決める重要なファクターである。4. 保全科学的想像力とその活用方法4.1 保全科学とそれに基づく想像力科学は将来を予測することがその1 つの特色である。 古典物理学の書籍を見ると、物体の運動や力に関する 目次は下記のようになっている。 第1章 物体の運動 51.1幾何学から運動学へ 51.2 相対運動」 51.3 時間・空間と剛体の運動 51.4物質の構造と運動 第2章 運動と力とに関する諸法則$2.1 慣性とか 52.2 遠隔作用と近接作用 82.3回転運動と見かけの力 $2.4 Kepler の3法則」 52.5保存力と非保存力 52.6 力学系としての剛体52.7 変分原理と一般座標 これから窺えるように、物体の物理現象が展開される空間と時間、物理現象を支配する諸法則、その諸法則の定 式化(支配方程式の確立)などがあり、初期条件を与え ればその後の運動が予測できるものとなっている。それ を基盤として材料力学や流体力学などの各種力学が、さ らにそれらを基盤に経験も加えて各種の技術や規格基準 が確立され、それらが現実の世界の人工構造物の設計、 製作、運用に適用されるという構造体系となっている。このように、既存科学の構造体系を見てみると、まず 始めに基盤的な原理原則をベースとした一般性、普遍性 の高い「科学」があり、次にその科学を現実の世界へ適 用できるような形に変えられてはいるが、依然として... 般性を有する学術として確立された「工学」がある。さ らに工学および/または経験をベースに個々の具体的対 象に適用できるようにした「技術」があり、その技術を 標準化した規格・基準がある。以上を図示すると Fig.7 に 示すようになる。規格・基準技術 工学 科学Fig. 7 Structure of Natural Science前節で述べた保全の構造体系を整理、分析しつつ、上 記のような既存科学の構造体系を参考にしながら保全科 学の構造体系をイメージし、今後新たに確立すべき学術 や技術、あるいは充実すべき学術や技術を明確にすると ともに、それらの課題に取り組むことは、保全科学の確 立およびそれらの活用による社会貢献を実現する上で重 要である。もしこのような形で保全科学を確立すること ができれば、次のようなことが可能になるものと推定さ れる。 (1) 学術としての保全科学が確立され、その保全科学を理解することで、原子力発電所等のプラントシステムで 生じる現象を俯瞰的に見られるようになり、それを予 測できるようになる。この能力をここでは保全科学的 想像力と呼ぶこととしたい。 原子力発電所等のプラントシステムで生じる現象を 保全科学的に理解すれば、機械系と人間系の間で展開 される保全活動 PDCA を通じて全体システムの一員 である自分(当事者である自分)が保全科学的想像力を動かすことができるようになる。 (3) 上記が可能となれば、プラントの設計、建設、運転、133廃炉というライフサイクル全体を見通して機械系と 人間系の間で展開される保全活動 PDCA の中で重大 な問題点の摘出や大事故の予測が可能となり、それに 事前対応することができるようになる。4.2 保全科学的想像力の活用 (1) 保全科学の構造体系の創造前述のような物体の運動を取り扱う物理学の手法を 参考にしながら、保全に適用できる科学、すなわち保全 科学を考えることは可能であると思われる。このような 発想に基づき、既存の学術体系から保全学の体系を類推 する試みもなされている。そこで、前述の既存科学体 系にみられる基本構造を念頭に、保全科学の構造体系を 以下に検討する。保全科学も既存科学と同様の構造体系を持っている と仮定すれば、保全法則に支配される保全現象を科学的 に取り扱うことを中心とした科学、それを基礎として現 実の世界へ適用できるような形にされた工学、さらにそ れらを基礎としつつ経験から得られた知識も取り入れて 開発された技術や規格基準が存在することが想定できる。 ここではそれらをそれぞれ保全科学、保全工学、保全技 術および保全規格基準と呼ぶこととする。一方、前述のように、保全にはその最も中核的な活動 として保全最適化を追求する活動が、また、保全の機械 系と人間系に関連する各種の主要要素がある。これを横 軸にとり、上記の保全科学、保全工学、保全技術および 保全規格基準を縦軸にとって、これまでに用いられてい る保全に関連するキーワードを展開すると、Fig.8に示す人間系保全遂行能力保全活動 (保全最適化)機械系保全計画 保全対象機器保全タスク 部位劣化モード | 検査・モニタリング 是正措置保全実施時期 劣化評価予測作業要領書 手順、工程、使用資機材 道工具装置組織,技量等Creeeeeeeene nownおが2保全管理規格 「・保全重要度決 | ・維持規格 ・維持規格 ・維持規格 ・標準作業要領 「・教育訓練キ ・道工具類の標 (規格 定方法 ・非破壊検査規・補修工法規格 |・検査時期決定コラム準化 保全 ・PM 標準 ・機器・劣化モー・取替工法規格 方法據準作業工程 「・技量認定制度 その他 規格基準 ・リスクベース保全 | ド対照表 ・状態モニタリング規・改造工法規格 |・是正時期決定 ・その他基準 規格: ・その他・その他 方法・PD制度基準 ・その他 ・その他 ・その他・その他: ““RCM/CBM | ・PSAによる保」 ・機器状態診断・遠隔自動溶接 ・仮想プラント | ・自動工程作成 JUPES ・FTAEMEN 全重要度設定 システム・劣化加速試験・根本原因分析 保全技術 ・保全有効性評 | 手法 ・遠隔自動検査 その他その他・その他 価手法 ・その他 システム・その他 ・その他・その他 ・保全システム工学・システム工学 ・検査システム工学・是正システム工学・仮想プラント工学・人間工学 ・人間工学人間工学 ・信頼性工学 ・信頼性工学 ・応用電磁気学・溶接工学 ・故障物理 ・ヒューマンファクタエ ・ヒューマンファクタイ | ヒューマンファクタイ ・安全工学 ・音響工学 ・ロボット工学 ・破壊力学学 ・その他 ・ロボット工学 ・その他・その他 ・その他 ・その他・ロボット工学 ・その他・その他 保全の構造体系 保全科学保全法則 「自然科学) (人文社会科学)(数理科学) 保全方程式保全工学|その他Fig. 8 Structure of Natural Scienceようになる。これは保全科学の構造体系を表現する一つ の方法であると考えられる。このような構造体系図を活 用し、今後も継続的に保全に関連する事項をこの図の中 ヘ整理して行けば、注目している保全関連事項の保全科 学体系全体の中おける位置付けや個々の保全関連事項の 相対関係を把握することが可能となり、保全科学の確立 を効率的効果的に推進することができるようになるもの と期待される。 (2) 福島第一発電所事故の技術的問題箇所の分析 - 昨年3月11日に発生した東日本太平洋沖地震とそ の後の大津波の来襲により、福島第一原子力発電所の運 転中の3基は原子炉冷却機能を喪失した結果、炉心損傷 に至った。この事故の原因は国および民間の事故調査委 員会等で調査中であり、現時点においては必ずしも明確 ではないが、これまで公表されている情報を踏まえて福 島第一原子力発電所のどこに問題があったか、これまで 述べてきた保全科学的な見地から以下に検討する。 1Fig.6 において、保全は機械系、人間系、およびその 両者間で展開される保全活動 PDCA の3者がある。これ は通常時において定常的に行われる保全活動であるが、 前述のように、これと同様に事故時に行われる対応活動 を包含するものとして拡張して解釈できる。すなわち、 事故時の対応活動は、事故状態に陥ったプラントが各種 の機能を発揮できず、機能喪失状態になっている状況を、 人間系の保全遂行能力(事故時対応マニュアル、事故時 対応要員、事故時対応用資機材)を用いてプラント機能 を回復させるようとする活動あるいは補助しようとする 活動であり、保全科学的に見ると、これも通常時の保全134活動と同様、事故時条件下における保全の場における保 全現象の一部と看做すことができる。(Fig.9)| 事故時ブラント状態。 の予測結果に基づく 事故時対応計画WETHY「P. | 事故時 財計画実対応結果の評 価に基づく是正A 正面事故時 保全サイクルPDCA事故時におけるす2の 対 応評価実対応結果の評価Fig. 9 Maintenance Cycle in Emergency Response以上より、保全の機械系の観点から今回の福島第一発 電所事故を見ると下記の事が言える。 1 通常運転中の地震発生から津波が来襲するまでは発 電所機器は正常に機能し、原子炉停止と原子炉冷却がなされていた。 2 発電所機器の経年劣化に関連した問題を示す現象や 証拠は出ていない。すなわち、発電所機器に対して通 常時に定常的に実施されている保全計画に問題があったという事実はない。 3 来襲した津波は設計上の想定を大幅に上回るものであった。 4 地震とその後来襲した津波が外部電源の喪失、非常用の海水冷却系の機能喪失、非常用電源喪失という共通 原因故障をもたらした。 5 原子炉冷却機能を喪失すると、燃料ペレット、燃料被 覆管、原子炉圧力バウンダリ、格納容器バウンダリ、 原子炉建屋の5つの壁は連続的に崩壊する。以上より、機械系に関連する問題点として下記が挙げら れる。 a) 津波のような外部事象に対する発電所の設計条件は、少なくとも過去の最大事象を包含する必要があるが、 今回の福島第一発電所事故を見ると、過去の事象が十 分反映されていない、あるいは過去の事象が十分に調 査されていない。また、隣接する他号機からの影響を 受けている。隣接する原子力発電所を含む施設や空/ 海からの脅威を含む外部事象に対する設計条件の再確認が必要である。 b) 今回の福島第一発電所事故は、設計条件を超える外部事象(津波)により、共通原因故障が生じ、原子炉冷 却機能が喪失した。このため、原子炉冷却機能を喪失させる可能性のある共通原因故障に関する再検討が求められる。 c)以上の再確認を実施した上で、さらに新たに設定された設計条件を超えるような事象が発生することを想 定した過酷事象対策の検討、特に深層防護の検討が必 要である。ここで、保全科学的に見ると、発電所の安 全機能は必ずしも機械系である常設の系統機器のみ で達成される必要はなく、人間系の機能を活用して達 成されることにより、安全性の厚みが増すと考えられ るので、可搬設備等の資機材を有効に活用したシステ ム安全を志向することも重要である。ただし、この場 合、準備した可搬設備等の資機材の保全計画を明確に し、それらの機能を維持するために適切な保全を実行 する必要がある。 次に、保全の人間系の観点から今回の福島第一発電所事 故を見ると下記の事が言える。 1 保全遂行能力を決定する3要素のうちの「作業要領書 (事故時対応マニュアル)」は、想定していない現場環 境条件(高放射線量率、瓦礫散乱、照明なし、通信障 害等)が発生するなどして、マニュアルに従った作業 がうまく行えない事態が生じた。 2 保全遂行能力を決定する3要素のうちの「保全」(事 故時対応組織および要員)」については、高放射線下 作業に果敢に挑むなど、志気の高さは窺えるが、組織 全体としての指揮命令系統、責任分担、権限などが明 確であり、タイムリーに情報収集や指示がなされたか、 各要員の知識や技量、教育訓練などが十分であったかなど、不明な点が多い。 3 保全遂行能力を決定する3要素のうちの「使用資機材(事故時の使用資機材)」は、現場状況が悪化した後か らの可搬式設備などの資機材の手配や調達が、また弁 の現場操作が容易でなかった事などが報告されてお り、必ずしも資機材の準備が十分でなかったことが窺える。以上より、機械系に関連する問題点として下記が挙げら れる。 a) 事故時対応マニュアルについては、過酷事故条件下での実際的な現場条件を想定したものになっていない。 設計条件を超える外部事象を起因とする過酷事象を 想定し、詳細なシミュレーションを実施して事故時における対応マニュアルを作成する必要がある。 b) 事故時対応組織および要員について問題点は、現時点において必ずしも明確ではないが、いずれにしても上 記a)のシミュレーションの結果を踏まえ、組織と要員135一のあり方等を検討し、事故時対応マニュアルに反映するとともに、要員の教育訓練等を実施する必要がある。 c)事故時の使用資機材については、過酷事故条件下での 実際的な現場条件で使用できる資機材が十分に準備 されていない。上記a)のシミュレーションの結果を踏 まえ、厳しい現場条件下で効率的、効果的に使用でき る資機材を明確にし、準備する必要がある。5. まとめ- 物事を予測することは、これから何が起こるかを事前 に知り、それに備えることができると言う意味で極めて 重要である。しかしながら、その反面、物事を予測する ことは極めて難しい。このため、通常では物事が発生し た後、慌てて事後対応することが多くなる。せいぜい何 らかの方法で予兆を検知した場合、あるいは予兆のある ことに気付いた場合にプロアクティブな対応が可能とな る程度である。大規模で複雑な産業プラント等の人工構造物に発生 する劣化や故障などを予測する場合も、ほぼ同様の状況 にある。膨大な数の機器に劣化が発生・進展し、故障する。 さらにトラブルや事故に発展する可能性がある。これら を正確に予測できたら、その安全性と経済性は格段に向 上する。本研究では、保全の構造体系を分析し、それを明確 にすれば、産業プラント等に発生する故障やトラブル、さらには事故に対する関係者の想像力が向上し、それに 伴って保全に関する学術や技術の予測性も向上すると考 え、検討を進めた。その結果、下記の成果が得られた。 1 保全の主要な構成要素とそれら要素間の関係を明確にし、保全の構造体系を示した。 2 上記1を踏まえて、保全分野の学術の構造体系を示す ことができた。今後、さらに詳細検討を進めれば、十 分に整備されていない学術分野が明確になり、リソー スを投入する分野が明確になるものと期待される。 3 上記1を踏まえて、福島第一発電所事故に対してどこに主要な技術的問題があったか示した。参考文献 [1] 青木孝行、“原子力発電所における保全計画の最適化検討”、保全学、Vol.10,No.3、2011、pp.66-73. [2] 青木孝行、“大規模複雑プラントシステムの保全水準と安全水準の定量化手法に関する研究”、保全学、Vol.10,No.3、2010、pp.31-36. [3] 湯川秀樹 監修、岩波講座 現在物理学の基礎1古典物理学I““、岩波書店、1978 [4] 青木孝行、正森滋郎、“保全学の構造と体系に関する検討”、保全学、Vol.2,No.2、2004、pp3-9. [5] 青木孝行、“保全科学および保全工学の構造と体系”、保全学、Vol.3,No.1、2004、pp4-11.1900/05/15“ “保全科学的想像力を活かした保全活動の検討方法“ “青木 孝行,Takayuki AOKI,高木 敏行,Toshiyuki TAKAGI
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