オーステナイトステンレス鋼における微小疲労き裂発生挙動と照)損傷の影響
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カテゴリ: 第9回
1. 緒言
原子炉炉内機器の構造材料として使用されるオー ステナイトステンレス鋼は、中性子照射によるはじ き出し損傷の導入に伴い、照射硬化により降伏応力 が増加し、伸びが減少することが知られている。ま た、照射硬化により、塑性変形時に粗大なすべりを 伴う不均一変形が生じることが報告されている[1]。このような中性子照射による機械特性の変化が疲労 挙動に及ぼす影響として、疲労寿命の低下[2]やき裂 進展速度の増加[3]などが確認されている。原子炉炉 内機器の設計や保全管理において、より高精度な疲 労寿命管理を行い、その長期的な構造信頼性を確保 するためには、疲労下における微小き裂の発生過程 と、その後のマクロき裂の進展過程それぞれにおけ る中性子照射の影響を理解することが重要である。 特に、すべり線の形成・発達を伴う微小き裂の発生過程においては、一般的にすべり線の入込みや突出 しといった材料の表面性状の変化を伴うため、中性 子照射による粗大すべりを伴う不均一変形の影響が 大きいと予想される。 * 本研究では、中性子照射によりはじき出し損傷を 導入されたオーステナイトステンレス鋼における微 小き裂発生挙動に関する基礎的知見を得ることを目 的とし、加速器を用いたイオン照射によりはじき出 し損傷を導入したオーステナイトステンレス鋼を対 象に、低サイクル疲労によるすべり線の形成・発達 挙動および微小き裂発生挙動に及ぼす照射の影響を 系統的に評価した。
2. 実験方法
供試材は、SUS316L オーステナイトステンレス鋼 の溶体化処理材(1120°C× 4 min)であり、平均結晶 粒径は約 45 um であった。疲労試験片は、側面に曲 率半径 10 mm のくびれを有する、最小断面が幅 1.25 mm、厚さ 1.52 mm である平板試験片を使用した。 1 疲労試験片へのはじき出し損傷の導入のため、東 北大学ダイナミトロン加速器を使用し、試験片くび れ面底に 2 MeV のプロトンを照射した。はじき出し 損傷量は、表面から深さ約 15 um において約 0.25 dpa であった。また、照射温度は約 230°Cであった。 * 非照射試験片および照射試験片について、室温大 気中において低サイクル疲労試験を実施した。試験 は両振引張圧縮のひずみ制御のもと、ひずみ速度 0.01%/sec、全ひずみ範囲 0.6%および 1.2%において 実施した。全ひずみ範囲 0.6%および 1.2%における 塑性ひずみ範囲は、それぞれ 0.4%および 1.0%であ った。数十 um から結晶粒径程度の表面長を有する 微小き裂の発生まで、一定サイクル数毎に試験を中 断し、試験片くびれ面底に対して光学顕微鏡および SEM による表面観察と、EBSD による結晶方位など の解析を実施し、これより得られる CSL マップ、 Twin マップ、IPF マップよりき裂発生サイトを同定 した。 CSL マップは粒界および双晶境界を粒界性格ごとンプは粒界および製品境界を粒界性格ごと-437に色別で表示するマップであり、Twin マップは双晶 境界を表示させることが出来るため、粒界と双晶境 界を区別することが出来る。また、IPF マップは色 別で結晶方位を表示し、き裂が粒内で発生している か粒界および双晶境界で発生しているか区別するこ とが出来る。3. 実験結果・考察 * 非照射材と照射材の同じ繰返し数におけるすべり 線の間隔を比較した場合、照射材のすべり線間隔は、 同じ繰返し数における非照射材のすべり線間隔と比 較して 1.25~1.4倍であった。本研究の結果と、従来 の研究における SUS316L 照射材の粗大すべりの評 価結果[4, 5]などから、本研究の照射条件においても、 低サイクル疲労により粗大すべりが形成したと考え られる。図1に示すように、発生した全微小き裂に対して 個別に EBSD による解析を行い、Twin マップや CSL マップ、IPF マップより、微小き裂の発生サイトは、 塑性ひずみ範囲にかかわらず、非照射材、照射材と もにすべり線上(SB)、双晶境界上(TB)、結晶粒界 上 (GB)、粒界三重点(TJ) の4つに分類された。 図2に、非照射材及びプロトン照射材の各サイトに おける微小き裂発生繰返し数(N)を示す。非照射 材では、塑性ひずみ範囲の増加により N; は 75~90% 「減少した。また、塑性ひずみ範囲 0.4%では GB での 微小き裂の発生割合が最も高かったが、塑性ひずみ 範囲 1.0%では SB 及び TB での微小き裂の発生割合 が増加した。これは、塑性ひずみの増加により、結 晶粒内に発生したすべり線の数が増加したことによ ると考えられる。一方、プロトン照射材では、塑性 ひずみ範囲の大きさによらず、N;は 50~80%減少し、 SB 及び TB での微小き裂の発生割合が最も高かった。 これは、プロトン照射材では塑性ひずみの影響に比 べ、照射による粗大すべり等の不均一変形により固 執すべり帯が早期に形成された影響が大きいためと 考えられる。CSLTwinIPFSEM Unirr. , N= 4000 cycle, Crack at Slip band (SB)Crack10mUnirr. , N= 4000 cycle, Crack at Twin boundary (TB)Crack10mmwomemoredecornoonUnirr. , N= 4000 cycle, Crack at Grain boundary (GB)ーーーGe boundaryCrack10umUnirr. , N= 4000 cycle, Crack at Triple junction (TJ).Crack10mAyrTwinBoundaries: CSLSigmaAngle144Plane Normal Direction DO111111 ,1101106038.91101sothersPattern Quality図 1. 非照射材において発生したき裂の SEM 写真、CSL マップ、Twin マップおよび IPF マップ4386000Unirrad.50004000SB(As=0.4%) ● TB (AE = 0.4%)GB (Ac=0.4%) A TJ (ae 20.4%) J SB(Ae=1.0%) ● TB (AE%3D1.0%) ● GB (Ac=1.0%) A TJ(-1.0%)PSNumber of cycles to initiation (cycle]300020001001.20_0.2 0.4 0.6 0.8 1Plastic strain range, A?p [%]図 2. 非照射材及びプロトン照射材の各サイ4.結言 - 中性子照射によりはじき出し損傷が導入されたオ ーステナイトステンレス鋼における微小き裂発生挙 動に関する基礎的知見を得ることを目的とし、プロ トン照射によりはじき出し損傷を導入したオーステ ナイトステンレス鋼について低サイクル疲労試験を 行い、微小疲労き裂発生挙動と照射損傷の影響を調 査した結果、以下の知見を得た。塑性ひずみ範囲に関係なく、非照射材、照射材 ともに微小き裂はすべり線上、双晶境界上、結 晶粒界上、粒界三重点の4種類のサイトで発生 した。 非照射材では、塑性ひずみ範囲の増加により微 小き裂発生繰返し数は 75~90%減少した。また、 塑性ひずみ範囲 0.4%では結晶粒界上での微小 き裂の発生割合が最も高かったが、塑性ひずみ 範囲 1.0%ではすべり線上及び双晶境界上での 微小き裂の発生割合が増加した。 プロトン照射材では、塑性ひずみ範囲の大きさ によらず、微小き裂発生繰返し数は 50~80%減 少し、すべり線上及び双晶境界上での微小き裂 の発生割合が最も高かった。ce6000Inrad.50004000Number of cycles to initiation (cycle]30002000000F6000Iliad.5000COAT4000Number of cycle: to initiation (cyclelロ SB (Ac =0.4%)TB(.=0.4%) * GB (Ag =0.4%) A TJ (Le -0.4%) ロ SB(AB=1.0%) 0 TB (Ae = 1.0%) ◆ GB (AE-1.0%)TU (Le -1.0%)3000200010001001.20.2 0.4 0.6 0.8 1 Plastic strain range, A?p [%]トにおける微小き裂発生繰り返し数(NY)参考文献 [1] T. Onchi, K. Dohi, N. Soneda, J. R. Cowan, R. J.Scowen, M. L. Castano, J. Nucl. Mater., 320, 2003,pp.194-208. [2] 白石春樹、鉄と鋼、 第69年 第14号、1983 [3] S. Jitsukawa et al., Fatigue Crack Propagation byChannel Fracture in Irradiated 316 Stainless Steel, Effect of Radiation on Materials Vol.17, 1996,pp.933-944. [4] 三浦照光、藤井克彦、福谷耕司、INSS journal 14,2007, pp.167-183. [5] T. Tanno, A. Hasegawa, S. Sasaki, S. Nogami, M.Satou, Proc. of 14th International Conference on Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power Systems, 2009, CD-ROM.(平成24年6月21日)439“ “オーステナイトステンレス鋼における微小疲労き裂発生挙動と照)損傷の影響“ “中井 亮介,Ryosuke NAKAI,佐藤 佑毅,Yuki SATO,野上 修平,Shuhei NOGAMI,長谷川 晃,Akira HASEGAWA
原子炉炉内機器の構造材料として使用されるオー ステナイトステンレス鋼は、中性子照射によるはじ き出し損傷の導入に伴い、照射硬化により降伏応力 が増加し、伸びが減少することが知られている。ま た、照射硬化により、塑性変形時に粗大なすべりを 伴う不均一変形が生じることが報告されている[1]。このような中性子照射による機械特性の変化が疲労 挙動に及ぼす影響として、疲労寿命の低下[2]やき裂 進展速度の増加[3]などが確認されている。原子炉炉 内機器の設計や保全管理において、より高精度な疲 労寿命管理を行い、その長期的な構造信頼性を確保 するためには、疲労下における微小き裂の発生過程 と、その後のマクロき裂の進展過程それぞれにおけ る中性子照射の影響を理解することが重要である。 特に、すべり線の形成・発達を伴う微小き裂の発生過程においては、一般的にすべり線の入込みや突出 しといった材料の表面性状の変化を伴うため、中性 子照射による粗大すべりを伴う不均一変形の影響が 大きいと予想される。 * 本研究では、中性子照射によりはじき出し損傷を 導入されたオーステナイトステンレス鋼における微 小き裂発生挙動に関する基礎的知見を得ることを目 的とし、加速器を用いたイオン照射によりはじき出 し損傷を導入したオーステナイトステンレス鋼を対 象に、低サイクル疲労によるすべり線の形成・発達 挙動および微小き裂発生挙動に及ぼす照射の影響を 系統的に評価した。
2. 実験方法
供試材は、SUS316L オーステナイトステンレス鋼 の溶体化処理材(1120°C× 4 min)であり、平均結晶 粒径は約 45 um であった。疲労試験片は、側面に曲 率半径 10 mm のくびれを有する、最小断面が幅 1.25 mm、厚さ 1.52 mm である平板試験片を使用した。 1 疲労試験片へのはじき出し損傷の導入のため、東 北大学ダイナミトロン加速器を使用し、試験片くび れ面底に 2 MeV のプロトンを照射した。はじき出し 損傷量は、表面から深さ約 15 um において約 0.25 dpa であった。また、照射温度は約 230°Cであった。 * 非照射試験片および照射試験片について、室温大 気中において低サイクル疲労試験を実施した。試験 は両振引張圧縮のひずみ制御のもと、ひずみ速度 0.01%/sec、全ひずみ範囲 0.6%および 1.2%において 実施した。全ひずみ範囲 0.6%および 1.2%における 塑性ひずみ範囲は、それぞれ 0.4%および 1.0%であ った。数十 um から結晶粒径程度の表面長を有する 微小き裂の発生まで、一定サイクル数毎に試験を中 断し、試験片くびれ面底に対して光学顕微鏡および SEM による表面観察と、EBSD による結晶方位など の解析を実施し、これより得られる CSL マップ、 Twin マップ、IPF マップよりき裂発生サイトを同定 した。 CSL マップは粒界および双晶境界を粒界性格ごとンプは粒界および製品境界を粒界性格ごと-437に色別で表示するマップであり、Twin マップは双晶 境界を表示させることが出来るため、粒界と双晶境 界を区別することが出来る。また、IPF マップは色 別で結晶方位を表示し、き裂が粒内で発生している か粒界および双晶境界で発生しているか区別するこ とが出来る。3. 実験結果・考察 * 非照射材と照射材の同じ繰返し数におけるすべり 線の間隔を比較した場合、照射材のすべり線間隔は、 同じ繰返し数における非照射材のすべり線間隔と比 較して 1.25~1.4倍であった。本研究の結果と、従来 の研究における SUS316L 照射材の粗大すべりの評 価結果[4, 5]などから、本研究の照射条件においても、 低サイクル疲労により粗大すべりが形成したと考え られる。図1に示すように、発生した全微小き裂に対して 個別に EBSD による解析を行い、Twin マップや CSL マップ、IPF マップより、微小き裂の発生サイトは、 塑性ひずみ範囲にかかわらず、非照射材、照射材と もにすべり線上(SB)、双晶境界上(TB)、結晶粒界 上 (GB)、粒界三重点(TJ) の4つに分類された。 図2に、非照射材及びプロトン照射材の各サイトに おける微小き裂発生繰返し数(N)を示す。非照射 材では、塑性ひずみ範囲の増加により N; は 75~90% 「減少した。また、塑性ひずみ範囲 0.4%では GB での 微小き裂の発生割合が最も高かったが、塑性ひずみ 範囲 1.0%では SB 及び TB での微小き裂の発生割合 が増加した。これは、塑性ひずみの増加により、結 晶粒内に発生したすべり線の数が増加したことによ ると考えられる。一方、プロトン照射材では、塑性 ひずみ範囲の大きさによらず、N;は 50~80%減少し、 SB 及び TB での微小き裂の発生割合が最も高かった。 これは、プロトン照射材では塑性ひずみの影響に比 べ、照射による粗大すべり等の不均一変形により固 執すべり帯が早期に形成された影響が大きいためと 考えられる。CSLTwinIPFSEM Unirr. , N= 4000 cycle, Crack at Slip band (SB)Crack10mUnirr. , N= 4000 cycle, Crack at Twin boundary (TB)Crack10mmwomemoredecornoonUnirr. , N= 4000 cycle, Crack at Grain boundary (GB)ーーーGe boundaryCrack10umUnirr. , N= 4000 cycle, Crack at Triple junction (TJ).Crack10mAyrTwinBoundaries: CSLSigmaAngle144Plane Normal Direction DO111111 ,1101106038.91101sothersPattern Quality図 1. 非照射材において発生したき裂の SEM 写真、CSL マップ、Twin マップおよび IPF マップ4386000Unirrad.50004000SB(As=0.4%) ● TB (AE = 0.4%)GB (Ac=0.4%) A TJ (ae 20.4%) J SB(Ae=1.0%) ● TB (AE%3D1.0%) ● GB (Ac=1.0%) A TJ(-1.0%)PSNumber of cycles to initiation (cycle]300020001001.20_0.2 0.4 0.6 0.8 1Plastic strain range, A?p [%]図 2. 非照射材及びプロトン照射材の各サイ4.結言 - 中性子照射によりはじき出し損傷が導入されたオ ーステナイトステンレス鋼における微小き裂発生挙 動に関する基礎的知見を得ることを目的とし、プロ トン照射によりはじき出し損傷を導入したオーステ ナイトステンレス鋼について低サイクル疲労試験を 行い、微小疲労き裂発生挙動と照射損傷の影響を調 査した結果、以下の知見を得た。塑性ひずみ範囲に関係なく、非照射材、照射材 ともに微小き裂はすべり線上、双晶境界上、結 晶粒界上、粒界三重点の4種類のサイトで発生 した。 非照射材では、塑性ひずみ範囲の増加により微 小き裂発生繰返し数は 75~90%減少した。また、 塑性ひずみ範囲 0.4%では結晶粒界上での微小 き裂の発生割合が最も高かったが、塑性ひずみ 範囲 1.0%ではすべり線上及び双晶境界上での 微小き裂の発生割合が増加した。 プロトン照射材では、塑性ひずみ範囲の大きさ によらず、微小き裂発生繰返し数は 50~80%減 少し、すべり線上及び双晶境界上での微小き裂 の発生割合が最も高かった。ce6000Inrad.50004000Number of cycles to initiation (cycle]30002000000F6000Iliad.5000COAT4000Number of cycle: to initiation (cyclelロ SB (Ac =0.4%)TB(.=0.4%) * GB (Ag =0.4%) A TJ (Le -0.4%) ロ SB(AB=1.0%) 0 TB (Ae = 1.0%) ◆ GB (AE-1.0%)TU (Le -1.0%)3000200010001001.20.2 0.4 0.6 0.8 1 Plastic strain range, A?p [%]トにおける微小き裂発生繰り返し数(NY)参考文献 [1] T. Onchi, K. Dohi, N. Soneda, J. R. Cowan, R. J.Scowen, M. L. Castano, J. Nucl. Mater., 320, 2003,pp.194-208. [2] 白石春樹、鉄と鋼、 第69年 第14号、1983 [3] S. Jitsukawa et al., Fatigue Crack Propagation byChannel Fracture in Irradiated 316 Stainless Steel, Effect of Radiation on Materials Vol.17, 1996,pp.933-944. [4] 三浦照光、藤井克彦、福谷耕司、INSS journal 14,2007, pp.167-183. [5] T. Tanno, A. Hasegawa, S. Sasaki, S. Nogami, M.Satou, Proc. of 14th International Conference on Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power Systems, 2009, CD-ROM.(平成24年6月21日)439“ “オーステナイトステンレス鋼における微小疲労き裂発生挙動と照)損傷の影響“ “中井 亮介,Ryosuke NAKAI,佐藤 佑毅,Yuki SATO,野上 修平,Shuhei NOGAMI,長谷川 晃,Akira HASEGAWA