易しい破損解析講座 破面から読み解く破壊の原因 その1 -破損破壊の種類と破面-(II)

公開日:
カテゴリ: 解説記事

(前号 易しい破損解析講座 破面から読み解く破壊の原因 その1 -破損破壊の種類と破面-(I)から続く)

1.7 環境ぜい化破壊の特徴とその破面 
 特定の腐食環境と材料の組合せで生じる破壊です。応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking, SCC)と水素脆性(Hydrogen Embrittlement, HE)が代表的なものです。そのほかに、溶融亜鉛メッキの時などに生ずる液体金属脆性があります。
  応力腐食割れは、特定の材料と腐食イオンの組み合わせで、降伏点よりも非常に小さな応力(作用荷重による応力の他、加工による残留応力や熱応力、組立応力など)によって割れが生じる現象です。オーステナイト系ステンレス鋼の塩素(Cl )イオンによるSCC、黄銅のアンモニアイオン、
亜硝酸イオンによるSCCが代表的なものです。割れは粒内型の場合と粒界型の場合があります。
 水素脆性は、特に降伏点が800 MPa 以上などの高強度の鋼で生じます。水素は、溶接や熱処理、メッキなどの製造過程で、あるいは使用環境中で吸蔵される場合と、稼働中の腐食反応で生じた水素を吸蔵する場合とがあります。前者で、特に一定時間経った後に突然破壊する場合を「遅れ破壊」といっています。この場合、SEMで観察すると粒界型の破面が見られます。
 典型的な環境ぜい化の破面を図1.12に示します(水素脆性、遅れ破壊の場合)。その他に、水素吸蔵による軟鋼の延性低下など、いくつかの種類があります。環境脆化破壊についてはこのシリーズの4回目に、事例を交えて詳しく解説します。

1.8 荷重、応力の状態と破面
 破面は作用した応力の種類、方向、大きさ、によって変わります。図1.13 は代表的な応力の種類です。大きくは引張り・圧縮、曲げ、ねじりの3種類です。曲げは図の上側の引張りと下側の圧縮、捩じりは90度方向が異なる引張りと圧縮の組み合わせです。また切欠きによる応力集中、およびその集中の程度(切欠きの鋭さ)によっても破面が変わります。一般に破壊は応力が最大の位置と方向に生じます(主応力、相当応力など、扱い方があります)。
 荷重(応力)には、静的荷重の他、衝撃的荷重、繰り返し荷重およびそれらの複合があります。破面にはそれが現れます。
 破面を判断する上で、部材部品がどのような荷重、応力を受けていたかの情報が大切です。特に疲労の場合は、作用する繰り返し荷重の種類(図1.14)、また応力の高低(したがって破壊までの繰り返し数の大小)、切欠きの鋭さによって特徴的な破面が生じます。これを図1.15 に示します。
 逆に言えば、破面から、作用した応力の種類や方向、大きさ等を判断することができます。図1.16は、延性、脆性、疲労、環境ぜい化の代表的な破面の写真です。疲労破面については、次回、その2 でもまた紹介します。

1.9 事例1 照明器具ロッドの破壊
 破面からの破壊の種類の判断を誤ると、原因として全く誤った結論になる例を紹介します。 
 室内天井に設置された照明器具(全重量約40 kg)の吊りロッドが端部のつなぎ金具部分から破壊し、照明器具が落下しました。器具は設置から18年経過していました。破壊は器具の清掃作業中に生じ、作業者が不安定な姿勢で器具に荷重をかけた疑いが持たれました。照明器具メーカーの調査では、ロッドは十分安全で、引張試験でも異常はありませんでした。試験機関の調査により、長年の使用で経年劣化(疲労亀裂進展)が生じていたと結論されました(これは誤りです)。他に同仕様の照明器具があり、その安全確認が著者に依頼されました。
 著者の目視による破面観察では、疲労を窺わせる事前の亀裂進展の痕跡はありません。そもそも、静的荷重しか作用しない吊りロッドに疲労が生ずる可能性はほとんどありません。このため調査をやり直しました。
 吊りロッドは外径8.2 mm、長さ約90 cmの鋼管製で、60度の角度でシェードを吊っています(図1.17)。ロッドの両端には黄銅製のつなぎ金具があり、下側(器具側)はボールジョイント、上側(天井側)はアイ金具です。これを図1.18に示します。下側3個のボールジョイントの内、2個(#2、#3)はネジの首下(破壊位置A)で、他の1個(#1)はボールの首下(破壊位置B)で破壊しています。#1の破面は周囲にシァリップを有し、軸力による破壊です。#2および#3はネジ底から発生し、反対側にシァリップを有する、曲げによる破壊であす。いずれも過荷重による破壊と判断できます。
 しかし、ボールジョイントには通常曲げモーメントが作用しませんから、首部分が曲げで破壊するはずはありません。ただ、ロッドがボールの稼働範囲を超えて大きく振れたならば、曲げモーメントが作用し、曲げ破壊が生ずる可能性があります。この場合、コンテナの縁にはロッドと干渉した接触痕、干渉痕があるはずです。観察したところ、図1-19に示すように、#2、#3 ともに、複数の明瞭な干渉痕があります。ロッドがボールの稼働範囲を超えて振れることは、証明器具を吊り下げた状態では起こりえません。したがって、下側ボールジョイント破壊は、上側のアイ金具の破壊によって生じた2次被害であると推論できます。 
 図1.20は#2、#3の上側アイ金具の破面です。いずれも曲げの過荷重による延性破壊です。アイ金具は回転実と直角方向の荷重による曲げモーメントは作用しませんが、回転軸の方向の荷重による曲げモーメントは生じます。#2は軸と同じ方向の力による曲げ、#3は軸と少し傾いた方向の力による曲げと判断できます。
 そこで初等材料力学(曲げ応力=曲げモーメント/断面係数)を用いて、アイ金具を破壊させるに必要な回転軸方向の力、ロッドの端部の荷重を求めてみました。
 ネジ首下の谷径5.2 mm と快削黄銅の引張強さ350 MPaから曲げ破壊荷重を算定すると、90cmのロッド先端の必要荷重は0.5~0.8 kg(全断面塑性崩壊)になります。つまり、照明器具に1~2 kg の水平力を加えることで上側アイ金具の破損条件が容易に満たされるのです。
 以上から、次の破壊経過が推定できます。清掃作業中、器具に1~2 kgの横荷重(横方向変位)が作用し、上側の3個のアイ金具の内、回転が可能な1個を除く2個に曲げ応力が生じ、破壊した。次に、上端が自由になったロッドが大きく振れて下側ボールジョイントの可動範囲を越え、停止の際の慣性力によって首下部の曲げ破壊が生じた。照明器具の全重量がロッド#1に作用し、さらに落下の際の回転による遠心力が作用して、下側ボールジョイントの首下部が軸力で破断した。この破損経過は破面および破損の状況と一致します。図1.21は上側アイ金具のSEM破面です。いずれも延性破壊を示すディンプル模様です。
 では、破壊の真の原因は何でしょうか。筆者は、恐らくロッドの上下を間違えて取り付けたものと推論します。下側は取付け時に角度が固定されますからアイ金具で十分であり、上側がボールジョイントであれば、どの方向の水平力に対しても回転が可能で曲げモーメントは生じず、破壊しません。それを、設計時あるいは取付時に上下を逆にしたことがこの破壊の原因と考えられます。材料の経年劣化など生じておらず、また作業中の横荷重の責任でもありません。

1.10 その1のまとめ  
 本解説では機械や構造物の破損破壊の原因を調査究明するための破損解析の進め方について解説しています。今回のその1では、破損解析ではその調査の順序が重要であること、そしてその手順の最初として、破面から「破壊の種類」を判断することの重要性を述べました。これによって次に何を調査するかが決まるからです。
 破壊の種類は破面の巨視的な目視観察によってほぼ推定することができます。SEM等での詳細観察はその確認のためと位置付けています。今回は最も一般的である4種類の破壊、延性破壊、脆性破壊、疲労破壊、環境脆化破壊の4つについて、その機構と特徴を簡単に解説し、巨視的破面の見分け方を紹介しました。また、破壊の種類の判断を誤ると正しい調査、したがって正しい結論、破壊の原因に至ることができないことを事例で紹介しました。
 巨視的な破面からはさらに、作用した応力の種類や方向、破損の経過、欠陥の関与の有無など多くの情報が得られます。次回はこれをいくつかの事例を上げて解説します。


【文献】
(6) 野口徹:技術者のためのー破損解析の手引(工学図書)(2014)
                                      約3400字         


図 Caption

図1.12 環境ぜい化破壊の破面の例ー水素脆性(遅れ破壊)の場合
図1.13  荷重の加わり方と応力の状態 (静的荷重、疲労、衝撃 )
図1.14 疲労における荷重状態
(1) 繰返し引張り  (2) 繰返し曲げ  (3) 繰返し捩じり (4) 回転曲げ
図1.15 各種作用応力、応力条件による疲労破面の特徴、差異
図1.16 種々の破面 
(1) 曲げによる延性(過荷重)破壊  (2) 曲げ脆性破壊  (3) ねじり脆性破壊
(4) 片振り曲げ疲労破壊 (5) 両振り曲げ疲労破壊 (6) 片振りねじり疲労破壊
(7) 水素脆性破壊
図1.17 照明器具の取付け状態
図1.18 ロッド両端金具の破損状態
図1.19 ロッド両端金具の破損状態
図1.20 ボールジョイントコンテナ縁の干渉痕
図1.21 上側アイ金具の破面
図1.22 アイ金具のSEM破面

著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)