易しい破損解析講座 破面から読み解く破壊の原因 その1 -破損破壊の種類と破面-(I)

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カテゴリ: 解説記事

易しい破損解析講座 
破面から読み解く破壊の原因  その1 -破損破壊の種類と破面-(I) 
                          
                         北海道大学名誉教授 野口 徹

1.1 はじめに 
 機械や構造物の設計、製造に拘わる技術者は、担当した製品、部材の破損破壊を多く経験します。客先からのクレームがある場合もあるし、時には大きな事故にもなります。プラントや設備の保全、管理に携わる技術者もまた日常的に種々の部材の破損破壊を経験することでしょう。保全技術者としては、その破損破壊が、そもそもの設計や製作に起因するのか、それとも運転や管理に問題があるのか、あるいは長期稼働による材料の劣化などによるやむを得ない破損破壊であるのかが(後に述べるように、このようなことは意外に少ないのです)大きな関心事です。
(脚注)ここでは、「力による、破面を生じるような材料の分離」を破壊と呼び、これに降伏・塑性変形、亀裂の発生と伝播、座屈による大変形、摩耗損傷なども加えて破損としています。しかしこれらを全て含んで破壊、破損という場合もあり、必ずしも厳密ではありません[6]。
 もし設計や製作に起因するのであれば、設計や製造法に遡って改善しなければならないでしょうし、運転や管理に問題があるのであれば、点検や整備のマニュアルに明記して再発を防止する必要があります。これらを明らかにするためには破損破壊の原因(複数の要因がある場合は、その中の主たる要因)を究明することが必要です。
 破損破壊の原因を調査する手法を「破損解析, Failure Analysis」といい、これには多くの図書があります[1-5]。筆者は50年以上破損解析に携わり、多くの事例を経験しました。その一部は上の書籍や学会誌の解説等[2-5]にでも紹介していますが、企業の技術者が簡便に利用できる手引書として「技術者のための-破損解析の手引[6]」を出版しました。本解説ではこの著書を基に、破損した部品の破面と破損状態および破損時の(あるいは破損に至るまでの)負荷状態に関する資料から破損破壊の原因を探る手法、調査の進め方と判断法について、その適用事例を紹介しながら解説します。

1.2 破損解析の進め方
 予期していなかった破損破壊が生じると、多くの場合、まず材料に問題があったのではないかと疑われます。あるいは運転稼働中に材料の劣化が生じたり、色々な偶発的な要因があったのではないかと考えがちです。このために、破損破壊した部品から試験片を採取して強度試験や化学分析で規格への適合を調べ、さらに破面や金属組織を詳細に調査して異常や劣化の有無を確かめることが一般的です。確かにこれらが原因究明に有効な場合もありますし、また破壊原因の証拠となることもあります。しかし、多くの箇所が複雑に破壊した事故のような場合、あるいは少なくとも複数の部材部品に破損が見られる場合に、これを全ての破損個所について行うには多くの時間と労力が必要です。また、調査データの大部分が破壊の原因とは関係がない、あるいは結局原因が判らないと言うことになりかねません(後にいくつかの事例を紹介します)。そこで筆者は次のような手順を推奨しています。
(1) 破損状況と巨視破面から破壊の種類(延性、脆性、疲労、他)を判断する。また応力条件を推定する。
(2) 力学条件と材料強度の比較によって第1破損(最初に破壊した部材、あるいは部位)を推定する。
(3) 破損の経過(ストーリー、シナリオ)を推論し、2次被害を分離する。
(4) より詳細な観察、試験、分析等によってストーリーを検証する。矛盾がある場合は第1破損と破壊の経過を推定しなおす。
(5) 資料(設計や製造関係、運転履歴の資料等)および証言(運転時あるいは破壊時の異常等)との整合性を確認する。
 これを図1.1 に示します。ここでまず必要になるのは破面と破壊状況から「破壊の種類と、破壊の起点」を判断することです。また巨視的な破面から、破壊を生じさせた負荷応力の種類や方向を推定することもできます。これによって、他の部品部材の損傷状態も含めた「破壊の経過」を推論します。この推論の過程が最も重要です。詳細な調査は推論した破損経過の立証のためと位置付けます。破壊の種類の判断が重要な理由は、それによって、行う詳細調査の内容が異なるからです。例えば、明らかに変形を伴う延性破壊(過荷重破壊)であれば、SEM(走査型電子顕微鏡)観察や欠陥探しは意味がありません。延性破壊に対して小さな欠陥はほとんど効かないからです。疲労破壊であれば、起点部の応力と繰り返し数の確認が重要です。
 SEM等の詳細調査と(3) で推論した破損の経過が矛盾するならば、第1破損の推定を含めて経過の推論をやり直します。場合によっては破面の解釈が違ってくることもあります。破面からの判断、推定される破壊の経過と詳細調査の結果、資料、証言の間に矛盾がなければ破損解析は終了し、破壊の原因を特定することができます。いずれにしても、まず巨視的な破面から破壊の種類を特定することが最も重要です。
 
1.3 破損破壊の種類・分類
破壊はまずその基本的な観点と寸法レベルから次のように分類することができます。
(1) 破壊の微視的な(結晶レベルの)伝播経路の観点から(図1.2(1))  
(A)結晶粒内破壊と(B)結晶粒界破壊 健全な構造材料の普通の(特別な要因がからまない)破壊は結晶粒内破壊で、粒界破壊は金属組織あるいは環境要因に何らかの問題がある場合に生じます。
(2) 結晶粒内破壊について、結晶の破壊面と作用力の方向の観点から(図1.2(2))
(a)へき開破壊(分離破壊)と (b) せん断破壊 (すべり破壊)
(3) 巨視的な亀裂面または破面と外力の方向の観点から(図1.2(3))
  (i)I型(開口型) (ii) II型(面内せん断型) (iii) III型(面外せん断)
(1)(2)が結晶粒単位の寸法レベルであるのに対して、(3)の分類は巨視的、mm、cm以上の寸法レベルです。
(4) 巨視的な変形の有無から(図1.2(4))
(ア)延性的破壊(明らかな塑性変形がある破壊) と (イ)脆性的破壊(塑性変形が無いか、あるいは目視では確認できない破壊)
 一般の破壊はこれらの基本的な破壊形態の組み合わせです。よく知られている疲労破壊は、応力の繰り返しによって結晶粒内にまずせん断型の亀裂ができ、これがI型の亀裂になって伝播し、最終的に脆性的に破断するような破壊といえます。クリープ破壊は高温下で、主として結晶粒界のすべりによって生じる延性的な破断(そうでない場合もありますが)です。
 しかし実用的には破壊の種類を次のように分けています。
(1) 延性破壊   目に見える塑性変形(通常数%以上)を伴う破壊。
(2) ぜい性破壊   目に見える塑性変形を伴わない破壊。
(3) 疲労破壊   繰り返し荷重による破壊。
(4) 環境ぜい化破壊 材料と特定の環境要因との組み合わせによって生じるぜい性破壊。
(5) クリープ変形・破断 高温下で、応力(荷重)が一定の条件下で生じる塑性変形と破断。
(6)座屈破損  弾性不安定による変形。多くの場合、続いて曲げ塑性変形、破損が生じます。
(7)摩耗破損  他の部材あるいは粒子、流体等との接触、相対運動による部材表面の損傷、除去。
(8)腐食損傷  腐食は通常「破損」には含めないのですが、腐食現象が原因で2次的に破損破壊が起る場合があります。
各破壊にはさらに色々な種類があるのですが、ここでは最も基本的な (1) 延性、(2) 脆性、(3)疲労、(4) 環境ぜい化、の4つについて、その特徴と見分け方の概略を解説します。

1.4 延性破壊とその特徴と破面
 明らかな塑性変形をともなう破壊、降伏点を越えた高応力、過荷重による「正常な」破壊。曲がりやくびれが見られます。軟鋼の引張試験によるカップ-コーン型破壊が代表的です。これを含めて延性破壊の色々なタイプを図1.3に示します。破面はおおむね平坦で鈍い灰色(銅合金などでは銅色)を呈します。
 延性破壊の破面をSEMで見ると、図1.4 のようなディンプルパターン(ディンプル模様)という凹凸模様が見られます。(1)は引張りによる等軸ディンプル、(2)は引き裂きやせん断による伸長ディンプルです。(3)はその生成機構です。結晶粒の大きな材料あるいは軟らかい材料では大きなディンプルが、硬い材料では細かいディンプルになります。 
     
1.5 脆性破壊とその破面 
 巨視的な塑性変形が全くないか、あるいは殆ど認められないような破壊。破面は細かい結晶状であり、小さな輝点の集合です。焼き入れ鋼のような極めて硬い材料がこのタイプの破壊になりますが、通常は延性的な破壊をする材料でも、切欠きや衝撃的な荷重、低温などの条件によって塑性変形することなく破壊する場合があります。いずれもまず小さな亀裂、割れができて、これが進展、伝播することによる破壊です。
 脆性破壊の破面には図1.5のような、亀裂の進行方向を示す模様が見られます。これを山脈模様(リッジマーク)、魚骨模様などと呼んでいます。最も脆いタイプの破壊、へき開型の破壊(極低温での鋼の破壊など)では、SEM観察すると図1.6 (1) のような、山脈模様をミクロにしたような筋状の模様が見えます。これをリバーパターン(川模様)と呼んでいます。鋼の組織のひとつであるパーライト(文献:野口材料工学)は鉄と鉄炭化物の層状組織ですが、この場合は図1.6 (2) のような破面になります。これを「擬へき開」破面と呼んでいます。
 延性破壊と脆性破壊は、「目に見える塑性変形の有無」といういい加減な定義になっています。塑性変形があっても局所に限られていたり、亀裂の伝播が塑性変形を伴うものであっても、図1.5 (3)のような機構で破壊する場合には、「脆性的な特徴」を示します。この場合は必ずしも全面がへき開型の破壊ではなく、擬へき開破面やディンプル破面が混ざっていることもあります。
 延性破壊と脆性破壊の関係を図1-7の応力‐ひずみ曲線で示します。Aは延性破壊、Cは脆性破壊に相当します。その中間がBです。変形によって降伏点が上昇(加工硬化という)し、より小さなひずみで破壊します。温度を下げたり、あるいは負荷速度をあげて衝撃的荷重にしても同様のことが生じます。延性破壊も脆性破壊も、いずれも「過荷重による破壊」であり、塑性変形が局所か、全面降伏の後の破断かの違いです。
 図1.8 は切欠き衝撃試験(シャルピー試験)による吸収エネルギーと破面の関係です[8]。温度の低下によって延性破壊から脆性破壊に変わっていきます。すなわち、中間の状態があります。環境脆化による破壊も外見的には脆性破壊です。これについては1.7で述べます。
 
1.6 疲労破壊とその破面
 繰り返し荷重(応力)によって亀裂が生じ、伝播して最終的に脆性破壊するような破壊が疲労破壊です。大きくは、応力が小さく破壊までの繰り返し数が104~107のような場合を高サイクル疲労、応力が降伏点を越え、破壊までの繰り返し数が103オーダー以下のような場合を低サイクル疲労、塑性疲労と言って区別しています。このほか、加熱冷却の繰り返しによる熱疲労、腐食環境や高温度下で生じる腐食疲労、高温疲労、接触部の微小な「こすれ」によるフレッティング疲労等があります。
 疲労で生じた破面には巨視的な塑性変形がありません(最終部のせん断破壊以外)。破面はおおむね平坦で、図1.9に示すような縞状の模様があります。これを疲労縞、貝殻模様、ビーチマークなどと呼びます。実際の事故品では破面の接触によってこれが磨滅したり、あるいは長期間での酸化や変色で縞模様が確認できない場合があります。しかし、この変色部、磨滅平坦部も疲労破面の判断の手掛かりになります。一般に、疲労亀裂部分の先端から脆性破壊が生じ、最終部にはせん断破壊によるシアリップという斜めの破面が形成されます。応力が小さく、繰り返し数が多いほど亀裂部分が多く、脆性破壊部分が少なくなります。亀裂進展によって剛性が低下し、応力がかからなくなるような条件では、脆性破壊部分が殆ど見られない場合もあります。逆に応力が大きい場合には亀裂部分が少なく、脆性破壊部分が多くなります。
 疲労破面をSEM観察すると、典型的な場合には図1.10のような縞状の模様(ストライエーション)が見られます。ただし、これには色々な形態があって(図1.11)、常に、また容易にストライエーションが見られるとは限りません。応力が高い場合や高強度の材料の場合など、縞模様があって明らかに疲労であるのに、SEMで見るとストライエーションが見えないということもあります。図1.11 (3) はその例です。疲労破面の判断には荷重条件(繰り返し応力が作用するどうか)の情報が必要です。
                         (以下 次号 (II)に続く)


【文献】
(1) ASM (American Society for Metals) Metals Handbook, 9th ed. Vol.11(Failure Analysis and Prevention)(Metals Park, Ohio)(1986)
(2) 野口徹:金属(連載講座)、53,(No,6-9) (1983)
(3) 服部敏雄他編、破壊力学大系-壊れない製品設計へ向けて-(第2章機械要素)(株)テクノシステム PP 27-42 (2012)
(4) 塩谷義、松尾陽太郎、服部敏雄、川田宏之編:最新フラクトグラフィ-各種材料の歯面解析とその事例、(株)テクノシステム、 115-127 (2010)
(5) 西田新一監修、野口 徹、28名共著:フラクトグラフィーと破面解析写真集、総合技術センター
117-127、293-297、402-411(1998)
(6) 野口徹:技術者のためのー破損解析の手引(工学図書)(2014)
(7) 野口徹:溶接学会誌.86. No.7、515-523(2017)
(8) 野口徹:機械材料工学(工学図書)(2001)
                                      約5200字         


図 Caption

図1.1 破損改正の手順(破面観察-破損経過の推定-検証)
図1.2 破壊の基本的な分類
(1) 破壊の経路 (2) 結晶格子と破壊の方向 (3) 巨視的破面と外力の方向 (4) 巨視的塑性変形の有無
図1.3 種々の延性破壊の形態
図1.4 ディンプルマークとそれが生じる機構
(1) 等軸ディンプル (2) 伸長ディンプル (3) ディンプルの生成機構

図1.5 山脈模様とその生成機構
(1) 厚板鋼材の脆性破壊  (2) 山脈模様(魚骨模様) (3) 脆性破壊の機構 (4) 山脈模様形成の模式図
図1.6 脆性破壊のSEM破面(鋼のへき開破壊および擬へき開破壊)
図1.7 応力-ひずみ曲線と延性、脆性
図1.8 鋼の切欠き衝撃試験における延性-脆性遷移
図1.9 疲労破面の模式図とビーチマーク 
    (1) 疲労破面の模式図 (2) 疲労縞(ビーチマーク)の例
図1.10 ストライエーションとその形成過程
図1.11 疲労破面の種々の形態
(1) 高硬度(強度)鋼 (2) 鋳鉄(FC) (3) 軸の疲労破面とSEM破面

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