渦電流を用いた伝熱管検査技術
公開日:1.緒言
発電プラントにおける各種機器の健全性を評価する非破壊検査のうち,伝熱管に対する体積検査,及び溶接部等の表面に対する表面検査として渦電流探傷試験(ECT:Eddy Current Testing)が適用される。発電プラントは,運転時間の経過に伴い,様々な損傷を経験することになる。このため,当社では種々の損傷モードに対応したECTプローブを開発・適用し,プラントの信頼性向上に努めてきた。
本稿では火力発電プラントにおけるボイラ伝熱管内面腐食減肉部の高効率検査技術開発,および原子力発電プラント,火力発電プラント等の熱交換器伝熱管を対象としたパンケーキコイルによる高性能アレイECT技術の開発について述べる。
2.ボイラ伝熱管内面腐食減肉部ECT技術
2.1 背景
火力発電プラントにおけるボイラ伝熱管では,アルカリ腐食等(図1)による管内面側の腐食減肉の発生が懸念される。しかし,ボイラ伝熱管は密集して管群を形成しているため,検査部位へのアクセスが難しい場合が多い。ボイラ伝熱管の連続肉厚測定技術としては,水浸超音波探傷を用いた管内挿式超音波肉厚計測技術[1]の適用が一般的であるが,管内面には腐食反応により生成したスケールが付着するため,超音波による内面減肉の検出は難しい。また,フィン付管は管外面から検査することも不可能である。
このようなことから,当社では内面スケールの影響を受けずに,ボイラ伝熱管内面の腐食減肉を管全長・全周に亘って検査するECT検査技術を開発した[2]。
図1 アルカリ腐食減肉の例
2.2 ボイラ伝熱管内面検査用ECTプローブ
開発したECTプローブの外観を図2に示す。センサコイルには様々な方式があるが,欠陥検出性や欠陥方向識別性,耐リフトオフノイズ性に優れた差動方式のクロスコイルを採用した。図3は電磁場シミュレーションにより減肉部に発生する渦電流の状態を確認した結果である。シミュレーション上で,局部減肉や比較的広範囲な減肉等を模擬し,コイル1個当たりの渦電流分布を評価した。この結果を基に,管内面全周を見逃しなく検査可能な小型コイルの最適アレイ配置を検討し,プローブを設計した。なお,本プローブのコイル部はフレキシブルな構造となっており,伝熱管溶接部裏波部や管曲げ部等の内径が小さくなる部位もスムーズに通過可能である。
図2 ボイラ伝熱管内面検査用ECTプローブ
図3 電磁場シミュレーション
2.3 検出性,及び深さ評価
開発したECTプローブの減肉検出性を評価するため,管内面に人工きずを加工したモックアップを用い,検証試験を実施した。図4にきず検出状況を示す。きずは深さを一定(0.5mm)とし,きず幅やきず長さを変化させている。開発したECTプローブは全ての人工きずを検出可能であった。
図5にECTによる減肉深さ評価値と断面調査による減肉深さ計測値の比較結果を示す。ECTによる減肉深さ評価誤差は±0.3mmであり,比較的高精度に減肉深さを評価可能であった。
(a) 人工きずの配置 (b) 人工きずの検出状況 (c) 人工きずの寸法 図4 人工きずの検出状況
図5 減肉深さ評価結果 2.4 ECTプローブ搬送検査システム
図6に水圧搬送ECT検査システムを示す。本システムは,図2で示したECTプローブを伝熱管内部に挿入し,ケーブル搬送装置による駆動力と水圧によってプローブを移動させながら,管の全周及び全長にわたって減肉を検査するものである。
図6 水圧搬送ECT検査システム
この水圧送型システムは規模が大きく,大型ポンプ・ケーブル送り装置・貯水タンクの運搬・設置等,検査前の準備・片付け等に時間を要する。そこで,水圧搬送方式に代わるシステムとして,空気圧による搬送方式も開発した。
図7に開発した空気圧搬送ECT検査システムを示す。空気圧搬送ECT検査システムは,開発したECTプローブを空気圧によって伝熱管内に挿入し,手動走査によって引き抜きながら検査を行うものである。搬送装置は,空気挿入口とケーブル挿入口を有したものであり,検査対象管との接続はホースバンドを利用する簡便な構造である。
図7 空気圧搬送ECTシステム
図8に空気圧搬送システム用のECTプローブ外観を示す。ECTコイル部は,図2で示したECTプローブと同様であるが,信号ケーブルには樹脂性玉を取り付けられており,空気流れを受けてプローブ挿入力を生じさせるとともに,搬送中の接触摩擦低減とケーブルの座屈防止を図っている。モックアップパネルによる検証試験の結果,本システムでは,1000L/min程度の空気流を用いることにより,図9に示す半径65mmのベンド部を有するHRSG伝熱管(全長40m)を通過可能であることを確認した。1000L/minの空気流量は,発電プラントで使用される一般的なエアコンプレッサの流量で十分対応可能である。本システムは既に実機プラントで検証済みであり[3],きず検出性は水圧搬送検査システムと同等であること確認している。
図8 空気圧搬送システム用のECTプローブ
図9 ベンド部(R65)通過の状況
空気圧搬送システムは,水圧搬送システムと比べてコンパクトなシステム構成であり,機器をボイラ設備内部に設置可能である。このため,装置設置時間の短縮が可能である。図10にボイラ伝熱管10本(40m/本)検査する場合における両方式の検査時間を比較した結果を示す。現場環境にもよるが,システム簡素化により,検査準備時間が約1/3まで短縮でき,検査に要する時間も約2/3に短縮できることを確認している。これらの効果により,全体検査工程が45%低減する見込みを得た。なお,実際には,検査対象プラントの構造や,環境によって適用可能なプローブ搬送システムが異なるため,都度,水圧搬送・空気圧搬送から適切なシステムを選択して適用することとしている。
図10 検査時間の比較結果
3.パンケーキコイルによる高性能アレイECT技術
3.1 背景
各種プラントの熱交換器では,伝熱管に対し定期検査やリーク発生時の損傷部位特定を目的としてECTが適用されている。伝熱管に対するECTはボビンプローブや回転プローブを適用することが一般的である。双方の特徴を表1に示す。
表1 ボビンプローブと回転プローブの特徴 一方,昨今の脱炭素社会の流れでプラントの稼働率向上に向けたニーズは高く,これを実現するための検査工期短縮や,迅速な健全性評価,および検査の低コスト化が要求されている。これらの実現のために,当社ではボビンプローブと回転プローブ双方の長所(高い検出性,高い欠陥分布・性状の識別性・高速探傷)を併せ持ち,比較的低コストで適用可能な,パンケーキコイルを用いたアレイECT技術を開発した[4]。
3.2 パンケーキコイルによるアレイECTの特徴
図11にパンケーキコイルによるアレイECTのチャンネル構成と,励起される渦電流について示す。本技術では4つの一般的な薄型パンケーキコイルを励磁コイル2つ,検出コイル2つとして組み合わせる。斜めに配置された2つの励磁コイルにより,クロスコイルと同様に斜め方向の渦電流が励起される。図12に得られるリサージュ波形と欠陥性状の関係を示す。このように,周方向及び軸方向双方の欠陥検出及び識別が可能となる。また,欠陥検出時には2つの検出用コイルで検出される信号の差分をとることにより,周軸方向に一様なノイズ信号(例:リフトオフ信号)の影響を低減する。このため,割れ等の微小欠陥に対しても高い検出性を持つ。
クロスコイルによる渦電流 パンケーキコイルアレイによる渦電流 図11 パンケーキコイルによるアレイECTのチャンネル構成
図12 リサージュ波形と欠陥性状の関係
また,図13に示すように,このチャンネル構成をプローブ周方向に並べ,順次励磁コイルと検出コイルを切り替えることで,プローブを回転させることなく,欠陥の周方向分布を把握することが可能となる。
図13 コイル切り替えによる周方向探傷
3.3 パンケーキコイルによるアレイECTプローブ
上述したパンケーキコイルによるアレイECTを適用し,熱交換器伝熱管用のアレイECTプローブを開発した。図13にプローブ外観を示す。
図13 熱交換器伝熱管用アレイECTプローブ
本方式は,プローブ周方向に並べるパンケーキコイルの径,およびその個数を調整することにより,様々な伝熱管内径に合わせてカスタマイズ可能であるという特徴を持つ。また,各種プラントの熱交換器伝熱管に使用されるSUS304,純チタン/耐食チタン合金(TTH340,TTH340Pd等),銅(C7060,C6871等)に対し適用可能である。加えて,一般的なデジタル探傷器で使用可能な仕様となっており,高い汎用性を持つ。また,過去のボビンプローブデータとの連続性確保のために,プローブ上にボビンコイルを加えることも可能である。
3.4 検出性
開発した熱交換器伝熱管用アレイECTプローブ,およびモックアップを用い,検出性確認試験を実施した。対象欠陥は深さ20%t~100%tの周軸内外面のスリット,外面減肉や内面ピッティングとした。代表例として,周軸内外面のスリットに対し,励磁周波数400kHzで探傷した試験結果を図14に示す。全てのスリットが検出可能であることが確認された。
図15には得られたリサージュ波形を示す。リサージュ波形の方向を評価することにより欠陥の向きが判別できることが確認された。また,図16および図17に示すように,外面減肉及び内面ピッティングについても検出が可能である。
図14 スリット検出性確認試験結果(400kHz) 図15 深さ20%スリットのリサージュ波形
図16 20~100%t深さ内面ピッティング検出性確認試験結果
(200kHz)
図17 40%t深さ外面検出性確認試験結果(200kHz)
3.5 パンケーキコイルによるアレイECTの応用
開発したパンケーキコイルによるアレイECT技術は,一般的な薄型パンケーキコイルをアレイ配置した簡便な構造であるため,様々なアプリケーションに応用できる可能性を持つ。図18は,狭隘部検査用に,本技術を応用した例である[5]。このプローブは非常に狭い隙間の検査に用いることを想定している。図19は,ペンシル型のプローブ先端に本技術を応用した例である。フレキシブルな素材の上にパンケーキコイルをアレイ配置しており,曲面に追従して検査できるという特徴を持つ。このように本技術を活用することで,従来は検査していなかった,または出来なかった箇所に対するECT検査手法の開発が期待できる。
図18 狭隘部検査用プローブへの応用例
図19 フレキシブルタイププローブへの応用例
4.まとめ
火力・原子力発電プラントにおいて,各種機器の損傷は重大事故に繋がりかねず,電力を安定的に供給する上で,それらの検査技術は非常に重要である。このため,当社では種々の損傷モードに対応したECTプローブを開発・適用し,プラントの信頼性向上に努めてきた。本稿では,これらの取り組みのうち,伝熱管検査をテーマとして,2つの技術について述べた。
1つ目はボイラ伝熱管内面腐食減肉を管全長・全周にわたって検査し,且つ減肉深さを定量的に評価可能な管内挿入式ECT検査システムである。本システムは,磁性材管内面に発生した腐食減肉を,スケールを除去せずに定量評価でき,実機プラントへ適用可能な当社独自の検査技術である。既に5つの事業用火力発電プラントに適用しており,有効性を検証済みである。
2つ目は,高い検出性,高い欠陥分布・性状の識別性・高速探傷といった特徴を併せ持ち,比較的低コストで適用可能な,パンケーキコイルを用いたアレイECT技術である。様々な管径や材料に合わせてカスタマイズ可能であるとともに,従来検査が難しかった箇所に対応したECTプローブへの応用が期待される。
今後,これらの技術と当社の持つ自動分析技術を組み合わせることにより,より効果的なアプリケーションとすることを目指し,取り組んでいく。
参考文献
[1] 浦田幹康,青木清隆,浦田直矢,和田貴行,椿崎仙市,松本真太郎:"ボイラ伝熱管の高効率肉厚計測技術ケーブルレスインナーUT",三菱重工技報,Vol.53 No.4, pp. 72-76,(2016)
[2] 浦田幹康,山口岳彦,神納健太郎,浦田直矢:" ECTによるボイラ管内面腐食減肉部の高効率検査技術の開発",非破壊検査,Vol.68 No.11,pp.554-557,(2019)
[3] 浦田幹康,山口岳彦,浦田直矢,中原強,黒澤裕也,高橋春女:"コンバインドサイクルHRSGのアルカリ腐食減肉技術の開発(空気圧搬送ECT)",三菱重工技報,Vol.55 No.4, pp.95-99,(2018)
[4] 難波一成,鶴田孝義,長谷部貴士,神納健太郎,黒川政秋:"パンケーキコイルを用いた高性能アレイECT技術の開発", 日本非破壊検査協会 平成29年度秋季講演大会概要集,pp.121-122,(2017)
[5] 難波一成,神納健太郎,黒川政秋,関伊佐夫,鶴田孝義:"原子力発電所に適用される高精度ECTプローブ開発の歴史",日本保全学会 第15回学術講演会要旨集,pp.391-393,(2018)
(2020年1月30日)
著者紹介
保全学 Vol.19, No.1 (2020)
解説記事「渦電流を用いた伝熱管検査技術」