米国原子力業界における積層造形技術の活用
公開日:米国原子力業界における積層造形技術の活用
日本エヌ・ユー・エス株式会社
多原 竜輝 Ryuki TAHARA
1.3Dプリンティングと積層造形技術の歴史
2012年 10月 2日、当時 WIRED誌の編集長を務め、現在 3D Robotics社の CEOである Chris Andersonが、後に世界的なベストセラーとなる著書「 Makers: The New Industrial Revolution」(Crown Business社)を発行した [1]。上記の著書にて Chris Andersonは誰もが製造者になれる
「新産業革命」という概念を打ち出し、関連する技術とし
て 3Dプリンティングとよばれる技術が注目を集めるに
至った。
3Dプリンティング技術の歴史は 1980年代にまで遡
る。1980年、名古屋市工業研究所にて当時研究員であっ
た小玉秀男氏が光造形法とよばれる手法を用いた世界で
初めての 3Dプリンティング装置を発明し、特許(特許
昭 56-144478:立体型作成装置)の出願を行った [2]。し
かしながら審査請求が行われず、期限である 7年が超過
したため当該の特許は失効した。
その後 1984年に米国の Chuck Hullが小玉氏の発明と
同じ技術である光造形法を用いた装置の特許を出願し、
1986年に世界で最初の 3Dプリンティング企業である
3D SYSTEMS社を設立、 1987年に世界で初めて 3Dプ
リンティング装置の商品化を行い販売が開始された [3]。
3Dプリンティング技術は、上記の 3D SYSTEMS社と、
現在 3Dプリンティング市場にて最大のシェアを誇る
図1 世界初の商用 3Dプリンター「SLA-1」[4]
表1 積層造形技術の 7分類
Stratasys社の活躍により、光造形法以外の様々な技術が生み出され、その技術は洗練されていった。
積層造形技術という言葉が初めて提唱されたのは 2009年のことである。米国材料試験協会である ASTMは F42委員会と呼ばれる専門の委員会を設立し、 3Dプリンティング技術を含めた「積層を繰り返し付加していく加工」を積層造形( Additive Manufacturing, AM)と定義した [5]。また、積層造形の 7種類の分類を決定し、ISO 52900として規格が定められた。この 7種類の分類を表 1に示す。
3Dプリンティング技術や積層造形技術は、かつては RP(Rapid Prototyping)装置と呼ばれていた。これは積層造形技術に使用できる材料に強い制約があったことや、そもそも積層造形技術自体が未熟なプロセスであったため、強度や耐久性に問題があり、主に試作用途が中心であったためである。
一方で、現在積層造形技術は RM(Rapid Manufacturing)装置として脚光を浴び始めている。これは 3D Systems社や Stratasys社他様々な企業の研究開発努力によって使用できる材料の幅が広がり、そしてプロセスの進化が伴ったことにより、部品・製品の生産や生産のツール(型、治具)への活用が始まったためである。特にこの RMとしての積層造形技術の市場が世界的に大きくなりつつある。
2.重工業分野における積層造形技術の利用
自動車産業、航空宇宙産業、防衛産業など様々な重工業分野にて RMとしての積層造形技術の利用が活況を呈している。下記に米国の重工業分野における積層造形技術の活用例として、米国航空宇宙局(NASA)の事例と米国海軍の事例を紹介する。
2.1現在開発中の有人宇宙船への積層造形技術の適用 [6][7]
NASAは現在 LOCKHEED MARTIN社及び AIRBUS社と協力し、 2011年に運用が終了したスペースシャトルに代わる次世代型有人宇宙飛行船 ORIONの開発を行っている。この ORIONに積層造形技術の適用が認められた。これにより宇宙船のエンジンシステムの一部は 3Dプリンティングメーカーである Stratasys社のサポートの下 3Dプリンティングによって製造される。有人宇宙船の設計に積層造形技術が組み込まれたことは、本事例が初である。
図2 次世代型有人宇宙飛行船 ORION[8]
2.2 原子力空母への積層造形技術の適用 [6][9]
米国海軍海洋システムコマンド(NAVSEA)は米国海軍が所有している原子力空母であるハリー・ S・トルーマン(USS Harry S. Truman, CVN-75)において積層造形技術で製造した機器部品の使用を許可した。機器部品の詳細については軍事機密であるため明らかにされていないが、積層造形技術で製造した金属部品を設置したことが報告されている。 NAVSEAは、今回の事例で良好な結果が確認された場合、引き続き積極的に積層造形技術の採用を検討すると表明している。
3.米国原子力産業界が定める先端製造技術
宇宙という過酷環境下でも積層造形技術が適用可能であるということを証明した上記の NASAの事例や、原子力システムへの積層造形技術の利用の可能性を示した米国海軍の事例を始めとした、他産業における様々な
図3 USS Harry S. Truman, CVN-75 [10]
成功事例を受けて、米国の原子力産業界団体である NEIは「現在の米国の原子力産業界ではまだ主立って使用されていない、画期的な製造技術」として先端製造技術
(Advanced Manufacturing Method, AMM)という概念を提唱した [6]。
NEIは先端製造技術を用いることによって、現在米国
内にて稼働中の原子力発電プラントと今後稼働が始まる
先進炉の経済性と運転パフォーマンスを向上させること
を目的としている。
具体的には先端製造技術を用いることによって次の効
果が得られると NEIは想定している。
・迅速かつ正確なリバースエンジニアリング *が可能となる・リードタイムを削減し、安価にプロトタイプを作成することが可能となる・プロトタイプをその場で製造し、迅速に設計の検証
(Veri.cation)が可能となる・部品の再生産が容易となる・設計変更が容易になり、必要に応じて機能を付け足
すことが可能となる・無駄な在庫の削減が可能となる。
* 既に現物がある製品などの形状データを測定し、得られたデータを基に CADデータなどの設計図面情報を入手する手法
また、上記の目標を効果的に実現させるために、 NEIは「原子力産業と親和性が高い先端製造技術」として 16の技術の選抜を行った。この 16の技術のリストを表 2に示す。
4.関連する規格・規則動向
4.1 先端製造技術に関する規格 [6]
現在先端製造技術に関しては米国材料試験協会である ASTM、国際標準化機構である ISO、自動車技術者協会である SAEが様々な規格を制定している。
表2 NEIが選ぶ原子力産業と親和性が高い先端製造技術
その一方で、原子力産業での適用に焦点を当てた先端
製造技術に関する規格は定められていない( 2019年 5月
時点)。
このため、米国エネルギー省( DOE)、米国機械学会(ASME)及び電力研究所(EPRI)が協力を行い、原子力産
業での利用に焦点を当てた規格制定の動きを見せ始めて
いる。
4.2 先端製造技術に関する規制
米国原子力規制委員会( NRC)は 2019年 5月 22日に
先端製造技術に対するアクションプランを公表し、これ
の説明を行った [11]。
NRCは NEIが提唱している先端製造技術が米国の原
子力産業と NRCの活動にとって有益なものになりつつ
あると認識しており、「先端製造技術の使用に関する許
認可の規制を効率的に、効果的に、そして透明性をもっ
て行う」ことを目的としてアクションプランを発行する
に至ったと説明している。具体的には、 2019年 5月か
ら 1年間をかけて、図 4に示した 5つのタスクを実行す
ることを表明している。
5.米国電力事業者の積層造形技術の活用
適用範囲は限定的であるものの、現在でも一部の米国電力事業者では保守管理分野などに積層造形技術を活用し、一定の効果を上げていることが報告されてい
図4 先端製造技術に対する NRCのアクションプラン [11]
る。これらの例の 1つとして、米国ペンシルバニア州にて Susquehanna原子力発電所を所有している TALEN ENERGY社の事例を以下に紹介する [12][13]。
5.1 TALEN ENERGY社の活用事例
TALEN ENERGY社は同社が保有している Susquehanna原子力発電所に 3Dプリンターと 3Dスキャナーの導入を行った。同発電所においては、メーカーやベンダが既に生産やサポートを打ち切った廃版製品及び廃版部品に対する問題解決手段として 3Dプリンティングシステムを活用している。 TALEN ENERGY社は次の 3つの事例を紹介している。
1. 非常用ディーゼル発電機のセレクタースイッチへの活用
本事例は TALEN ENERGY社が 3Dプリンティングシステムを導入するきっかけとなった事例である。
Susquehanna原子力発電所の非常用ディーゼル発電機に用いられているセレクタースイッチは既に廃版指定されており、メーカーからのサポートが受けられない状況であった。
このため、現在保有しているセレクタースイッチの部品の在庫が尽きてしまった場合、非常用ディーゼル発電機に対する適切な保守点検作業を行うことができなくなり、米国の保安規定である Tech. Spec.に則って Susquehanna1号機および 2号機を停止せざるを得ない状況であった。
この問題に対して TALEN ENERGY社は 3Dプリンティングシステムを適用した。 3Dスキャナーを用いて廃版指定されている部品をスキャンし、迅速かつ正確なリバースエンジニアリングを行うことによって部品から正確な設計図面を書き起こすことに成功した。さらに、部品の破損や故障の原因となる箇所の設計変更と設計の合理化を行い、 3Dプリンターを用いて発電所内で部品のプロトタイプを作成することで、設計の妥当性の検証を迅速に証明することができた。
上記の 3Dプリンティングシステムを用いた対応により直ちに新規製品の製作依頼と発注をかけることに成功し、結果的に稼働中であった 2基の原子炉を停止する事態を防ぐことができたと TALEN ENERGY社は報告している。
2. 発電所内のチャートレコーダーへの活用
Susquehanna原子力発電所では現在でもアナログ式のチャートレコーダーを使用しているが、このレコーダーが故障した。発電炉の運転のためにはこのチャートレコーダーを修理する必要が生じたが、当該のチャートレコーダーは既に廃版扱いの製品となっており、メーカーのサポートを受けられないという問題に直面した。
本来ならば問題となった旧式のチャートレコーダーを新しいレコーダーに交換する必要があったが、TALEN ENERGY社は 3Dプリンティングシステムを用いてレコーダーの故障の原因となった破損した歯車をリバースエンジニアリングし、発電所内で新しい歯車を製造することでレコーダーの修理を行うことに成功した。
このおかげで新規のレコーダーを導入するために必要なコストを削減することができたと TALEN ENERGY社は報告している。
3. 補助ボイラーの操作盤への活用
廃版製品であるために長年放置されていた補助ボイラーの操作盤のレンズキャップを 3Dプリンティングシステムにより発電所内で製造することに成功した。
これにより補助ボイラー作動中に操作盤が赤く光って目立つようになり、安全性が向上したと TALEN ENERGY社は報告している。
5.2 積層造形技術活用によるコスト効果
TALEN ENERGY社は 3Dプリンティングシステムを Susquehanna 原子力発電所に導入するにあたって次の費用が発生したことを報告している。
・3Dプリンター購入・導入費:$6,000
図5 TALEN ENERGY社の活用事例 [12]
・3Dスキャナー購入・導入費:$6,000・3Dモデリングソフトライセンス料:$500/年
また、各事例における費用効果を下記の通り説明している。
1. 非常用ディーゼル発電機セレクタースイッチの事例のコスト効果・リバースエンジニアリングの合理化と効率化により
$20,000のコスト削減に成功。
・ Susquehanna-1, 2号機の計画外停止の回避に成功。これは 1ユニット当たり $2,000,000 / dayのコスト効果に相当。
2. チャートレコーダーの事例のコスト効果
TALEN ENERGY社の説明によると、廃版指定されていたチャートレコーダーは発電所内に合計 8台存在しており、これらを新しいレコーダーに変更するには $120,000+エンジニアリングコストが必要であった。
一方で 3Dプリンティングシステムを用いた場合、故障の原因である破損した歯車を新規に発電所内で製造しこれを交換するだけで済むので、チャートレコーダー 1台当たり $0.40のコストで済むことが判明した。
結果的に TALEN ENERGY社は $100,000以上のコストを削減することに成功したと報告している。
上記の内容から、十分に導入費用以上のコスト効果を上げることに成功しており、今後も 3Dプリンティングシステムを用いたリバースエンジニアリングをさらに活用することによって更なる費用の削減・コスト効果が期待できると TALEN ENERGY社は説明した。
TALEN ENERGY社の 3Dプリンティングシステムを用いたイノベーティブなアイデアは米国原子力産業界にて高く評価されている。
本アイデアは、 NEIが主催する原子力発電所をより効率的に、より信頼性を高め、そしてより価格競争力を向上させる斬新なアイデアに対して贈られる TIP(Top Innovative Practice)Awardを 2019年度に受賞するという輝かしい実績につながった。
6.米国原子力ベンダの先端製造技術活用例
NRCは 2017年 11月 28日から 29日にかけて積層造形技術を含む最先端の造形技術に関するワークショップを開催し、2019年 7月にその議事録を公開した。本ワークショップには NRCのほかに DOEやその傘下である研究機関、米国内の原子力関係ベンダが参加し、それぞれの取り組みやコンセプトについてのプレゼンテーションが行われた。このワークショップで紹介されたベンダの取り組み及び産業界が公表したロードマップ内で紹介されている取り組みの一部を以下に記載する。
・
小型モジュール式炉( SMR)の開発を行っている NuScale Power社は SMRの製造に積極的に先端製造技術の活用を行うことを表明している。同社は DOEと協力して、 PM-HIP法を用いて 2/3スケールの SMR用圧力容器の上部部品を作成したと報告した。現状は HIPで用いる機器の関係で製造できるもののサイズが制限されるが、技術的には実寸大の製品も製造可能であると説明している。
・
Westinghouse社は先端製造技術を用いてシンブルプラグやデブリフィルタ、スペーサーグリッドといった炉内構造物を製造している。また、これらの構造物に対して照射試験を行い、近いうちに商用軽水炉へ実装すると表明した。
・
GE日立社は先端製造技術を次世代燃料集合体、炉内構造物および SMRの圧力容器部品の製造に用いることを検討している。現在 DOEと協力して、先端製造技術で製造した機器や部品の照射影響及び応力腐食割れ(SCC)の影響を調査していると報告した。
7.まとめ
1980年代に産声を上げた積層造形技術は現在大きく発展し、その用途は RP(Rapid Prototyping)から RM(Rapid Manufacturing)へと進化している。すでに自動車産業や航空宇宙産業、防衛産業といった重工業分野においてもこの技術は適用されており、様々な成功が収められている。
これらの産業分野における成功例を受けて、米国の原子力産業界は積層造形技術などをはじめとした「現在の原子力産業界では主立って使用されていない、画期的な製造技術」を先端製造技術と定義し、この技術を使用することで原子力発電所の経済性とパフォーマンスの向上を画策している。
また、米国の規制委員会である NRCも先端製造技術の重要性を理解しており、規制や規格の枠組みが整えられつつある。
既に米国内の一部の電力事業者やベンダでは先端製造技術を廃版部品対応といった保守管理や新規の部品製造などの分野に活用して成果を上げており、今後もこの動きは拡大していくことが予測される。
参考文献
[1] about.me - CHRIS ANDERSON ., https://about.me/ andersonchris
[2] 小玉秀男 :"3Dプリンタの開発(光造形法の発明経緯・技術評価・特許問題) ",生体医工学, 2015年 53巻,Supplement号,p. S323
[3] 3D SYSTEMS「私たちのストーリー」 , https:// ja.3dsystems.com/our-story
[4] You Can Now See the First Ever 3D Printer . Invented by Chuck Hull . In the National Inventors Hall of Fame,
https://3dprint.com/72171/.rst-3d-printer-chuck-hull/
[5] ASTM: Committee F42 on Additive Manufacturing Technologies,https://www.astm.org/COMMITTEE/F42. htm
[6] NEI, "Roadmap for Regulatory Acceptance of Advanced Manufacturing Methods in the Nuclear Energy Industry", https://www.nrc.gov/docs/ML1913/ML19134A087.pdf
[7] WIRED, "Nasa is heading back to the Moon with a 3D-printed spacecraft", https://www.wired.co.uk/article/ nasa-orion-space-mission-3d-printed-plastic
[8] NASA: Orion Spacecraft, https://www.nasa.gov/
exploration/systems/orion/index.html
[9] NAVSEA, "NAVSEA approves 3D printed part installation on US Navy's CVN 75", https://www.naval-technology. com/news/navsea-3d-printed-part-us-navy-cvn-75/https:// www.naval-technology.com/news/navsea-3d-printed-part-us-navy-cvn-75/
[10] U.S. Navy, "Harry S Truman (CVN 75)", https://www. public.navy.mil/airfor/cvn75/Pages/HOME.aspx
[11] NRC, "Advanced Manufacturing Technologies -Action Plan Status-", https://www.nrc.gov/docs/ML1913/ ML19134A246.pdf
[12] NEI,"2019 TIP Award -WINNING ENTRIES-", https://www.nei.org/CorporateSite/media/ MemberFiles/Member%20Resources/Awards/TIP%20 Awards/2018%20TIP/TIP-Winners-2019.pdf
[13] NEI,"TALEN ENERGY TIP Award Video NEA 2019", https://www.youtube.com/watch?v=fB5Bij2zXTg&list= PLCQG6xi8sYel4NJMGqxPDNv7Py2OUt0aj&index=7
[14] NRC,"Proceedings of the Public Meeting on Additive Manufacturing for Reactor Materials and Components", https://www.nrc.gov/docs/ML1921/ML19214A205.pdf
(2020年 5月 7日)
著者紹介
著者:多原竜輝
所属:日本エヌ・ユー・エス株式会社エネルギー事業本部エネルギー技術ユニット
専門分野:原子力安全、米国原子力規制