放射光の応用2 白色 X線を利用した応力評価

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カテゴリ: 特集記事

放射光の応用2 白色 X線を利用した応力評価
1.はじめに
大型放射光施設 SPring-8では、現在 57本のビームラインが稼働しているが、そのビームラインの多くが単色 X線を利用している。しかし、本来の放射光は様々な波長を含んでおり、分光器を介さないこれらの光は白色 X線と呼ばれている。白色 X線を利用した応力測定は、古くは 1970年代から登場[1]しており、当時は比較的低エネルギの白色 X線が利用されてきた。 1990年代に入り、SPring-8に代表される第 3世代の大型放射光施設の台頭によって次第に高エネルギ白色 X線の利用が容易となり、主に欧米を中心に研究が進められてきた。
白色 X線を利用した応力測定は、半導体検出器(Solid State Detector: SSD)を利用したエネルギ分散法が一般的である。しかし、ここ数年、白色 X線による応力測定は検出器の開発とともに大きな変革期を迎えている。
本稿では従来のエネルギ分散法による応力測定法の紹介の他に、新たな検出器による白色 X線を利用した応力測定法について述べる。
2.エネルギ分散法
上述したように、従来の白色 X線を利用した応力測定は、半導体検出器 SSDを利用したエネルギ分散法が一般的であった。 SSDによって検出した X線エネルギはマルチチャンネルアナライザ( MCA)によって弁別され、放射性同位体などを利用してチャンネル C [ch]とエネルギ E [keV]の関係に較正される。弾性ひずみεは、得られた強度プロファイルにガウス関数でプロファイルフィッティングを行い、回折エネルギを算出し、ブラッグ式を介した以下の式から求める。

(1)
ここで、 d0は無負荷・無ひずみの格子面間隔、 dは負荷
国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
城 鮎美 Ayumi SHIRO

時の格子面間隔、 E0は無負荷・無ひずみの回折 X線エネルギ、Eは負荷時・施工後の回折 X線エネルギである。白色 X線を利用したエネルギ分散法の主な特徴は、以下のとおりである。
(1) 測定中に照射側、検出器側も含め、稼働部がない(単色 X線の場合と異なり、2θが固定となる)
(2) 一度の測定で照射領域内の複数の回折面情報を取得することが可能であり、複相材料であっても、各々の相の情報を同時に得ることができるこれらの特徴を生かし、金属材料、セラミックスや生

体材料など、これまでに様々な分野で応力測定が実施されてきた。以下では、一例として、複層鋼板について紹介する。
2.1 複層鋼板
一般の金属材料では強度と延性はトレードオフの関係

にあり、この両方の性質を持つ材料開発が行われている。
鉄鋼材料では、合金元素の添加、加工、熱処理などを施
し、ミクロ組織を制御することで優れた強度と延性のバ
ランスを実現してきた。二相鋼や TRIP鋼などがその一
例である。一方、小関らは新たな高強度高延性鋼の設計
指針として、鋼の複層化を提案した[2、3]。小島らはマ
ルテンサイト鋼の脆性層に代表される高強度を活かしつ
つ、高延性を達成するマルテンサイト鋼/オーステナイ
ト鋼の複層鋼板に着目し、層内のひずみ分布測定を行い、
複層鋼板中のマルテンサイト鋼における変形挙動の検討
を実施した[4]。
図 1に実験に用いた試料の断面組織を示す。 3層構造

の複層鋼板であり、厚さ 1 mmのうち中心層が 0.2 mm
のマルテンサイト鋼(0.13 mass% C-Fe)、外層が 0.4 mm
のオーステナイト鋼( JIS SUS316L)のサンドイッチ構造
である。図 1 (a)で確認できるニッケル層は炭素の拡散
を抑制するために挿入されており、厚みは約 0.02 mmで
ある。
特集記事「放射光の応用 2 白色 X線を利用した応力評価」

図1 実験に用いた複層鋼板
(a) SEM-BEIによる断面図、
(b) 試験片の概略図


図2 BL28B2における光学系概略図

実験は SPring-8に設置されている共用ビームライン BL28B2で実施し、横振回折計上にインライン高温引張負荷装置を搭載した。図 2に光学系の概略図を示す。検出器は 2 θ = 8 °の位置に固定し、引張試験片の長手(引張)方向の回折プロファイルを測定した。
図 3は入射する X線を 0.05 mmとし、変形中のその場測定を行った際の回折プロファイルの 1例である。界面位置(図中では界面と表記)ではマルテンサイト相とオーステナイト相に加え、図 1 (a)でも確認できたニッケルのプロファイルが混在している。一方、マルテンサイト層の中心部(図中では中心)ではマルテンサイト相のみの情報が得られている。
図 4は横軸に負荷応力、縦軸にマルテンサイト層内の引張負荷に伴う局所ひずみの変化を表したグラフである。小島らは事前に中性子回折を利用した複層鋼板の実験も行っており、複層鋼板の変形挙動は変形の進行に

図3 入射 X線を 0.05 mmとしたときの複層鋼板の界面近傍の回折プロファイル

伴って各段階に分類されることを確認している[5]。具体的には Stage 1(S1):高強度なマルテンサイト、低強度なオーステナイトともに弾性変形状態、Stage 2(S2):低強度なオーステナイトから塑性変形が開始、 Stage 3
(S3):高強度なマルテンサイトにおいて塑性変形が開始し、同時にオーステナイトにおいて開始するという 3段階である。図 4に示した白色 X線による測定結果においても、負荷応力の増加に伴う直線的なひずみの応答が見られる S1、低強度なオーステナイトが降伏し、マルテンサイトがオーステナイト分の負荷を負うことで、 S1に比べてグラフの傾きが急となる S2、高強度なマルテンサイトでも降伏が生じ、負荷応力の増加に対するひずみの増加率が徐々に停滞する S3といった、 3つの段階を確認することができた。一方で、界面近傍とマルテンサイト層中心部のひずみの差は、エラーバーを若干超える 100 × 10-6程度であり、マルテンサイト層中心部と界面近傍では均一に変形が生じていることが示唆された。次に、小島らは入射する X線を 0.01 mm、もしくは 0.05 mmまで絞り、マルテンサイト層内の残留ひずみ分布の

図4 白色 X線回折によって測定されたひずみの変化

評価を行っている。図 5は層内のひずみ分布を表しており、 (a)が 0.01 mm、(b)が 0.05 mmの結果である。 0 MPaの時のみ、グラフの右側の軸で示されているが、(a)、 (b)、いずれの場合にも、ほぼ均一に圧縮ひずみが生じていた。図 5 (a)中の 300 MPa(Stage 2)、446 MPa(Stage 2から Stage 3の移行域)においては、界面近傍に向かって徐々にひずみ分布が低下する傾向が見られた。これらは熱処理に伴うミクロ組織分布の影響と予想される。また、負荷応力の増加に伴い、引張ひずみが増加していくのは、オーステナイト層とマルテンサイト層の塑性ひずみのミスマッチが大きくなったことに起因すると考えられる。図 5 (b)にはさらに負荷を与えた結果が示されているが、 540 MPaの変形後は徐々に残留ひずみが減少する傾向が明らかになった。小島らはさらに同様の範囲における半価幅分布の評価も行っており、ひずみ・半価幅分布より、マルテンサイト層が全断面塑性変形を生じた後は、オーステナイト層とマルテンサイト層のミスマッチが減少し、マルテンサイト層内部の変形の均一化が進むと結論付けている。
3.EXDM法
昨今、時分割測定や in-situでの 1秒以下といった早

図5 マルテンサイト層における残留ひずみ分布
(a) 入射 X線のビームサイズ0.01 mm、(b) 0.05 mm

い現象を測定する測定の要求が高まっている。 SPring-8における単色 X線を利用した応力測定では 2次元検出器が盛んに導入されている。セットアップが簡便であること、ひずみ以外にも集合組織や析出物などの情報が得られることから、 2次元検出器は幅広い分野で使用されている。
それらは近年、白色 X線を利用した応力測定への応用についても検討が進められている。梶原らは、 2次元検出器の 1つであるフラットパネル検出器と、半導体検出器 SSDを組合わせた、 Energy Dispersive X-ray Diffraction Microscopy: EXDM法を開発した[6]。
EXDM法は、 2次元検出器による白色ラウエを利用した結晶粒の画像(図 6 (a))と、半導体検出器によるエネルギ分散型ひずみ測定(図 6 (b))を組合わせた手法である。実験は SPring-8に設置されている共用ビームライン BL28B2にて実施された。図 6 (a)に示すように、試験片の位置を変えながらスキャンを行い、図 7に示すような結晶粒イメージを作成後、図 6 (b)に示すように、それぞれの結晶粒ごとのラウエスポットのエネルギを SSD

図6 EBSD法のレイアウト (a) 2次元検出器によるラウエパターンの測定、
(b) SSDによる回折スポットのエネルギスペクトルの測定

特集記事「放射光の応用 2 白色 X線を利用した応力評価」

図7 (a) EXDM法による引張試験片の結晶粒イメージ
(b) EBSD image qualityマップ、(c) 光学顕微鏡写真

によって測定するといったレイアウトとなっている。
図 7は実験に使用した引張試験片を示しており、材質は SUS 316、試験片厚さは 0.3 mmである。図 7 (a)は試験片の平行部について、 EXDM法によって得られた結晶粒イメージである。暗いコントラストの部分は粒界を表しており、図 7 (b)に示した EBSDの Image qualityマップや、図 7 (c)に示した光学顕微鏡写真とよく一致していることがわかる。
梶原らは得られた結晶粒イメージの中から、 5つの結晶粒を選択し、それぞれの内部応力テンソルの評価を行っている(図 8)。その結果、変形を与えていない無ひずみ状態であっても、各結晶粒において残留応力が不均一に分布していることを明らかにし、各結晶が与えた負荷に対してどのような変形を示したかを明らかにしている。
4.エネルギ認識型 X線画像検出器による新

たなひずみ測定評価技術

従来の 2次元検出器には SSDのようなエネルギ分散の機能がないため、白色 X線における 2次元検出器の利用はラウエ測定にとどまっていた。豊川らは前述の課題解決、SPring-8の特徴である高エネルギ X線利用の拡大を目指して、検出媒体に CdTeセンサを用いた高感度型 X線画像検出器の開発を行なっている。その結果、 X線強度分布とエネルギの同時計測が可能であるエネルギ

図8 5つの結晶粒における主内部応力の解析結果

認識型 X線画像検出器の開発に成功した[ 7]。これにより、EBSD法では 2台の検出器でラウエパターンの測定とエネルギスペクトルの測定がそれぞれ必要だったのに対し、エネルギ認識型 X線画像検出器を利用すれば、 1度の測定でラウエパターンとエネルギスペクトルの情報を得られるようになった。つまり、ラウエパターンという結晶方位の情報と、一つひとつのラウエスポットのエネルギが決定できることから格子ひずみの算出が可能となり、短時間でより多くの情報の評価が期待される。
鈴木らは「放射光の応用 1」の第 4章で紹介している二重露光法と、このエネルギ認識型 X線画像検出器を組合わせた、主に粗大粒を対象とした新たなひずみ測定の実証を行っている[8]。

4.1 エネルギ認識型 X線画像検出器
豊川らが開発したエネルギ認識型 X線画像検出器は、 Alショットキーバリアダイオードと計数型集積回路で組合された CdTeピクセル型検出器デバイスであり、検出面積は 20 × 19 mm2、ピクセルサイズは 0.2 × 0.2 mm/pixelである[ 9]。鈴木らの実験ではこのデバイスを 2 × 2で構成した検出器を利用しており、各デバイス間に 1画質に相当する 0.2 mmのギャップを設けているので、検出面積は 40.2 × 38.2 mm2となる。以下の実験では、自動 XYZステージに検出器を搭載し、検出器を移動させることで検出面積を広げることとした。

4.2 二重露光法

実験は SPring-8に設置されている量子科学技術研究開発機構専用ビームライン BL14B1において実施された。供試材は SUSF316Lであり、熱処理によって粒径は約 300 μmの粗大粒であった。図 9に示すように、長さ 45 mm、高さ 6 mm、幅 7 mmの試験片を 4点曲げの治具に組込み、曲げひずみを与えた。負荷ひずみは引張側表面に貼り付けたひずみゲージによって計測しており、弾性変形の範囲内の 762 μεであった。測定は幅方向を透過させて行い、圧縮表面を 0として、0.2 mm~ 5.7 mm まで 0.5 mmの間隔で 12点測定している。また、二重露光法を利用した今回の実験では、図 10に示すとおり前方 P1で水平方向 2 ×天地方向 3、後方 P2で水平方向 4 ×天地方向 5の位置に検出器を動かして 1枚のラウエスポット像を撮影している。 P1と P2の距離 Lは 500 mmである。
図 11にエネルギ認識型 X線画像検出器で測定したラウエパターンの一例を示す。検出器に与える電圧(しきい値電圧)を変化させることでラウエパターンが異なっている。これはしきい値電圧と検出される X線のエネルギに相関があるためである。図 12(a)はしきい値エネルギが 73 keVの時の像であり、高エネルギから 73 keVまでの積分像となっている。さらに、しきい値エネルギ像から処理を経て単色 X線エネルギ像を作成した結果を図 12(b)に示す。図 12(b)は X線エネルギが 74 keVのときの回折像であり、単色 X線の回折スポット像となっている。

鈴木は図 12 (b)で得られた回折イメージから、回折スポットについてさらに詳細な検討を行い、格子定数 aを算出した。図 13に二重露光法によって評価したひずみの結果を示す。図中破線で示されているのがひずみゲージから得られた曲げひずみである。これらの結果より、二重露光法で測定されたひずみは、負荷ひずみによく一致していることがわかる。
5.おわりに
放射光白色 X線は単色 X線に比べて強度が高いことから、その有用性は極めて高い。しかし、従来のエネ


図11 エネルギ認識型 X線画像検出器によるラウエパターン
図9 SPring-8 BL14B1における白色 X線を利用した二重露光法の実験の様子


図10 白色 X線を利用した二重露光法のレイアウト図
図12 制限されたエネルギにおける回折パターン

特集記事「放射光の応用 2 白色 X線を利用した応力評価」

図13 4点曲げ負荷下における二重露光法によるひずみ測定結果

ルギ分散型は、単色 X線を利用した角度分散型と比較
するとひずみの感度は悪く、ひずみ測定の主流にはなり
得ていなかった。今回 4章で紹介したエネルギ認識型 X
線画像検出器はこれらの常識を覆す大きな契機となると
考えられる。今後は白色 X線を利用した応力測定のニー
ズがますます増えていくことを期待したい。
単色・白色 X線だけでなく、量子ビームを利用した

材料評価は、新しい検出器の開発とハイブリッド化によ
る計測法が日進月歩で進化している。溶接中などの 1秒
以下の現象の時分割測定や、 10 μmといった分解能の測
定も可能性が切り開かれつつある。また、測定の簡便化
や、精度の向上も精力的に研究されている。その動向に
注目するだけでなく、ぜひ積極的な利用をお勧めします。

参考文献
[1]長尾真人 , 楠本韶 :"白色 X線応力測定法", 材料 ,
Vol. 26, No. 285, pp. 576-583 (1977).[2]T. Koseki, J. Inoue and S. Nambu: "Development of
Multilayer Steels for Improved Combinations of High
Strength and High Ductility", Mater. Trans., 55, pp.227-

237 (2014).[3]T. Koseki, J. Inoue, T. Suzuki, K. Nagai and H.
Taniguchi,Met. Technol. (Jpn.), 80, 4, pp. 271-309

(2010).[4]M. Ojima, A. Shiro, H. Suzuki, J. Inoue, T. Shobu, P. Xu,
K. Akita, S. Nambu and T. Koseki: "Local deformation Analysis in Martensite Layer of High-Strength Multilayered Steel Composite using Synchrotron X-ray diffraction", Vol. 66, No. 6, pp. 420-426 (2017).

[5]M. Ojima, J. Inoue, S. Nambu, P. Xu, K. Akita, H. Suzuki, T. Koseki: "Stress partitioning behavior of multilayered steels during tensile deformation measured by in situ neutron diffraction", SCRIPTAMATERIALIA, 66, pp.139-142 (2012).
[6]K. Kajiwara, M. Sato, T. Hashimoto, T. Yamada, T. Terachi, T. Fukumura and K. Arioka: "Evaluation of Internal Stress in Individual Grains of Cold-Rolled Stainless Steel by Energy Dispersive X-ray Diffraction", ISIJ International, Vol. 53, No. 1, pp. 165.169 (2013).
[7]H. Toyokawa, C. Saji, M. Kawase, S. Wu, Y. Furukawa,
K. Kajiwara, M. Sato, T. Hirono, A. Shiro, T. Shobu,
A. Suenaga and H. Ikeda:"Development of CdTe pixel detectors combined with an aluminum Schottky diode sensor and photon-counting ASICs", J. Instrumentation 12, C01044 (2017).

[8]鈴木賢治 , 城鮎美 , 豊川秀訓 , 佐治超爾 , 菖蒲敬久 : "CdTeピクセル検出器による応力評価の実証的研究", 材料 , Vol. 69, No. 4 (2020). 掲載予定[9]H. Toyokawa, C. Saji, M. Kawase, K. Ohara, A. Shiro, R. Yasuda, T. Shobu, A. Suenaga and H. Ikeda:
"Development of CdTe pixel detectors for energy-resolved X-ray diffractions", Proceedings of 2nd International Symposium on Radiation Detectors and Their Uses (ISRD2018), JPS Conference Proceedings Vol. 24, 011015 (2019).
(2020年 2月 10日)

著者紹介 

著者:城 鮎美所属:量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門専門分野:放射光応力測定

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