放射光の応用1 単色X線を利用した応力評価
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放射光の応用1 単色X線を利用した応力評価
新潟大学
鈴木 賢治 Kenji SUZUKI
1.はじめに
日本国内の放射光施設が建設されてから久しいが、新たな施設建設も進行している。今後も放射光を利用した材料評価の研究と利用は継続発展するものと思う。前項では、量子ビーム (放射光および中性子 )を利用した応力・ひずみ評価の基礎的事項について説明した。本稿では、高エネルギー放射光を応用したテーマとして、コーティングの残留応力、溶接および粗大粒の問題について紹介する。また、分光器から得られる単色X線による応力評価について述べる。放射光白色X線を利用した応力評価については、次の「放射光の応用 2」にて取り扱う。
2.コーティングの残留応力
2.1 プラズマ溶射膜
基材にない特性を付与するために、コーティング材の物性値は、基材と異なることが多い。その結果、コーティング、クラッドは残留応力が生じる典型例である。設計や製造において、その残留応力の状態を知る必要がある。また、その残留応力を知ることで、コーティングの条件やその善し悪しを判断できる。
高エネルギー放射光X線の特徴は、高輝度、高指向性に加えて、高い透過力にある。表面の応力はラボX線で測定することができるが、コーティング界面や基材の残留応力は、高エネルギー放射光X線を利用しなければならない。特に、非破壊測定や熱サイクル測定の実験には、放射光は好適である。
さて、タービンブレードや燃焼器を高温から守るために、遮熱コーティング (TBC: thermal barrier coating)が施される。遮熱コーティングは、ニッケル基耐熱合金の基材にボンドコート層をプラズマ溶射し、さらにその上にジルコニアの遮熱コーティング (トップコート )を施す。図 1に示すように、このトップコートは、ボンドコート層の酸化挙動により高温酸化物 (TGO: thermally grown
図1 大気中 1373Kで 200h暴露した TBC断面
oxide)が生成され、残留応力によりはく離き裂が発生する [1]。遮熱コーティングのはく離方向の応力を捉えることは、設計、成膜技術や運転・保守に不可欠である。ラボX線による sin2ψ法でトップコート面内方向の応
を測定する。このとき、
(2)が測定される。これらの関係から、はく離応力 を得ることができる。
(1)を仮定する。一方、高エネルギー放射光X線を利用した sin2ψ法による応力
で、
(3)この関係に放射光X線の侵入深さと残留応力の分布形を仮定すれば、より正確なはく離応力 を求めることがで
きる。この方法をハイブリッド法という [3]。
図 2は、遮熱コーティングの残留応力を測定した例である [2]。ボンドコートとの界面では、面内方向の残留応力は圧縮残留応力が大きくなり、はく離応力
が大きくなる。1000 hの高温暴露では、はく離き裂の発生が進
特集記事「放射光の応用 1 単色X線を利用した応力評価」
図2 高温暴露によるはく離応力
の変化
行し、残留応力が解放され、 500 hの高温暴露よりも界面付近のはく離応力
が小さくなっている。
円筒の直径 10 mmのニッケル基耐熱超合金の基材にボンドコートおよびジルコニアをプラズマ溶射した TBCの残留応力を測定した例を図 3に示す。この測定では円周方向応力
をラボX線で測定し、半径方向のひずみ
をひずみスキャニング法で測定している [4]。図からわかるように、ボンドコートとの界面 (z=0.24 mm)からトップコートに約 50
の位置で半径方向応力
が最大となっている。図 1のはく離き裂が生じている位置と測定した
の最大値はよく一致している。
このように、高エネルギー放射光X線を利用することで、界面や内部の応力を測定することができる。
2.2 電子ビーム遮熱コーティング
成膜方法には、プラズマ溶射の他に電子ビーム物理蒸着 (EB-PVD: electron beam-physical vapor deposition) 法もある [5]。高出力の電子銃により高融点のセラミックスを溶融・蒸発させ、原子・分子状態で蒸着させて成膜することで、構造制御しながら効率よく成膜することができる。
EB-PVDによるジルコニアの成膜は図 4に示すように [5]、羽毛状の柱状組織がボンドコートから成長する。その柱状組織は、ナノボアやナノギャップを含み断熱性に富んでいる。また、柱状組織のために、面内の引張応力を生じない利点がある。
図 5は、20 rpmの回転数で基板を回転させながら成膜した EB-PVD膜である [6]。先端の成長点においては、ジルコニアの (111)面が、四方から積層しながら柱状組織が成長して中軸部を形成する。さらに、空間に余裕のある周辺部に羽毛状組織が成長する。このようなメカニズムによって、柱状組織が成膜される。
熱サイクルによる柱状組織の熱応力挙動を直接知ることは興味深い。図 6は、基板回転 EB-PVD法により成膜されたジルコニア遮熱コーティングの面内方向の熱サイクル試験をするために回折計に電気炉を装着した様子である [7]。大型の回折計があるので、放射光施設では大きな装置を利用した実験も比較的容易である。また、高温になると熱振動の増大が顕著で、回折線幅が広がり、
図 4 EB-PVDによる成膜
図 5 EB-PVDの柱状組織
図3 半径 5mmの局面の TBCの残留応力分布
図6 電気炉を使った熱サイクル試験
回折ピークが低くなる。そのため、高輝度かつ平行束の放射光X線は高温の実験に適している。
図 7は、前述の熱サイクル試験の結果である。ボンドコートとトップコートの界面付近でなければ、平面応力が仮定できるので、回折計により面外方向のひずみを
測定することで面内方向の応力 として、等二軸応力状
態 ( )を仮定すると、
(4)
の関係から面内応力を得ることができる。
図 7は室温から 1273 Kまでの範囲で加熱と冷却過程での面内応力を測定した結果である [7]。基材が膨張しても遮熱コーティング組織が柱状のために、コーティング面内の引張応力が伝播せず、 50 MPa程度で緩和される。回転基板 EB-PVD法による成膜は、耐熱サイクル性に優れていることが、実験結果から説明された。
3.粗大粒の応力測定
3.1 粗大粒問題
放射光の優位性であると同時に、問題となるのは、粗大粒である。図 8は S45Cと SUS316Lの平板の透過X線像である。図 8 (a)は S45Cの回折像である。 S45Cは細粒であるため、照射域内に無数の結晶粒があり、回折が環状に現れる。そのため、 0次元検出器を用いて回折計で回折角を精密に測定できる。
一方、粗大粒になると回折に与る結晶粒の数が少なくなるので、回折像は環状ではなく、斑点状になる。その結果、粗大粒からの回折では、図 8 (b)のように回折斑点が現れる。 0次元の検出器を用いて回折斑点から回折角を決定することは困難であり、 2次元検出器を利用するしかない。
粗大粒、集合組織および溶接金属などは、X線による応力測定が困難な対象とされていたのは、 2次元検出器の利用が未発達であったことが一因である。
3.2 回折斑点追跡法
前述のように 2次元検出器で粗大粒を持つ材料の回折を測定すると図 9のようになる。結晶粒は回折中心に位置しないので、回折角度が同じ
であっても回折斑点の位置が異なる。そのため回折斑点の位置から回折角を計算することができない。細粒では多数の結晶数があるので、その平均効果により回折中心の仮定が成り立つ。
(a) S45C回折環
(b) SUS316Lの回折斑点図8 透過X線による回折像 (72 keV)
図 7 EB-PVDの柱状組織
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図9 透過X線による粗大粒からの回折斑点
前述の問題を解決する方法の一つとして、回折斑点追跡法がある [8]。この方法は、図 10に示すような 2次元検出器の全面が回折中心からの回折のみを検出するようなスリットを用いる方法である。入射X線ビームが試料を透過して、結晶粒からの回折X線は 2枚のスリットで遮断されてしまうが、回折中心からの回折線はスリットを通過できるようになっている。このスリットをスパイラルスリットという。回折中心には、X線ビームとスパイラルスリットでゲージ体積が作られる。試料をX線ビームの光軸方向に走査しながら、それに同期させて回折画像を測定する。そのとき、粗大粒がゲージ体積を通過するのに伴い、 2次元検出器には、回折斑点が現れ最大強度を示した後に消失する現象が捉えられる。試料を走査しながら回折斑点の最大輝度における位置が回折中心になることから、正確な回折角
を得ることができる。この方法を回折斑点追跡法 (DSTM: diffraction spot trace method)という。
回折斑点追跡法を利用して、溶接材断面の残留応力を測定した例を図 11に示す [9]。図 11では、マグネシウム合金 (AZ31)の平板上に TIG溶接でメルトラン溶接した溶接線横断面の残留応力マップである [10]。溶接線垂直の応力
が溶接部付近に発生し、 20 mm離れた平板の内部に引張応力が生じている。一方、溶接線方向の応
図10 回折斑点追跡法
図11 マグネシウム合金の溶接残留応力マップ
力
は、溶接部を中心に大きな引張が発生し、それを圧縮応力が取り囲んでいる。これらの残留応力の分布形態は有限要素法の結果ともよく一致している。
4.二重露光法
4.1 二重露光法の原理
回折斑点追跡法は、粗大粒の応力評価法として優れた方法である。しかしながら、複雑なスパイラルスリットを利用すること、試料をスキャニングして回折斑点を追跡して最大輝度を解析しなければならないなど、の課題もある。その問題を解決する新たな応力評価法として、二重露光法 (DEM: double exposure method)が提案されている [10]。
二重露光法では、図 12に示すように回折斑点は、図中の直線 lに相当する。ステージに搭載した 2次元検出器 (PILATUS)を移動させ、回折線の前方 P1および後方の P2の 2カ所で回折斑点を検出する。一方、X線ビームは直線 lyに相当する。これらの 2直線の交点 PCが粗大粒の位置であり、交差する 2直線の角度が回折角になる。
2直線の関係から回折角
は、図 12の関係から
図12 二重露光法のX線、試料および検出器の配置
(5)
得ることができる。また、回折位置 PC(xC,yC,zC)は、次式で与えられる。
(6)
(7)
(8)
ただし、L=y2-y1である。
二重露光法は、回折斑点を検出器で測定するだけなので、複雑なスリットシステムは必要ない。また、ひずみを測定できるだけでなく、該当する回折斑点の結晶粒の位置を知ることもできる。
4.2 二重露光法による応力測定
二重露光法で測定した実際の斑点を図 13に示す。この測定はX線エネルギー 30 keVであり、アルミニウム合金 (A5052)の 331回折を測定した。 P1と P2で測定したそれぞれの斑点画像のマッチングを行い、各斑点の直線を決定して回折角と回折位置を求めることで、応力が評価できる。
痕試験片を図 14の上段に示す。この圧痕周りの残留応力マップを二重露光法で測定した。板厚方向の応力は平面応力状態であると仮定して、面内 2方向のひずみを測定した。測定間隔は、上下、左右ともに 0.2 mm間隔
図13 二重露光法測定した回折斑点
で二重露光法により回折斑点を測定した。その結果得られた残留応力マップを図 14に示す。試験片幅方向の残留応力
の分布を見ると、圧痕直下に引張残留応力が生じ、それを囲む圧縮残留応力の領域がある。試験片長手方向の残留応力
を見ると、圧痕直下に圧縮残留応力があり、その下に引張残留応力が広がっている。それがアンビルの角まで達している。また、圧痕の左側にも大き
図14 くさびによる圧痕と残留応力マップ
特集記事「放射光の応用 1 単色X線を利用した応力評価」
な引張残留応力の層が形成され、左右非対称が特徴であ
り、これは非対称な圧痕に起因している。その他、残留
応力の分布を見ると、大きな引張残留応力は圧痕の周囲
と圧痕下方に発生する。
二重露光法で得られた図 14の残留応力分布のパター
ンは、有限要素解析の結果とよく対応しており、測定の
精度も十分な精度を有していることが確認されている。
5.おわりに
放射光単色X線による応力評価は、本稿の解説以外に
もたくさんの研究が報告されているが、都合により割愛
した事項もある。特に、 3DXRD (three-dimensional X-ray
diffraction microscopy)は、X線マイクロビームを回転し
ている試料に透過させ、その回折パターンを解析する手
法である。さらに、試料を走査することにより、 3次元
で結晶の形、方位および応力を解析することができる
[11,12]。材料のミクロレベルの情報を得る方法として注
目されている。
近年、 2次元X線検出器の進歩もあり、これまでにな
い研究成果が期待できる。それを利用した手法や解析技
術が進むことで、新たな技術が生まれ、新たな解明に至
ることも多いので、注目すべき分野である。
本稿で触れた事例は、長年にわたり大型放射光施設
SPring-8の施設共用課題として支援を受けたものであ
る。実験に際して、高輝度光科学研究センター、日本
原子力研究開発機構および量子科学技術研究開発機構の
援助を受けた。ここに記して感謝の意を表する。
参考文献
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明,曲面上の遮熱コーティングの残留応力と変形特
性,材料,Vol. 55, No. 7, pp. 634-640 (2006).[2]鈴木賢治,久保貴博,田中啓介,秋庭義明,高温酸
化した遮熱コーティングの残留応力分布の解析,材
料,Vol. 54, No. 7, pp. 679-684 (2005).
[3]田中啓介,鈴木賢治,秋庭義明,菖蒲敬久,放射光による応力とひずみの評価,p. 111 (2009),養賢堂 .
[4]田中啓介,鈴木賢治,秋庭義明,菖蒲敬久,放射光による応力とひずみの評価,p. 112 (2009),養賢堂 .
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著者紹介
著者:鈴木 賢治所属:新潟大学教育学部専門分野:材料強度学