特集記事「エネルギー国際情勢」(2) 世界のエネルギー情勢と原子力発電の動向

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特集記事「エネルギー国際情勢」(2)「世界のエネルギー情勢と原子力発電の動向」

特集記事「エネルギー国際情勢」(2)
世界のエネルギー情勢と原子力発電の動向
(一社)海外電力調査会

黒田 雄二  Yuji KURODA
1.はじめに
国際エネルギー機関( IEA)によると、世界のエネルギー需要は今後も伸びつつづけ、 2040年には 2017年現在に比べ 27%増加すると見通される。
現在、この世界のエネルギー情勢に大きな変化がいくつか生じている。
その一つは、エネルギーの電力シフトである。エネルギーの一つの形態である電力は、図 1に示すように、 2017年現在の約 26兆 kWhから 2040年には約 40兆 kWhに 58%増加すると予想されている。電力の伸びがエネルギーの伸びを上回るのは、アフリカなどこれまで電化されていなかった地域が広がることに加え、電気自動車( EV)等さらに電気利用が拡大することによる。世界的な気候変動への対応の中で、輸送や産業部門などへの再エネ等低炭素電源の利用拡大も想定されている。このような結果、最終エネルギー消費に占める電力の割合は、現在の 19%から 2040年にかけて 24%まで上昇すると予想されている。

図1 世界の発電電力量の見通し

二つ目は、米国のシェールガス革命の進展である。シェールガス、オイルは非在来型と呼ばれ、従来のガスや石油が地層で分離している所から取り出していたのに対し、非在来型では、このガス等が含まれる地層(頁岩層)そのものにパイプを通し、化学物質を圧入して取りだすという、全く新しい方法による。世界中にあると見られているが、実際の取り出しているのは現在、米国だけである。シェールガスは 2008年頃から本格的に取り出されるようになり、今では米国は世界一のガス産出国になっている。米国は、今後も当分の間、ガス及びオイルの生産は増え続け、これらの世界一の輸入国であったのが、輸出国に転ずるのも近いと見込まれる。これが、世界の地政学上の構造変化をもたらしているという声も聞かれる。
三つめは、再生可能エネルギー(再エネ)の拡大で、その中でも風力、太陽光発電の増加が著しい。これらは変動型再エネ電源(VRE)と呼ばれ、出力が絶えず上下する「変動性」、と必要な時に必ずしも発電できない「不確実性」という弱点を持つが、建設コストが急激に下がっている。陸上風力の発電コストはすでに従来電源と競争できる域に入っており、太陽光、洋上風力もそれに近づいている。このため、脱原子力を進めるドイツなど多くの国で VREは拡大している。2017年現在、世界の VREは全発電電力量の 5%を占めているが、 IEAの新政策シナリオ(後述)では 2040年で 21%まで拡大すると見込まれている。
四つ目は、エネルギー分野における中国の影響力拡大である。中国は人口では既に世界一だが、エネルギー消費においても 2009年から世界 1位になっている。これまでは、一人あたりの消費量はそう大きくなかったのが、今後はこれも伸び、近い将来、欧州を抜くことが予想されている。このような中国のエネルギー需要の増加はこれまで、国内の豊富な石炭などで賄ってきたが、2030
年頃には、石油の消費量において、米国を抜いて世界第
1位になると見られる。このため、中国の化石燃料の輸入量は現在拡大の一途で、 2005年頃と 2040年の間で、化石燃料輸入量の観点から、中国はその立場を米国と丁度入れ替わると予想される。この世界最大のエネルギー消費国である中国は、電力分野でも 2010年頃から、電力量、設備容量のいずれも世界第 1位となっている。
さて、このようなエネルギー分野の大きな動きの中、原子力発電はどのように変化しているのだろうか。
2.原子力開発の二極化
2.1 原子力開発の見通し
世界の原子力開発の見通しを示す前に、 IEAが毎年 World Energy Outlook(WEO)として報告している世界のエネルギー需給予想等におけるシナリオについて説明する。
IEAでは 2017年から、従来の中心的なシナリオである新政策(New Policy:NP)シナリオに加えて、持続可能開発( Sustainable Development:SD)シナリオを作成している。このシナリオは、「2100年における世界の温度上昇を 2℃に抑える」という 2015年のパリ協定や国連の目標の達成に向け、各国が対策を強化していく、ということを想定している。
これらのシナリオによると、表 1に示すとおり、2017年で 413GWである原子力発電の設備容量が、 NPシナリオでは 2040年に 518GW(25%増)、 SDシナリオでは 678GW(64%増)になるとしている。
このように原子力発電は、世界において今後も増え続けると見通されるが、同期間における各国別の増加を見ると、これまで世界の原子力をリードしてきた欧米や日本は減少傾向を示しているのに対し、中国、ロシア、イ
表1 世界の原子力発電設備の見通し

ンドなどの国は原子力を大きく拡大する。特に中国は、 NPシナリオでも、現在の 4倍に増加している。
すなわち、世界は今後、原子力開発において、維持する国と拡大する国とに二極化していくと見られる。

2.2原子力開発二極化の背景
このような状況に至ったのには、いくつかの原因が考えられる。
拡大していく国は、中国、インドのように継続するエネルギー需要増加に対する、供給力としての期待とともに脱炭素化を指向する世界的流れを受けたものと考えられる。ロシアは、世界のエネルギー市場をリードしていくとの国家的な意思が働いている。
一方、これまで原子力先進国を見られてきた国はどうであろうか。
詳しくは、次章に述べるが、まず、基本的に各国ともエネルギー需要、電力需要が伸びていない。これに加えて、どの国も電力自由化が実施されており、前章で述べた米国シェールガス革命を受けた世界的なガス価格の下落により、原子力発電の市場における競争力が失われていることによる。新規建設においては、巨額の投資が必要な原子力発電は、投資家から敬遠されることになり、特に最近の原子力発電所の新規建設プロジェクトにおける建設期間の長期化、これに伴う建設費の増大は、後続のプロジェクトに悪影響を与えることになった。これら失敗のいずれの場合も、しばらく新規建設を経験していなかったという共通の背景が考えられる。
3.伸び悩む先進国


3.1 米国
米国は、 1990年以降しばらく新規建設がなかったことから、ブッシュ大統領は 2005年、エネルギー政策法を制定し、債務保証や税控除など支援策を講じた。このため、米国ではその後、原子力発電の新規建設の申請が 18件(28基)されることになり、「原子力ルネサンス」とも呼ばれた。しかし、福島第一事故が起き、シェールガス革命が進展し、原子力開発の勢いが急速に縮小することになった。 2017年には、ボーグルと並び建設が進められていた VCサマープロジェクトがウエスチングハウス(WH)の破綻とともに中止となった。現在は、ボーグル 3、4号だけが米国の建設中プラントとなっている。
一方、運転中発電所も経済性を理由に閉鎖するプラントが自由化州を中心に 2013年頃から現れている。自由化州においては、卸電力市場における価格がその経済性

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に大きく影響することになるが、シェールガス革命以降、図 2に示すように卸電力価格はガス化価格下落に連動して、 30ドル /MWh付近で低迷している。一方、原子力発電のコストは表 2で示すように 2017年現在、米国発電所平均で 34ドル /MWh(単基サイトでは 43ドル / MWh)と、この卸電力価格を上回ることとなり、経済性が成り立たないプラントが現れることとなった。
このため、 2000代にはなかった発電所閉鎖の決定が 2010年以降、相次いで行われ、 2019年 7月までに、 9機が閉鎖された。
このように米国の原子力発電は、新規建設だけでなく運転中発電所も厳しい環境下にあるため、連邦政府、州

図2 米国の卸電力価格と原子力発電コストの推移
表2 米国の発電コスト(2017年)


政府は現在、こうした状況に対し、改善策を講じている。
連邦レベルでは 2017年、エネルギー省(DOE)のペリー長官が、「電力系統の信頼度・回復力の観点から、原子力を含むベースロード電源の価値を市場で評価する規則を制定すること」を連邦の電力規制機関(FERC)に指示した。(ただしその後、規則化は中止され、 FERCでなお検討中)
また、表 3に示す州では 2016年から、原子力の脱炭素電源であることを評価する支援策を導入している。なお、同様の支援策は、オハイオ州においても 2019年 7月成立している。
このように、米国は現在、原子力発電のエネルギー供給における重要性や脱炭素電源等の価値を考慮してその
表3 米国州政府の原子力支援策(2018号年 10月現在)


支援策を導入しつつある。これらの支援策の結果、これらの州では、閉鎖が撤回され運転が継続されることとなった。

3.2 英国
英国は、欧州の中で原子力を強力に推進しようとしている国の一つである。
同国は原子力発電の草創期にこの分野をリードしてきた国の一つであるが、北海油田によるエネルギー事情緩和にともない、原子力への積極性はなくなっていった。
しかし、同油田の枯渇が明らかとなった 2008年、原子力推進へと再び転換した。以降、エネルギー法、計画法を成立させ、原子力開発に向けた支援策を次々打ち出していった。国の方針である国家政策声明により、 8地点で新規建設を進めることを明らかにし、これまで 6サイトでの国外企業の誘致を進めてきた。その状況を図 3に示す。

図3 英国 新規建設候補サイト

最も進んでいるのが EDFエナジーと中国広核集団(CGN)による、ヒンクリーポイント C(HPC)プロジェクトである。英国政府とフランス電力(EDF)は 2013年、
固定価格買取制度( FIT-CfD)の買取価格を 92.5ポンド / MWh(約 13円 /kWh)で合意した。適用期間は 35年間で、この間、事業者は収入が確保されることになる。
ただし、これに続くと考えられた他のプロジェクトは現在止まっている。ムーアサイトで計画していた東芝は 2018年、WHの破綻を受けて撤退を決定し、また日立も 2019年 1月、英国政府と財務的条件が折り合わず凍結することを決定した。

こうした、新規建設の停滞は、先の HPCでの計画時よりも、他の電源特に VREのコストが下がってきていることなど、原子力の投資環境がより厳しくなってきていることによる。このため、英国政府は 2019年 7月、 FIT-CfDに代わる新しいファイナンス制度として「規制資産ベース」(RAB:Regulated Asset Base)モデルを公表し、現在パブリックコメントに付している。このように、英国の原子力発電の新規建設に向けた積極性は現在も全く変わっていない。

3.3 フランス

フランスの原子力推進の方向は、 2012年のオランド社会党政権になってから少し変化が見られる、同政権は 2015年、原子力の比率を現在の 75%から 2025年までに 50%に低減するという「減原子力政策」に見直した。その後 2017年に政権を引き継いだマクロン大統領も基本的にこの政策を踏襲している。しかし、その目標時期は 2025年から 2035年へと 10年延期されることになっている。
欧州の原子力発電所の建設は、 1980年頃にピークに達したのち、 1990年代にはほとんどなくなってしまった。このため、欧州の原子炉メーカーのほとんどは統廃合され、その中でフランスのアレバは、唯一生き残った。同社は 2005年、当時の最新型・最大出力の EPR(170万 kW)をシボー 2号以来 15年ぶりの着工となる建設をフィンランドにおいて開始した(図 4参照)。
しかし、新規建設から離れていた同社はこのオルキルオト 3号( OL3)を、建設開始から 14年経過してもまだ完成することができていない( 2020年運開予定)。また、この 2年度にフランス国内で建設開始したフラマンビル 3号(FL)も同様に遅れており、それらの建設費は当初計画の 3倍近くまで増大している。
このような状況からアレバは 2015年、深刻な経営不振に陥った。このため、フランス政府は EDFも巻き込む原子力業界の再編を行い、原子力設計等を EDFの新規子会社フラマトムに移管し、海外進出の体制を整えた。

図4 フランスの原子炉建設中基数
ただその後も、溶接問題などで FL3の新規建設は遅れ、結局 EPRの初号機は、中国の台山 1号(着工 2009年 11月)が、OL3等よりも早く、 2018年 12月に運転開始することとなった。
4.気候変動対策としての原子力
2015年にパリで開催された第 21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)以降、原子力発電は脱炭素電源として注目されている。
世界の発電電力量は現在、その 35%が炭素を出さない電源であるが、原子力はその中で、水力に次ぐ脱炭素電源として 10%を占めている。発電電力量当たりの CO2発生量(gCO2/kWh)と定義される排出原単位と原子力発電比率との関係を図 5に示す。原子力と水力で総発電量の 90%以上を占めるスイスや原子力が 70%以上のフランスの排出原単位は世界平均の 490gCO2/kWhに比べて 1桁小さい値である。
このような原子力の気候変動対策における重要性について、マサチューセッツ工科大学( MIT)、環境団体

図5 排出原単位と原子力発電比率

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「憂慮する科学者同盟」、国際エネルギー機関(IEA)等が 2018年以降、相次いで報告書を発表している。これまで否定的であった環境団体も変化を見せ始めている。これらの報告書に共通するのは、脱炭素戦略において原子力発電は必須の電源であるということと、経済性等の現在の原子力発電の課題に対し国家的な対応が必要であるという指摘である。
また、世界各国は 2015年のパリ協定に基づき 2050年に向けた各国の気候変動に対する長期戦略を国連に報告しつつある。これまでの提出された報告によると脱原子力を目指すドイツを除き、原子力を現在使用している欧米諸国はいずれも、原子力を脱炭素戦略の重要な電源として長期的に位置づけている。
しかし一方で、様々な団体や市民が、原子力発電をクリーン電力として必ずしも位置づけていないことや、 MITや IEAが指摘しているような原子力発電の課題も忘れてはならない。
気候変動対策としての原子力の重要性の理解を広げていく中で、経済性等の課題に対する政策的取り組みにより、原子力発電の運転期間延長や新規建設を確実化していくことが必要となっている。
5.まとめ
エネルギー情勢の大きな変化の中、世界の原子力発電は今後も伸びていくと予想される。しかし、その開発は、これまでの原子力先進国とロシア、中国等の新興国で二極化しつつあり、先進国は電力自由化等の環境の中、原子力への支援策等を懸命に講じている。
一方、日本の原子力発電も同様に厳しい環境下にあり、脱炭素電源として重要性を増す中、その必要性についての国民的議論などの努力がますます求められている。

参考文献
[1]IEA(2018)"World Energy Outlook 2018"[2]IEA(2017)"World Energy Outlook 2017"[3]MIT(2018)"The Future of Nuclear Energy in a Carbon-
Constrained World"[4]USC(2018)"The Nuclear Power Dilemma"[5]IEA(2018)"Nuclear Power in a Clean Energy System"
(2019年 9月 10日)

著者紹介 

著者:黒田 雄二所属:(一社)海外電力調査会調査第一部 上席研究員専門分野:原子力全般、燃料

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