特集記事「原子燃料サイクル」(6)「蒸発乾固進展時の挙動及び重大事故等対処設備の設計条件」

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特集記事「原子燃料サイクル」(6)「蒸発乾固進展時の挙動及び重大事故等対処設備の設計条件」

1.蒸発乾固の特徴
六ヶ所再処理施設は、青森県六ヶ所村に位置している。再処理施設は、使用済燃料をせん断・溶解し、溶解液からウラン及びプルトニウムを分離・精製した後、製品となる MOX粉末を製造する工程、および、ウラン及びプルトニウム以外の核分裂生成物をガラス固化する工程から構成される(図 1参照)。こうした工程の特徴から、再処理施設において扱う放射性物質は、広範な工程に分散して存在し、多種多様で、事故影響も様々な事故の発生が想定される。
使用済燃料をせん断・溶解し、 MOX粉末又はガラス固化体を製造するまでの間は、放射性物質は硝酸に溶解された状態で存在し、その溶液は放射性物質が有する崩壊熱により発熱する。再処理施設では、これらの溶液を複数の貯槽に貯蔵しており、特に発熱量の大きい溶液を保持する貯槽には、溶液を冷却するための冷却コイル又は冷却ジャケットが備え付けられており、これにより常時水冷している。
この冷却機能が、地震、長時間の全交流動力電源の喪失又は冷却水を循環するためのポンプ等の動的機器の多重故障を原因として喪失し、代替する措置が講じられない場合には、貯槽に内包する溶液が有する崩壊熱により溶液の温度が上昇し、沸騰に至ることで、飛沫同伴により溶液に含まれる放射性物質が放射性エアロゾルとして気相中に放出される。

2.蒸発乾固進展時に想定される現象の整理
蒸発乾固が進行した場合に想定される事象として、高レベル濃縮廃液の場合、沸騰が継続することで溶液中の硝酸濃度が上昇し、かつ、溶液の温度が上昇すると、溶液中に含まれる核分裂生成物のルテニウムと硝酸の反応が促進され、ルテニウムが揮発性の化合物へ変化し、溶液からの放射性物質の放出量が増大することが国内外の研究から明らかとなっている。
一方、蒸発乾固の発生が想定される溶液は、高レベル濃縮廃液の他、溶解液、抽出廃液、プルトニウム溶液、プルトニウム濃縮液及び高レベル混合廃液であり、これらの溶液が蒸発・濃縮し、乾燥・固化に至り、乾燥・固化した後のさらなる温度上昇の過程においてどのような物理化学的挙動を示すのかに着目し、過去の事故事例、溶液の特徴、扱う化学物質の組み合わせによる反応の有無等について多角的に検討を実施した。
その結果、溶液が乾燥・固化に至る前の水分が存在する領域においては、従来知見であるルテニウムの揮発の他、有機物等が混入している溶液において爆発等へ進展する可能性がある。また、乾燥・固化後の水分が存在しない領域においては、上述の爆発等の他、乾燥・固化物の温度上昇に伴う放射性物質の揮発、貯槽の構造的な健全性が損なわれることに伴う臨界及び貯槽損傷の発生の可能性があることを特定した。

図1再処理施設の主要な流れ図図2蒸発乾固の進展と発生が想定される事象
2.1溶液の濃度上昇の観点固化物中の揮発性の放射性物質の放出量の増加の他、貯
蒸発乾固の発生が想定される溶液は硝酸水溶液であり、プルトニウム又はウランが溶存している溶解液、プルトニウムが溶存しているプルトニウム溶液及びプルトニウム濃縮液、核分裂生成物が溶存している溶解液、抽出廃液、高レベル濃縮廃液及び高レベル混合廃液に整理される。
水分が存在する領域において沸騰が継続することに伴い、遊離硝酸濃度の上昇、遊離硝酸量の減少及び核燃料物質等の濃度上昇が生じるため、ルテニウムの揮発以外に顕在化する可能性のある事象を検討した結果、臨界の可能性があることを明らかにした。
これに対し、遊離硝酸濃度の上昇、遊離硝酸量の減少及び核燃料物質等の濃度上昇をパラメータとして未臨界性を評価したところ、水分が存在する領域においては、いずれのパラメータ変動を考慮しても臨界に至らないことを確認した。
2.2共存する化学物質の観点
水分が存在する領域においては、蒸発・濃縮に伴う沸点上昇が生じる。再処理施設において扱う化学物質には自己反応性物質の硝酸ヒドラジン及び硝酸ヒドロキシルアミン、可燃物としての n-ドデカン、 TBP等があり、これらの化学物質が混入する可能性のある溶液は抽出廃液及び高レベル混合廃液である。これらの溶液の温度が 74℃又は 135℃に至ると爆発等へ進展する可能性があるが、抽出廃液の場合、崩壊熱は小さく、これらの温度まで溶液の温度が上昇することはないことから、爆発等へ進展する可能性のある溶液は高レベル混合廃液のみとなる。
また、高レベル混合廃液が乾燥・固化した後の水分が存在しない領域においては、硝酸塩(乾燥・固化物)及び可燃性物質の共存による爆発等の発生の可能性がある。
これらに対し、高レベル混合廃液の模擬溶液を用いて、蒸発・濃縮から乾燥・固化後の温度上昇の各過程において爆発等の反応が発生するかについての確認試験を実施し、爆発等の反応が発生していないことを確認し、また、仮に爆発等が発生した場合においても機器の健全性を損なうものではないことを評価により確認した。

2.3乾燥・固化後の温度上昇の観点
崩壊熱が大きいプルトニウム濃縮液、高レベル濃縮廃液及び高レベル混合廃液では、蒸発乾固の進行により乾燥・固化に至り、乾燥・固化後は、温度上昇に伴う乾燥・槽の構造的な健全性が損なわれる可能性がある。
プルトニウム濃縮液を保持する貯槽は環状型であり、全濃度安全形状寸法管理及び中性子吸収材管理により未臨界を確保しており、プルトニウム濃縮液の乾燥・固化物の温度上昇に伴い中性子吸収材等が損傷することにより臨界に至る可能性がある。
高レベル濃縮廃液及び高レベル混合廃液の乾燥・固化物が温度上昇した場合には、比較的融点が低い酸化セシウム及びその他核種のさらなる放出に至る可能性があり、また、プルトニウム濃縮液、高レベル濃縮廃液及び高レベル混合廃液の乾燥・固化物の温度がさらに上昇した場合には、貯槽損傷の可能性がある。
3.蒸発乾固の進展時の特徴を踏まえた対策
2.の整理のとおり、水分が存在する領域においてはルテニウムの揮発以外の留意すべき事象はなく、乾燥・固化後の水分が存在しない領域において、崩壊熱が大きいプルトニウム濃縮液の臨界及び貯槽損傷、同じく崩壊熱が大きい高レベル濃縮廃液及び高レベル混合廃液において酸化セシウム等をはじめとする放射性物質のさらなる放出及び貯槽損傷の発生の可能性がある。
これらは、蒸発・濃縮が進行し、乾燥・固化に至ることで健在化することから、「水分が存在する領域」に対して事業指定基準規則第 35条に適合する信頼性の高い対策を整備し、これを確実に実施することで放射性物質の発生を抑制し、「水分が存在しない領域」へ進行することを防止する。
さらに、上記対応にも係らず、「水分が存在しない領域」に「蒸発乾固」の状態が進行した場合には、事業指定基準規則第 40条に基づく放射性物質の放出を抑制するための対策を講ずる。
3.1事業指定基準規則第 35条対策(1)発生防止対策
冷却機能が喪失した場合には、蒸発乾固の発生を未然に防止するため、冷却コイル又は冷却ジャケットに冷却水を供給する配管(以下、本稿では「内部ループ」という。)に建屋の外部から通水し、蒸発乾固を想定する貯槽に内包する溶液を冷却する(図 3参照)。
さらに、内部ループへの通水が実施できなかった場合においても、冷却コイル又は冷却ジャケットに建屋の外部から直接通水することにより、蒸発乾固の発生が想定

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される貯槽に内包する溶液を冷却する(図 4参照)。
建屋の外部からの冷却水の供給に使用する設備は、可搬型のポンプ及びホースとし、対処に必要な個数の他、必要な予備を整備するとともに、これらが想定されるハザードに対して同時に損傷しないよう分散して保管する。
内部ループ、冷却コイル又は冷却ジャケット、水源の貯水槽等の恒設設備は、高い耐震性を確保するとともに多重化することで同時に機能喪失しない設計とする。
(2)拡大防止対策
貯槽に内包する溶液が沸騰に至った場合には、貯槽の


図3発生防止対策概要図(内部ループ通水)


図4発生防止対策概要図(冷却コイル通水)

内部に建屋の外部から直接注水することにより(図 5参照)、揮発性のルテニウムが気相中に大規模に放出されるのを抑制し、「水分が存在しない領域」への進行を緩和する。
建屋の外部からの希釈水の供給に使用する設備は、可搬型のポンプ及びホースとし、対処に必要な個数の他、必要な予備を整備するとともに、これらが想定されるハザードに対して同時に損傷しないよう分散して保管する。
機器への注水に使用する注水配管、水源の貯水槽等の恒設設備は、高い耐震性を確保するとともに多重化することで同時に機能喪失しない設計とする。

図5拡大防止対策概要図

(3)異常な水準の放出防止対策
貯槽に内包する溶液が沸騰に至った場合には、機器に接続する排気系統の配管の流路を遮断することにより、放射性物質をセルに導出し、セルに閉じ込めることで放射性エアロゾルの沈着を図る。
また、放射性物質をセルに導出する前に、導出経路上に設置されている凝縮器に通水することで、沸騰に伴い発生する蒸気を凝縮し、放射性エアロゾルを除去する。
セルの内圧が上昇し、経路外放出の可能性が高まった場合には、可搬型の排風機を起動し、高性能粒子フィルタにより放射性エアロゾルを除去することで大気中へ放出される放射性物質を低減し、管理しながら放出する(図 6参照)。
放射性エアロゾルを除去するための設備は、可搬型の排風機、高性能粒子フィルタ及びダクトとし、対処に必要な個数の他、必要な予備を整備するとともに、これらが想定されるハザードに対して同時に損傷しないよう分散して保管する。いるセル内へ注水し、セルを冠水させることで貯槽を直接冷却する対策を整備する(図 8参照)。
恒設設備の凝縮器は、高い耐震性を確保するとともに セルとは異なり、高レベル濃縮廃液等を保持する貯槽が
多重化することで同時に機能喪失しない設計とする。 設置されているセルへのアクセスは高線量であり不可能
なため、上記目的を達成するために、貯槽が設置されて


また、セシウムが大規模に揮発する状態に対しては、
換気を停止し、できるだけ建屋内に滞留させることで、
セシウムを固体化させ建屋内に沈降させる対策を整備す
る。
図6異常な水準の放出防止対策概要図

3.2事業指定基準規則第 40条対策(1)プルトニウム濃縮液を保持する貯槽への対処
貯槽の形状及び貯槽の中性子吸収材の健全性を維持することが未臨界状態を維持する上で重要であり、これらを保護する方法として、貯槽が設置されているセル内にアクセスし、貯槽の外側に圧縮空気を供給することで中性子吸収材をはじめとする貯槽の構造材を空冷する対策及び貯槽への注水配管を切断し、切断した箇所から直接貯槽内へ希釈水を供給する対策を整備する(図 7参照)。

図7プルトニウム濃縮液を保持する貯槽への対処概要図
(2)高レベル濃縮廃液及び高レベル混合廃液を保持する貯槽への対処
乾燥・固化物の温度上昇を出来る限り制限することで、乾燥・固化物からの放射性物質の移行を抑制し、貯槽の形状が損なわれることを防止することが重要である。
プルトニウム濃縮液を保持する貯槽が設置されている
図8高レベル濃縮廃液等を保持する貯槽への対処概要図
4.常設重大事故等対処設備の設計条件
「再処理施設の設計及び工事の方法の技術基準に関する総理府令」の「第二十六条 重大事故等対処設備」に重大事故等対処設備に対する設計要求が規定されている。本報では、「第二十六条 第 1項 第二号 想定される重大事故等が発生した場合における温度、放射線、荷重その他の使用条件において、重大事故等に対処するために必要な機能を有効に発揮すること。」の要求に適合させるための常設重大事故等対処設備の設計条件を、蒸発乾固を例に示す。
4.1常設重大事故等対処設備の使用状態
設備設計を行う場合には、設計のベースとなる「使用状態」を定義する必要がある。
再処理施設の設計基準設備において、例えば設備設計を行う際の基本パラメータである圧力及び温度は、通常運転時の使用状態におけるパラメータの変動幅を考慮した上で、最も厳しい運転圧力及び運転温度に設計余裕を考慮し、これを最高使用圧力及び最高使用温度として設定している。この際、「通常時の使用状態」からは、保守・点検、誤操作等の過渡的な状態は除外され、また、事故時に想定されるような状態も「通常時の使用状態」とはしていない。

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常設重大事故等対処設備は、設計基準設備と共用する設備および重大事故等対策の専用設備の 2種類に分類され、また、重大事故等対策が機能しているか否かによって、その設備が置かれる状態が変わる。こういった特徴を考慮し、設計基準設備における「通常時の使用状態」の考え方を参考に、重大事故等対処設備としての「通常時の使用状態」の考え方を以下のとおり整理した。(1)重大事故等対策の成否の観点
蒸発乾固では、例えば発生防止対策である内部ループ通水が成功している状態を想定した場合、冷却配管がさらされる温度は溶液の沸点未満となるが、一方、発生防止対策が機能しなかった状態を想定した場合、冷却配管がさらされる温度は溶液の沸点となり、条件が異なる。
重大事故等対策の成否の観点に立った場合、対象となる重大事故等対策の「通常時の使用状態」は、対策が達成すべき目標の状態と整理することが妥当であると考え、各対策が必要となる条件下において当該対策が成功している状態を「通常時の使用状態」と整理した。なお、当該対策が失敗している状態については、過渡的な状態として位置づけ、設計条件とはせず実力評価として参照するパラメータの位置づけとした。①発生防止対策
発生防止対策は、設計基準で整備した安全冷却水系の機能が喪失している状態において、代替する重大事故等対処設備を用いて溶液を冷却し、未沸騰状態を維持することが目標であることから、発生防止対策である内部ループ通水が成功している状態を「通常時の使用状態」とする。②拡大防止対策
拡大防止対策は、重大事故等対策の発生防止対策が機能せず、溶液が沸騰している状態において、重大事故等対処設備を用いて貯槽内部に直接注水し、溶液が煮詰まることを防止することが目標であることから、発生防止対策である内部ループ通水が失敗し、溶液が沸騰している状態を「通常時の使用状態」とする。
③異常な水準の放出防止対策

異常な水準の放出防止対策は、重大事故等対策の発生防止対策が機能せず、溶液が沸騰している状態において、重大事故等対処設備の凝縮器、可搬型フィルタ、可搬型排風機等を用いて、沸騰により気相中に移行した放射性物質を除去することが目標であることから、発生防止対策である内部ループ注水が失敗し、溶液が沸騰している状態で、拡大防止対策が成功し、かつ、凝縮器が稼動している状態を「通常時の使用状態」とする。
(2)常設重大事故等対処設備のうち設計基準設備と共用する設備及び専用設備の「通常時の使用状態」の考え方
常設重大事故等対処設備の「通常時の使用状態」の基本的な整理は 4.1 (1)に示したとおりであるが、常設重大事故等対処設備のうち設計基準設備と共用する設備は、本来の再処理運転中の「通常時の使用状態」に基づき設計されている。これらの設備側の観点に立った場合、重大事故等が発生している状態は、「通常時の使用状態」とはせず、過渡的な状態として整理するのが妥当であると考えられる。
一方、常設重大事故等対処設備のうち、重大事故等対策の専用設備は、再処理運転中には使用しない設備であり、4.1(1)に示した重大事故等対処時の状態を「通常時の使用状態」と整理することが妥当であると考えられる。

4.2具体的な設計条件
4.1に示した「通常時の使用状態」の考え方に基づき設定した温度条件を表 1に示す。なお、圧力条件については、本報における紹介を省略する。
表 1中の「最高使用温度(確認用)」は、重大事故等対処時における「通常時の使用状態」を超える状態、すなわち前提としていた対策が機能しなかった場合を想定した過渡的な状態として設定したものであり、本条件に基づき常設重大事故等対処設備のうちの設計基準設備と共用する設備及び専用設備の両設備の実力評価を実施する。
(2019年 11月 26日)
著者紹介 
著者:瀬川 智史所属:日本原燃株式会社 再処理事業部専門分野:再処理安全、熱流動

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