特集記事「AIと保全」(6) 動画によるインフラ構造物点検・診断技術

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特集記事「AIと保全」(6)「動画によるインフラ構造物点検・診断技術」

特集記事「AIと保全」(6)
動画によるインフラ構造物点検・診断技術
1.はじめに
画像センサデバイスの高速化・高解像度化によって、人間の視覚を超えた時間・空間分解能での光学観測も容易になり、計測分野での活用可能性が拡大している。従来、画像センサは陰影・色・形状等の計測に用いられてきたが、近年では高速・高解像度の撮像を利用することで、動画から物体の表面振動を計測する事例も報告されている [1][2]。本稿では画像センシング技術の時間・空間分解能がインフラ構造物、特に道路橋の力学的挙動を遠方計測可能なレンジに到達しつつあることを示した上で、構造体表面の挙動観測に基づいて劣化損傷状態を推定する試みを紹介する。
2.インフラ構造物の力学的挙動
社会インフラ構造物の劣化に起因する事故が社会課題となっている。なかでも道路橋は近接点検の困難さから、点検技術の革新が強く望まれている。
道路橋では交通荷重による応力によって、常時たわみや歪みが生じている。こうした力学的挙動は欠陥や耐力と相関があるとされており、安価・高精度・接近不要な計測が実現できれば補修判断の効率化に役立つ。
交通荷重で生じる橋桁のたわみ量は、コンクリート橋で 0.01~1mm、鋼橋で 0.1~10mmの範囲にあるとされる [3]。またコンクリート床版に生じたひび割れは交通荷重により開閉するが、その開閉量は 0.012mm[4]から 0.1mm前後との報告がある。桁たわみ、およびひび割れの開閉は、概ね橋の固有振動と同程度の周期で生じ、その周波数は 1~10Hzの範囲にある。
打撃による応答振動は、内部劣化の判断材料として広く用いられている。打音点検では点検員が可聴帯域内 10Hz~20kHzの音の違いを聞き取り評価している。レーザ超音波法 [5]では内部空洞領域で 1~2kHz、レーザドップラ振動計 [6]では空隙部で 4~5kHz、圧電型加速度セ
NEC バイオメトリクス研究所

高田 巡 Jun TAKADA

ンサを用いた振動計測 [7]ではひび割れ部で 4~5kHzに異常な振動波形が見られるとの報告がある。また打音時のコンクリート構造物の振幅は 0.001~0.1mmとの報告がある [8]。
以上から、道路橋の力学的挙動で生じる変位の時間分解能・空間分解能は概ね表 1の範囲となる。
表1 観測する力学的挙動と典型的な変位量


3.画像センシングの時間・空間分解能
高速撮像が可能なカメラ製品の仕様例を表 2に示す。現在の高速撮像の律速要因は主にインタフェース速度であり、撮像画素数と帯域から最大フレームレートが決定される。理論値 25Gbps の CoaXpress Quad I/Fを採用した EoSens4CXPでは 2336 × 1728画素、 8bppで約 560fps、2336 × 100画素、 8bppで約 9400fps(いずれも実測)の撮像が可能となる。 EoSens4CXPのセンサ画素ピッチは 7μmであり、焦点距離 75mmのレンズを用いた場合、 10m遠方の被写体面の画素分解能は 0.93㎜ / pixelとなる。
変位・歪みの解析にはデジタル画像相関法 [9]や位相限定相関法 [10]が利用できる。デジタル画像相関法では 0.1~0.01画素、位相限定相関法では 0.01画素以下の精度で変位計測可能との報告がある。
以上のように、高速カメラの性能は、 10m先の被写体の 4~5kHzの異常振動や、交通加振によって生じる 0.01mm程度の変位を捉えることが可能なレンジに到達しつつある。
表2 高速撮像可能なカメラの仕様例

4.動画像による微小表面変位の計測
カメラで捉えた構造物表面の動画像から構造物の挙動情報(振動や歪み)を得るための画像解析手法について述べる。
本手法ではまず、計測対象の表面を撮影した動画像から、表面の模様を時系列に追跡することで、計測対象面の各点の動きベクトルを算出する。
次に、対象面各点の動きベクトルの分布に基づいて、計測対象面全体の 3次元方向の面全体変位を算出する。カメラの光軸方向(奥行き方向)の変位は、計測対象面が接近 /離反することによって生じる動きベクトル分布のパターンから算出する(図 1)。
最後に、各点の動きベクトルから、計測対象面全体の変位によって発生する動きベクトル成分を減算することにより、面内変位分布を得る(図 2)。

図1 奥行き方向変位の推定原理

図2 面内変位分布の導出
5.表面挙動に基づく劣化推定の試み
表面歪みの挙動から劣化状態を推定する試みを 2例紹介する。いずれも原理検証として、実構造物ではなくミニチュアの構造体での実験結果を示す。
5.1 表面歪みからのひび割れ深さの計測
コンクリート床版のひび割れ開閉量はひびの深さと相関があり、劣化の進行や深刻さを測る手がかりとなり得る。本実験では、前述の手法により得た面内変位分布から、変位の不連続部を抽出し、不連続部を挟む領域間の変位ベクトルの差分演算によりひび割れの開閉量を算出する。これに印加外力の情報を加えることで、ひび割れ深さを推定する [11]。
実験環境として、ひび割れを有する橋梁床版を模して、深さ 5mm、10mmのひび割れを形成した発泡ポリスチレン材 (梁長 200mm)を用いた両持ち梁を構築した。外力として梁中央に集中荷重を載荷した様子を、梁の下方から撮影し、提案手法により載荷荷重とひび割れ開閉量及び深さの関係を評価した。撮影距離は 500mm、梁下面での画素分解能は 55μm/pixelとした。
図 3に荷重時の撮影画像、およびその画像から得た梁長方向の変位ベクトル場を示す。変位ベクトル場は、ベクトル方向は色の違いで、変位量は色の濃さで可視化して表現した。ひび割れ周辺では変位ベクトル場に不連続部が確認された。ひび割れがない部分や表面汚れ部分では、たわみによる連続的な変位ベクトルのみが確認され、不連続部は確認されない。
図 4に荷重を変えて載荷し、ひび割れ開閉量を算出した結果を示す。本実験条件下において、開閉量は、載荷荷重およびひび割れ深さにほぼ比例する値が得られた。
以上から、表面歪みからひび割れ開閉量を計測し、印加外力の情報を合わせることで、ひび割れ深さの推定が可能になることを示唆する結果が得られた。

5.2 表面歪みからの内部劣化状態の分類
表面歪みの分布パターンから構造物の内部状態(健全・ひび割れ・剥離・空洞)を推定する手法を検討した [12]。
実験として軟質材料(ウレタン材)による両持ち梁(梁長 120mm)を構築し、梁上面の中心に線荷重( 130gf)を載荷した上で、載荷前後の梁下面の画像から変位・歪みを計測した。撮像には、モノクロセンサカメラ(レンズ焦点距離 8mm、画素ピッチ 2.2μm、撮像距離 300mm)を使用した。変位計測には残差 2乗和と放物線フィッティングによる画像相関法を用い、物体面画素ピッチ 80um

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図6 実証実験現場の外観
図3 ひび割れ付近の変位ベクトル場


図4 ひび割れ開閉量と荷重の関係
図 7 20t車 走行載荷時の変位計測結果
図5 表面変位等高線(ひび割れ /剥離 /空洞 )


の 1/10以下の空間分解能が得られるようにした。
ひび割れ、剥離、空洞それぞれの劣化状態を施した梁下面の変位・歪みの空間分布には、図 5の表面変位等高線に示す通り、以下の特徴があることが見出された。
ひび割れ部分では、引張方向(以下 X方向)において、応力伝達が不連続であることからその微分値である歪み量が健全部分より小さくなる。また、引張方向と垂直な方向(以下 Y方向)に応力場の曲がりに起因する変位が発生する。剥離部分では、応力伝達がないため X方向変位は一定(歪み無し)であり、この変位特性よりひび割れと剥離の識別が可能である。空洞部分では、応力伝達の異方性から Y方向の変位が生じる。
以上の特徴から、構造物の表面変位から内部劣化の検出・分類が可能となる。
6.実橋梁での損傷部位の変位計測
図 6に示す富山県富山市管轄の RC 桁構造の T 橋を対象橋梁として、現場実証実験を実施した [13]。橋梁上を車両が走行する際に、支間中央付近の桁下面に発生しているひび割れ箇所を橋梁真下からカメラで動画撮影し、走行載荷に伴う桁の変位とひび割れ開口変位を計測した。カメラを前記ひび割れ箇所の真下に台座で固定し、車両が橋梁の端から端まで走り抜ける 20 秒間を動画撮影した。走行載荷試験に用いた車両は 4t 車、8t 車、 20t 車の 3 種類とした。実験に使用したカメラは 4112 × 3008pixel(画素ピッチ 3.45μm)、撮影距離は 2.70m であった。撮影には焦点距離が 75mm と 180mm の 2 種類のレンズを使用した。
前述の画像解析手法により算出した、桁の変位及びひび割れ開口変位の算出結果の一例を図 7と図 8に示す。図 7は 20t 車走行載荷時の桁の変位及びひび割れ開口変位( A -B点間の相対変位)の計測結果を示している。焦点距離の違いによらず、計測箇所直上を車両が通過した際の桁のたわみが約 750μm、たわみと同期したひび割れ開口変位が約 14μm であることが確認できた。橋軸方向・橋軸直角方向にも約 100μm の変位が確認できた。
図 8には、それぞれ 4t、8t、20t 車走行載荷時の最大桁たわみ量及び最大ひび割れ開口変位の計測結果を示す。載荷重量の増加に応じて桁のたわみ量やひび割れ開口変位が増加する傾向が確認できた。
今後、構造物の損傷状態が深刻化しているかどうかのモニタリングへ活用が期待できる。
7.おわりに
インフラ構造物の挙動から損傷を特定分類する原理、および実証結果を紹介した。今後、様々な構造物への適用により、静止画だけでは得られない多様な損傷情報を取得するための手法として、実用化を進めていく。


謝辞
本研究は、モニタリングシステム技術研究組合

(RAIMS)が実施した研究であり、内閣府の「 SIPインフラ維持管理・更新・マネジメント技術」の一環として国土交通省が実施する「社会インフラへのモニタリング技術の活用推進に関する技術研究開発」委託事業研究の成果である。

参考文献

[1]J. Sakai, et al., "The 3-D Analysis of Vibrating Objects Utilizing a High Speed Camera," 日本音響学会講演論文集 , pp.1493-1494, 2008.9.
[2]A. Davis, et al., "The Visual Microphone: Passive recovery of Sound from Video," ACM Transactions on Graphics (Proc. SIGGRAPH), vol.33, No.4, pp.79:1-79:10, 2014
[3]藤垣他 , "列車通過時における鉄道橋の動的な変位計測へのサンプリングモアレカメラの適用 ," 実験力学 Vol. 12, No. 3 pp.35-40, 2012
[4][4] "PRC道路橋の性能照査に関する研究 ," 国土交通省 国土技術政策総合研究所 第 620 号[5]島田 ,"新幹線トンネルのコンクリート欠陥検出実験 ," レーザクロス No.261, 2009
[6]上半 , "構造物診断用非接触振動測定システム「 Uドップラー」の開発 ,"鉄道総研技術レポート ,Vol.21, No.12 , 2007
[7]古川他 , "高振動数で起振可能なアクチュエータを利用した RC構造物のひび割れ発生検知の可能性に関する実験的検討 ," コンクリート工学年次論文集 , Vol.33, No.2, 2011
[8]川端他 , "コンクリート構造物の打音検査に関する実験と解析を用いた基礎的研究 ," 土木学会西部支部研究発表会 ,2009
[9]M. A. Sutton, et al., "Image Correlation for Shape, Motion and Deformation Measurements," Springer, 2009
[10]K. Takita et al., "High-Precision Image Registration Based on Phase-Only Correlation," IEICE Trans
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Fundamentals, Vol. E86-A, No.8, 2003著者紹介 [11]太田他 , "変位ベクトル場解析によるひび割れの深さ推定 , " 信学会 2015年総合大会講演論文集[12]今井他 , "画像変位計測による構造物の内部劣化状態検出 , " 信学会 2015年総合大会講演論文集[13]太田他 , "動画像を用いた RC 桁橋の変位とひび割れ開閉挙動のモニタリング ," 土木学会 2019年度全国大会第 74回年次学術講演会講演集 (発表予定 )

(2019年 4月 25日)
著者:高田 巡所属: NECバイオメトリクス研究所専門分野:画像処理、符号化

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