特集記事「高温ガス炉」(6) 高温ガス炉を用いた水素製造技術の開発状況

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特集記事「高温ガス炉」(6)「高温ガス炉を用いた水素製造技術の開発状況」

特集記事「高温ガス炉」(6)
高温ガス炉を用いた水素製造技術の開発状況

1.緒言
単体水素は天然には存在せず化石資源や水に含まれている。化石資源に依存しない水素製造技術の実現のためには、水を原料とし、これを分解して水素製造を行なうことが必要で、そのためには、原子力か自然エネルギーといった一次エネルギーが必要となる。
原子力エネルギーを用い大量の水素を製造する技術が実現すれば、化石燃料資源に取り代り、地球環境保全へ貢献し、かつ、持続的供給が可能な、エネルギーセキュリティーに優れた魅力的なものとなるだろう。
本稿では、次世代のエネルギーソースとして期待される高温ガス炉の熱利用技術である熱化学水素製造法 ISプロセスの研究開発における原子力機構の取り組みについて概観する。
2.熱化学水素製造法 ISプロセスの概要
2.1 高温ガス炉による水素製造の導入意義
図 1に我が国における分野別の CO2排出割合を示す。熱需要の排出量は全体の約 60%強を占めており、CO2の大幅な削減には熱需要における排出量の削減が有効で

図 1我が国の分野別 CO2排出割合と高温ガス炉による CO2排出量の削減
日本原子力研究開発機構


久保 真治 Shinji KUBO

ある。将来の実用高温ガス炉(熱出力 600MW)4基からなるユニットを 10ユニット導入し、製造した水素を燃料電池自動車(FCV)に供給すれば、運輸分野で 3%削減につながる。また、製鉄分野では、現状のコークスによる鉄鉱石還元に代え、水素還元が実用化できれば大幅に CO2排出を削減できる(14ユニットの導入で 5%)。従って、高温ガス炉水素製造システムにより製造した水素を産業分野へ供給することで、大きく CO2を削減するポテンシャルとインパクトを持つ。
2.2 水の熱化学分解による水素製造
水は熱的にきわめて安定である。水を分解して水素を得るには、水の生成エンタルピーに相当するエネルギーの投入を必要とし、このうち、自由エネルギー分の仕事を加える必要がある。水の電気分解法は、この自由エネルギーを電力によって供給する方法であり、一次エネルギー(原子力エネルギーや再生可能エネルギー)を出発点とすると、水素製造効率は発電効率に制約されてしまう。一方、熱化学分解法は、複数の化学反応を組み合わせることによって水を分解するものであり、熱 -水素と 1段変換となり、熱 -電気 -水素と 2段のエネルギー変換より高効率になる可能性を秘める。
熱化学分解法は、1964年、米国の Funkらにより熱力学的な考察が行われ、1960年代後半イスプラ研究所の De Beniらにより、高温ガス炉を熱源に想定した最初の熱化学サイクル(ISPRA MARK-1)が提案された。その後、
(1)最高温度が 1000℃と装置材料面での実現可能性(2)発電効率に制限されず高水素製造効率が得られる可能性(3)スケール効果で大規模製造に有利

などが期待され、各国の研究機関で数百にのぼるプロセスが検討された。要素反応の反応率、生成物分離、作業物質の毒性や腐食性、プロセスの熱効率、などの観点から選別が進み、 1970年代以来、米国 General Atomics社をはじめとする各国の研究機関で、活発に研究開発が行われてきたのが、熱化学水素製造法 ISプロセスである。 ISプロセスはヨウ素( I)と硫黄( S)を利用した 3つの化学反応を用いたサイクルにより、約 900℃の熱で水を分解して水素を製造できる。本プロセスは、ヨウ素と硫黄をプロセス内で循環させて繰り返し使用するため、 CO2をはじめ水素と酸素以外の他の物質を排出することがない。
2.3 熱化学水素製造法 ISプロセスの反応構成
図 2に ISプロセスの反応構成を示す。Sulfur-Iodineサイクル(SIプロセス)、ISPRA Mark 16サイクル、GA サイクル、とも呼ばれる。 ISプロセスをはじめとする硫黄系熱化学サイクルは、硫酸分解反応を酸素発生反応として組み込んだサイクルの総称であり、亜硫酸電解を用いる Westinghouse サイクル(Hybrid Sulfur サイクルとも呼ばれる)もよく知られている。
硫酸分解反応工程では 50wt%程度の硫酸を濃縮、蒸発させ、さらに、二酸化硫黄と酸素に分解する。硫酸分解は、2段階で進行し、
H2SO4(g) = H2O(g) + SO3(g) (1) SO3(g) = SO2(g) +1/2O2(g) (2) SO2(g)+I2(s)+2H2O(l)=2HI(aq)+ H2SO4(aq) (3) 2HI(g)=H2(g)+I2(g) (4)
反応( 1)は約 300℃以上で、また、反応(2)は約 800℃以上で、いずれも大きな吸熱を伴い、高い反応率で進行する。この硫酸分解の反応温度域は、高温ガス炉から取り出されるヘリウムガスの温度域(. 900℃)と良く適合し、この高温ヘリウムガス顕熱を利用する吸熱反応として適した特性を持つ。酸の生成反応であるブンゼン反応
(3)は. 100℃程度で生じ、水( H2O)、二酸化硫黄( SO2)及びヨウ素(I2)から、硫酸(H2SO4)溶液とヨウ化水素(HI)酸溶液を生成する。ヨウ化水素分解反応( 4)では、気相のヨウ化水素を~ 500℃で熱分解し、水素(H2)とヨウ素を生成する。このように、水、酸素及び水素以外の物質を循環させて、プロセス内に閉じこめて用いる。 ISプロセスは、作業物質が液とガスのみ(固体のハンドリングなし)というメリットを持ち、また、閉サイクル性というユニークな特徴を持っている。

図2 熱化学水素製造法 ISプロセスの反応構成
現在、 ISプロセスに関する研究開発課題は、(i)閉サ
イクルプロセスという特殊な化学プロセスにおける安
定的な水素製造運転手順の研究開発、(ii)熱エネルギー
を化学的な水素エネルギーに変換する変換効率の向上、(iii)極めて腐食性の強いプロセス流体(硫酸とハロゲン)
を取り扱うための耐食機器の研究開発である。
3.実用化に向けた研究開発
3.1原子力機構における熱化学水素製造法 ISプロセスの研究開発
原子力機構では、 ISプロセスを対象に、安定した長
時間の水素製造、熱効率の向上、強腐食環境下での装置
の信頼性確保、化学プラントの接続に係る原子炉安全確
保に向けた技術課題の解決に焦点を当て、研究開発を進
めてきた。図 3に研究開発の経緯及び計画を 4段階に
分けて示した。初めに、実験室規模試験として、副反
応等、反応を阻害する要因の摘出や反応条件を解明し、
1997年に毎時 1リットルで 24時間にわたり連続して水
素を製造 [1]して ISプロセスの理論を検証した。続いて、
工学基礎試験として、プロセスの定常状態を維持するた
めの計測技術や運転制御技術を開発し、 2004年にガラ
ス製の試験装置により1週間に渡り毎時 30リットルの
連続水素製造に成功した [2-3]。また、従来過大な熱量
を要していたブンゼン反応溶液からのヨウ化水素の分離
工程について、陽イオン交換膜を用いた電解電気透析に
より第三物質を用いることなくヨウ化水素を予備濃縮す
る方法を見出し、濃縮性能試験により技術的成立性を確
認した [4]。

ISプロセスでは、ヨウ素や硫酸など腐食性の強い物 
質を取り扱うため、プラント材料には高い耐食性が求め
られる。各種市販材料を対象に、 ISプロセスの使用条
件下での腐食試験を行い水素製造装置の構造材料を選定
した。図 4に腐食試験で良好な耐食性を示した材料を示

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図3 原子力機構における熱化学水素製造法 ISプロセスの反応構成

す [5]。硫黄系とヨウ素系、いずれの雰囲気でも、気相環境では、ニッケルをベースとする耐熱合金などの汎用材料に耐食材料が見出されている。しかし、液相環境、特に気液の共存する沸騰・凝縮環境は、気相環境より低温ではあるものの、腐食性が強く、従来の化学プラントに用いられてきた金属材料の多くは激しく腐食し、耐食材料はガラス、セラミックス、高融点金属などに限られる。素製造設備を 2013年度に製作し、現在、同設備を用いた水素製造試験を進めている。図 5にその概要を示す。試験設備は、開発した主要反応器を組み込んで製作したものである。

本設備は、ISプロセスを構成する 3反応工程(①硫酸分解反応、②ブンゼン反応、③ HI分解反応)を接続したもので、水素製造能力は、毎時 100リットル規模である。開発した耐食耐熱性を有する工業材料製反応器 [6]の概要を以下に示す。
①硫酸分解工程

金属材料の適用が困難な最も高温(. 900℃)の硫酸分解器(酸素を生成)は、炭化ケイ素(SiC)セラミックスを主材料とし、 SiC製の管を耐食グラスライニング配管上に固定する、簡素な構造とした。本反応器内で硫酸の蒸発から分解反応までを複合一体化できるバイヨネット型 [7]を導入し、高温域のシール部を持たず、腐食性流体の漏えいの可能性を低減し、また、 SiC内管を通して高温の硫酸分解ガスから低温硫酸へ熱回収する機能を持たせた。
図4 腐食環境と機器構造材に用いる耐食材料の選定


ISプロセスは、作動流体として極めて腐食性が強い硫酸やヨウ素を、室温から 900℃と広い温度範囲、気液と多様な相状態で取り扱うため、実用化を目指すには、ガラス製機器の次段階として、工業材料により耐食・耐熱性を持たせた反応器での試験が必須である。プラント全系の信頼性確証及び安定的水素製造性能の確証を目的とし、金属やセラミックス材料など工業材料を用いた水
②ブンゼン反応工程

低温域(. 100℃)のブンゼン反応器(硫酸と HIを生成)には、ノズル数が多いなどの複雑形状に適用可能で施工性及び配管割付が容易などの組み立て性に優れたフッ素樹脂ライニング材を用いた。本反応器に複数ある機能要件(混合、生成、除熱、分離)を、循環ポンプにて反応溶液を外部循環させ、管型反応器(静的混合器により気液の混合を促進)、冷却器、貯槽と、各機能をそれぞれ独

図5 実用工業材料により耐食・耐熱性を持たせた反応器及びこれらを組み込んだ装置による水素製造試験の概要

立した機器に受け持たせることによって、確実な反応分離操作ができるよう工夫した。
③ヨウ化水素(HI)分解工程
高温(. 400℃)のヨウ化水素(HI)分解器(水素を生成)には、耐熱・耐食合金のニッケル基合金を用いた。原料ガスと触媒を均一に接触させ、偏流による反応率低下を低減し、確実な反応操作を狙いとするラジアルフロー・固定層型を適用した。 HI濃縮器(水素生成のための HIを濃縮して供給)は、陽イオン交換膜を電極で挟み込んだセル構造で、陽極と陰極で生じるヨウ素の酸化還元反応を用いて HIの濃縮を行う。電極材料には、導電性かつ耐食性を有する不浸透黒鉛を用い、処理量の向上を狙いとし、これら膜及び電極を複数積層したセルスタック型とした。
設備の全機器は、各反応工程の運転条件・環境に応じ、耐食性、耐熱性を有する工業装置材料を選定して製作した。接液部にはフッ素樹脂被覆材、ガラス被覆材、 SiCセラミックス、不浸透黒鉛を、接ガス部にはハステロイ C276、SUS316を用いた。
設備の反応工程用機器は全面をパネルで覆った鉄骨製架台に配置して作業安全性に配慮した。また、各工程の独立運転が可能であることに加え、反応器単独での試験が行えるように系統を配置して運転操作性に配慮した。本設備機器の加熱源には、高温ガス炉からのヘリウムガスに代えて電気ヒーターを用いている。
ブンゼン反応工程は、原料水とヨウ素・亜硫酸ガスを反応(ブンゼン反応)させて、硫酸(軽液)・ヨウ化水素酸
(重液)を生成する機能を担う。硫酸分解反応工程は、ブンゼン反応工程から供給される低濃度硫酸を濃縮後、蒸発・分解し、 SO2と O2の硫酸分解ガスを生成する。 HI分解工程は、ブンゼン反応工程から供給される低濃度ポリヨウ化水素酸( HI、I2、H2Oの混合溶液)を、陽イオン交換膜を用いた電解電気透析器により濃縮し、 HI濃度を共沸組成以上に高濃度化、 HI蒸留塔へ供給する。高濃度 HI溶液を蒸留し、 HIをガスとして留出・分離し、続く HI分解反応器で HIガスを熱分解し、水素とヨウ素を生成する。これら 3つの工程が機能することで、全体として水を分解し酸素及び水素を生成することができる。
設備の製作後、まず、ヒーター、ポンプ、攪拌機、チラー・恒温槽及び計装機器の動作を確認し、気密試験・ガス流通試験及び、加熱・冷却機能の確認を行った。次に、プロセスを構成する 3つの反応工程(硫酸分解工程、ブンゼン反応工程、HI分解工程)毎の工程別試験を進め、

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各反応器による分解反応機能( HI分解反応による水素生成など)やガス化機能(HIガスの蒸留分離など)等を確認した。続いて 3つの反応工程を連結した水素製造試験装置の試運転( 2016年 2月、約 10 . /h、8時間)に成功し、その後、これら試験を通じて明らかにした、より安定的な水素製造運転を行う上で重要な課題(機器の腐食による漏えい、ヨウ素等の析出による閉塞の問題)に取り組んだ。
3.2高温ガス炉-熱利用システムの実証に向けて
HTTR-GT/H2試験 [8]は、原子力機構が計画中の HTTRに熱利用設備(ヘリウムガスタービン及び水素製造施設)を接続することにより、世界で初めて高温ガス炉から取り出される核熱を用いた電気・水素のコジェネレーション実証を目指すものである。この取り組みを通じて、高温ガス炉によるヘリウムガスタービン発電及び水素製造技術を確証するとともに、高温ガス炉とヘリウムガスタービン及び水素製造施設の接続に係る安全基準策定やこれに適合する設計を確立する。
本計画では、 HTTRとヘリウムガスタービン施設の接続に伴う原子炉設置(変更)許可申請を通して原子力規制委員会による安全審査により高温ガス炉ヘリウムガスタービン特有の適合のための設計を確立することを目指す。その後、原子炉の熱を用いる水素製造システムにおける原子炉の十分な安全確保のため、 HTTRと水素製造施設のような化学プラントの接続に伴う原子炉設置(変更)許可申請を通して原子力規制委員会による評価を受け、安全基準の策定を目指す。
4.結言
水・食料とならびエネルギーが生活や産業と社会の基盤であることは言うまでもない。水素も電気と同様の二次エネルギーとしての役割のみならず、化学産業の基幹原料及び還元剤として不可欠である。原子力や自然エネルギーを利用して発電や水を原料とした水素製造を行うメリットは、化石資源に依存せずに持続的供給が可能であり、エネルギーセキュリティーに優れることである。このような地球環境保全への貢献とエネルギーの安定供給は普遍的価値を持つ。また、水の熱化学分解はチャレンジングであるが、水素社会実現に不可欠な大量水素供給に資する有意義な研究開発課題である。過酷な高温腐食環境に適用する化学反応開発、膜分離技術開発など工業的に有用で学術的にも意義あるものと考えている。
参考文献
[1] 中島ら , 熱化学法 ISプロセスの閉サイクル連続水
素製造試験 , 化学工学論文集 , 24巻(2号), 352-355(1998).


[2] S. Kubo, H. Nakajima, S. Kasahara,, et al., A demonstration study on a closed-cycle hydrogen production by the thermo- chemical water-splitting iodine-sulfur process, Nucl. Eng. Des., 233, 347-354, 2004.
[3] S. Kubo et al., Thermochemical Iodine-Sulfur Process, Chapter 17, Nuclear Hydrogen Production Handbook, CRC Press, 2011, 457-494.
[4] K. Onuki et al., Electro-electrodialysis of hydriodic acid in the presence of iodine at elevated temperature, J. Membr. Sci., 192, 193-199(2001).
[5] K. Onuki et. al., Thermochemical water-splitting cycle
using iodine and sulfur, Energy Environ. Sci. 2, 491(2009)


[6] 久保ら , 熱化学水素製造法 ISプロセスの実用材料製反応機器およびヨウ化水素濃縮技術に関する研究開発 , JAEA-Technology 2015-028.
[7] R.C. Moore et al., Sulfuric Acid Decomposition for the Sulfur-Based Thermochemical Cycles, Nucl. Technol., 178, 1, 111-118, 2012
[8] 佐藤ら , 高温ガス炉の多様な産業利用に向けた HTTR熱利用試験計画 , JAEA-Technology 2014-031.

(平成 31年 2月 25日)
著者紹介 
著者:久保 真治所属:日本原子力研究開発機構高速炉・新型炉研究開発部門専門分野:機械工学、化学工学

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