易しい破損解析講座破面から読み解く破壊の原因その4-環境要因が関係する破壊-
公開日:易しい破損解析講座破面から読み解く破壊の原因その4-環境要因が関係する破壊-
北海道大学名誉教授 野口 徹, Toru NOGUCHI
4.1 環境要因が関係する破壊概説
環境要因が関係する破壊の内、破損解析で頻繁に経験されるものは応力腐食割れ SCC (Stress Corrosion Cracking)と水素脆性 HE (Hydrogen Embrittlement)および液体金属脆性の 3つです。いずれも巨視的な様相、破面はぜい性破壊で環境ぜい化破壊と総称しています [1]。 SCCと HEは一定応力の下、特定の環境要因と金属の組み合わせで生じるものです。応力としては外的負荷のほか、塑性加工、熱処理、溶接等による内部残留応力、組立応力、熱応力なども要因となります。また、降伏点よりはるかに低い応力( 10~ 70%)でも生じるのが特徴です。割れの発生‐伝播‐破損破壊までに一定の時間があり、またその時間にばらつきがあることから、経年劣化、偶発的破壊と見なされる場合が多いです。しかし、破損解析では、材料と使用される環境あるいは製造工程の特徴からその原因を推論、特定することができます。確認には破面の SEM観察が必要であり、また要因イオンや鋭敏化の判定には EPMA等による詳細分析が有力手段です。
4.1.1 応力腐食割れ SCC
材料と腐食環境(イオン)の組み合わせで一定期間後に生じる割れです。ASM Metals Handbook [2] では約 30のイオン‐金属の組み合わせが示されています。この内、通常の破損解析で多く経験されるものを表 4.1に示しました。
SCCの割れは、主破面はひとつでも、隣接して複数、多数の割れが生じること、割れが枝分かれしていることが特徴です。割れには粒内割れタイプと粒界割れタイプがあります [3]。図 4.1(スケッチ)は (1) 粒内型の SCC(オーステナイト系ステンレス鋼の Cl イオンによる SCC)および (2) 粒界型の SCC(低炭素鋼のアンモニウムイオンによる SCC )の例です。顕微鏡観察でも分岐や枝分かれがあり、また複数の亀裂が進展していることが分ります。図 4.2(1)および (2)はこれらの SEM観察破面の例です。(1) ではフェザーマーク(羽毛状模様)、(2) ではロックキャンディー状の粒界破面が見られます。
SCCの破面には腐食の痕跡がある場合もあるし、ステンレス鋼など、腐食変色が殆ど見られない場合もあります。図 4.3 は腐食色がない場合、後述の図 4.7は全面腐食の例です。
巨視破面だけでは SCCかどうか判断できない場合、まず材料(SCC敏感かどうか)と使用環境(対象イオンの可能性があるかどうか)を確かめ、その上で SEM観察で確認することが必要です。
SCCが生ずる機構は、表面被膜が応力で破壊、腐食の進行と被膜の再形成の繰り返しであるとされています。これについては文献 [4,5など ]を参照下さい。
表4.1 主要 SCC
図4.1 粒内型および粒界型SCCの割れ
図 4.2 SCCの粒内型破壊と流界型破壊の SEM破面の例
図4.3 SUS 630 の SCC巨視破面(上半分が SCC亀裂、下半分は強制破断面)(保全学会東北北海道支部の好意による)
4.1.2 水素ぜい性 HE
水素による金属アタック(侵襲)には多くの種類があり、ASM Metals Handbookでは 7項目 9種類があげられています [6]。著者が経験したものは次の3つです。
(1) 高強度高硬度鋼の水素ぜい化
(1-1) 熱処理、溶接、酸洗い、メッキなどの加工工程、および使用環境(海浜環境、土中等)で吸蔵された水素によるもの
(1-2) 使用中の腐食反応によって生じた水素の吸蔵によるもの いずれも製造あるいは施工後一定の期間を経て突然破壊することから「遅れ破壊」と呼ばれます。
(2) 水素による軟鋼材(特に冷間加工材)の延性低下
(3) 溶接ビード内に生ずる白点(フィッシュアイ)および擬へき開破壊
破損解析でよく経験されるのは (1) の、いわゆる「遅れ破壊」で、高強度高硬度鋼(引張強さ 1000MPa、降伏点 800MPa 以上等)で生じます。図 4.4は巨視破面の例です。 (1) は低合金鋼の M24のネジ部で、出荷 3週間後の組立時に破断したもの、 (2) はコンクリートパイル内に埋め込まれた PC鋼線が工事中に破壊したものです。破面はいずれも結晶質の平坦なぜい性的破面で、最終破断部にシァリップがあります。また (2) では亀裂進展を示す縞状の変色模様があります。いずれも SEM観察で粒界破面が見られ、水素脆性と判断できます。
図4.4 水素脆性による遅れ破壊破面の例
図4.5 軟鋼 SS400曲げ加工品の酸洗いによる水素脆化(北海道立総合研究機構工業試験場宮腰康樹氏提供)
遅れ破壊以外の水素ぜい性として (2) の軟鋼の延性低下があります。図 4.5 はその例です。曲げ加工した SS400材の負荷試験で、酸洗い -メッキ処理した品では加工だけの場合より大幅に延性が低下しました。起点部は細かい延性破面(ディンプル破面)あるいは擬ぜい性破壊です。図 4.6は溶接ビード内に生じた白点の例です [1]。
水素ぜい性が生じる機構については幾つかの説がありますが、転位に集積した水素原子が結晶粒界のミクロなすべりを助長するとするとの説が有力です [7,8]。なお、水素ぜい性を応力腐食割れ(環境中での経年による割れ)の中に含めている文献、資料もありますが、機構的に全く異なるものです。
図4.6 鋼溶接部ビードに生じた銀点と SEM破面
液体金属ぜい性では溶融亜鉛メッキによる割れがよく経験されますが [9]、これは 4.8の事例で解説します。
4.2屋内プール SUS304ボルトの塩素イオンによる SCC
室内プールの木製の飾り天井を吊るステンレス鋼製ボルト( SUS304、M9転造ボルト)が休館中に破断し落下しました。ボルトは合計 1760本あり、この内 7本が破断していました。ボルトは設置後 16年が経過していました。破断したボルトと破面を図 4.7に示します。破面は酸化色を呈しています。さらに 70本のボルトを採取し、外観検査を行ったところ、約 70% (50本 )に明瞭な腐食が認められました。特に腐食が著しいものでは、ネジ底に割れが生じていました (図 4.8)。
図4.7 SUS304 製ボルトの破断
天井の重量によるボルト1本当たりの応力値は約 12 MPa で、SUS304の降伏点より十分低い値です。しかしボルトの設置場所は屋内プールで、殺菌用に塩素剤が用いられていますから、これによる SCCの可能性があります。破面の SEM観察をしたところ特徴的なぜい性破面(フェザーマーク)と2次亀裂が観察されました(図 4.8(2))。塩素イオンを含む水蒸気が長年、結露‐乾燥を繰り返し、ナット部分等の隙間で濃化して SCCを生じたと推定されます。 EPMAによる線分析で明瞭な塩素のピークが確認でき、また Crの濃度が低下しており、 SCC敏感化が生じていることが示されました。
4.3 耐熱鋳鋼の高温水-O 2系による SCC製鉄所圧延ラインで使用されていた耐熱鋳鋼品に割れが生じました。材料は SCH13で、SUS309相当のオーステナイト系です。破損品の形状は箱型、肉厚 15~20 mmで、内側を赤熱状態の鋼材が通過します。亀裂は数年以上の稼働後に見つかりました。
割れの様相を図 4.9 (1)に示します。複数の割れが生じており、その割れはジグザグで分岐、枝分かれがあります。割れを強制破断させた破面を図 4.9 (2) に示します。
割れの起点は箱形の内側表面で、放射状の粗い山脈模様(リッジマーク)が生じたぜい性的破面です。破面は起点部、伝播部のほとんどが酸化生成物に覆われ、 SEM観察ができない状態でした。
しかし亀裂の先端部分で図 4.9 (3) のような破面が観察されました。典型的なフェザーマークです。破損品の内側は常時輻射高熱にさらされ、また冷却用の水を浴びます。これから、表 4.1の「高温( 300℃以上)における水-O2系による SCC」が疑われます。さらに割れが生じた位置は取付けボルトの裏側で、過大な締め付けによって降伏点に近い高い曲げ応力が生じていたと推定されました。 SCCの下限界応力は降伏点の 10%程度ですが、応力値が高い場合は寿命が急激に短くなります。さらに鋳鋼品は圧延材よりも結晶粒が大きく、これが応力腐食割れに対する敏感性を高めたと考えられます。
図4.8 ネジ底の腐食、亀裂と SEM破面図4.9 オーステナイト系鋳鋼の SCC
4.4 黄銅製ブッシュの割れ
水道配管用の快削黄銅( 65-35系黄銅+約3%の鉛)製のブッシュに亀裂が生じました(図 4.10 )。ブッシュ頭部にはテーパねじが切られ、砲金製クロムメッキの他の部品がねじ込まれています。破面を図 4.11 (1) に示します。変色部分および腐食生成物の付着の様相から、亀裂はブッシュ頭部の外側角から生じたものであることが分かります。金属色の部分の SEM観察で、図 4.11(2) のような粒界型の破面が見られました。典型的な黄銅の応力腐食割れの破面です。
割れの発生点が外側ですから、応力腐食割れを誘起した環境要因は、管内の水ではなく、管が設置された大気環境にあると言えます。この管の設置場所は住宅の浴室天井裏でした。これから、アンモニアイオンあるいは SO2等を含む湿潤大気環境による SCCと判断できます。他の割れ品も浴室、トイレ近くなど類似の環境でした。
応力腐食割れの発生に寄与した主たる応力は、テーパ状の雄ネジをねじ込んだことによる周方向の引張り応力と考えられます。さらに雌ネジは切削ではなく、タップ加工によって成形されていました。これによって高い残留応力が生じ、ねじ込みによる応力に重畳したと考えられます。
調査によれば、この業者が施工した約 100件の内、7%に割れが生じました。これは製造された同仕様品全体の割れの発生率よりも著しく高い値でした。
割れ発生の有無、発生時間は応力値とイオン濃度で大きく変化します。このことから、高い発生率とばらつきの理由として、(1)雄ネジのねじ込みトルクが高めであったこと、および (2)施工地の北海道が寒冷地であることが考えられます。寒冷地では、湿潤大気の結露-乾燥の繰り返しによるこれらのイオンの濃化が生じます(4.2の事例も同じです)。文献 [3]にも「 65-35系のような 2相黄銅は応力腐食割れに対する感受性が高く、特に寒冷地では割れが生じやすい」と記されています。本件はこれに該当するものです。
(1)ブッシュの外観(同仕様品) (2)亀裂の様相(側面) (3)亀裂の様相(上面)
以下は水素ぜい性の事例です。
4.5 ステンレス鋼製タッピングビスの破壊
海岸の遊歩道の木枠を固定用するビス(外径約 4.7 mm、全長約 50 mm)が折損しました。施工された約 10000本の内、冬期を含む半年間で約 10%、1000本が折損しました。ビスはマルテンサイト系ステンレス鋼 SUS 403 製で、転造ネジが切られています。
折損したビスを、同仕様の未使用品と比較して図 4.12 (1) に、また破面を同 (2) に示しました。変形がなく破面は平坦で結晶状です。腐食の痕跡はありませんが、破面の一部は薄い酸化色を呈しています。 SEM観察では(3) のような粒界破面が見られました。一方、未使用品の引張試験の破面は細かいディンプル破面でした。
ビスの硬さは平均 Hmv 440でした。これから引張強さ約 1450 MPaが推定されます。未使用品の組織もほぼ同じですが、硬さは平均 Hmv 419 で、ねじ込みにより加工硬化したと考えられます。
引張強さが 1300 MPa を越えており、破面が粒界型であることから、水素ぜい性による破壊と判定されます。マルテンサイト系等、高強度のステンレス鋼は室温の真水中でも、また海岸付近の大気中でも水素ぜい性を起こすことが知られています [2]。作用した応力はねじ込みによる引張り応力で、ネジ底角の応力集中および転造による残留応力が加わって水素ぜい性を生じたものと考えられます。(本事例は北海道立工業試験場(現北海道立総合研究機構工業試験場)の好意による。)
図4.10 黄銅製ブッシュの外観と亀裂の様相
(1) 巨視的破面(2) SEM破面(1) タッピングビス (2)巨視破面 (3)折損品SEM 破面 の外観
図4.11 ブッシュの巨視破面と SEM破面図4.12 タッピングビスの外観と巨視破面、SEM破面
4.6 精肉機械チェーンリンクの破壊
精肉工場で、解体した牛を懸下搬送するチェーンのリンクに割れが生じました。リンクは工具鋼 SK3 製で断面が 30 × 30 (mm)、長さ 60 mm です(図 4.13 (1))。機械加工後に焼き入れ、 180℃で焼き戻し後、酸洗いし Zn電気メッキが施されました。硬さは HRC 61~ 63です。納品して稼働開始後約 10日で、約 700個の内 9個に破断あるいは割れが生じました(小さい亀裂発生品はもっと多数と推測されます)。破断したリンクの破面を図 4.13
(2) に示します。
割れはいずれもリンク両端部の穴の間の中央部に生じています。破面は平坦な脆性破壊の様相を呈しますが(図 4.13 (1),図 14.(1))、縞状の変色模様があり、一見疲労破面のように見えます。しかし、リンクにかかる荷重はせいぜい 1000 kgf、応力にして 10 MPa 程度です。また稼働後 10日では疲労を生ずる繰り返し数にはなりません。また疲労であれば、最小断面で応力集中部である穴の縁に生ずるはずです。
材料の硬さから引張強さが 2000 MPa 以上であり、加工工程に電気メッキがあることから水素ぜい性が疑われます。破面の SEM観察結果を図 4.14 (2) に示します。ほぼ全面が粒界破壊で、水素ぜい性と確認できました。疲労縞のように見えるのは、亀裂が上から下方向に間歇的に進展した際に生じた模様です。
破面を良く見ると、表面に沿って深さ 0.5 ~ 1 mmの黒色の部分があります。 EDS分析でその一部に Zn が検出されました。電気メッキ以前の焼き入れ時に生じた焼き割れ(粒界割れ)と考えられます。その後の酸洗い-電気 Zn メッキの過程で水素が吸蔵され、高い内部応力の下で初期亀裂が進展し、遅れ破壊が生じたと推定されます。
(1)破断したリンクの外観 (2)未破断リンクの亀裂の様相
図4.13 破断したリンクの外観と未破断リンクの亀裂の様相
割れが穴と穴の間の中央部に生じた理由は、中央の肉厚部が穴の部分より冷却が遅く、マルテンサイト膨張が遅れるので引張りの熱応力が最大になり、ここに焼き割れが生じるからです。
実はこの製品は強度的に工具鋼である必要はありませんでした。もともとは低炭素鋼で、耐摩耗性のために浸炭焼き入れし、 Znメッキをしたものでした。その代替品を製作する時、蛍光 X線分析で材種判定をしたため、表面で計測された炭素量約 1 %から「工具鋼相当」と誤認したものでした。
4.7 SUS430板溶接品の割れ
牧場家畜舎のステンレス製給水槽に割れが生じました。水槽はフェライト系 SUS430 製で、厚さ 1.5 mm の底板と厚さ 1.2 mm の側板を SUS309系の溶接棒で溶接したものです(図 4.15 (1) )。使用開始後数年で割れが生じました。割れは溶接ビードから少し離れた側板の下部で、錆が生じた部分に沿っています(図 4.15 (2) )。この部分の切断面とその拡大写真を図 4.16 (1), (2) に示します。割れはジグザグで小さな 2次亀裂があります。SEM観察したところ全体が粒界型の破面でした(図 4.16 (3) )。これから応力腐食割れ SCCか水素ぜい性 HEのいずれかと考えられます。
(1) 給水槽の概略図(断面) (2) 割れの外観
図 4.15 SUS430製家畜用給水槽の割れ
(1) 巨視的破面(2) SEM破面
(1) 溶接部の切断面) (2) 割れ部分の拡大 (3) SEM 破面図4.14 巨視破面と SEM破面図4.16 割れの部分の切断面と SEM破面
文献 [2]によれば、 SUS430には SCCが生じません。また SCCならば亀裂はもっと多数です。一方 SUS430には水素ぜい性の可能性があります。側板の外側にシァリップが見られたので、亀裂は側板の内側から生じたものです。家畜舎内の H2Sが水に吸収され、側板と底板の間隙内ですきま腐食が生じ、発生した水素によって水素ぜい性が生じたと推論しました。作用応力は水圧による曲げの引張り応力です。底板および側板は溶接ビードから 1~1.5 mmの部分が溶接の熱影響で結晶粒が粗大化しています(図 4.16 (1) )。これと粒界の鋭敏化が水素ぜい性の発生を助長したと考えられます。材料を SUS304に代えたところ、腐食も割れも生じなくなりました。
4.8 溶融亜鉛メッキによる液体金属ぜい性
よく経験される環境脆化として鋼材の溶融亜鉛メッキによる液体金属ぜい性があります [9]。溶接、塑性加工などによる大きな内部応力と溶融金属槽への装入時の熱応力によって割れるものです。亀裂がジグザグで、枝分かれがあり、また内部応力によって破面に開口あるいは喰い違いが見られます。この場合破面は亜鉛に覆われています。図 4.17 は SS400 H形鋼のフランジ部を全周溶接した構造物に生じた割れの例です。鋼種(炭素量)によっては酸洗いの際の水素吸蔵が関係する場合も考えられます。
図4.17 H形鋼溶接構造物の亜鉛メッキによる割れ
4.9 その4のまとめ
環境ぜい化破壊で SCCが疑われる場合はまず材料(特に SUS材、銅合金、炭素鋼)の SCC敏感性と、使用環境から考えられるイオンについての情報が必要です。また HEについては、材料の引張強さ、降伏点あるいは硬さのデータと製造工程および使用環境の情報からおよその見当が付けられます。本章で示した 6つの事例はそれぞれの代表的なものです。ここでも目視での割れの状態が大きな手掛かりになります。破面の SEM観察はこれらの確認のための重要な手段です。なお SUS材では SCCによる SEM破面と疲労による SEM破面が非常に似ていることがあります。その判別のためには、繰り返し荷重の有無、疲労の可能性の情報も得ておく必要があります。
このように、環境要因を含む破壊でも、まず全体の様相と作用応力などの関連情報を把握すること、および破面、亀裂の形状から破壊の経過と要因の候補を推論し、これに基づいて SEM観察、分析等の詳細調査をすることが大切です。
4.10本シリーズのまとめー破損解析の考え方と進め方
一般に破壊や故障については、立ち上げ期の初期故障、定常運転時の偶発故障、経年劣化が進んで生じる損耗故障のバスタブ曲線型が成り立つとされています。しかし、米国火発協会の調査によれば、故障の 60%(時間換算)は定期整備後の 1週間以内に生じます(図 4.18、[10])。同様の結果は航空機部品の故障についても報告されており、約 70%が初期故障型で、故障の 90%は時間に依存せず、偶発型劣化型は 11%でした [11]。
すなわち、破壊や故障の 60~70 %以上 90%近くが、「必然的に生じた破壊、故障」と考えることができます。経年劣化による不可避な破損破壊と考えられるものでも、その大半は材料と力学条件、環境の組み合わせから、いわば必然的に生じているのです。疲労破損も経年劣化による破壊とみなすことが多い(ころがり接触疲労のように、経年劣化と考えるべきものもあります)のですが、
図4.18 米国火力発電所の故障発生状況の例
筆者は一定期間後に生じる初期型の破壊と捉えるべきと考えています。すなわち、破損破壊の大半は「いずれ壊れる状態にあるものが壊れるべくして壊れた」と見ることができるのです。この解説で「第一破損を特定し、破損経過の推定すること」を原因調査の最も重要な部分としているのはこれに基づいています。
また破損解析では「多くの要因が複雑に関係して、何が原因かは特定できない」との結論もありがちですが、本解説では第一破損、主たる要因は原則的に特定できる(情報不足のために特定しきれない場合もあります)と考えています。筆者が経験した数百件の破壊破損事例事故の内、複数の要因が偶然的に絡んだ事故例は数件だけ(大型鋼構造物の部分変形、落下による死亡事故、等)でした。他は大事故であっても、要因から結果への必然性と寄与の程度から、主要因、副次的要因、背景要因などを特定することができたと考えています。破損解析でもうひとつありがちな結論は「材料欠陥、材質異常」です。筆者の事例の分析 [1]では、破損事例の 45%が設計(材料の選択を含む)の問題でした。これに運転管理に起因するもの 25%、施工法・改造による 9%を加えると約 80%に達します。材料起因の破損事例は約 20%でした。本解説のその 2、その 3で示したように、「材料欠陥、材質不良」は濡れ衣の場合も多いのです。
破損破壊事故の原因究明では調査の手順が大切です。
本シリーズその1の図 1.1に示したように、まず破壊全体の様相を把握すること、破面から破壊の種類を判断し、推定される応力との比較から破損の経過を推論することが最初です。詳細調査分析はその確認のためと位置付けます。矛盾する場合は前の判断、推論を修正する、これを繰り返すことによって最も確からしい結論を導くことができます。
「経年劣化あるいは材料欠陥による破壊は意外に少ない、色々な要因が絡む場合もそれら要因の重要度は判断できる」は筆者の多年の経験からの実感です。同時に図 1.1の各段階で「矛盾はないか、他の解釈は成り立たないか」を常に問い直すこともまた大切なことです。時には複数の目で見ることも必要です。
破損破壊の事例は現在でも一向に減少していません。その多くは単純な破損経過によるものです。一方大型ブラントの事故原因について松山は、即発的事故(引き金事象だけで損害が発生)と系統的事故(システムの種々の不具合が重畳)に分けています [12,13]。機械・部材の破損破壊はその引き金事象のひとつです。近年は各種安全技術の進歩によって、これが直ちに重大事故に.がることは稀です。しかし、大事故を無くすためには小さな破損破壊の原因を究明し、その再発を確実に防止することが必要です。この解説が機械装置の設計製造や破損解析の担当者だけでなく、プラントの設備保全や管理に携わる技術者の参考になれば幸いです。
参考文献
[1] 野口徹:技術者のための破損解析の手引(工学図書)(2014)(全般)
[2] ASM (American Society for Metals) Metals Handbook, 9th ed. Vol.11(Failure Analysis and Prevention)(Metals Park, Ohio)(1986)207
[3] 同上 p28 および p211
[4] 日本原子力研究開発機構( JAEA):原子力百科事典 ATOMICA「応力腐食割れの発生・成長機構と研究動向」(https://atomica.go.jo/data/detail/dat_ detail_02-07-02-22.html)
[5] 大久保勝夫:材料、30-337(1981)963 [6] [2]に同じ、711
[7] 横川清志、福山誠司:水素エネルギーシステム
Vol.22-2(1997) 18 等 [8] 南雲道彦:圧力技術、46-4(2008)190 [9] 中込忠男:溶接学会平成 27年秋期全国大会技術セッ
ション-金属破損事例とその防止対策―資料 (2015) 25 [10] 豊田利夫:プラントエンジニア、33-10 (2001) 58
[11] Nowlan,F.Stanlay:Reliability Centered Maintenance, National Technical Information Service Report No.AD/ A066-579, Dec.29 (1978)
[12] 松山久義:プラントエンジニア、 42-12 (2010) 76, 43-1(2011) 80 [13] 松山久義:計装技術、37-3 (2017)31~ 38-1(2018)21 (2020年 8月 3日)
著者紹介
著者:野口 徹所属:北海道大学名誉教授専門分野:機械工学、機械材料、鋳造工学