特集記事「インバリアント分析による火力発電プラントの状態監視~見えなかった状態の可視化によるメンテナンスの効率化~」
公開日:特集記事「インバリアント分析による火力発電プラントの状態監視~見えなかった状態の可視化によるメンテナンスの効率化~」
日本電気株式会社コーポレート事業開発本部 シニアマネージャ 相馬 知也, Tomoya SOMA
1.はじめに
現在の日本の電力供給において、火力発電設備はその大半を担う重要な電源であり高出力を安定的に維持する必要がある。しかし、再生可能エネルギーの拡大に伴う運用形態の変化など、火力発電設備を取り巻く環境は大きく変化している。運用形態の変化は設備に少なからず影響を及ぼし、劣化の進展や異常発生の増加につながる恐れがあるため、設備の状態監視・診断の重要性が高まっている。
設備の状態監視は、運転データのしきい値監視および定期的な性能評価により実施している場合が多いが、火力発電設備の運用形態の変化により、設備状態の変調が運用によるものか、設備劣化等によるものか判別することが難しくなっている。また、従来にはない変調も予見されるため、発電事業者からは異なる状態の中から「いつもの状態との違い」を検知できる状態監視・診断の手法が望まれている。
このような環境の中、 NECは 2016年に中部電力株式会社 (当時。現在は株式会社 JERA)と、火力発電へのインバリアント分析及びその派生 AI技術を含めた包括的な現場検証とその成果を国内外の事業に展開する覚書を結び、共同で検証と発電所への適用を進めている。この共同検証は JERAとなった現在でも続けられており大きな成果が出ている。
本稿では火力発電の状態可視化におけるインバリアント分析の活用とその成果について解説する。
2.火力発電プラント状態監視の必要性
先にも述べたように、火力発電プラントの運用形態の変化に伴い、設備劣化や異常事象などの変調が増加している。このような変調を早期に検知し運用及び保全プランの見直しを含めた適切な措置を行い運用 /保全の最適化を図るためにも状態監視は重要なポイントとなっている。
2.1 再エネ拡大に伴う設備の運用変化
再エネの拡大に伴い、設計時に想定していなかった発電設備への負荷変化や起動停止回数の増加が発生している。このため設備摩耗や劣化の進展、既知のみならず未知の異常が増加するという懸念がある (図 1)。また、運転状態が一定ではないため変調の要因が環境などの外的要因なのか、運用変化によるものなのか、劣化や不具合によるものなのかの切り分けが複雑化している。
図1 起動停止回数と不具合件数の推移
2.2 設備保全の高度化と保全費削減への対応
保全費用の削減に向けては TBM(時間基準保全 )から RCM(信頼性中心保全 )や RBM(リスク管理保全 )による保全の高度化には設備の状態を正確により早く把握することが必要である。
状態監視の役割について、異常検知との比較で説明する。状態監視は変調の段階をとらえることで異常事象の発生を抑止し、プラントの状態を最適化すために必要なアクションの実施に利用する。一方で異常事象の発生を抑止することはできないため、このような異常事象に対する早期の対応や被害の拡大防止のためには異常検知も併用することが必要となる (図 2)
図2 状態監視と異常検知の併用
2.3 状態監視に必要な要素
状態監視をはじめとしたデータ分析や診断においては、分析対象となるデータからいかに多くの洞察を得るかが重要となる。
従来まで利用していたトレンドグラフやディープラーニングなどの機械学習技術による予測診断のアウトプットでは、プロセスの挙動 (どう動いたか )や予測と実測の乖離度 (どの程度おかしいか )といった情報しか得られないためそれ以上の探求を行うことは難しい。ここに、今までの人の経験やノウハウから得られる洞察である、
・要因は何か、内部要因か外部なのか
・影響範囲はどこまでか、相関性はあるか
・一過性のものか、劣化によるものか
などをプロセス値の変換や相関分析により多くの数値データとして情報化し洞察のアプローチ視点を増やすような分析の手法やモデルが必要となる。
3.インバリアント分析による状態監視
3.1 インバリアント分析技術の概要
インバリアント分析は、制御機器や監視システムで収集 /蓄積された、時系列データ (トレンドデータ )を利用する。現在の火力発電プラントはそのほとんどが制御システムにより自動制御が行われている。そしてこれらの制御はセンサによる監視データをもとに行われている。これらのセンサ情報として得られる数値の時系列データから、それらのセンサ間にある不変的な関係性 (Invariant)を網羅的に抽出する機械学習技術がインバリアント分析技術である。学習したセンサ間の不変関係を対象システムのいつもの状態を示す稼働モデルとし、その関係性が変化した時刻と場所をリアルタイムに監視することで、異常の予兆や状態の変化を早期に発見することができる (図 3)[1]。
インバリアント分析技術の特徴は
・膨大なデータの中からデータの不変関係 (インバリアント)を見つけ、その関係性の崩れから見つけにくかった変化を見つける
・人間では気づきにくい状態変化、特に未知の変化の検知が可能
・多様なデータをフィルタリング等することなく相関モデリング、分析が可能
等があり、特にフィルタリング等が必要ないことは実用上での強みである。具体的には振動や音などは周辺雑音など不要成分を除去しないと分析精度に影響を及ぼすが、インバリアント分析の場合、周辺雑音も含め「いつもの状態」として分析が可能である [2]。
また、インバリアントの破壊状況を確認することにより、異常の要因や影響範囲を把握することも可能となる (図 4)
このように、インバリアント分析を活用することにより、多種多様なセンシングデータを元に設備の「いつもの状態」を把握し、相関関係の崩れから潜在的な変調を早期に検知するという状態監視・診断技術の高度化が可能になると考えられている。
図3 インバリアント分析技術の概要
図4 インバリアント分析による異常状態の把握
3.2 状態監視への適用例
JERAでは、インバリアント分析を活用し設備の状態変化や劣化進展など設備異常に結びつく設備の変調を監視している。設備異常には、必ず何らかの要因がありその要因が設備の状態、性能、パフォーマンス等に変調を及ぼし、その結果として異常事象に至ることがわかっている。例えばボイラのチューブリークの場合、ボイラ炉内の灰堆積やクリンカ付着が進展すると炉内の燃焼バランスや排ガス流速等が変わることによりチューブエロージョンが発生しリークに至る。要因である灰堆積やクリンカ付着に伴う燃焼バランス、排ガス流速等の変化を早期に発見できればボイラチューブリークという異常事象は防止できる。 JERAではこの事例のように設備の変調を監視し、要因排除を含めた早期の対処による設備異常、故障の抑止および最適運転の維持にインバリアント分析を活用している (図 5)
この例ではボイラ炉内におけるクリンカ堆積およびつまりがどの場所で発生・進展しているかをメタル温度の関係性の崩れの推移で可視化することにより診断を行っている。
この図をもとに、定期点検時に炉内の状態を確認したものを図 6に示す。インバリアントの破壊が大きくなっている箇所ではクリンカの体積が進み、逆に破壊が小さいところではきれいな状態であることが確認できる。このように炉ののぞき窓からでは見えないような場所の状態もインバリアントの崩れにより可視化できていることがわかる。
また、設備の状態変化、劣化進展を把握できることから劣化診断、寿命評価に基づく TBM(時間管理保全)から CBM(状態監視保全)への転換など、保全の最適化への適用も期待できる。ポンプ、ファンなどの回転体の軸受を例にとると、転がり軸受けの場合、潤滑油不足や軸受内のころ等に損傷があると軸受の異常、損壊につながるため、現状は時間管理で軸受の健全性診断やオーバホールを実施している。
このように、従来の方法では観測できなかった起動停止等による熱ストレスと想定される設備の劣化の進展を確認できたものもある。インバリアント分析によるデータ分析の結果をもとに現場点検の実施やデータの確認を行い、不具合回避の対処アクションを実施することですでに数億円の影響回避を実施できた成果も出てきている [3]。
図5 クリンカ堆積の検知
図6 点検時の状態確認
4.状態監視の実務
これまで述べたようにインバリアント分析技術はプラントのデータをもとに容易に状態の可視化が可能となっている。しかし可視化されたデータを見て改善までつなげるためには運用現場のノウハウが必要である。このため発電現場におけるデータサイエンティストは統計分析や機械学習の技術だけでなく運転の知識も要求される。
NECと JERAは運転現場で O&M(Operation & Maintenance)のノウハウを持った人材をデータサイエンティストに育てるための取り組みを共同で実施してきた。O&Mのノウハウは短期的な教育では習得することができず、長年の現場経験が必要となる。また統計分析や機械学習も同様に習得には時間がかかるが、インバリアント分析技術は現場の知識があれば非常に容易に習得することが可能である。このため従来型のデータサイエンティストは不要となり、現場で使える分析技術となっている。
JERAにおいても O&M技術者がインバリアント分析をはじめとして導入の敷居を下げ、モチベーションを維持したまま難しい分析技術の習得でさらなる深堀ができる技術者が育っていると考えられる。このため、分析結果に基づき発電所と強調した現場確認と保全プランの見直しやフォローアッププランの展開などが回っている。
図7 状態監視の実務
5.おわりに
これまで解説したように、発電プラントの状態監視へのインバリアント分析技術の適用は現場レベルでの活用のしやすさをはじめとする導入のしやすさだけでなく、その効果も高い。状態可視化を目的とした場合、火力発電に限らず化学プラントや製造ラインなどでも活用されており広範囲で利用可能な技術となっている。
最近ではプロセスデータのみならず振動や音による状態監視へも応用が広がっている。これも「いつもの状態」を学習し「いつもと違う」を検知するという点で「現場で発生する違う音を検知する」という保全の基本となる監視方法を可視化できる点で効果が高いといわれている。また、インバリアント分析から派生したモデルフリー分析技術を利用した、ガスタービンの状態監視の検証も成果を上げてきており今後の成果に期待が集まっている。 NECは今後も JERAをはじめとする様々なパートナーとの連携で火力発電のみならず産業分野の保全高度化、
運用コストの削減、そして昨今世界中で課題となっている CO2の削減に向けた取り組みを続けていく。
なお、本記事の執筆にあたり、事例の提供と掲載の許可をいただいた株式会社 JERA西日本 O&M・エンジニアリング技術部データアナライジングユニットにはこの場を借りて感謝を申し上げる。また JERAと共同で開発したクリンカ監視モデルなど、火力発電の運用効率化に寄与する技術を JERAと共に展開していく。
参考文献
[1] 相馬知也 他 "J-PARC加速システムにおけるインバリアント分析技術の適用"日本加速器学会 2018年会
[2] 市場元浩 :"火力発電設備の状態監視・診断技術の高度化に向けた取組み",日本工業出版検査技術 2020年 3月号
[3] T.Soma et al., "Big Data Analytics in the Cloud - System Invariant Analysis Technology Pierces the Anomaly ?", NEC Technical Journal Vol.9 No.2 2014
(2020年 8月 10日)
著者紹介
著者:相馬 知也
所属:日本電気株式会社コーポレート事業開発本部
専門分野:AI技術の産業応