特集記事「デジタル技術による電力設備の保守運用高度化に向けた取り組み」
公開日:特集記事「デジタル技術による電力設備の保守運用高度化に向けた取り組み」
電源開発株式会社 デジタルイノベーション部ネットワークシステムセンター ネットワーク技術タスク 総括マネージャー
田中 克郎, Katsuro TANAKA
1.はじめに
電源開発株式会社(以下「当社」)では、デジタル技術の利活用を推進する目的で、 2019年 4月よりデジタルイノベーション部を新設し、各部門と協調しながら電力設備保守運用の高度化や点検業務効率化等を進めている。
本報では、当社の取り組みの例として、送電線等点検ドローンの研究開発、 LPWA無線伝送システムの構築、メータ読み取り技術の基礎検討の 3案件について、それぞれの概要を紹介する。
2.送電線等点検ドローンの研究開発
2.1 背景
当社は全国に送電設備を有し、送電線の総亘長は約 2,400kmに及ぶ。これらの送電設備の多くは山中に存在し、定期点検や自然災害後の臨時点検などで多大な労力を要していることに加え、高所点検作業員の人員不足や技術継承といった課題がある。また、有人ヘリコプターからの空撮による点検も実施しているが、費用面や即時性の観点でデメリットがある。
一方で、ドローンによる鉄塔等の撮影は一般に普及してきているが、送電線や架空地線には適用されていない。これは、上空数十メートルにある細い対象物を手動で高解像度で撮影するには非常に高度な操縦技術を要し、また、送電線近傍でドローンによる高精度撮影を行うために、潮流による電磁界の影響を回避し、送電線のカテナリー曲線に沿って同一距離を保ちながら撮影する必要があるためである。
これらの問題を解決すべく、当社ではドローンにより送電線や架空地線を自動的に撮影し点検を行うための研究開発を岡山理科大学と共同で実施してきた。本項ではその概要を述べる。
2.2 送電線/架空地線点検ドローン
一般に、電磁界環境下ではドローン本体のコンパスが磁界の影響を受けることにより安定飛行に影響が出るという問題が知られているが、産業用ドローンに制御用コンピュータを導入した場合の影響については明らかにされていない。そこで、ドローンが送電線に接近して飛行することを想定し、送電線から発生する電界環境および磁界環境を試験的に構成し、それらの環境下で飛行制御に与える影響を評価した。図 1は評価の一例であり、屋外磁界環境試験の構成である。最大 100 μ T(50Hz)の磁界曝露による影響を評価した。試験で用いる産業用ドローンには模擬飛行制御システムおよび模擬撮影制御システムを組み込んだコンピュータを搭載している。姿勢制御(ロール角、ピッチ角、ヨー角、推力)を司る飛行コントローラには、拡張カルマンフィルタおよび PID制御則を採用した製品を用いている。また、それぞれの構成品はシリアル通信、 I2C通信および Ethernet通信を通じて連携している。試験の結果、磁界が一定の強度を超えた場合に、飛行コントローラが強度に応じた影響を受けることが示された。磁界環境下では、機体の姿勢が一定であるにも関わらず、ヨー角が増加した。今回使用した産業用ドローン機体は姿勢の検知にコンパスおよび IMU(Internal Measurement Unit)を用いているが、現場での飛行を想定した場合、送電線から発生する磁界から姿勢検知が異常を起こし、正常な飛行が出来ない可能性があるため、磁界を回避して飛行させるなどの適切な対策を施す必要がある。
今回開発したドローンは、座標などの送電鉄塔情報、センサ技術、制御技術、カメラ技術、画像処理技術を併せ持ち、ユーザーで鉄塔番号と方向を指定するだけで自動的に離陸・飛行、対象設備を捕捉・追従し、高精細な画像を取得できる [1]。図 2は、設備接近技術の概要を示す。制御用コンピュータを用いて飛行・回避制御および高速な画像処理を並列で処理し、安定的な飛行を実現している [2]。また、独自開発の GUIにより、地上側の PCでドローンの状況およびセンサ類から得られる各種情報をモニタリングできる。機体に搭載したセンサによって対象物との距離を一定に保ち、カメラの焦点を自動的に制御することで高精細な画像を取得できる。また、フェイルセーフ機能として近傍の磁界の強さ、障害物、バッテリーの状態等をモニタリングし、異常があった場合でも安全なルートで離陸地点へ自動的に着陸することを可能としている。
図 3は、開発したドローンの自動飛行時の様子である。地上 GUIからのコマンド指令後に離陸し、撮影開始地点の鉄塔上空へ移動したのち、対象を捕捉して撮影を開始する。このケースでは点検開始地点の鉄塔に比べて点検終了地点の鉄塔は数十メートル高い地点に位置し、撮影対象である架空地線は急な勾配を持っているが、対象との距離を一定に保ちながら自動的に飛行しながら撮影することができる。機体に搭載した風速センサにより風速をモニタリングしたところ、最大 12m/sの風速の中の飛行でも撮影対象との誤差は左右 50cm以内に制御でき、安定した飛行を実現している。
図1 電磁界環境試験の例(屋外磁界環境試験構成)
図2 設備接近技術の概要
図3 架空地線自動撮影状況
2.3 ディープラーニングによる異常箇所抽出
開発したドローンによる自動撮影は、 1回の飛行で数百枚の画像を取得する。これらの画像を全て目視でチェックすることは大変な手間であるため、本工程にディープラーニングを用いた自動異常検出を適用することで点検業務全体での効率化を図った。ネットワークの学習には開発用汎用ソフトウェアのディープラーニングツールを用い [3]、一般公開されているGoogleNetで転移学習を行う。 GoogleNetは 100万枚以上の画像から学習済みであり、 1,000個のオブジェクトに分類可能なネットワークであるが、本件への適用を踏まえ正常 /異常の 2クラス分類を行えるように出力層の構造を変更する。教師画像は過去に取得した画像から架空地線の一部を切り取り、正常データ約 1,000枚、異常データ約 600枚を用意する。図 4に、正常データ(Normal)および異常データ(Defect)の一例を示す。これらの教師画像をプログラム上で平行移動量 -30 ~ +30画素、拡大縮小率 0.9 ~ 1.1、回転角度 -10° ~ +10°の範囲で拡張する。学習方法はモーメンタム項付き確率的勾配降下法を用い、epoc数は 300(反復回数 15,000)とする。図 5に学習結果を示す。97.5%の精度で学習できており、正常 /異常の判断を高精度で行えると判断できる。
次に、学習済みネットワークを用いて架空地線の異常検知を行う。入力画像はネットワークの入力層と同様のサイズ (224 × 224 × 3)へ変更する必要があるため、教師画像と同様に分割処理などの前処理を行う。図 6に異常検知結果を示す。入力として用いた画像は、落雷痕が確認された撮影画像である。架空地線上の落雷痕および素線切れと思われる箇所の異常度が高く出力され、その他正常箇所の結果は低くなっており、精度良く異常検知ができていると考えられる。
図4 教師画像の例
図5 学習結果
図6 架空地線画像に対する異常度
2.4 今後の展開
ドローンによる電力設備点検は、特に高所設備の点検効率化の観点から適用が拡大することが予想される。一方で、市販の製品やサービスではユーザー側の細かなニーズに合致させることが難しい場合が多い。今回開発した技術をさらに高度化し、他の電力設備点検への応用を行うことで点検業務の効率化を推進していく。
3.LPWA無線伝送システムの構築
3.1 背景
当社では、電力保安用通信システムとして、電力会社仕様の機器により自営網を構築し利用することを原則としているが、渓流取水ダム等の山間部の設備では、商用電源が引込めないなどの理由から通信網の整備が困難な箇所がある。そのような地点の各種データを収集するためには、現地にデータロガー等を設置し、データ取得と電池交換するために、定期的に保守員がその場所に行くことにより対応する必要があるが、アクセスするための道路が整備されていないことが多く、中には豪雪地帯もあり対応に苦慮している。そのため、そのような地点の各種データを、タイムリーかつ効率的に収集するためのデータ収集システムが求められている。
上記のような地点における発電や設備保守に利用されるデータを収集するシステムを構築する取り組みを進めており、今回、消費電力の低い LPWA(Low Power Wide Area-network)や通信事業者の LTE等の汎用技術を活用した通信システムの検証を行った。
3.2 渓流取水データ取得検証
検証構成イメージを図 7に、検証システム構成を図 8に示す。本検証においては、LPWA省電力無線マルチホップ技術を用いて、2拠点の渓流取水データ(水位情報)を、 LPWAノードによる複数の中継で集約装置へ収集し、通信事業者の LTE閉域ネットワークを介して水位データ監視 PCと通信するシステムを構築した。
LPWAノードへの電源供給は、商用電源がない地点での利用を想定して乾電池供給とし、集約装置は常時通信となる内蔵 LTEルータの消費電流を踏まえ、商用電源供給とした。データの取得間隔は、常時または高頻度なデータ収集が理想ではあるが、 LPWAノード数やメッシュ経路数、電池容量などが支配的となり、今回の検証では 15分間隔での収集とした。
今回検証に使用した LPWA中継装置は、通信できる相手先装置を自動で探し、動的に回線を構成する。そのため、中継器をメッシュ状に配置することによりネットワークを冗長化することが可能である。また、データリカバリ機能も具備しており、取得データとともに前回取得データも同時に伝送され、欠測が起きた場合でも次の通信により前回取得したデータが送信されればリカバリとして前回データを採用可能であり、その分欠測率を低く抑えることができる。
表 1に検証期間の 3ヵ月間で得られた水位データ取得状況を示す。水位計 A, B共に欠測率は 2%を下回るものであり、良好な結果が得られた。本検証における欠測の主な原因は、降雪など気象条件の変化により RSSI(Received Signal Strength Indicator;受信信号強度)が変化し LPWA中継器間の通信経路が自動で切り替わり、その切り替わり中の通信が途絶することなどが推測される。また、夏季においては、森林の木の葉が原因で RSSIが低下することが予想されるため、更なる欠測率低下を図り、実運用の際は、 RSSIのマージンを十分に考慮したシステム設計が求められる。
図7 渓流取水データ取得検証構成イメージ
図8 渓流取水データ取得検証システム構成表1 水位データ取得状況
3.3 無線区間品質検証
無線区間品質の検証構成イメージを図 9に、検証システム構成を図 10に示す。前述の渓流取水データ取得検証における通信システムでは、ネットワークを冗長化したことにより、 RSSIが低下した際に自動的に回線切替が起こることから、特定区間における無線品質の詳細データを取得することが困難である。
本検証においては、集約装置と 2ヵ所の中継装置(中継装置 A, B)間の無線区間の品質検証を行った。検証期間中に回線切替が起こらないよう、中継装置 A, B間の距離は十分に離す必要がある。そのため、集約装置と中継装置間の電波伝搬経路上のフレネルゾーンを確保し長距離伝送を可能とするため、集約装置は地上高約 35m の位置に設置した。図 11に検証期間 3ヵ月間で得られた RSSIデータを示す。集約地点~中継器 A区間において、検証期間中は RSSIは -90dB前後で安定していた。集約地点~中継器 B区間においては、集約地点~中継器 A区間よりも伝送距離が短いが、伝送路中間地点に防風林があり、平均で -100dB前後と RSSIに影響が出ていた。検証期間中に1度欠測しているが、リカバリ機能によりデータは取得できており、集約地点~中継器 A, B区間共に検証期間中の実質欠測率は 0%であった。
図9 無線区間品質検証構成イメージ
図10 無線区間品質検証システム構成
図11 集約装置~中継装置間の RSSI(上:集約装置~中継装置A、下:集約装置~中継装置B)
3.4 今後の展開
これまでの検証により、 LPWAを用いた各種データ取得システムの実用化に目途が立った。検証で得られた知見を基に、今後は、各地点での導入を推進するとともに、既設の給電情報伝送システム(自営電力保安通信網)とのシームレスな接続も視野に入れつつ、全体的なシステム設計を行っていく。
4.メータ読み取り技術の基礎検討
4.1 背景
発電所等では、定期的にフィールドを巡回しメータの読み値を手書きで記録し、巡回後に電子ファイルに入力し直す作業がある。これを画像処理技術等を用いて自動化することにより、現場作業負荷の軽減を実現するための基礎検討を行った。メータ読み取りシステムは複数のメーカ等により製品化されているが、読み取り対象装置の型式や撮影方法により読み取り精度にばらつきがある。また、読み取り精度を向上させたり、将来新規導入設備のメータにも確実に対応させることを想定した場合、メーカ製品は特に即応性に課題があるため、自社で開発し運用しながら改良していく手法が適しているのではないかと考えた。
本基礎検討では、読み取り対象が大量に存在することから、固定カメラではなく巡回しながらウェアラブルカメラ(眼鏡型 ARデバイス)やスマートフォンで撮影した画像から数値を認識させることとした。また、メータは 1ヵ所に複数個が密集している場合があることから、画像内の複数メータを同時認識できる仕組みを検討した。今回は、読み取り対象メータとして、巡回点検対象装置のうち一定の割合を占めるデジタルメータ( 7セグメントディスプレイ)に限定して検討した。
4.2 メータ読み取り技術の流れと概要
メータの認識の流れを以下に示す。本検証では固定カメラではなく移動しながら撮影した画像を用いるため、 (1)や (2)のような前処理が必要である。 (1)メータ領域検知撮影画像からメータが含まれる領域を検知する。今回は、ディープラーニング(AutoEncoderによる注視点学習)に加えて従来の画像処理も併用するハイブリッド方式を考案し採用した。 (2)メータパネル分離メータ領域から個々のメータ画像(パネル)を分離する。ディープラーニングによる分離も可能だが、 (1)で領域が絞られているため、一般的な二値化処理のみで実施した。 (3)数値分離色彩分布のヒストグラムやディープラーニングを用いて、各メータ画像から数字1文字ずつを切り出す。 (4)数値認識
ディープラーニングを用いて数値を認識させる。
ここでは、上記 (4)の数値認識のうち、今回課題が明らかになったドット(小数点)を認識する手法の検討について概要を述べる。
今回認識させる画像は固定カメラ撮影によるものとは異なり、任意の台形歪みを持つため、数字との位置関係を考慮しながら右下位置にドットがあるかどうかを判別する必要がある。学習用データセットの例を図 12に示す。ディープラーニングのネットワークモデルとして畳み込み層 2階層を用いたところ、ドット(小数点)なし数値の認識精度(正解率)に比べてドット付き数値の認識精度が芳しくなかったため、一般公開されている畳み込み層 7階層モデルも試した。ネットワークモデルにはサイズを 50 × 50(pix)に拡縮した画像を入力し、出力にはドット有無を別の数字として、 0~ 9、0.~ 9.、および不明値の合計 21クラスに分類した。 2階層および 7階層モデルのネットワーク構成を図 13に、それぞれの精度(正解率)を表 2に示す。表 2より、ドットの認識は 7階層モデルの方が優れていたが、約 7割程度の精度であり実用的なレベルには達しなかった。また、ドットなし数値では 2階層モデルの方が精度が高かった。対策としては、ネットワークモデルのチューニングの他、メータごとの数値の桁数の情報を埋め込んだ QRコードをあらかじめ準備し撮影の際に QRコードも撮影し桁数を認識させる、撮影方向が一定になるように撮影する運用とする、などが考えられる。
今後の実装および実運用を見据え、スマートフォンアプリと帳票出力プログラムを試作した。スマートフォンアプリの画面サンプルを図 14に、帳票(点検簿)画面サンプルを図 15にそれぞれ示す。
図12 数値学習用データセットの例(左:ドット無、右:ドット有)
図13 ディープラーニングモデルのネットワーク構成
表2 認識精度(パネル数値正解率)
図14 スマートフォンアプリの画面イメージ(1:地点名等、2:メータ認識画像、3:読み値、4:保存ボタン)
図15 点検記録帳票出力画面イメージ
4.3 今後の展開
本基礎検討により、デジタルメータ読み取りシステムの適用可能性や課題等が明らかになった。読み取り精度の改良や将来の拡張性、帳票のカスタマイズなどを考慮すると、社内で運用しながら改良していくことが望ましく、メーカ製品を利用するよりも自社開発の手法が適している可能性が高いと考えている。今後は読み取り精度の向上を図るとともに、デジタルメータ( 7セグメントディスプレイ)以外のメータの読み取りについても検討していく。
5.まとめ
本報では、電力設備保守運用業務の高度化および効率化に資するデジタル技術の例として、当社における実際の取り組みを 3件紹介した。デジタル技術は日進月歩であり、最新技術の電力設備保守運用業務へのタイムリーかつ効果的な適用を引き続き検討していく。
参考文献
[1] K. Takaya, H. Ohta, V. Kroumov, K. Shibayama, M. Nakamura,"Development of UAV System for Autonomous Power Line Inspection", 23rd International Conference on System Theory, Control and Computing, pp.762-767(2019).
[2] K. Shibayama, K. Tanaka, Y. Kumamoto, T. Shiina, K. Miyajima, K. Takaya, M. Nakamura, H. Ohta, Valeri Kroumov, "Electromagnetic environment influence to industrial drone equipped with auto-photographing system", Proc. 29th Ann. Conf. Power & Energy Society, IEE Japan, No.304, pp.9-5-21--22 (2018) (in Japanese)
[3] MathWorks, Deep Learning Toolbox, https://jp.mathworks.
com/help/deeplearning/ (2020年 8月 14日 )
著者紹介
著者:田中克郎
所属:電源開発株式会社デジタルイノベーション部
専門分野:電力保安通信