特集記事「近接目視点検用ドローンの試作」
公開日:特集記事「近接目視点検用ドローンの試作」
電力中央研究所 材料科学研究所
福冨 広幸, Hiroyuki FUKUTOMI
1.緒言
大型構造物の目視点検ではき裂や錆などを観察するため、構造物に接近する必要があり、高所作業を行う場合には、周囲の足場設置と撤去、高所作業車、ゴンドラやロープアクセスの使用など、綿密な段取りが要求され、危険を伴うことはいうまでもない。インフラは老朽化が進み点検作業量が増加する一方で、点検員不足への対応や点検にかかわるコストを抑えることが課題となっている。このような状況の中、定点カメラは設置箇所の制約から点検対象部位の一部が死角となる可能性があり、設置や維持に労力を要する。このため、着実かつ効率的な点検を実施し、設備の維持管理を継続する手段としてドローンへの期待が高まっている。
2013年頃から中国・ DJI社がホビー用の Phantomシリーズを販売し始めて一気に世界はドローン旋風に巻き込まれた。ドローンはスマートフォンと搭載部品が重複しており、スマートフォン製造業の発展によって各種センサやリチウムイオン 2次電池の性能向上と価格低下、そして、ブラシレスモータの実用化がドローン普及の技術的要因である。 2016年ごろからドローンが大いに注目を集め、2017年には測量、警備、災害対応、インフラ点検、配送などの分野で本格的に取り入れられはじめ、多くのニーズに応えられるような、高性能なドローンが市場に投入されている。現在も様々な業界から注目されており、様々な分野での利活用が急拡大している。
国内の電気事業においては既に電力流通設備に対する点検にドローンが導入され始めている [1]。そして、火力発電設備への点検でも活用しようという機運が高まっている。ボイラや煙道内などでの近接目視点検では、壁面の近傍を安全に飛行できるとともに、撮影した写真ごとに一画素当たりの寸法を揃えるにはドローンに積載されたカメラの撮影距離、すなわちドローンと壁面の距離を一定に保つ必要があり、作業効率からその状態で上下左右に操縦できる機能が望まれている。量産型のドローンでは内蔵されたカメラにより障害物を検知するにとどまり、そのような機能を実装していない。 GPSなどの全球測位衛星システムを利用できない環境下でもトータルステーションでドローンを自動追尾しながら、データ取得位置をより正確に記録できるシステム [2]が発売されている。同システムを応用することにより壁面との距離を一定に保ちつつ、上下左右に移動する飛行を実現できると思われる。しかしながら、この飛行のためのソフ
トウェア開発や飛行ルート作成のための測量などの事前準備に相当な労力を要することが予想される。また、同システムはドローン単体に比べ高額である。
当所では、先行事例 [3]を参考に 2個のレーザ距離計、シングルボードコンピュータおよびドローンのソフトウェア開発キット(Software Development Kit, SDK)[4]などを用い、壁面に対するドローンの向きと距離を制御するための飛行制御用モジュールを試作した [5]。そして、2個のレーザ距離計を 360 °方向の距離を測定するレーザスキャナに置き換え [6]、暗所においても有効な衝突回避機能を追加した。本稿では、 2019年時点での飛行制御用モジュールとその動作確認結果について述べる。
2.飛行制御用モジュール
2.1 モジュールの構成
図 1に示すように、壁面との衝突回避やドローンの機首の向きおよび壁面との距離の制御を行うための低コストな飛行制御用モジュールを試作した。このモジュールをドローンに接続することにより、ドローンが壁面に正対した状態、すなわち、ドローンの中心軸が壁面と直交した状態で、壁面との距離を一定に保ち、上昇・下降操作(スロットル)、左右移動操作(エルロン)により上下左右に飛行することが可能となる。モジュールの概要を図 2に示す。モジュールはレーザスキャナ( RPLIDAR A3)、シングルボードコンピュータ( Raspberry Pi 3)および 920MHz帯無線マイコンのほかにドローンの飛行モードを確認するための LED(図中では状態表示器と表記)により構成されている。レーザスキャナの測定可能距離は最長で 25 m、サンプルレートは毎秒 10,000~ 16,000回、スキャンレートは 10~ 20 Hz、角度分解能は 0.3375°および 0.54°である。レーザスキャナとシングルボードコンピュータにより壁面との距離を測定した結果に基づき、DJI製で Onboard SDKに対応した産業ドローン(Matrice 100、200、600シリーズ)やフライトコントローラ(A3、N3)をシリアル通信( TTL UART)により制御できるようにシングルボードコンピュータのソフトウェア環境を整備した。
送信機とドローンの無線通信を用いて操縦者側からシングルボードコンピュータを制御するには Payload
SDKや Mobile SDKによる開発が必要となり、シングルボードコンピュータにセンサや測定機器を追加する場合、SDKによる追加の開発が生じる。当所では、ドローンと送信機の無線通信( 2.4 GHz)との混信が生じにくい 920MHz帯無線通信を用い、離れた場所にあるシングルボードコンピュータ内のプログラムを実行でき、シングルボードコンピュータに接続したセンサや測定機器のデータを取得でき、センサや測定機器の追加も容易なソフトウェア環境を構築している [7]。920MHz帯無線マイコンの概要については次節で述べることとする。
レーザスキャナ、シングルボードコンピュータおよび 920MHz帯無線マイコンはボックスに収納して図 2の右側に示すように DJI製ドローン Matrice 210の上部に実装した。また、状態表示器はアームに装着した。モジュールの重量は 881gであり、モジュール実装後の点検用カメラなどの積載する機材がない状態で Matrice 210(TB55バッテリ 2個含む)の重量は約 5.5 kg、最大寸法はプロペラガードを装着した状態で 955 × 940 × 480 mmである。点検用カメラはドローン機体下部に搭載し、撮影方向を機体中心軸の方向に設定した。飛行制御および操作方法については第 3章で述べることとする。
図1 レーザスキャナを用いたドローンの制御
図2 飛行制御用モジュールの概要
2.2 無線通信機能
Matrice 210ではドローンと送信機の無線通信において国内では 2.4 GHz帯が使用され、最大伝送距離は 3.5 kmとなっている。2.4 GHz帯の Wi-Fiは上記の通信と混信する可能性があり、伝送距離も数十 mと短い。そこで、シングルボードコンピュータを遠隔操作するための無線通信方式には、伝送速度は低速であるが、伝送距離が Wi-Fiより長く、 Wi-Fiと同様に免許が不要な 920 MHz帯の無線通信方式を採用した。
採用した無線マイコンは IEEE802.15.4gおよび国内の関連規格 [8]に準拠しており、プロトコルは Wi-SUNと MAC層まで同一である。ペイロード長は最長 2 kbytes、伝送速度は 9.6/ 50/ 100/ 200 kbpsで、マルチホップ通信にも対応している。暗号化においては AES-256まで動作確認しているが、今回は AES-128とした。二子玉川駅周辺において最大伝送距離を測定した [7]。この通信試験では、受信用デバイスを新二子橋に設置し、 GPSモジュールを実装した送信用デバイスを携帯し多摩川の土手を移動し、最も低速の 9.6 kbpsにおける最長伝送距離は 3.5 kmであった。
本研究において、図 3に示す無線マイコンを実装する基板に新たにアクチュエータの制御のための PWM(パルス幅変調)信号の出力端子とリレー回路を有する拡張シールドを増設し、それに伴いマイコンのファームウエアを改良した。アクチュエータを接続することにより、物体投下ができるようになり、また、シングルボードコンピュータがハングアップ状態に陥った際にはリレー回路による電源の On/O.により復旧できる。
図3 PWM 出力端子とリレー回路を有する拡張シールド
3.飛行制御方法
3.1 飛行制御
衝突回避では、レーザスキャナにより壁面が検知され、予め設定した接近限界距離に達した場合、それ以上壁面に近づかないようにモジュールからドローンへ指令が送信される。そして、図 1(a)に示すように送信機による操作は壁面から遠ざかる方向のみに制限する。一方、図 1(b)に示すドローンの制御では、ドローンが壁面に正対した状態ではドローンの中心軸と壁面のなす角 θは 90°となり、必要に応じてドローン中心(ヨーイングの中心軸)と壁面の距離 dを一定に保つ。 θおよび dは図 4に示す 2本のレーザのなす角 αと壁面との距離 L1および L2から次式により容易に求めることができる。
,(rad) (3-1)
,(m) (3-2)
壁面と正対させる制御では、シングルボードコンピュータの指令により機首の向きの操作(ラダー)が行われる。また、壁面との距離の制御では、 θ=90°の状態を保ちながら壁面とドローンの中心の距離が設定値となるように、前後移動操作(エレベータ)が行われる。
図4 壁面とのなす角および距離
3.2 操作方法
通常の飛行モード(Pモード)と区別するために、衝突回避機能を動作させる飛行モードを C0モード、ドローンが壁面に正対した状態を維持する飛行モードを C1モード、およびドローンを壁面に正対させた状態で壁面との距離を任意に設定した値に保持するモードを C2モードと定義する。送信機のボタンにより各モードへの移行およびそれらからの離脱ができるようにした。
C0モード、 C1モードは Pモードから移行できるようにした。 C0モードでは壁面と予め設定した接近限界距離より離れた位置では全ての操作が可能であり、接近限界距離に到達した場合、送信機により、スロットルに加え、壁面と離れる方向のエレベータおよびエルロン操作が可能である。一方、 C1モードでは、ラダー以外の操作が可能である。 C2モードは壁面との衝突の危険性を回避するため図 5に示すように Pモードからは移行できず、 C1モードが動作した状態でのみ移行できる仕様にした。このモードではスロットルおよびエルロンの操作ができる。エレベータに関してはドローンが壁面から接近限界距離より遠ざかるようには操作でき、C0モードを同時併用( C0+C2モード)できるようにした。操縦者側は動作中の飛行モードを状態表示器により確認できる。また、目視で状態表示器を確認するのが困難な場合に備え、 920MHz無線通信を用いて飛行モードの状況を確認することができる。
図5 飛行モードの遷移フロー
4.動作確認
ドローンのダウンウォッシュ以外の風による影響を受けない図 6に示す屋内において C0、C1および C2モードの動作確認を行った。 C0モードにおいては、全方位において予め設定した接近限界距離( 2.8 m)より壁面に近づかないように制動されることを確認した。また、 C1および C2モードの動作確認においては、ドローンが壁面に正対していない状態で C1モード、 C2モードへ順次移行した。ドローンの中心軸と壁面のなす角およびドローンの中心と壁面との距離の変化を図 7に示す。なお、ラダーによる回転速度は θ . 80°および θ . 100°では 10° /s、80° < θ <100°では 5° /sとし、エレベータによる速度を 0.5 m/sと設定した。縦軸の壁面とのなす角および距離はレーザによる測距結果から算出しており、横軸は C1モード移行後からの経過時間である。同図から約 4 sでなす角が 90°となり、 4 sから 16 sまでのなす角の変動は 3.5°未満であった。次に、約 8 sの時点で C2モードへ移行し、約 14 sで距離はほぼ設定値 2.8 mとなった。また、この状態で送信機によりスロットル、エルロン、ドローンが壁面から遠ざかる方向へのエレベータの操作が可能であることを確認した。これらのことから、飛行制御用モジュールは設計通りに動作することを確認できた。
図6 動作確認試験の様子
図7 壁面とのなす角および距離の変化
5.結言
本稿では、レーザスキャナにより壁面に対するドローンの向きと距離を制御するための飛行制御用モジュールの試作とその動作確認結果について述べた。主な内容は以下の通りである。
1. 壁面との衝突回避やドローンの機首の向きおよび壁面との距離を制御するために、レーザスキャナ、シングルボードコンピュータおよび 920MHz帯無線マイコンなどからなる低コストな飛行制御用モジュールを開発した。また、衝突回避機能および機首の向きおよび壁面との距離を制御するための飛行モードを考案した。
2. 屋内において飛行制御用モジュールを実装したドローンの動作確認を行った。壁面を対象として、衝突回避機能では予め設定した接近限界距離でドローンは制動され、また、飛行モードを切り替えることにより、ドローンは壁面に正対し、距離を一定に保った状態を維持でき、上下・左右に操縦できることを確認した。
参考文献
[1] 青山祐介 . インプレス総合研究所 . ドローンビジネス調査報告書 2019【インフラ・設備点検編】 , インプレス , 2019, 155 p.
[2] https://www.topcon.co.jp/news/20180718-25271.html, (参照 2019-12-09).
[3] http://www.bizworks.co.jp/UAV/Sample.htm, (参照 2019-06-25).
[4] 春原久徳 , 福地大輔 . ドローンプログラミングアプリ開発から機体制御まで DJI SDK対応 , 翔泳社 , 2019, 352 p.
[5] 福冨広幸 , 長尾将一 ."火力発電設備の点検におけるドローンの活用に関する取り組み". 日本機械学会 2019年度年次大会講演予稿集 . 秋田 , 2019-9-8/11, 日本機械学会 , 2019.
[6] 福冨広幸 ."ボイラ内での利用を目指した近接目視点検用ドローンの試作". 2019年度火力原子力発電大会講演予稿集 . 福岡 , 2019-10-17/18. 火力原子力発電技術協会 , 2019.
[7] 福冨広幸 . 火力発電設備の状態監視のための無線センサネットワークの構築 -第二報通信距離の延伸と無線デバイス復旧機能の追加-. 電力中央研究所研究報告 , 2018, Q17001, 9 p.
[8] ARIB STD-T108: 2012. 920MHz帯テレメータ用,テレコントロール用及びデータ伝送用無線設備 .(2020年 4月 23日)
著者紹介
著者:福冨 広幸
所属:電力中央研究所 材料科学研究所
専門分野:非破壊検査