特集記事「保全分野への AI適用性の考察工学系と人間系」

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保全分野への AI適用性の考察工学系と人間系

原子燃料工業株式会社 礒部 仁博 Yoshihiro ISOBE

東京大学 山田 知典 Tomonori YAMADA

1.はじめに
保全分野では点検、検査、モニタリングによるデータ等、有用な BIG DATAが多数存在する。また、各種 FEM解析により複雑な非線形計算、シミュレーションが必要であり、ヒューマンエラー低減、働き方改革では非線形な人間系の分析が必要となる。ここでは保全分野への AI適用性を、工学系と人間系を例に考察する。

2.工学系の例
2.1 デジタル打音検査とAI・シミュレーション
トンネル、橋梁、高層ビル等の大型コンクリート構造物建設時の安全性、品質向上のために、 AEセンサを用いたデジタル打音検査(以降、デジタル打音検査:図 1)と AI・シミュレーションの統合的活用によるコンクリート内部構造診断を実現する技術開発(研究代表:東京大学 山田知典)を国土交通省建設技術研究開発助成制度により以下の手順で進めている [1-4]。
(1) 実験的 DB構築
コンクリート構造物の施工不良と経年劣化による各種変状を模擬したコンクリート試験体(1000 × 1000 × 400 mm)にデジタル打音検査を 100mm格子で面的に行い、固有周波数のコンター図を実験的に DB化する。

(2) AI・シミュレーション技術による大規模 DB化
デジタル打音検査をシミュレーションする FEM解析モデルを実験的 DBとの比較によって構築し、 FEMシミュレーションの各種パラメータ(コンクリート強度、内部空洞サイズ、ひび割れ深さ等)と FEMシミュレーションで得られる固有周波数のコンター図との非線形関係を AIで学習して大規模 DB化する。

(3) 逆解析モデルの構築と適用性検証
コンクリート構造物の面的なデジタル打音検査により得られる固有周波数のコンター図から、内部構造を診断する逆解析モデルを構築し、現場での実証試験によりその適用性や評価精度を確認する。
前記 (1)(2)の実施例を以下に示す。健全コンクリート試験体の平面中心位置での周波数分布を、実験と FEM解析で比較した(図 2)。周波数ピーク強度に差異はあるが、周波数ピーク位置は概ね一致している。また、内部空洞(サイズ 100 × 100 × 100mm かぶり厚 100 mm)を模擬した試験体の空洞中心から± 150 mmの範囲における固有周波数のコンター図の比較(図 3)では、空洞中心部で周波数が 100Hz程度低下し、周囲に広がる結果が実験及び FEM解析共に得られた。他の実験結果との比較からも FEM解析モデルの妥当性を確認した。前記 (2)の大規模 DB化の実施例を以下に示す。代表的な変状に対する FEMシミュレーション結果に基づき、入力層は内部空洞サイズ、かぶり厚(表面からの空洞深さ位置)、出力層は面的なデジタル打音検査結果(固有周波数のコンター図)を選び、4層の階層型ニューラルネットワークで表 1の条件で学習した。学習済みモデルに、内部空洞サイズおよびかぶり厚を与えて固有周波数のコンター図を予測した結果の例(図 4)では、空洞がある中心部で周波数が最も低く、周囲にその影響が広がる様子が予測可能であり、実際に解析した結果と概ね一致することを検証した。さらに学習済みモデルに多様な内部空洞サイズ、かぶり厚を入力することで、対応する面的なデジタル打音検査結果(固有周波数のコンター図)を大規模 DB化した。
前記 (3)の実施例を以下に示す。前記 (2)で大規模 DB化された、多様な内部空洞サイズ、かぶり厚に対応する面的なデジタル打音検査結果(固有周波数のコンター図)に基づき、固有周波数のコンター図から多様な内部空洞サイズ、かぶり厚を推定する逆解析モデルの構築を CNN(畳込みニューラルネットワーク)により表 2の条件で試みた。具体的には、 100mm格子で 9 × 9の面的なデジタル打音検査結果を入力層に、出力層にはコンクリート構造物の施工不良と経年劣化による変状の例として、立方体形状の内部空洞の 1辺の長さとかぶり厚を学習して検証した。
CNNによる逆解析モデルの検証結果の例を図 5に示す。予測誤差は概ね 15%以内であるが、空洞サイズの予測に関しては、サイズが小さい場合に誤差が大きく、かぶり厚の予測に関しては 50-150mmの中間範囲の誤差
が大きいことが示された。このことは、空洞サイズが小さい場合には固有周波数のコンター図の変化が中央部に限定されること、また、かぶり厚が 50-150mmの中間範囲は、それよりも浅い場合に支配的なたわみ振動モードと、深い場合に支配的な縦波共振の境界領域であることが原因として推定され、 CNNの学習条件の高度化につながる。

表1 機械学習条件の例

図 1 AEセンサを用いたデジタル打音検査システムの概要

図2 実験及び FEM解析の周波数分布比較

図3 実験及び FEM解析の面的評価比較

図 4 AI出力結果の検証

表 2 CNNの学習条件の例

図 5 CNNによる逆解析モデルの検証例

2.2逆止弁診断技術開発
次に逆止弁のリーク状態、或いはリーク前の兆候の診断を目指した技術開発の例を示す [5]。図 6は接続口径 25Aのリフト式逆止弁の模擬リーク時に、 AEセンサを用いて 60秒間の振動を計測した例である。
それぞれの振動波形を 0.1秒単位に 600分割して、 CNNにより表 3の条件でリーク量を分類することを試みた。具体的には、全 3000データをランダムに 6分割して、交差検証法で汎化性能を評価した結果を図 7に示す。図 7より、未学習データの検証として、リークの有無は 100%分類可能であった。また、リーク量が低い分類では幾分過大評価となり、逆にリーク量が高い分類では幾分過小評価となる傾向があるものの概ね分類可能であることが示唆された。今後は CNNによる所謂、回帰問題として、リーク前の期間、並びにリーク量を定量評価することを目指している。

表 3 CNN の学習条件の例

図6 リーク時の逆止弁振動計測の例

図 7 CNN による逆止弁リーク診断の検証例

図8 ヒューマンエラーは教育・訓練によって防げる?

3.人間系の例
3.1 ヒューマンエラー低減
保全活動におけるヒューマンエラー低減は人間が係わるが故に単純ではなく、例えば、ヒューマンエラーに関する3つの誤解が指摘されている[6]。

・ヒューマンエラーは注意力によって防げる
・ヒューマンエラーは教育・訓練によって防げる
・ヒューマンエラーは人による検査・確認によって防げる
表 4が示すように、ヒューマンエラーは人間の意識、換言すれば生理的状態に依存することが知られており、生理的状態が改善されない限り、単純に注意力を高めるというだけでは限界がある。
図 8が示すように、「標準と異なる作業をした」ケースについて分析した結果、「標準を知っていた」→「標準通り作業できる」→「標準を守るつもりだった」にも係わらず、40%ものヒューマンエラー発生比率があった。即ち、このケースでは教育・訓練が役に立っていない。
図 9が示すように、人による検査・確認の多重度によってヒューマンエラーは 1.(0.35)5 = 0.99 によって低減すると思いがちであるが実際はそうではない。また、エラーの含まれる割合が減少すると検出力が低下することも知られている。
以上から、ヒューマンエラーはストレスに強く影響を受けるが、同時に図 10のマズローの5段階欲求説にも示されている通り、仕事に対するモチベーション(使命次元可視化」と「ニューラルネットワーク」を用いて、作業環境(精神的・外的環境)を規定する『設計変数』と作業者の作業環境に対する満足度を表す『目的関数』の因果関係を定量的に把握し、作業環境の改善効果を定量的に予測、最適化する以下の手法を検討してきた [7-10]。

図9 ヒューマンエラーは人による検査・確認によって防げる?
図10 マズローの5段階欲求

Step①;作業者の満足内容(『目的関数』)と、それを左右すると考えられる作業環境(『設計変数』)を設問に含めたアンケート調査(5段階評価)を実施。
Step②:「多次元可視化」により、『設計変数』と『目的関数』の因果関係を視覚的に俯瞰しながら、インタラクティヴな操作で作業環境の最適化について検討。
Step③:「ニューラルネットワーク」により、『設計変数』と『目的関数』の非線形な因果関係を学習。
Step④:さらに、『設計変数』と『目的関数』の因果関係を学習した「学習済ニューラルネットワーク」により、作業環境の改善効果(『設計変数』の改善による『目的関数』への影響)を定量予測。
以上のようなアプローチによってヒューマンエラーの発生比率に大きく影響を与える作業環境(精神的・外的環境)の改善効果を定量的に予測し、効率的な改善が期待される。
原子力発電所での作業員のアンケート調査はこれからであるが、首都圏のある IT企業の全従業員を対象として 660名から得たアンケート調査結果を分析する。アンケートは、モチベーションに着目した実態調査を目的とし、質問項目は仕事のやり方や評価、人間関係、職場の環境、健康状態や職務の満足度等について多角的視点に及ぶものであった。
図 11では多次元可視化空間において、永年勤続≧ 2.5、職務内容≧ 3.5、全般的満足≧ 3.5となる点を濃い色で表示させ、対応する設計変数も同様に変化させた。
図 12では多次元可視化空間において、目的関数である「永年勤続する気持ち」、「職務内容の満足度」、「仕事の全般的満足感」が高い点の回答が、設計変数である「会社の安定性・成長感」、「仕事の適正」、「成長できる環境」も高い点であることに着目し、これらの設計変数を 20%向上させた場合、アンケート回答者全体として目的関数にどの程度影響するかを予測するシミュレーションを行った。その結果、「永年勤続する気持ち」は 11.0%、「職務内容の満足度」は5.2%、「仕事の全般的満足感」は 8.5%向上する予測結果が得られた。従来のアンケート調査は各アンケート項目に対する全回答者の比率の結果表示が多かったが、回答者個人の各アンケート項目のリンクに注目すると、 AIで学習することにより、全回答者の作業環境(精神的・外的環境)の改善効果を定量的に予測し、実行可能な作業環境の効率的な改善が期待されることが分かった。

図11 アンケート調査結果を NNにより学習することで職場環境を改善するためのアプローチ

図12 多次元可視化と AIを用いた職場環境改善の予測


3.2 顧客満足と経営資源の再配分
サービス産業において顧客アンケート等の情報から顧客の満足度を分析し、限られた経営資源を有効活用してサービスを最適化することは重要なテーマである。ここでも著者らが開発した「多次元可視化」と「AI(ニューラルネットワーク)」機能を特徴としたシミュレーションツール Dr. Designを用いて中京圏に位置するあるホテルの以下の宿泊アンケートを分析した [11]。
【設計変数】利用した部屋タイプ名、食事形態、宿泊価格、チェックイン日、泊数、性別、年代、利用シーン、クチコミ投稿内容、部屋、風呂、料理朝食、料理夕食
【目的関数】総合評価、接客・サービス、清潔感、コストパフォーマンス(C/P)
最初にアンケート結果を多次元可視化することで、現時点での顧客の満足度(目的関数)とそれに影響を与える項目(設計変数)の関連性を明確にした。次にその関連性を AIで非線形学習して、設計変数への投資の再配分(資源集中)により目的関数の向上の程度を将来予測した。
図 13に宿泊アンケートの Dr. Design 多次元可視化機能による現状基本分析結果の例を示す。各アンケート項目の回答結果はプロットで表示されると同時に、同一回答者による各アンケートの回答結果を連結線で結び、相互関連が表示される。さらに、特定のアンケート項目に対してその回答値に制約条件を設定してプロット、連結線の色を指定して識別することも可能である。図 13ではC/Pの 3段階評価(割安・妥当・割高)において、「割安」の回答者と、「割高」の回答者を表示しており、C/P(目的関数)がどのアンケート項目(設計変数)に依存するのかを全体を俯瞰して分析した。
図 13の分析結果の例は以下の通りである。
(1)C/Pで割安と感じた人は、部屋、接客サービス、清潔感が高評価。
(2)同じく割安と感じた人は、クチコミも概ね良好。
次に Dr Design により、以下の設計変数の変更に伴う
目的関数の改善効果を将来予測した。【設計変数】8項目: 宿泊価格、チェックイン曜日、性別、年代、部屋、風呂、接客・サービス、清潔感【目的関数】2項目: 総合評価、C/P
具体的には 3層構造、中間層 6ノードのニューラルネットワークで全アンケートを学習し、その後学習済ニューラルネットワークを用いて、アンケート評価項目である部屋、接客・サービス、清潔感の回答値を +1 改善した場合(現時点で最高回答値の場合はそのまま)の総合評価、C/Pの変化を評価した(表 5)。
改善により予想される効果の例は以下の通りである。・部屋と清潔感を改善すると総合評価もC/Pも向上。・特に部屋に対する改善効果は高く、部屋の満足感の向上が効果的。・接客・サービスの改善により総合評価は改善せず、逆にコストパフォーマンスは -7.6%悪化
(注:アンケート対象のホテルは元々接客・サービスの回答値は高めで、既に十分満足しており、これ以上の過剰な接客・サービスでその分宿泊費が高くなり割安感が減少する可能性あり)。
表5 宿泊アンケート AI未来予測結果(改善のみ)

逆にアンケート評価項目である部屋、接客・サービス、清潔感の回答値を -0.5 コスト削減(簡素化)した場合の総合評価、C/Pの変化を評価した(表 6)。
表6 宿泊アンケート AI未来予測結果(コスト削減)

図13 多次元可視化による宿泊アンケートの現状分析結果

結果は、接客・サービスではC/Pが +6.3% と改善されたが、総合評価は -4.6% と減少した。
そこで、部屋を +1 改善、接客・サービスを -0.5 削減と同時に変更した場合(資源再配分)、総合評価はほぼ変わらずC/Pは 6.6%改善した(表 7)。

表7 宿泊アンケート AI未来予測結果(資源再配分)

以上のように経営資源の再配分の効果を定量的に分析可能であり、総合評価、コストパフォーマンスに影響が高い項目は、アンケート項目の細分化により顧客ニーズの一層的確な把握を行うことができる。目的関数として売上、利益を含めた最適化も可能である。

4.まとめ
保全分野での AI適用例を紹介した。どの分野に如何に適用するかはアイデア次第であり、複雑な非線形問題の高速化(順解析、逆解析)と、複雑な非線形問題で人間が気づかない現象・事象の主要因子・因果関係の把握に有効になると考える。


参考文献
[1] T. Matsunaga, R. Ogawa, M. Sagisaka, H. Fujiyoshi and
Y. Isobe, "Social infrastructural diagnosis by hammering inspection with AE sensor", E-Journal of Advanced Maintenance Vol. 11 No. 1 (2019) 27-33.

[2] 礒部仁博 , 松永嵩 , 匂坂充行 , 小川良太 , 藤吉宏彰 , 下田彩子 ,"i-Construction 新技術現場試行:AEセンサを用いた打音検査によるコンクリート施工品質評価", 日本保全学会第 15回学術講演会要旨集 pp.135-136, 福岡国際会議場 ( 2018).
[3] 匂坂充行 , 松永嵩 , 小川良太 , 礒部仁博 , 山田知典 , 吉村忍 ,"デジタル打音検査と AI・シミュレーションの統合的活用によるコンクリート内部構造診断の実現( 1)全体構想及び実験的データベース構築"CS15-09, 土木学会令和 2年度全国大会 , 名工大 (2020).
[4] 松永嵩 , 小川良太 , 匂坂充行 , 礒部仁博 , 山田知典 , 吉村忍 ,"デジタル打音検査と AI・シミュレーションの統合的活用によるコンクリート内部構造診断の実現( 2)シミュレーションモデル開発と AI順解析による大規模 DB化"CS15-10, 土木学会令和 2年度全国大会 , 名工大(2020).
[5] S. Miura, K. Hattori, M. Kudou, S. Sekiguchi, R. Ogawa,
T. Matsunaga, M. Sagisaka, Y. Isobe, T. Yamada and S. Yoshimura, "Valve Diagnosis using Acoustic Emission sensor system and AI analysis", COMPSAFE 2020 (2020).

[6] 中條武志,ものづくり・サービス提供におけるヒューマンエラーの防止 , http://www.indsys.chuo-u.ac.jp/~nakajo/ open-data/pokayoke.pdf
[7] 吉村忍,古田一雄,礒部仁博 , 匂坂充行,野田満靖,秋葉博 ,"軽水炉保全最適化のための総合型シミュレータ Dr. Mainteの開発", 日本原子力学会和文論文誌,Vol. 9, No. 2, p. 125-138 (2010).
[8] 高坂徹,佐久太郎,礒部仁博,吉村忍,"従業員のモチベーション要因分析とその向上における非線形データ解析/多次元可視化ツールの応用,"日本リスク研究学会第 23回年次大会講演論文集, Vol.23,p43-48,明治大学(2010) .
[9] 礒部仁博 , 匂坂充行 , 江藤淳二 , 松永嵩 , 高坂徹 , 松本聡司 , 吉村忍 ,"軽水炉保全最適化のための統合型シミュレータ Dr. Mainte", 日本保全学会第 11回学術講演会要旨集 , p347-348, 八戸工業大学 (2014).
[10] 礒部仁博 , 匂坂充行 , 小川良太 , 松永嵩 , 高坂徹 , 松本聡司 , 吉村忍 ,"軽水炉保全最適化のための統合型シミュレータ Dr. Mainteによるヒューマンエラーの影響とその低減効果の検討 2", 日本保全学会第 13回学術講演会要旨集 , p371-374, 神奈川県立かながわ労働プラザ (2016).
[11] 礒部仁博 , 高坂徹 , 吉村忍 ,"多次元可視化ツールと AIを用いた顧客アンケート要因分析と設計", 日本経営工学会秋季大会予稿集 , p142-143, パシフィコ横浜 (2017).

(2020年 11月 10日)

著者紹介

著者:礒部 仁博 所属:原子燃料工業株式会社 専門分野:シミュレーション、材料強度学、非破壊検査
著者:山田 知典 所属:東京大学 専門分野:計算力学、大規模シミュレーション、機械学習

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