解説記事「我が国初の軽水型発電炉 JPDRにおける腐食割れ損傷事例」

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カテゴリ: 解説記事
国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構]
塚田 隆 Takashi TSUKADA
相馬 康孝  Yasutaka SOMA

我が国初の軽水型発電炉 JPDRにおける腐食割れ損傷事例

1.はじめに  
我が国の原子力発電は、旧日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構。以下、原研)の動力試験炉( Japan Power Demonstration Reactor:JPDR)における 1963年 10月 26日の発電成功に始まる [1-3]。JPDRの設置目的は、1) 原子力発電所の建設、運転ならびに保守に関して実際の経験を得る、 2) 各種試験、実験を行い動力用原子炉系の特性を理解する、 3) 国産燃料の照射試験、国産部品の特性試験や寿命試験を通じて軽水型動力炉の国産化に貢献することであった [4]。そのため JPDRでは電力会社、メーカーから出向された多くの技術者、研究者も運転、試験等に参加し、その後の商業用軽水炉の建設、運転にも大いに貢献された [5]。
JPDRは出力倍増のための改造等を経て 1976年 3月まで運転された。その後 1986年からは原子炉施設の解体、撤去による廃止措置に供され、世界的にも早期の廃炉事例として貴重な知見と経験を残した [6]。
一方、 JPDRの運転は様々な要因により順調であったとは言い難い。その大きな原因の一つは原子炉の構造材料に発生した腐食割れ損傷によるトラブルであった [1,3,4]。その後建設された商業用軽水炉も応力腐食割れ等の様々な腐食割れ損傷に長く悩まされて来たことは事実であるから JPDRはその「原点」といえる。
本解説では JPDRで経験された腐食割れ損傷事例として、原子炉圧力容器のオーバーレイクラッド及びノズルセーフエンド部における損傷事例を紹介する。


2.動力試験炉 JPDRの概要
2.1 導入の経緯
原研は 1956年に原子力の研究、開発及び利用の促進に寄与することを目的とし設立された [3]。原研に小型の試験用動力炉を建設する準備は 1957年中頃から進められ、 1959年 3月には沸騰水型動力試験炉を米国 GE 社から導入することが内定した [7]。1960年 8月に安全審査に合格し、同年 9月に GEJ(GE Japan)社と契約を結び建設が開始された [2,3,7]。そして 1963年 8月 22日に核燃料が炉心に装荷され同日臨界となり 10月 26日初発電に成功した。
JPDRは自然循環式直接サイクルの沸騰水型原子炉(以下、BWR)プラントで定格熱出力 45 MW(電気出力 12.5 MW)である。設置目的の一つである国産燃料の照射試験を行うため、当初から熱出力を倍増させる改造が可能な設計とされていた [7,8]。JPDRは 1969年 9月まで運転された後その改造に入り 1971年 12月に改造工事を完了した。改造後のプラントは熱出力 90 MW、冷却方式が強制循環式となり JPDR-IIと呼称された [1,9]。以下では改造前のプラントを JPDR-Iとする。

2.2 プラントの概要

JPDRプラントの系統概略を図 1に示す [10]。図中の上部に既設と記した系統(強制循環ポンプを除く)が改造前の JPDR-Iであり、新設と記した系統及び強制循環ポンプを含む全体が改造後の JPDR-IIである。改造後は出力倍増による追加 45 MW分の蒸気を消費するためダンプコンデンサーが新設された。
JPDR-Iの原子炉圧力容器の構造を図 2に示す [3]。この圧力容器は国産初の圧力容器であった。容器本体は低合金鋼(ASTM A302B Mod.、厚さ約 67 mm)製であり内径約 2 m、内高約 8 mである。容器内面は低合金鋼の腐食防止と冷却水の水質維持のため全面にステンレス鋼溶接肉盛り(SUS304鋼相当材、厚さ約 6.4 mm)によるオーバーレイクラッド(以下、クラッド)が施された。冷却水の圧力容器入口温度は 127 ℃、出口温度 277 ℃、炉内圧力 62.5 kg/cm2であった。炉心部有効高さは約 1.5 m、装荷燃料は 2.6 %低濃縮ウランであり、燃料棒を 6 × 6(改造後は 7 × 7)列の正方格子状に配置した燃料集合体 72体が炉心に装荷された [8]。JPDRの原子炉圧力容器には設計当初から強制循環式に変更できるように強制循環ポンプを接続するノズルが設けられていた [2,8,11]。また、上蓋には主蒸気管の他に実験用フランジが 4個取り付けられ計装燃料の信号ケーブルの取り出し等に使用された [7]。さらに、圧力容器上蓋頂部に主蒸気管ノズル及び蒸気乾燥器があるなど、以降の商業用 BWRに比べ小型かつ構造設計に異なる部分があった。


3.JPDR圧力容器クラッドの損傷事例

3.1 ヘア・クラックの発見と対応の経緯

初臨界から累積運転時間で 7,335時間を経た 1966年 5月実施の第 1回定期検査で圧力容器上蓋内面に微細な割れが目視された。割れはその形態からヘア・クラックと呼ばれ、液体浸透探傷法により検査した結果、クラッド表面のかなり広範囲に割れが存在していた [8-10,12]。図 3に圧力容器上蓋クラッドから摘出された割れ発生部表面のスンプ法による写真を示す。

図 2 JPDR-I圧力容器断面図 [3]

図3 JPDR上蓋から摘出したクラッドサンプル表面の割れ(T. Kondo et al., 1967)

 JPDR圧力容器内面のクラッドは、胴部は機械溶接で施工されたが、ノズル等が多く複雑な構造の上蓋は手溶接施工であった。ヘア・クラックの発生は手溶接部に限定されていた。上蓋クラッドの表面における割れの長さは平均 5~ 10 mmで最長 25 mm、割れ発見数は約 200か所であった [12]。割れ発生部のクラッド表面をスンプ法で調べた結果、ほぼすべて粒界割れであった。クラッドから採取した材料のフェライト量を測定した結果、機械溶接部は 7.5~ 10 %のフェライト量であるのに対し、手溶接部は 2.5~ 7.5 %と低く、 Cr/Ni比が SUS304鋼の標準より低いことが分かった。
この調査結果から割れ発生に溶接施工の不適切が関与したことは明らかとされ、補修工事のため上蓋を工場へ搬出し手溶接クラッド部を除去し、新たな肉盛溶接が行われた。補修後は各種検査により機械溶接と同程度の材質であることが確認され、以降の定期検査ではクラッドに新たな割れは発見されなかった [12]。

ヘア・クラック補修作業では、手溶接クラッドの除去作業において割れが集中的に発生していた部分 4か所(大きさ約 60~ 70 mm)を除去せずに保存した [12]。保存の目的は、再稼働後に既存の割れがどのように変化するかをモニタリングすること及び将来的に保存部を圧力容器から切り出し金属組織学的に詳細な検査を実施することであった。
圧力容器上蓋にヘア・クラックが発見されたため、手溶接施工の圧力容器底部及び運転中に応力レベルが最大となる強制循環ノズル部を中心として欠陥の有無を調査する必要が生じた [10,13]。1968年 5月にプラントを停止しボロスコープによる水中内面観察、電気抵抗法、超音波探傷法、液体浸透探傷法による圧力容器内部検査が同年 11月まで実施された。その結果、容器西側強制循環ノズル部のノズルコーナーから約 50 mm離れた胴体部の手溶接クラッドに数個の平均長さ 30 mm、深さ 3 mm以下の割れが発見された [13,14]。この割れは構造物の放射線量及び構造上の問題から補修は不可能であったため、クラッドにこれらの欠陥を残したまま JPDR-IIに改造し運転可能かについて構造強度的な安全性評価が行われた [15]。
その評価では、クラッド材試験片による低サイクル疲労試験の他、圧力容器の 1/3モデルを製作して内圧繰り返し試験等が行われた。さらに圧力容器鋼の照射脆化に関する評価も行われた [16]。それらの試験結果を総合的に検討し、クラッドに割れを残したままでも JPDR-IIへの改造及びその後の運転には支障がないという結論が得られた [9]。
海外炉における原子炉圧力容器クラッドの損傷事例に関する文献調査も行われた。参考にされたのは米国の Experimental Boiling Water Reactor (EBWR) [17]他 3炉におけるクラッド損傷事例であった [12]。調査の結果、 JPDRとこれらの炉ではクラッド施工法に違いがあり同一に比較できないが、工学的に重要な論点であるクラッド内のき裂が圧力容器母材低合金鋼への進展する可能性については、いずれの事例でも進展は認められずまた将来もその可能性はないとされていた。
さらに、 1968年 5月には JPDR上蓋クラッド損傷部から採取したサンプル調査の結果( 3.2に後述)について討論することを目的に米国へ調査団が派遣された [18]。米国では圧力容器の実機モデルによる疲労試験を実施していた Southwest研究所、 BWRを開発した GE社の San Jose研究所他において議論が行われた。その結果、クラッドのき裂が母材低合金鋼に達しかつ母材に何らかの変化を生じたのは JPDRが初めてであること、圧力容器の健全性評価に必要な高温高圧水中における低合金鋼のき裂進展挙動の知見は必要であるが現状(当時)では皆無であること等の見解が米国側より示された。クラッド内き裂の母材への影響に関しては、 JPDRのサンプル調査結果と異なる点があった。


3.2クラッド損傷部サンプルの調査結果
ヘア・クラック補修の際に上蓋内面に保存された 4か所の割れ発生部のうち最大の部分が 1967年末に採取された。その時点までの累積運転時間は約 12,000時間であった [19,20]。採取は保存箇所の周囲を切削除去し母材の一部を含めて行われた。採取した試料は図 4下図のように細断され、金属組織観察及びX線マイクロアナライザー (XMA)による元素分析に供された。

図4 圧力容器クラッドのサンプル採取位置(上)及びサンプル切断要領(下)[19]

図 5には XMAにより分析した割れ近傍のクラッド材の合金組成をシェフラーの組織図上に示す [19-21]。図中の.点は割れから離れたクラッド材の分析値であり正常な SUS304鋼溶接金属の組成である。一方、①~⑤は表面からの深さ方向の分析値を示し、割れ近傍の合金組成はオーステナイト単相またはマルテンサイトを含むオーステナイト相が形成される領域にあることを示している。その場合に応力腐食割れ(以下、SCC)の感受性が高くなることは当時既に知られていた。
JPDRのクラッド割れに特徴的なことはき裂が圧力容器母材に達し母材内への侵食が認められたことである。到達箇所では図 7のように母材側に微小な孔が形成され孔食に近い形態を示していた。この局部的な腐食の原因としては、酸素濃淡電池効果によるクレビス腐食及びステンレス鋼と低合金鋼の接触によるガルバニック腐食の可能性が指摘された [9,19-21]。
図 4中の A面におけるき裂の断面形態を図 6に示す [9,19-21]。き裂の幅及び分岐の特徴から、割れは表面近傍で発生し分岐しながら母材へ向かって進展したと判断された。き裂の先端は母材にほぼ垂直に到達していた。
また、肉盛溶接施工は 3層であったが観察上各層の分別は困難であり手溶接法が原因と考えられる合金組織の混(図中の矢印はクラッドと母材の界面を示す)合が生じていることが観察された [19,20]。摘出サンプルの金属組織学的調査の結果をまとめると、上蓋クラッド部では手溶接の施工条件(入熱、溶接棒の選定等)が不適当であったため溶着金属中の Cr量が低下し組織不安定性を生じた。特に母材との接合部付近では母材による過度の希釈により大きな Cr量低下を生じ、ステンレス鋼の鋭敏化により SCC感受性が高まったとされた。溶接時に生じた微細な欠陥(ミクロ割れ)の存在がき裂発生に影響した可能性は否定できないが、き裂の発生及び進展に SCCが強く関与したと考えることが妥当とされた [12]。クラッド内き裂のいくつかは母材低合金鋼に到達し微細な腐食を生じた。この微細な腐食が原子炉の運転に伴う応力変動により腐食疲労現象またはクレビス腐食として進展する可能性を検討することの重要性が指摘された [19,20]。圧力容器クラッドの SCCには上蓋内部の環境条件も影響したと考えられる。 JPDRではヘア・クラックの発生は蒸気相に接する内面に限定されていたが、米国 EBWRのクラッド割れ(1965年 5月発見)の調査結果 [17]でも割れの 75 %は蒸気に接する表面で発生したと報告されている。当時の SCCに対する認識では、高純度水中の塩化物イオン濃度が数 ppb程度と低ければ SCCは抑制可能と考えられており、 JPDRの原子炉供給水は塩化物イオン濃度を 10 ppb以下に制御していた [22]。しかしその後、酸素レベルが十分に低くなければ低塩化物イオン濃度でも SCCを生じることが知られた。 JPDR上蓋内の蒸気中の酸素レベルは約 35ppmと実測され、 SCCの発生可能な条件にあったと推測された [12,19]。さらに試験用燃料集合体の交換などのため上蓋を大気開放する回数が多く、圧力容器内の環境条件の変動が大きいことがクラッドの割れ発生、進展に影響を与えた可能性も高かったと考えられる。

図5 割れ近傍のクラッド組成分析結果(①~⑥)[19]

図6 JPDR圧力容器クラッド内のき裂断面 [19]

図7 クラッド/母材境界のき裂先端部断面 [19]


3.3圧力容器鋼の環境助長割れ研究の発展
環境助長割れ( Environmentally Assisted Cracking; EAC)は応力腐食割れ、腐食疲労、水素割れ等の総称であるが、高温高圧水環境で使用される原子炉材料には近年まで様々な損傷形態として現れ、軽水炉の歴史においてしばしばその安定的な運転を妨げる要因となって来た。 JPDRのヘア・クラック問題を契機として、原研では圧力容器低合金鋼の腐食疲労き裂進展挙動に関する研究が 1968年には開始された。当時国内外に軽水炉条件を模擬する高温高圧水中において疲労試験を実施可能な試験装置は存在しなかった。このため、まず 90℃までの純水中で低サイクル疲労試験を行える装置が製作され、低合金鋼疲労き裂進展速度と温度及び荷重繰返し速度の関係が調べられた [23,24]。その結果、 10cpm以下の遅い繰返し速度では腐食疲労効果が顕著に現れ疲労き裂進展が加速される現象が発見された。図 8は 1969年原研に設置された BWR環境を模擬可能な世界初の高温高圧水中疲労試験機である。

図8 世界初の高温高圧水中疲労試験機(原研)

図 8の試験機を用いて、クラッド内き裂を模擬する予き裂を入れた溶接肉盛クラッド付き低合金鋼試験片により得られた、史上初といえる高温高圧水中疲労き裂進展データを図 9に示す [21,26-29]。この図は、 200 ℃の高温水中(試験部出口の溶存酸素濃度は 0.3 ppm以下)において、繰返し速度が 300 cpmから 1 cpmまでは速度の低下に伴い 1サイクル当たりのき裂進展速度が増大しており、繰返し速度の影響が大きいことを明示している。さらに 0.2 cpmまで繰返し速度が低下すると逆にき裂進展の平均速度は小さくなった。その原因は、当時別途開始された高温高圧水中人工クレビス腐食試験による知見 [30,31]に基づき、低合金鋼中を低速で進展する疲労き裂先端部で孔食が形成されき裂が停滞したと説明された。この荷重繰返し速度の影響に関する知見は、圧力容器鋼の高温高圧水中腐食疲労試験法を国際的に共通化することに役立てられた [32]。

図9 低合金鋼(ASTM A-302B)の高温高圧水中腐食疲労き裂進展への荷重繰返し速度の影響 [26]

 原研では当該装置及び同型機により高温高圧水中腐食疲労試験データの取得を進め、当時急速に発展していた破壊力学的手法を適用し腐食疲労き裂進展データベースが拡充された。その成果は米国機械学会が 1971年に制定した維持規格 ASME Code Section XIの 1974年改訂にも反映された [32]。また 1978年には国際共同研究組織( International Cooperative Group on Cyclic Crack Growth Rate: ICCGR)の活動が開始される等、圧力容器鋼の高温高圧水中腐食疲労研究及びそれに関する国際的な協力関係が急速に進展した [33-36]。


4.JPDRノズルセーフエンド部の損傷事例
4.1 損傷の発見と対応の経緯
JPDR-IIへの改造工事が完了し出力上昇試験を実施中の 1972年 8月に原子炉冷却水の漏洩が発生した [9]。初臨界からの累積運転時間は約 15,000時間であった。漏洩箇所は圧力容器炉心スプレイ系ノズルセーフエンド
(ステンレス鋼)とステンレス鋼配管の溶接部であった。同様の損傷が他の箇所にも存在することが予想されたため、構造上及び放射線強度上調査不可能な箇所を除く全ての圧力バウンダリー系統の溶接部計 575箇所に対して非破壊検査(目視検査、液体浸透探傷、超音波探傷、 X線探傷)が行われた [37]。検査の結果割れ損傷が検出された部位は、貫通割れを生じた(イ)炉心スプレイ系のほかに、(ロ)停止時冷却系及び(ハ)給水系のそれぞれノズルセーフエンドと配管の溶接部であった。これら損傷発生部位についてサンプル切り出しと割れ発生原因の詳細な調査が行われた。


4.2 損傷部の調査結果(1) 割れの発生位置及び形態 [38-40]
図 10に貫通割れが発生した炉心スプレイ系ノズルセーフエンドと配管の溶接部位置 [38]、図 11に割れの断面写真を示す [39]。全ての配管系において割れはノズルセーフエンドと配管の溶接部近傍の天側に多く発生していた [40]。個別の配管系の特徴は、(イ)においては図 11に示すように溶接部近傍の鋭敏化領域に多数の粒界割れが発生し、そのうち圧力容器寄りの一つの割れが厚さ 5.1 mmの配管を貫通していた。(ロ)においても鋭敏化領域に粒界割れが発生し、最大のものは管厚みの 70%相当する 5.3 mmの深さまで進展していた。(ハ)においては鋭敏化領域を中心とした最大でも 1 mm以下の比較的浅い貫粒割れが多数見られた。また、全てのケースで鋭敏化領域外に小さな貫粒型の割れが小数発生していた。(2) 応力条件 [40,41]
(イ)に関しては異径管の接合によって応力集中のしやすい形状をしており、溶接部に曲げ・ねじれによる過大な応力が負荷されていると推測された。そこで、実機の形状と製造プロセスを再現したモックアップによる疲労試験が実施された結果、少なくも実機相当の疲労サイクルでは割れに至らないことが確認された。他の配管系に関しても、切り出し時に配管と圧力容器セーフエンド側に最大 10 cm以上の食い違いが生じたことや他の配管等と接触している箇所が存在したことから、設計時の応力計算とは別に、炉の現状に即した応力計算が実施された。その結果、(ロ)及び(ハ)における 1次及び 2次応力の合計はそれぞれ 24.0 kg/mm2及び 10.3 kg/mm2と計算され、これらに溶接残留応力の推計値約 20 kg/mm2を加算しても破断には至らないと考えられ、調査された全ての配管系において応力単独では破断に至らないと結論された。

図10 炉心スプレイ系ノズルセーフエンドの構造と割れが発生した溶接部位置 [38]

図11 炉心スプレイ系配管溶接部に発生した割れ [39]


(3) 材料条件 [39,40]

全ての配管材料は SUS304鋼相当材(引張強さ約 68 kg/mm2、降伏応力約 36 kg/mm2)である。エッチングによる組織観察の結果、全ての溶接部で溶接金属から 6~ 8 mmまでの範囲に鋭敏化が確認された。現場溶接後の熱処理は実施されていない。溶接部のフェライト量は 1.7~ 8.6 %の範囲にあり、ビッカース硬さは 200 HV前後であった。

(4) 環境条件 [40]

基本的に運転中における炉水温度は 277 ℃であり、(ハ)のみ最大 125 ℃である。水の流動状況は、(イ)は容器内水面近傍に位置し滞留、(ロ)は水中にあるが運転中は炉水と同じ水質で滞留していると考えられた。(ハ)のみ流水である。運転中の炉水溶存酸素濃度は 0.1~ 0.4 ppmであるが、(イ)のみは気水界面付近に位置するため、運転開始時に水位が変動し大気が密閉状態で加圧されることにより溶存酸素濃度が大きく上昇する可能性が指摘された。塩化物イオン濃度は常時 0.1 ppm以下に制御され、高温運転中にそれを超過したのは数時間のみで、最大値は 0.67 ppmであった。
(5) 結論及び調査後の経緯
以上の調査の結果、貫通割れを含む粒界割れは三つの因子、すなわち降伏応力近傍またはそれを超える応力因子、溶接による鋭敏化という材料因子、及び溶存酸素を含む高温水という環境因子が重畳した結果発生した SCCであるとされた。一方、貫粒割れについては配管内面の粗さとの関連性が議論された。特に(ハ)ではグラインダー仕上げ跡のある付近に割れが発生したことから、表面仕上げによる引張残留応力やひずみ誘起マルテンサイト変態等の可能性が示唆された [39]。
損傷の発生した 3配管系については再発防止のため溶接方法に十分配慮した補修が行われた。さらに、再稼働後には供用中検査を ASME Code Section XIに準じて行うなどの措置を講じることとし、 JPDR-IIは 1975年 9月に再稼働された [9]。JPDRにおける損傷調査は国内初の軽水炉配管 SCC損傷に係る詳細調査であり、補修工事を経て再稼働までに約 3年を要した [1,9]。

5.おわりに
動力試験炉 JPDR(1963~ 1976運転)は我が国初の軽水型発電炉であり、パイロットプラントの宿命として数々のトラブルを経験した。本解説で紹介した圧力バウンダリーの割れ損傷も我が国初の経験であり、その対応は原研、電力会社、メーカーの幅広い協力の下に実施された。得られた成果は、圧力容器鋼の EAC研究の端緒になると共に、商業用軽水炉の運転、検査等にも役立てられた。文献 [42]には JPDRにおける損傷調査で得られた知見を含め当時( 1976年)の SCCに対する見解が要約されている。それは現在から見ても異論のない見解であるばかりでなく、例えば SCC対策では 3要因それぞれを可能な限りの改善すべきこと、材料を低炭素化してもそれ単独では SCC免疫とはならないこと等、以降の軽水炉で経験された SCC問題に関連する指摘もされていた。本解説で紹介した JPDRの経験は、我が国の軽水炉腐食割れ損傷の歴史を振り返る上での「原点」である。


謝辞
本解説は、近藤達男氏(元原研、東北大学客員教授。 2020年逝去)より著者らが伝聞した内容を基に調査、執筆した。氏の生前のご指導に篤く感謝します。さらに、村主進氏及び中島甫氏(元原研)には当時の状況を詳しくご教示頂いたことに謝意を表します。

参考文献
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[36] H. Seifert and S. Ritter, "Environmentally-assisted cracking of carbon and low-alloy steels in light water reactors", Nuclear Corrosion: Research, Progress and Challenges, Elsevier, pp. 119-211 (2020)
[37] Y. Futamura, T. Kinoshita and K. Torikai,"Technical Report: Piping Cracks in JPDR, (II) In Service Inspection of Weld Joints in Reactor Coolant Pressure Boundary", J. Nuclear Science and Technology, Vol. 15, No. 11, pp. 856-862 (1978)
[38]近藤達男、「原子力工業における応力腐食割れ (SCC)の事例と対策-軽水炉-」、金属材料、第 13 巻、第 11号、 pp. 62-67 (1973)
[39] Y. Ogawa, M. Shindo and M. Kikuchi,"Technical Report: Piping Cracks in JPDR, (III), Metallurgical Examination of Cracks in Stainless Steel Pipe", J. Nuclear Science and Technology, Vol. 16, No. 1, pp. 62-71 (1979)
[40] Y. Futamura, K. Torikai and Y. Ogawa, "Technical Report: Piping Cracks in JPDR, (IV), Analysis of Cause of Cracks Found near Weld Joints Connecting Reactor Vessel Nozzle Safe-End to Pipe", J. Nuclear Science and Technology, Vol. 16, No. 2, pp. 137-146 (1979)
[41] K. Torikai, T. Kinoshita and Y. Futamura, "Technical Report: Piping Cracks in JPDR, (I) Relation between Crack and Stress", J. Nuclear Science and Technology, Vol. 15, No. 9, pp. 697-703 (1978)
[42] 近藤達男、「〈特別寄稿〉原子炉一次系圧力バウンダリー材料の腐食割れ問題の実態と対策」原子力発電開発推進上の諸問題、フジ・インターナショナル(株)、 pp.160-169 (1976)
(2020年 11月 10日)

著者紹介 
著者:塚田 隆 所属:日本原子力研究開発機構 専門分野:材料工学(腐食防食)
著者:相馬 康孝 所属:日本原子力研究開発機構 専門分野:材料工学(腐食防食)

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