特集記事「AIを活用した制御故障復旧支援システムの導入 」
公開日:AIを活用した制御故障復旧支援システムの導入
JFEスチール株式会社 仮谷 晃 Akira KARIYA
1.はじめに
JFEスチールは、世界有数の生産規模を持つ鉄鋼メーカであり、図 1のように主要生産拠点は、高炉から圧延加工までを一貫して行う東日本製鉄所(千葉地区・京浜地区)と西日本製鉄所(倉敷地区・福山地区)、鋼管を主に製造する知多製造所、棒線を主に製造する仙台製造所がある。各生産拠点では、 24時間 365日休まずにラインを稼働させ鉄鋼製品の製造を行っている。これらの製品をお客様へ安定して供給するためには、設備の安定稼働が欠かせない。それゆえ、設備故障が発生した時、迅速に故障を復旧させることが重要である。今回、故障復旧を支援するツールを構築した。このツールにより、製造ラインで発生した故障に対して、保全担当者が故障復旧に必要な情報を現場で効率的に活用することを可能とし、故障復旧時間及び作業時間の短縮などの効果を確認したので、以下に報告する [1]。
図1 鉄鋼製品の主要製造拠点
2.製鉄業における設備保全業務
2.1 製鉄業における設備保全業務の役割
図 2のとおり、鉄鋼業は他業界よりも売上高に対し設備投資費が高い装置産業であることが分かる [2]。装置産業においては、設備をいかに安定的に稼働させ製品を生産するかが重要である。設備保全業務は、未然に故障を防ぐ予防保全業務と故障を迅速に復旧させる故障復旧業務の 2種類に分けられるが、本論文では故障復旧業務に着目する。故障復旧においては制御、機械といった専門的な知識だけでなく、通常設備がどのように運転されているかといった運転方案等の知識を必要とする場合がある。幅広い知識、経験が必要であり、担当者のスキルにより故障復旧時間に格差が生じることがある。
図2 設備投資率
2.2 設備保全業務における取り組みと課題
当社では、設備の安定稼働に向けて保全業務の効率化を目的とした全社統合保全システムを構築し運用している。このシステムでは、保全基準をつくり保全計画を立て、予算や補修の実績を管理することができる。本システムを活用することで図 3に示すような、保全業務におけるPDCAサイクルを効率的に展開している。
一方で故障復旧業務における課題の一つとして、制御故障復旧の長時間化がある。この背景には、海外含めた多種にわたる機器、最新技術を利用した機器の導入により必要な知識量の増大、また熟練者層の退職による知識や経験の喪失がある。
図 4に示すように倉敷地区においては、故障復旧に要する時間が 2008年に比べ 2015年は増加が顕著であった。この課題の打ち手として、 JFEスチール倉敷地区では、タブレット端末を活用した故障復旧支援を開始した。この支援システムでは複数のサーバに蓄積された過去の故障履歴、予備品情報や手順書といったデータを手作業で定期的に端末へ移し、そのデータを端末の画面上にて閲覧することを可能とした。
この取組みにより、タブレット端末で現場においても必要な資料を閲覧することが出来、故障復旧時間の短縮に寄与することを確認した。しかし、従来蓄積してきたデータは故障報告書や手順書、標準書といった形式が一様でない、いわゆる非構造化データであった。そのため、一般的な検索システムでは、文章中における単語の抽出精度が悪く、また、全データ内からの文書の検索に長時間を要するといった課題があった。また、保全担当者からは、発生頻度が少ない過去の故障事例の検索や同義語の紐づけ機能、最新データへの連携自動化といった新たな要望も上がってきた。そこで、前述の故障復旧を支援するシステムのレベルアップによるさらなる故障復旧時間の短縮を目的として、設備保全業務の一部を担う制御部門に AI技術を活用したシステムの導入検討を開始した。その検索においては、非構造化文書から単語を抽出し、分析することに優れたテキストマイニング技術の採用を必要条件とした。
図3 JFEスチールにおける設備保全システム
図4 制御故障復旧の対応時間(倉敷)
3. J-mAIsterRの概要と機能紹介
3.1 J-mAIsterRの導入
一般的に AI技術とは、コンピュータが人間の脳を模倣する技術を指す。しかし今回のシステムにおいては、 AI技術の中でも人間の意思決定への支援を目的とするコグニティブ技術の考え方を重視し、かつテキストマイニングにも強みを持つ日本アイ・ビー・エム株式会社の IBMR Watsonを導入した。
当社では、今回のシステムを J-mAIsterRと名付け、福山・倉敷の重点ラインにて早期運用を実施し、基本機能の動作確認及び効果を確認した上で、 2018年 9月から社内全地区へ展開している。 J-mAIsterRとは、 JFE Maintenance AI of Smart TPM for Electric Repairsの略称である。
故障復旧業務の流れは、図 5に示すようにおおむね以下の 8つの過程に分けられる。
まず、工場で故障が発生した際、工場のオペレータから保全担当者は電話で連絡を受ける。この時、保全担当者は現場から離れた詰所で待機しており、故障の状況をオペレータから詳細なヒアリングを行う。この内容を整理し、詰所にある一部の関連資料を確認し、現場の工場へ出動する。現場到着後、故障設備の場所を確認し、故障の調査を行う。具体的には、設備のエラー状態や電気的な信号、プログラムの確認等の専門的な調査を実施する。この調査結果に基づき、原因推定を行い、処置を実施する。これらの段階を経て、ようやく故障復旧に至る。ただし、原因推定を誤ると、調査の段階から繰り返すこととなる。
先の 2.1章で述べたとおり、保全担当者の経験や知識といった能力差が故障復旧時間に影響する。
J-mAIsterRの適用範囲は、故障復旧に必要な資料を閲覧、活用することにより、作業時間の短縮効果を見込むことができる図 5に示す破線枠内を想定している。
図5 J-mAIsterRの適用範囲
3.2 システム構成
J-mAIsterRのシステムは図 6に示すとおり、社内専用のプライベートクラウドである J-OSクラウド上にサーバを構築し、社内全地区で活用可能な構成とした。また、パブリッククラウドである IBMR Cloud及び既に社内導入済みである boxRと連携することで、セキュリティー要件を保ちながら、 IBMR Watsonのような最新技術を導入した。さらに、統合保全システムとも連携することで、長年蓄積してきたデータの有効活用を可能としている。
図6 J-mAIsterRのシステム構成図
3.3 J-mAIsterRの基本機能
J-mAIsterRは図 7のとおり、統合保全システムに蓄積された故障履歴やトラブルシューティング、作業手順書、予備品等のデータと連結しており、それらのデータを社内の誰もが閲覧可能にしている。さらにタブレット端末から接続し、広大な製鉄所内において、どこでも必要なデータを閲覧することを可能とするインフラ整備を行った。
J-mAIsterRの特徴は、故障発生時の設備の状況をキーボードからのテキスト入力や音声入力で膨大なデータから最適なデータソースを特定し、類似性の高い情報を検索及び分析した結果をリアルタイムで画面上に表示することである。それにより保全担当者が未経験な故障に対しても、原因究明への気づきを得るような過去の故障履歴を画面に表示することが可能である。さらに、類似設備は各地区にも存在し類似故障が発生していることから、全地区間を横断したデータの活用ができるシステムとした。それにより参照できる類似故障のデータ数が増加し、保全担当者にとって、より有用なシステムとなった。本システムの構築にあたり非常に重要なことは、高い検索精度を得ることである。しかし、製鉄所内では専門用語や省略語が多く、単語として認識できない場合が多々あった。そのため専用のキーワード辞書を作成し、同義語や省略語を数万語登録することで、 J-mAIsterR内でこれらの単語を一単語として認識することを可能とした。
また、辞書の作成に関して、まず数十万件の文章データから数万件の単語を自動で抽出した。その数万件の単語の中から不要語の削除や分類分け、同義語、読み方の登録を手動で実施した。自動抽出により、相当な作業効率化が図れたと評価している。
図7 J-mAIsterRの概要
4.活用事例の紹介
4.1 効果事例
社内での故障対応における J-mAIsterR活用の効果事例を紹介する。地区名称は A地区から D地区と表記する。
A地区の事例 :検査装置が故障し、未検査状態となった。図 8のように J-mAIsterRにて"装置名称及び未検査"をキーワードとして検索し、 2年前の類似事例を見つけることができた。この時の保全担当者は類似故障未経験であったが、過去事例の処置を参考に、故障復旧時間を 30分短縮した。
B地区の事例 :ある装置が故障し、原因は判明したが、故障復旧時に装置内のパラメータを変更する必要があった。そこで J-mAIsterRにて、"設備の型式及びパラメータ"をキーワードとして検索し、現場で当該の手順書を閲覧することが可能となった。そのため、故障復旧時間を 30分短縮した。
C地区の事例 :ある装置が故障し、画面にエラーコードが表示されていた。そこで J-mAIsterRにて、"装置名称及びエラーコード"をキーワードとして検索し、 15年前の類似事例を参考に処置を行い、故障復旧時間を 1時間短縮した。
D地区の事例 :搬送装置が故障し、挿入不能となった。 J-mAIsterRにて"装置名称及び挿入不能"をキーワードとして検索し、 20年前の類似事例を見つけることができた。この時の保全担当者も類似故障未経験者であったが、その時の処置を参考に、故障復旧時間を 40分短縮した。
これらの効果事例は、熟練者に頼らず類似故障に関して経験のない保全担当者のみで、過去事例を参考に故障復旧時間を短縮した事例である。 2019年 4月から 2019年 7月における全地区の作業時間の短縮効果は、図 9のとおりで合計 120時間を達成している。
図8 効果事例 (A地区 )
図9 全地区作業効率化時間 (2019/4~ 2019/7)
5.おわりに
J-mAIsterRの活用で、作業効率化、故障復旧時間の短縮効果を確認することができた。
今後は、非電子化情報の取り込みにより支援システムデータをさらに充実させること、本システムを予防保全への適用することを計画している。これにより更なる保全業務の効率化を達成する。
AIを活用した作業支援システムであり、使用するにあたり抵抗を感じている利用者もいた。システム利用を定着させるため、全地区に推進担当者を配置し、不具合改善、利便性向上を実施、現在も継続している。今後も使えるシステムであり続けるためのレベルアップを行っていく。
参考文献
[1]衛藤彩香、諸岡伸幸、冨永太志 ."制御保全支援システムの開発", JFE技報 , No. 45, pp. 54-58(2020年 2月)
[2]財務省 法人企業統計調査 2016年度
(2020年 10月 27日)
著者紹介
著者:仮谷 晃
所属:JFEスチール株式会社 設備技術部
専門分野:制御