特集「1F事故 10周年に当たって」まとめ(原子力安全と保全の将来に向けて)
公開日:
東北大学原子炉廃止措置基盤研究センター
青木 孝行 Takayuki AOKI
まとめ(原子力安全と保全の将来に向けて)
今回は 1F事故 10周年を迎えて「1F事故後、我国の原子力発電所の安全性は向上したか?保全はそれにどのように貢献したか?」をテーマに特集を組み、日本保全学会「原子力安全規制関連検討会」の関係者に重要な情報を提供していただくとともに、それぞれの考え、思うところを披歴していただいた。その中には 1Fの教訓を踏まえて格段に強化された規制基準と対策、継続的な安全性向上に向けた今後の方向性、新検査制度の導入によって始まる安全意識改革と期待される効果、リスク・コミュニケーションの重要性などの指摘があった。これらを前にして読者諸氏は何を感じ、何を考え、今後どう行動していこうと思われただろうか?
原子力発電所を始めとする原子炉施設、すなわち機械系は生きている。時間とともに絶えず変化している(経年劣化、プラント運用操作など)。この機械系の変化に対応する人間系も生きている。そして絶えず変化している(世代交代、適用技術、使用資機材など)。これら 2つの系の間で展開される保安活動 PDCAも時間とともに絶えず変化している(安全文化の醸成・定着、原子力規制・社内規程・ルールの変更、保安活動を支える人の世代交代など)。したがって、これらによって決定されるプラントの安全レベル(安全水準)は絶えず変化し続けていると考えられ(図 1)、そのように理解して常に全体系を視野に入れた「安全」への取組みを行っていく必要がある。
建設・使用前検査・試運転を通して、機械系の安全性が一旦確認されたら、その状態が変化せず静的にずっと保持され、想定された内部事象(劣化、故障など)や外部事象(地震・津波など)の発生による擾乱が生じても常に一定の安全パフォーマンスを発揮してその擾乱を収束させ、安全が確保されるなら話は簡単である。人間系や保安活動 PDCAも変化せず静的にキープされ、ロボットの如く常に一定のパフォーマンスを発揮するなら話は簡単である。しかしながら、すべてが絶えず変化するのである。ましてや発生する内部事象や外部事象の発生時期や大きさ、シナリオがすべて想定内とは限らない。このような全体系(機械系と人間系の両方、そして保安活動 PDCAも含む全体システム)とその時間変化を我々は相手にしていることをよく認識すべきである。そして、このような全体系であるからこそ、我々は常にその全体を視野に入れてリスクや脆弱点を見つけ出し、それらを分析・評価して必要な対策を講じるという一連の保安活動を継続的に実施することによって安全性を向上させ続ける必要があると認識すべきである。
1F事故後、事故の教訓を踏まえ、原子力発電所を含む原子炉施設の安全性をハード(機械系)とソフト(人間系)の両面から向上させ、その安全性をいかに確認・評価・是正し、そして全体を管理していくか、その安全マネージメント手法を高度化する取組みや検討が関係各所で行われている。リソースは有限である。このことをよくよく認識し、効率的・効果的な方法を採用し、安全性を継続的に向上させることが重要である。これは事業者あるいは産業界に対してだけではなく、原子力規制当局についても同様のことが言える。たとえば、米国 NRCも規制リソースは有限であると考え、効率的・効果的に規制目的を達成するため、各種の規制制度やその運用にいろいろな工夫が凝らされている。 ROP制度における Risk-informedで Performance-Basedの規制も正に効率的・効果的方法となっている(図 2)。我国の新検査制度も実運用を重ねていくうちに効率的・効果的なものとなっていくことが期待される。
図 1 絶えず変化し続ける我々の安全管理対象全体
さて、 1F事故後に制定された新規制基準により、安全性に対する要求レベルは格段に引き上げられた。この基準は世界一厳しい規制基準と言われている。これを満たすように改造され運転再開された原子力発電所は 1F事故以前よりもその安全性が格段に向上していると考えられる。しかし、これで安心してはならない。これは機械系の安全性向上に過ぎない。機械系以外の人間系や保安活動 PDCAの方はどうなっているであろうか?
平時の保安活動を実施する人間系 1がどのように改善され、その効果が結果としてどう現れ、それをどう評価しているのであろうか?有事の保安活動である事故対応の指揮者、技術スタッフ、実行部隊の三者は、事故解析などで想定している事故だけでなく、リスク・ポテンシャルのあるものについては解析や評価・検討を十分に実施し、事故時のプラント挙動等に関する知識基盤を身に着けておく必要がある。この有事の保安活動を実施する人間系 2がどのように改善され、その効果が結果としてどう現れ、それをどのように評価しているのであろうか?保安活動 PDCAについても同様の疑問がある。
1単なる組織構成員の能力向上だけでなく、人間系のパフォーマンスを決める要素である、要領書や社内規程の内容と使用資機材も含む。これらは仕事のやり方を規定する。
2事故対応の指揮者、技術スタッフ、実行部隊の三者のそれぞれの要求特性に見合った能力、指揮命令系統(Incident Command System)の確立、レジリエンス・エンジニアリングでいう4機能の習得などが必要である。
昨年 4月から本格運用された新検査制度は、米国 NRCの ROP制度を参考に構築された Risk-informedで Performance-Basedの規制である。この制度の下、原子力規制当局によって検査された結果については、今後、原子力発電所を始めとする原子炉施設の機械系や人間系、保安活動 PDCAが 1F事故以降、どのように改善され、結果としてプラントの安全性はどの程度向上したのか、社会に解りやすく示されるべきであり、そのようになることが強く期待される。
これまで述べてきたように、原子力安全を確実に確保するには、幅広い知識と経験、高度な技術、迅速・確実な行動が要求される。これは事業者を始めとする産業界の人材だけでなく、原子力規制当局の人材に対しても言える。このようなこと全てを一人の人間に要求することはできない。しかし、原子炉施設の安全を守る一人ひとりが特定の技術分野のプロフェッショナルになることは可能である。そして、原子力安全の構造や仕組み、安全性向上のメカニズムなどを幅広く理解し、自分の深い専門性を効率的・効果的な安全性向上のために活かすことは可能である。いわゆる T型人間、Π型人間になるのである。特に次世代を担う若手の技術者や研究者は、原子力安全について粘り強く勉強し学び続ける必要がある。そして、現状の問題に対して自ら考えチェレンジすることを厭わず、自分で工夫して結果を出す必要がある。そのような取組みを継続すれば必ず明るい未来が待っている。
保全は原子炉施設の安全・安定な運転・操業の要である。そして現状は解決しなければならない課題が数多くある分野であるが、言い換えれば、技術的にチャレンジングな技術分野、魅力的な技術分野であるということができる。一方、我国の原子力規制は昨年の新検査制度導入以来、しっかりとした安全文化を背景に重要度に応じたメリハリの付いた合理的な規制を志向しており、従来と比較して格段に改善され機能しつつある。筆者は原子力安全を大きく向上させるには原子力関係者に「やる気」「意欲」「自主性」を持たせることが最も重要であると考えている。新検査制度の導入等による原子力規制環境の改善、それに伴う産業界の関係各社の社内環境の改善によって原子力関係者がのびのびと自主的に仕事に取り組めるようになりつつある。若い技術者・研究者には、是非我国の原子力界でチャレンジしていただきたい。
(2021年 2月 22日)
著者紹介
著者:青木孝行
所属:東北大学
専門分野:保全学、保全工学、保全最適化