特集記事「1F事故 10周年に当たって」特集にあたって

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カテゴリ: 特集記事

日本保全学会 顧問

宮野 廣 Hiroshi MIYANO

特集「1F事故 10周年に当たって」特集にあたって

はじめに
東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下、1 F事故)から 10年経った。想像もしない大きな津波に襲われたものではあったが、運転プラントの事故ということで、保全にかかわる私たちにとっては、極めて重い責務を背負った。日本保全学会では、事故後ただちに、津波への対応の分析を進め「原子力発電所の耐力評価に関する検討報告書」を発刊、また新規制基準への対応の安全設備の分析評価などに取り組んできた。規制、事業者を支援してきた多くの活動は、事故後も毎年実施してきた学術講演会に多くの講演論文が投稿され、活発に議論が行われてきた。これらの活動の集約が、1 F事故の教訓も活かして 2020年に発刊にこぎつけた日本保全学会編「原子力保全ハンドブック」である。
1F事故後 10年を経て、多くの設備改造に取り組み安全の向上に取り組んできた保全業務のリーダ達が、これまでの成果を踏まえて、「わが国の原子力発電所の安全は、どれくらい大きく向上したか」、また、そこに「保全はどのように貢献したか」の観点で、特集を組み総括を行うこととした。

原子力安全の概念
事故後、原子力安全の概念は大きく変わった。これまでは、起き得ないことであり、事故を想定し大量の放射性物質の放出で、近隣の住民の人的被害を見積もることのみで、「安全目標」を定義してきた。しかし、1 Fの事故が発生し、多くの避難を余儀なくされる人々が生まれたことで、大量の放射性物質の放出が生じることを避けることが、特にわが国のように人口が密集している国での原子力安全において考慮すべき一つの指標と言える。
田中俊一原子力規制委員長が平成 25年の第 185回国会の原子力問題特別委員会(以下、特別委)において安全目標を「放出放射能を百テラベクレル以下、発生頻度を百万炉年に一回程度として定める」と答弁した。また、第 183回国会の特別委では、「これは、被ばく量で 100mSv以下に相当する」と言い、この数値目標は住民の安全を確保するものであることを示した。これを安全目標として用いたことの理由は、住環境の維持であり、避難をしなくともよい条件としたことである。安全目標の大きな転換である。
一方、多くの裁判では、「安全」についての判断においては、原子力規制委員会が規制審査において判断した結果、「基準に適合している」と言う判断をすべて受け入れている。結果、科学的にリスクの大きさは、社会が受け入れている安全のレベル、すなわち社会通念-被災の可能性として一万分の一から百万分の一程度とばらついてはいるようだが-を超えるものではないとして、審査基準を満足する原子力発電所は「安全」であると判断されている。ここに社会通念と言う概念を導入した、司法の「判断」が常態化することとなった。

安全確保に重要な深層防護
1F事故の大きな要因は、深層防護ができていなかったことであると考える。1 F事故では、想定外の大きな津波により全ての電源を失ってしまった。予備電源や、冷却システムが、津波の影響を受けないようなものが多様、多層に準備ができていたなら、大きな被害を受けることはなかったと考えられる。自然現象をはじめ、想定する事故要因は、その大きさの想定は難しく、より大きな負荷が発生することを考えなければならない。その想定を越す事態への対応が深層防護と言われる概念である。基準を超える事態には、確率論で評価し、対策の有効性をリスクで示すことになる。リスクをどの程度まで小さくできるかは対応策との兼ね合いで、バランスを取り、決めて行くことになる。更にこの対策は、発電所の対応だけでなく、住民の防災対応も取り込み、人的被害を受けるリスクをどこまで小さくするか、バランスを取って決めることになる。最終的に安全確保は、原子力発電所の設計、運用と住民の防災、これらを総合して達成されるものでる。これが深層防護による安全確保の考え方である。


新検査制度への期待
事故後直ちに、原子力規制を取り仕切る新しく原子力規制委員会が設立されるとともに、原子力発電所の新たな安全策が取りまとめられ、新審査基準として運用されてきた。更に、わが国でも原子力発電所の安全を効果的に維持すべく、事業者が規制機関とともに取り組む、新たな仕組みとして、 2020年 4月から新検査制度として新たな原子力規制検査が動き出した。それは米国で大きな成果をもたらした取り組みである原子炉監視プロセス (ROP:Reactor Oversight Process)と類似の検査制度である。わが国の制度は、 ROPと基本的な精神、安全確保の主体である事業者と安全確保を監視する規制との協働の取り組みである点は同じである。リスク評価を用いて、起きる事象が機能にどの程度影響するのかを評価し、目指すべき安全の目標、達成すべき基準を、規制の審査基準を基本としたところに置いて、事業者の保全への取り組みが適切であるかの判断を行うものである。更にこれを効果的にしているのは、事業者が自ら取り組む、 CAP(Corrective Action Program:是正措置プログラム)であり、小さな不具合の芽も逃さず、いち早く措置をする取り組みである。これらの取り組みで構成される新検査制度は、わが国での規制・被規制の関係を良好に機能させ、目的である、発電所全体での安全確保をより確実に進めることが期待される。

米国の成果でみる ROPの便益
米国の仕組みから学ぶべき点をみる。米国には NRCという極めて厳しい目を持つ規制機関がある。米国では、原子力発電所の運用では、厳しい監視の中で、大きな成果を生むことが求められている。原子力発電所の安全確保はもちろんであるが、設備利用率が 70%から 90%以上にまで向上したことが大きな成果である。これはほぼ 20年新設のない米国で発電所を 20基新設したのと同じ効果を上げてきた。ここ 10年廃止プラントが増えてきている中でも、発電量は維持している。全米でみると原子力発電によるクリーンエネルギーの生産は 8000億 kWh /年であり、全電力量の 20%を占めている。この大きな要因が、 ROPの仕組みの中で、信頼性を確保し、一つが機能を把握することで余裕を出力の増加に換えたことであり、一つが優秀なプラントについては 60年を超す運用の継続がなされるようになったことである。これを生み出した主要な取り組みが ROPの仕組みである。

原子力発電運用の正当性とリスクに基く安全確保
リスクとは将来の可能性であり、社会が持つ、個人が持つリスクには、もたらされる便益と言われるプラスのリスクと損害と言われるマイナスのリスクがある。社会は、この様々なリスクのバランスを保ち成り立っている。
原子力発電所が社会に及ぼすマイナスのリスクは、自然災害など何らかの起因する想定を越す事態により発生する炉心損傷が、放射能の大量放出をもたらす原子力事故を引き起こす可能性であり、それにより原子力発電所の周辺、もしくは広範囲に放射能をもたらす可能性である。その結果、社会にもたらす重大なマイナスのリスクが、死亡リスクである。
一方、原子力発電所は社会に対して、安定した電力を供給し、雇用を創出するという便益、プラスのリスクを提供している。近年の大きな便益と言われるのが、地球温暖化への対応策の切り札としての位置づけである。この便益が前述のマイナスのリスクを上回ることで、原子力発電所の運用は社会から見て正当化されるものとなる。

おわりに
本特集では、以下のテーマでこれまでの取り組みを次ページ以降に紹介する。
(1)福島事故の教訓と安全性向上の取り組み 川村愼一(日立 GE)

(2)福島事故の要因と新規制基準 奈良林直(東工大)

(3)新検査制度から始まる原子力安全の変革 爾見豊(発電技検)

(4)保全から原子力安全を考える 青木孝行(東北大)

(5)保全社会学から見た福島事故 服部成雄(元日立 GE)

事業者の保全活動において、改善が可視化されることで安全性向上の成果が見え、規制、事業者の一連の行為が、国民には、この原子力発電所が常に安全性向上を狙った活動をしていることが分かる。それが、この新たな検査制度の狙いであり、その役割は大きい。
(2021年 2月 28日)

著者紹介
著者:宮野 廣
所属:日本保全学会顧問
専門分野:原子力発電全般、原子力安全、システム設計

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