特集記事「1F事故 10周年に当たって」(1) 福島事故の教訓と安全性向上の取り組み

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カテゴリ: 特集記事

日立GEニュークリア・エナジー株式会社

川村 愼一 Shinichi KAWAMURA

(1) 福島事故の教訓と安全性向上の取り組み

1.はじめに
東北地方太平洋沖地震による地震動と津波で、東京電力福島第一原子力発電所では多数の安全設備が損傷し、原子炉の冷却機能喪失によって炉心ならびに原子炉が損傷して、最終的に大量の放射性物質が環境へ放出された。その過程では、設計基準事故を超えた重大事故への備えに問題があり、事故の進展抑制ならびに影響緩和が十分にできなかったことも明らかになった。
本稿では、この事故から引き出された教訓と、それを踏まえた原子力発電所の安全性向上について述べる。


2.事故を踏まえて追加された規制要求
事故の反省と国内外からの指摘を踏まえ、新規制基準は制定された。事故以前の安全規制は、重大事故(シビアアクシデント)対策が規制対象でなかったこと、新基準を既設発電所に遡って適用する法的仕組みがなく、常に最高水準の安全性を図ることがなされなかったことなどが問題とされ、重大事故も考慮した安全規制への転換、既許可の原子力施設に対する最新規制基準適合の義務づけが行われた [1]。
従来の規制基準と新規制基準の比較を図1に示す。複数の機器・系統が同時に安全機能を喪失したこと、及び重大事故の進展を止められなかったことを踏まえ、共通要因による安全機能喪失の防止対策の強化、重大事故に対処する設備・手順の整備、意図的な航空機衝突への対応が、新たに要求されている。なお、意図的な航空機衝突等、セキュリティ関係は本稿対象外とする。

図1 事故以前の規制基準と新規制基準の比較 [1]

3.事業者による安全性向上の取り組み
原子力事業者は事故の調査・分析、教訓の抽出を行い、最新知見を取り入れて安全性向上に取り組んだ。重大事故対策では、国際原子力機関( IAEA)等の最新の検討状況や安全要件を参照しつつ、海外の事業者の先進的取り組みも考慮された。また、設備改良にとどまらず、世界原子力発電事業者協会(WANO)と連携し、安全管理に係る組織運営の知見も反映された。さらに新規制基準制定後は、その適合性も検討された。
ここでその全ては論じられないが、事故の教訓のうち主要なものとして、①外的事象に対する防護が不十分だったこと、②共通要因で安全機能が広範囲に喪失したこと、③設計を超える事態において、事故進展防止の備えが不十分だったこと、④放射性物質の放出の影響で、長期の住民避難や経済活動の停止などをもたらしたこと、⑤設計を超える事態に、緊急時組織が十分対応できなかったことを取り上げ、これらを踏まえて実行された安全性向上策について述べる。


3.1 外的事象に対する発電所の防護
外的事象の影響が再評価され、防護が強化された。この検討では外的事象を網羅的に評価する必要があり、 IAEA SSG-3[2]、NUREG/CR-2300[3]等を参照して事象を収集し、影響を再評価することも行われている。
地震と津波に対しては最新知見を反映して再評価を行い、断層連動の可能性等をより保守的に考慮するなどして、設計基準が見直された。また、震源と活断層の関連づけが困難な地震に関しては、 2004年留萌支庁南部地震の調査等に基づき、震源を特定せず策定する地震動の影響が評価された。なお、これに関しては、標準応答スペクトルをもとにした評価が規制に追加され、今後さらに安全性が確認される計画である。

これらを踏まえ、地震力に対して支持性能を有する地盤上で、周辺斜面が崩壊しても安全機能が損なわれる恐れが無い場所に、重要施設が設置されていることが再評価された。また、耐震重要度に応じた安全機能の維持に関して、耐震性評価と強化対策が行われた。
津波に関しては、地震や海底地すべりの影響を検討して基準津波が設定され、発電所への影響が評価された。これを受けて、重要施設を防護する防潮堤や防護壁の設置、引き波時に冷却水を確保する貯留堰の設置等の対策がとられた。
これ以外にも、竜巻の影響を考慮したワイヤーネット等による重要施設の防護や可搬設備等の固縛管理等の対策、森林火災等の延焼防止を図る防火帯設置、火山活動の影響評価と火山灰対策などが行われた。


3.2 安全機能の共通要因故障防止
この事故では、津波を共通要因として重要な安全機能が広範囲に失われた。上述のように津波対策は強化されたが、他にも内部溢水や火災のように、共通要因故障を引き起こす可能性のある事象がある。
内部溢水は、機器の破損、火災対応の放水、地震の影響等で発生する可能性があり、その場合にも原子炉を停止、あるいは停止状態を維持すること、放射性物質の閉じ込め機能を維持すること、使用済燃料プールの冷却と給水機能を維持することが必要である。そこで、潜在的な溢水源を抽出したのち、溢水防護区画を設定し、溢水経路を評価して対策が検討された。また、高エネルギー配管の損傷に関して、蒸気漏えいによる影響の評価と緩和策が検討された。そのうえで、機器の破損防止等による発生防止、隔壁等による溢水経路制限、維持すべき安全機能を有する設備に対する没水、被水、蒸気影響からの防護による対策が取られた。図2は対策の施工例である。この例では安全設備の区分Iの外で溢水が発生しても、隔壁の止水措置によって中の施設が守られ、共通要因故障による安全機能の喪失を防ぐことができる。

図2 内部溢水対策の施工例 [4]

内部火災に対しては、火災防護対策や火災防護実施に必要な手順、機器、組織体制を含む火災防護計画が策定された。火災防護対策の検討では、安全機能を有する設備の配置を考慮して火災区域が設定され、それを系統分離等に応じて分割して火災区画が設定された。そのうえで、火災の発生防止、火災の感知・消火、火災区域の分離等による影響軽減のそれぞれについて、対策がとられた。耐火障壁による系統分離の施工例を、図3に示す。

図3 耐火障壁による分離の施工例 [4]

3.3 設計を超える事態における事故進展防止
設計基準事故を超過する事態の検討では、確率論的リスク評価の手法を用いて、様々な事故進展の可能性とその安全上の重要度が検討され、代表事故シーケンスが選定された。その検討概念を図4に示す。

図4 事故シーケンスの検討概念 [4]

そのうえで、設計基準事故の対処設備とは独立で、可能な限り多様な対策を検討し、人的活動の成立性(人数、時間、環境条件等)も考慮して対策が決定された。
図5に、 BWRの代表事故シーケンスのひとつである全交流電源喪失を例として、代替の安全設備を活用した重大事故対応の検討概要を示す。この例では、原子炉スクラム後に、原子炉隔離時冷却系で原子炉注水を開始するが、この系統が動作しない場合は高圧代替注水系を起動する。次に、ガスタービン発電機で交流電源を確保し、低圧代替注水と代替原子炉補機冷却設備の準備に着手する。さらに、可搬型代替注水ポンプと、その水源の補給の準備にも着手する。その後、逃がし安全弁で原子炉を減圧し、低圧代替注水系に切り替え、代替原子炉補機冷却系の準備後に残留熱除去系を起動して、冷温停止を達成する。
これらの対応は、発電所長の指揮のもと、運転員と復旧要員が同時並行で行う。タイムチャートなどを用いた評価で必要な要員数が明らかにされるとともに、指揮命令系統の確保、情報共有など、緊急時対応が確実に実施可能であることが評価されている。
こうして検討された重大事故に対処する設備の例を、図6に示す。原子炉が高圧の状態から安定冷却を継続できるまで、設計基準事故に対処する安全設備とは独立の多様な手段を用いて、連続的に原子炉注水と除熱を行うことが可能になっている。

図5 重大事故時の対応の検討例 [4]

図6 重大事故時の対応の検討例 [4]


3.4 放射性物質放出による影響の緩和
炉心損傷が防げない場合は、原子炉格納容器(以下、格納容器)によって影響を緩和しつつ、安全機能の回復につなぐ。以下では、BWRの例を示す。
この事故では 2号機の格納容器ベントができず、放射性物質が大量に漏えいして環境放出され、周辺地域に大きな影響を与えたとされている [6]。これについては、高温蒸気環境下で格納容器上蓋フランジのシール材の復元力特性が劣化し、格納容器内圧の上昇によるフランジ面の変形にシールが追従できなくなって、格納容器からの大量漏えいに至ったと推定されている [7]。そこでシール材の耐熱、耐蒸気、耐放射線性等を再評価し、改良型 EPDM(Ethylene Propylene Diene Monomer)等が、従来のシリコン系材料に代わって導入された。
また、重大事故時に代替手段で格納容器を冷却する目的で、代替循環冷却系が開発された。図7にその概要を示す。海水熱交換システムを搭載した車両をプラントに接続し、サプレッションプール水を冷却してから、代替注水ポンプで格納容器内にスプレイするシステムである。これにより、重大事故時に格納容器の温度、圧力の上昇を抑制することが可能である。
なお、これは代替除熱による格納容器過圧破損防止の重要性を認識した東京電力ホールディングスが開発し、新規制基準適合性審査の中で追加的対策として提案したもので、審査で抽出された新たな技術的知見として、新規制基準にも追加反映された。

図7 代替循環冷却系の概要 [5]

一方、代替循環冷却系が使えない場合には、フィルタによって放射性物質の影響を低減しつつ、格納容器内の気体を排出して圧力を逃がし、格納容器の破損を防止する。各原子力発電所に新たに設置されたフィルタ装置は、総じて除去効率が放射性エアロゾルに対して 99.9%以上、無機よう素に対して 99%以上、有機よう素に対して 98%以上の性能を有する [8] [9] [10]。
また、重大事故時にアルカリ薬液を格納容器に注入し、内部の水をアルカリ性に保つことで、気体状ヨウ素の生成を抑制することが期待できる [11] [12]。そのための設備として格納容器 pH制御システムが新たに開発され、実機導入されている。

3.5 設計を超える事態に対応できる緊急時能力
IAEAによる深層防護第 4層は、 Design Basisを超える過酷なプラント状態のコントロールが目的とされている [13]。この状態では、事故の進展防止と影響緩和を行いつつ、喪失もしくは性能低下した安全機能を、必要なレベルに、必要なタイミングまでに回復すること、すなわちレジリエンスが重要になる。この事故では、代替手段による安全機能の回復を図ったものの、炉心溶融や格納容器閉じ込め機能喪失などの重大な不可逆的状態に至る前に、必要な回復措置ができなかったと捉えることができる。この教訓から、各原子力事業者は事故時の技術的能力の向上に努めている。柏崎刈羽原子力発電所の例では、米国での緊急時対応で実績のある ICS (Incident Command System)[14]の考え方を導入し、想定を大きく超える事態に迅速かつ柔軟に対応できる組織体制と手順を整備し、訓練が行われている。このように、各事業者はそれぞれ工夫を凝らして能力の向上を図っているが、同時に原子力安全推進協会(JANSI)を通じて訓練のあり方を共有し、良好事例を学びあうことにも取り組んでいる。集約された経験や訓練の重要事項の検討を踏まえ、原子力防災訓練ガイドライン [15]が JANSIによって策定され、各事業者によって活用されている。


4.おわりに
東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえ、国内外の最新知見と良好事例も反映し、原子力発電所では安全機能の強化、技術的能力の向上、安全を第一とする組織運営の改善が実行され、新規制基準に適合したプラントが再稼働している。
カーボンニュートラル社会の実現において、安全を第一に原子力が一定の役割を果たしていく必要がある。そのためにも、再稼働したプラントの運転経験や新たな研究開発成果等を積極的に活用し、 Risk-Informedで Performance-Basedの統合的意思決定によって、合理的で効果の高い対策の実行を進めることで、原子力発電所の安全性を継続的に向上することが重要である。

参考文献
[1] 原子力規制委員会 :"実用発電用原子炉に係る新規制基準について"(2016).
[2] IAEA:"Development and application of level 1 probabilistic safety assessment for nuclear power plants", Speci.c Safety Guide SSG-3 (2010).
[3] U.S. NRC: "A guide to the performance of probabilistic risk assessments for nuclear power plants", NUREG/CR-2300 (2016).
[4] 川村愼一 :"柏崎刈羽原子力発電所の安全性向上と新規制基準への対応", 保全学 , Vol.14, No.1, pp.18-23 (2015).
[5] 川村愼一 :"柏崎刈羽 6/7号機の知見の新規制基準への反映について", 日本保全学会第 18回保全セミナー資料 , 東京 , 2018年 2月 15日 (2018).
[6] 東京電力 :"福島原子力事故調査報告書"(2012).
[7] 川村愼一 , 大木俊 , 奈良林直 :"福島第一原子力発電所 2号機の原子炉格納容器漏えいを踏まえた格納容器の事故時耐性強化と格納容器ベントの運用について", 日本原子力学会和文論文誌 , Vol.15, No.2, pp.53-65 (2016).
[8] 日本機械学会フィルタベントワーキンググループ : "フィルタベント", ISBN978-4-900622-61-6 (2018).
[9] 川村愼一 , 木村剛生 , 大森修一 , 奈良林直 :"原子炉格納容器フィルタベントシステムの開発", 日本原子力学会和文論文誌 , Vol.15, No.1, pp.12-20 (2016).
[10] 川村愼一 , 木村剛生 , 渡邉史紀 , 平尾和紀 , 奈良林直 ,"原子炉格納容器フィルタベント用の有機ヨウ素フィルタの開発", 日本原子力学会和文論文誌 , Vol.15, No.4, pp.192-209 (2016).
[11] L. Soffer, S. Burson, C. Ferrell, R. Lee, J. Ridgely: "Accident source terms for light-water nuclear power plants", NUREG-1465 (1995).
[12] E. Beahm, C. Weber, T. Kress, G. Parker:"Iodine chemical forms in LWR severe accidents", NUREG/ CR-5732 (1992).
[13] IAEA:"Defence in depth in nuclear safety", INSAG-10 (1996).
[14] Federal Emergency Management Agency:"Introduction to the incident command system", ICS 100 (2010).
[15] 原子力安全推進協会 :"原子力防災訓練ガイドライン", JANSI-EPG-01-改 1版 (2018).(2021年 2月 8日)

著者紹介
著者:川村 愼一
所属:日立 GE
専門分野:原子炉工学、原子力安全、熱流動、エアロゾル学

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